第33話 ぼ、僕の名は・・・
朝早い時間から「シャッ、シャッ」とリビングで掃除をする人影があった・・・。
その人影は手際よく掃除をこなしているようだったが・・・。
「ボワン」
「えっ!?な、何っ!?」
突然現れた門に驚きの声を挙げたのは人狼のエマリアだった・・・。
「ゲ、ゲートが・・・ど、どうしてっ!?」
咄嗟に現れたゲートから距離を取ったエマリアは、
ダガーを抜くと襲撃に備えた。
「ガチャ」とドアノブを捻る音がすると、
「ゴクリ」と喉を鳴らしエマリアの緊張がピークになった。
すると・・・。
「おやおや、漸くご帰宅なされましたか・・・」
「・・・ラ、ライさんっ!?」
いつの間にかエマリアの背後でにこりと微笑んでいると、
ゲートの扉が開き、中からその姿を現した。
「ユ、ユウナギ様っ!?ア、アスティナっ!?」
エマリアの声にユウナギとアスティナは満面の笑みを浮かべ、
視線をライに向けると、小さく頷き合っていた・・・。
「よう~エマリア~♪久しぶりだな~・・・元気そうで何より何より♪」
「たっだいま~♪エマリア♪元気そうで安心したわ♪」
「・・・お、おかえりなさい」
きょとんとするエマリアを他所に、ユウナギとアスティナがゲートから出ると、
「シュッ!」と言う音を立てながらゲートは消え去ってしまった。
エマリアはゲートがあった場所を漠然と眺めていると、
ユウナギとライが何やら会話しているのが聞えて来た。
「ってな事でよ~?新しい擬体も完成したから帰って来たぜ・・・。
こいつらの面倒を押し付けちまって、すまなかったな~?」
「いえいえ、我が主・・・ユウナギ様の頼みとあっては、
それを完璧に遂行して見せるのが執事の役目ですので、
どうか頭をお上げ下さい」
ユウナギが頭を垂れ、上げるよう促すライの姿がそこにはあった。
そしてアスティナはと言うと・・・。
「ねぇ~エマリア・・・。
そんな所に突っ立ってないで、私に紅茶をいれてくんない?」
「は、はいっ!ちょ、ちょっと待っててね・・・」
いつの間にかアスティナはリビングで椅子に座るとエマリアに紅茶を催促してきた。
そんなアスティナにユウナギとライは「やれやれ」とジェスチャーすると、
ユウナギも同じく定位置である椅子に腰を降ろした。
「よっこらせっと~♪あぁ~やっぱ我が家が一番だな~♪」
呑気にそう口走ったユウナギにアスティナはジト目を向けると、
「はぁ~」っと溜息を吐いたのだった・・・。
「あんたね~?もう少し計画的に仕事出来ないの?」
「な、何だってんだよっ!?藪から棒にっ!?」
「私の治療をとっとと終わらせて、新しい擬体製作をすれば、
早くこっちに帰れたでしょうが?」
「いやいやいや、ちょっと待てよっ!
どのみちエルの事もあるだろうがっ!
そう簡単に行く訳ねーじゃんよっ!」
ユウナギがそう話したところで、エマリアを気にしながら小声で話し始めた。
「だいたいお前があんな無茶すっから、
こうなったんじゃねーかっ!
余計な仕事増やすんじゃねーよっ!」
「はぁぁー?余計なってっ!
私だって必死に戦ったんだから、別にいいじゃないのよっ!
それに敵だって倒したんだから、問題ないでしょっ!?
ちょっと私を誉めなさいよっ!」
「何で俺がてめーを誉めなくちゃならねーんだよっ!?
それに俺・・・言ったよな~?
スキルを軽々しく使うんじゃねーてっよ~?」
ユウナギがこめかみをヒクヒクとさせながらそう言うと、
「うっ」と、バツの悪そうな表情を浮かべた。
するとユウナギは更に声を小さくして・・・。
「お前の身体はもうボロボロなんだぜ?
そこんところわかってんだろうな~?
何の為に俺がシシリーを送ったと思ってんだよっ!」
「そ、それは・・・い、一応・・・わかってるし、有難いとは思ってるわよ?
でもどうしてよりにもよって、あの女なのよっ!?
勿論、その説明はあるのよね~?」
「そ、それは~・・・だな?」
思わぬ反撃を喰らったユウナギはアスティナから顏を背けると、
ボソボソと話していった。
「えっと~・・・な、何と言いましょうか~」
ユウナギがとても言いにくそうにしていると、
突然アスティナの背後からライが姿を現し説明し始めた。
「アスティナ様・・・。
四神の派遣はですね・・・。
ジャパニーズ・アミダクージと言うモノで決めたのです」
「ジャ、ジャパニーズ・・・な、何?」
「ジャパニーズ・アミダクージで御座います♪」
そう訂正してにっこりと微笑むライに、アスティナは顔を引きつらせた。
「そ、その~アミダクージ?
そ、それで四神の派遣先を決めたって・・・事?」
「さようで御座います♪」
その微笑みを崩さないままライがそう答えると、
再びユウナギにジト目を向けたのだった・・・。
「あんたね~?私達が必死で戦っているのに、
そんな訳のわからないモノで決めてんじゃないわよっ!」
「ちっ!ったく・・・いちいちうっせーんだよ」
そう言ってブツブツと何かを言っていたのだが、
それを問い質す間もなく、エマリアが紅茶を差し出してきた。
「アスティナ~・・・はい、紅茶」
ユウナギ達のコソコソとした話に不思議そうな表情を浮かべたエマリアは、
続けて主であるユウナギにコーヒーを差し出した。
「ユウナギ様はコーヒーで宜しいのですよね?」
「おっと・・・すまね~な?エマリア♪
丁度飲みたかったんだよ~♪」
陽気にそう言うとユウナギは「有難や~有難や~♪」と言いながら、
エマリアが煎れたコーヒーに口を着けていった・・・。
すると突然「ドタドタドタッ!」と、
慌ただしく二階から階段を降りて来る音が聞こえると、
勢いよく「バンッ!」とリビングの扉が開いた。
そしてリビングへと入って来るなり、
その慌ただしい足音の主は声を張り上げた。
「あぁぁぁぁぁっ!やっっっっと帰って来やがったぁぁぁっ!」
余りの騒々しい声に、ユウナギを含めた者達は思わず両耳を押さえた。
そして両耳を塞いだままユウナギ達は各々が口を開き、
苦情を口にしていった。
「うっせーんだよっ!てめーはよーっ!」
「あんたっ!朝からうっさいわねっ!」
「・・・朝っぱらから騒々しいですな?」
「・・・何時だと思ってるのよっ!」
各々がそう口にすると、流石のその声の主の顔は引きつっていたのだが、
声を押さえながらも文句は続くようだった。
「ユウナギさんっ!僕の存在忘れてませんっ!?
僕が前に登場したのって、何話か知ってますっ!?」
怒りの形相でそう訴えかけるとユウナギは天井を仰いで見せると、
「う~ん」と唸り始めた。
「何話・・・だっけか~?誰か覚えてる?」
そう言いながらユウナギは各々を見て行くと・・・。
アスティナは片眉を吊り上げながら「・・・覚えている訳ないでしょ?」と言い、
エマリアはキッチンで洗い物をしながら「・・・記憶にないですね」と、
興味なさそうに告げ、
ライに至っては・・・「私は存在そのものを存じ上げませんでした」
「・・・う、嘘・・・でしょっ!?」
絶望にも似た感覚に捕らわれると、「ガクッ!」と膝から折れ、
床に両手を着き項垂れた。
項垂れる男に対しユウナギは頭をボリボリと掻きながら、
それはとても面倒臭そうに声を掛けた。
「まぁ~そのなんだ~・・・。
べ、別に登場回が何話で~とか、どうでもいいじゃねーか~?
大切なのは~・・・ア、アレだろ?
記憶に残るかどうかって話なだけでさ~・・・」
そうフォローするも項垂れた男は溜息混じりに呟いていき、
やがてそれは怒りへと変わって行ったのだった。
「・・・記憶って言うけど、僕の事覚えている読者なんて、
正直いないかと・・・。
活躍していれば話は別なんスけど、
僕ってばただ帰宅して真っ暗な家で叫んだだけですから・・・。
そんな登場人物の事・・・誰が覚えているんですか?
つーかよぉぉぉっ!
僕が登場したのは5話だからっ!
それくらい覚えてもらっていてもっ!罰なんか当たらないでしょうがぁぁぁっ!」
キレ始めた男にユウナギ達は困り果てていると、
ライトニングからこんな提案を受けた。
「ユウナギ様・・・こう言うのはいかがでしょう?」
「・・・ん?」
「この際ですから彼に、ご自分の自己紹介などをして頂ければ、
全てが丸く収まるのでは?」
そうライトニングから提案を受けたユウナギは、
顎に手を当てながら暫く考えていると、「しょうがねーなーっ!」っと声を発し、
まだ名乗ってもいない男にそうするよう伝えた。
「えっ!?いいんスかっ!?ま、まじでっ!?」
「・・・い、いいからとっとと自己紹介しろっつーのっ!」
「コ、コホンっ!き、緊張するけど・・・あ、改めまして・・・」
姿勢を正しとても爽やかな笑顔を決めながらそう言い始めたところで、
タイミング悪く・・・。
「え~っと・・・ここで一端CMです」
「ぐはっ!」
と、崩れ落ちる事になるのだった・・・。
そしてCMが開けた頃・・・。
「お、おい・・・再開したぞ?」
「・・・・・」
「い、いいのか?自己紹介・・・するんだろ?」
「・・・・・」
リビングの隅で体育座りを決め込んだ男が、
混沌としたオーラを出しつつ塞ぎ込んでいた。
「・・・お、おい」
「も、もう・・・いいんスよ。
ぼ、僕なんてただのモブキャラだし・・・ぐすん」
そう言いながら泣き始めた男に困り顔をすると、
アスティナへと視線を向け、どうにかするように促されたのだったが、
当のアスティナは首を横に激しく振りながら、拒否する反応を見せていた。
「む、無理だってっ!どうして私なのよっ!?」
「そ、そりゃ~お前・・・。
男が塞ぎ込んでいた時って、女が優しい言葉をかけて復活させるもんだろ?」
「そ、そうなのっ!?
でも私・・・塞ぎ込む男とか逆に嫌いなんですけど?」
「き、嫌いってお前な~?
仮にもお前はこの話のヒロイン・・・なんだろ?
だったらその責務を果たせよ~・・・」
「うぐっ」
ユウナギにそう言われたアスティナは、
「どうなっても知らないからね?」とぶっきらぼうに言うと、
リビングの隅で膝を抱える男の傍でしゃがみ込みながら声をかけ始めた。
「ね、ねぇ・・・お、落ち込んでないでさ~?
そろそろ読者達に挨拶しなさいよ~。
な、名前・・・覚えてもらうんでしょ?」
「・・・・・」
「い、今はモブかもしれないけど、
と、突然何かに目覚めて・・・「ち、力が溢れてっ!」って、
そんな展開になるかもしれないじゃない?
・・・知らんけど。
そ、それに~・・・そ、そうだっ!
今後出て来る女性キャラとのラブロマンス的な展開がーっ!とか?
・・・知らんけど。
あ、あと~・・・ん~・・・あっ!そうだっ!
この話のおバカ主人公に取って代わる・・・
そ、そんな展開があるかもしれないわっ!
・・・知らんけど」
アスティナの説得にもなっていない話に、彼の肩が小刻みに震え始め、
その様子にアスティナがスクっと立ち上がり振り返ると、
何やら仁王立ちで鼻息荒く口を開いていったのだ。
「フッ・・・見なさいよっ!このバカキャラ共っ!
この話の超絶美形なこの私がちょっっっと話をしたらっ!
感動して
ふっふっ~んっ♪さっっっすがヒロインよね~♪
こんな事、有象無象のキャラ達になんて出来ないんだからねっ!」
ユウナギ達を見下しながら何故か偉そうに物言いを始めたアスティナに、
ユウナギが「やれやれ」と言いながらアスティナの背後を指差していた・・・。
「ん?何よ?・・・後ろ?」
ユウナギの指差しに首を傾げたアスティナはゆっくりと振り向くと、
そこにはいつの間にか立ち上がり肩をプルプルと震わせる男がいた。
「ん?あんた・・・そんな肩を震わせて・・・って~・・・
あぁ~・・・そう言う事ね?
感動で私に感謝の言葉を・・・ふっふ~ん♪御礼なんていいわよ♪
超絶美形でナイスバディーなこのヒロインたるわ・た・し・がっ!
モブキャラの闇から救い出してあげるわっ♪」
腕を組みやや仰け反りながらアスティナがそう口走ると、
その男は声を荒げ再びキレ始めた。
「だ~れ~がっ!感謝の言葉なんか吐くかぁぁぁぁっ!
このクソビッチがぁぁっ!」
「へっ!?ク、クソビ・・・えっ!?」
「だいたいな~?僕を元気付ける為に声をかけておいてっ!
話す度に・・・「知らんけど」って足してんじゃねーよぉぉっ!
僕の心を元気付けに来たのかっ!折りに来たのかっ!
ぜんっっっっぜんっ!わかんねーよっ!!
それに誰が・・・超絶美形のヒロンインだこらぁぁぁっ!
少なくとも・・・少なくとも俺にとってはマイノーターさんの方がっ!
数千倍美形だわっ!ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・」
「なっ!?」
一気に捲し立てながらそう言うと、今度は肩で息を切らせていた。
そんな彼にユウナギが驚きながらゆっくりとその口を開いた。
「・・・お、お前・・・ど、どうしてマイノーターの事・・・知ってんだよ?」
ユウナギの言葉に彼は少し首を傾げながらも、
その質問に答えた。
「な、何でって・・・えっと~・・・みんなが居ない時にですね。
フラ~っと突然マイノーターさんがここに尋ねて来て、
「うち、暇やから遊びに来たんよ~♪」って言って、
暫くの間ここで雑談してましたけど?」
「はぁぁぁぁっ!?まじでかっ!?」
「・・・は、はい。それから暫くの間世間話をした後、
きっちりとマイノーターさんはご飯も食べましたし・・・
あっ!あとこんな事も言ってました」
「な、何を・・・何を言ってたんだよ?」
「確か~・・・彼女はこんな事を言ってました。
「うちな~・・・これからめっちゃ面倒臭い仕事せなあきまへんねん。
そやけど正直ここだけの話なんやけど~
・・・面倒やさかいバックレようか迷っとリますのんや~♪」って・・・
因みにその時ですね~アスティナさんの事も話してましたよ?」
「わ、私の事っ!?な、何て・・・言ってたのよ?」
「確か~・・・こんなふうに言ってました。
「あの女がヒロインやなんて~・・・この世界も終わったも当然やわ~♪
あんなのがヒロインやったら、うちなんてヒロイン以上の存在やわ~♪」って、
マイノーターさんがそんなふうに言ってたな~」
「なっ、なんですってぇぇぇぇっ!?」
その話を聞いたユウナギとアスティナは、
今度は逆に肩をプルプルと震わせる事になった。
そして思いっきり顏を引きつらせながら勢いよく立ち上がると、
テーブルに手を「バンッ!」と叩きつけていた。
「あ、あんにゃろぉぉぉっ!あのクソビッチめっ!
ど、どおりで・・・俺がピンチな時にいいタイミングで現れたと思ったんだよな~
あぁ~・・・そうか・・・そう言う事かぁぁぁっ!?
あ、あいつ・・・い、一度ぶっ飛ばしてやらねーと気がすまねぇぇぇっ!」
「誰がこの世界も終わりなのよっ!
ゆ、許さない・・・ぜっっったいに許さないわっ!
ユ、ユウナギっ!このまま済ませる事なんてしないわよねっ!?」
「あっっったりめぇぇぇだぁぁぁっ!
あいつをのさばらせておくと、世の為人の為のならねーっ!
つーことでっ!あいつは・・・ギルティっ!有罪だっ!
よしっ!アスティナっ!とっとと戻って、あいつをぶっ飛ばしに行くぞっ!」
「おっけ~♪ギッタンギタンにしてやるわっ!
誰がこの話のヒロインか身体に教えてやるわっ!
見てなさいよ・・・マイノーターっ!」
ユウナギとアスティナはそう言い放ちながらゲートを出現させると、
物凄い勢いでゲートを潜って行ったのだった。
そしてそれを見ていたライトニングはゲートが閉じる瞬間、
「御気を付けて、行ってらっしゃいませ」と丁寧な見送り方をし、
それに習ってエマリアもまた同じように主であるユウナギを見送るのだった。
そして現在取り残された者達は・・・。
ライトニングとエマリアは家事をし、彼は・・・。
「ふぅ~・・・とりあえず自己紹介でもしよっ~
ぼ、僕の名は・・・ハインリヒ。年齢は17歳っ!勿論性別は男ですっ!
そして勿論人族で青春真っ只中ですっ!
まぁ~他の人達の個性が強くてイマイチ目立っていないのは事実だけど、
そこは・・・その~わ、若さで頑張りたいと思いましゅっ!
あっ・・・か、噛んじゃった♪
あぁ~それと僕の仕事なんだけど・・・只今見習い中なんだよね♪
だからダメ主であるユウナギさんの雑務を担当している事が多いかな?
まぁ~あの人凄くズボラだからさ~・・・やる事多くて・・・。
よくそのダメ主・・・じゃなかった・・・ユウナギさんに頼まれて、
王都まで行く事が多いんだけど・・・。
因みに~・・・彼女とかなんですが~・・・」
長々と聞かれてもいない事を話し始めたハインリヒだったが、
突如声を掛けられ現実へと戻された。
「あ、あの~・・・壁に向かって何やらブツブツと言っている時に、
大変申し訳ないのですが・・・?」
「へっ!?」
そう言って突然ライトニングにそう言われると、
ハインリヒは肩をビクッとさせて驚くのだった。
「えっ!?あ、あの・・・ぼ、僕・・・えっと・・・
ちっ、ちくしょうぉぉぉぉぉっ!」
「ははは・・・心中お察し致します」
そして恥ずかしそうにしながらリビングを出て行くと、
ライトニングとエマリアがハインリヒについて話していた。
「・・・少々お気の毒な・・・方なのですね?」
「・・・すぐに慣れるかと思います」
「さよう・・・ですか・・・」
「・・・はい」
「ふむ・・・人族も色々な方がいらっしゃるのですね~?」
こうして「ルクナ」の街へと戻って来たユウナギ達は、
また慌ただしく暮らして行くのだった・・・。
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