第24話  苦悩

それから数日後・・・。


エルはリアンダーに連れられある場所へと向かっていた。

そして医務室と書かれた部屋の前を通り過ぎようとした時だった・・・。


「ちょっとっ!あんた達いつまでこの私をこんな所にっ!」


「お、落ち着いて下さいっ!」


「出せぇぇぇぇっ!わっ、私の自由な生活をーっ!

 冷えたエールが飲みたいのよぉぉぉぉっ!

 居酒屋で飲みまくりたいのよぉぉぉぉっ!」



聞き覚えのあるその声に、エルは自然と足を止めその部屋のドアを見つめていた。


「・・・エル様、いかがされましたか?」


振り返る事もなくエルに向けられたその声に、

無意識に声がこぼれていった。


「い、いや・・・この声は確か・・・?」


「・・・このがさつで無教養で呑んべぇ~発言するこの声は・・・。

 フッ・・・アスティナ様ですね」


「アスティナ?

 っと言うか、ディスり方が凄まじい気がするのだが?」


「構いませんよ?・・・ただのゴミ屑みたいな・・・女、ですから♪

 あぁ~・・・そう言えばエル様は遮音結界を張る前に、

 一度あの女の声をお聞きになられているのでしたね?」


「っ!?」


この時エルはかなりの驚きを見せていた。

何故なら・・・。

この時のエルは1人部屋の前で待つように言われ、

その時、エルの傍には誰れ1人としていなかったからだった・・・。


「・・・き、君・・・あの場に居たのか?」


「・・・はい」


「ど、どこに居たのだっ!?」


目を見開き問いただそうとするエルに、

リアンダーは少しは口角を上げながら呟くように答えた。


「・・・ひ・み・つ♪」


「うぐっ」


その妖艶な眼差しと同時にエルが怯むほどの威圧が込められると、

心臓が掴まれるような感覚に陥り、他にも何も言えなくなってしまったのだった。


(こ、この女は一体何者なのだっ!?

 わ、私を超える力を何故持っているのだっ!?)


そう考え疑惑を抱くエルだったが、

情報を集める事もままならない現状に、諦めるしかなかったのだった。

そして再びリアンダーに「こちらへ・・・」そう促されると、

エルはリアンダーに案内されて行くのだった。


その間エルは城の隅々まで注意を払いながら歩き、

この国の情報を得ようと注意深く見ていった。


(しかしこの亜空間では皆が活き活きとしているな?

 魔王様の国ではこんな活気に満ち溢れている者達を見た事ない)


そう考えながらエルはリアンダーの案内である部屋の前へと連れて来られた。


「・・・ここは?」


エルがそう言うと、

リアンダーは無表情なままドアをノックしようとした時だった・・・。


「なぁーてっ!主様ーっ!何でなんっ!?何でうちの・・・」


「だぁぁぁぁっ!お前っ!いい加減に黙れよっ!」


「せ、せやかて・・・う、うちにとっては・・・」


再び聞き覚えのある声とそのイントネーションにエルは目を細めた。

するとリアンダーがノックする手を引っ込めると静かにこう言った。


「・・・エル様、ドアの前から離れて下さい」


「・・・何故だ?」


「5・4・3・・・」


エルの問いに答える事もなく、リアンダーはドアの前から横に移動すると、

カウントダウンを呟き始めたのだった。


「ど、どう言う事なのだっ!?説明をっ!」


そうエルが声を荒げた瞬間・・・。


「・・・来ますっ!」


「・・・えっ?」


「バンっ!」と勢いよくドアが開いたと思ったら、

エルは何かに衝突し「ふがっ!」と呻き声を上げると、

そのまま壁にめり込む事になった。


「な、何が・・・い、いっ・・・た・・・い・・・」


エルは不覚にもそのまま意識を手放したのだった。



それから暫くして・・・。


「ん・・・んんん・・・」そう声を漏らしながらエルは意識を取り戻した。


「こ、ここは・・・?」


そう言いながらふと・・・隣を見てみると・・・。

丸い眼鏡をかけたボーイッシュな女性がこちらを見つめていた。


「おはようさん♪やっと起きはりましたなぁ~?」


間の抜けたその声に、「あ、ああ・・・」っとエルも返すと、

ベッドに身を乗り出すようにしながら声を挙げた。


「あははは♪ほ、ほんまにすんまへんな~?

 まさかあんさんがあんな所に居る・・・やなんて~・・・

 わかってたら避けましたんやけどな~?」


(あ、ああ~・・・確かあの時・・・)


エルはそう言われながら状況を理解したのだった。


「マイノーター・・・と、言ったか?」


「ふふふ♪うちの名を覚えてくれはったんやね~?」


「・・・イ、インパクトが・・・あったから・・・な」


エルのその言葉をどう理解したのか、

マイノーターは歓喜の声を挙げたのだった。


「ほ、ほんまに~っ!?

 うちってやっぱりええ女やから~それだけインパクがあったんやね~?」


目をキラキラとさせるマイノーターにエルの言葉が詰まった時だった。

「ゴツンッ!」とマイノーターの頭に上に拳が降り注ぐと・・・。


「うぎゃぁぁぁぁぁっ!」と声を挙げ苦しみながらベッドの下へと沈んで行った。


ふと顔を上げると、顔を引きつらせたユウナキがそこに居たのだった。


「ったくよ~・・・お前は暑苦しいんだよっ!

 よっ!エル~・・・やっと目覚めたか♪」


「あ、ああ・・・め、迷惑をかけたみたいだな?」


「フッ・・・。そんな事気にすんじゃねーよ~・・・

 それに、迷惑をかけたのはこっちだしな」


ユウナギのさわやかな笑顔にエルもまた笑顔を返していると、

床で悶絶していたマイノーターが復活して文句を言いながら立ち上がったのだった。


「あっ、主様ーっ!!一体何をしはるんよーっ!?

 見てーなっ!うちのた、大切な頭が・・・

 頭が陥没してもうてますやないのぉぉぉぉぉっ!

 も、もううち・・・お嫁に行かれへんやないのぉぉぉぉっ!

 責任とってーなぁぁぁぁっ!

 そんでもって事のついでに、結婚してぇーなぁぁぁぁっ!」


「・・・だぁぁぁぁぁぁぁっ!まじで面倒臭せぇぇぇぇぇっ!

 お前と誰が結婚なんてするかぁぁぁぁっ!

 お前見たいなヤツと添え遂げた日には・・・

 人生の破滅が超絶確定してるだろうがぁぁぁっ!」


「い、いくら何でも、それは言い過ぎやてっ!

 嫌やぁぁぁっ!主とうちは結婚するんやぁぁぁぁっ!

 嫁もうてぇーなぁぁぁぁっ!」


「ジタバタすんじゃねーよっ!みっともねーなぁっ!」


「嫌やぁぁぁっ!嫁もうてえーなぁぁぁぁっ!

 嫁にもらってくれるまでジタバタしたるぅぅぅっ!」


「・・・めっ、面倒臭せぇー」


駄々っ子のように床を転げ回りながらもユウナギに対し、

婚姻を迫るマイノーターを見下ろしながら、

ユウナギは面倒臭そうな表情を浮かべるとある名を呼んだ・・・。


「リアンダー・・・」


傍に居ても聞き取りづらいようなその声とほぼ同時に、

「シュッ」と姿を現したリアンダーは既にユウナギの傍で片膝を着いていた。


「・・・参上致しました」


「・・・うむ、すまないがリアンダー・・・

 こいつを何処かに捨てて来てくんない?」


「・・・あぁ~、また・・・ですか?」


「・・・すまん」


「・・・承りました」


ユウナギの言葉を聞いたリアンダーは、

床で横たわるマイノーターへと視線を移すと、髪の毛を掴んで顔を上げさせた。


「痛いっ!痛いってっ!リアーっ!髪の毛引っ張らんといてぇぇぇっ!」


「・・・貴女と言う人は、懲りずに何度も何度も主様の手を煩わせて・・・。

 いい加減にしませんと・・・」


「ゴクリ」


「・・・し、しません・・・と?」


リアンダーはニヤ~っと寒気が走るほどの笑みを浮かべ、

マイノーターはその笑みに「ヒィッ!」と呻いた。


「・・・穿うがちますよ?」


「・・・う、うが・・・って~・・・ど、どこを・・・ですのん?」


「フッフッフッ♪」


再び寒気が走るように笑みを浮かべると、

「バシッ!」とマイノーターのお尻を叩いたのだった・・・。


「キャインッ!」と言いながらリアンダーの意図を察したマイノーターは、

 咄嗟にお尻を両手で覆うと顔を急激に赤らめモジモジとしながら声を荒げた。


「あ、あきまへんてっ!こ、ここは・・・ここだけはあきまへんっ!

 ここは・・・う、うちにとって・・・。

 い、いや・・・うちと主様にとって、とても大切なっ!・・・あ・・・」


「パーンッ!」


マイノーターが何かとんでもない事を言いかけたその時、

ユウナギは我慢出来ずにマイノーターの太ももを「パーン」と蹴ったのだった。


「いっ!?痛ったぁぁぁぁぁいっ!うごぉぉぉぉぉぉっ!?

 うっ、うぅぅぅぅ・・・あ、主・・・な、何・・・します・・・のん・・・え?」


「・・・必殺ももパーンだっ!」


「・・・ひ、必殺?

 んっ!?ちゃ、ちゃいますってっ!

 だ、誰もわ、技の名前なんて聞いておへんっ!

 な、何でうちにこんなご無体な事しますのんやって事を聞いてますのんやっ!」


「・・・お前が五月蠅いからだけど?」


「・・・う、うち・・・そんなに五月蠅かった?

 こんな・・・可愛くて可憐で麗しい~プリチーな・・・うちが?」


「い、いや・・・。可愛いとプリチーってのが被ってるんだが?」


「かっ、被る・・・やなんて・・・。

 きゅ、急にそんな隠語を言われても・・・

 う、うち・・・困ってしま・・・」


「ゴツンッ!」


「ペギャッ!?うごぉぉぉぉっ!」


「てめー・・・俺がいつ隠語の話なんてしたよ?

 てめーの脳みそ・・・大丈夫ですかぁ~?」


「・・・フンッ!心配せんでも、うちの脳みそは絶好調やしっ!」


「・・・もう復活したのか?まじでうぜぇー・・・」


いつの間にかダメージから回復したマイノーターは、

再び絶好調に話し始めると、ユウナギは青筋を立てながら、

その甲高い声に身体を震わせながら苛立ちを見せ始めると・・・。


「・・・リア」


「・・・承知」


「フッ!」とリアンダーはどこからか取り出した吹き矢を放ち、

 一瞬にしてマイノーターの意識を奪ったのだった。


「パタリ」


「フッ・・・見事だな?」


「・・・仕事ですので♪」


一瞬リアンダーからピンク色のオーラが流れ始めると、

ユウナギは「ゴホッ、ゴホッ」と咳払いをした後こう告げた。


「・・・捨ててこい」


「はっ!この命に変えましても・・・」


ユウナギの命に従ったリアンダーは、

マイノーターの髪を掴んだまま、

ズルズルと引きずりながら部屋を出たのだが、

扉を閉めた瞬間、マイノーターは意識を覚醒させたのだった。


「痛いっ!痛いっ!痛いってぇぇぇっ!リアちゃん痛いってぇぇぇっ!

 ハ、ハッ・・・禿げてまうやないのぉぉぉっ!?

 ゆ、許してーなぁぁぁっ!

 なぁーてっ!リアちゃぁぁぁぁんっ!」


「あ、貴女っ!?も、もう意識を取り戻してっ!?

 そんな・・・バカなっ!?

 こ、この麻酔は、勇者をも3日間ほど眠らせるほどのモノなのですよっ!?」


ドアの外から聞こえて来るリアンダーの驚愕な声に、

エルに視線を送りながらユウナギは首を傾げた。


「んん~っ!?

 ・・・勇者をも眠らせるって・・・な、何?

 えっ!?俺ってば・・・い、いつ・・・試されたのっ!?」


「・・・お、俺が知る訳ないだろ?」



戸惑うユウナギの思いを他所に、リアンダーの言葉が部屋の中へと漏れて来た。


「・・・そ、それなのに・・・貴女は・・・」


「フ、フンッ!そ、そんなもんっ!

 う、うちに通用すると思ったらっ!大間違いやよっ!」


リアンダーに対し、マイノーターはそう反論すると、

掴んでいた髪の毛を離すと同時に、

マイノーターの顔を両手で「パシッ」と挟みながら、まじまじと見つめ始めた。


「リ、リア・・・しゃん・・・にゃ、にゃに・・・を?」


「ふむ・・・貴女に撃った麻酔の量は・・・。

 主様に使った濃度の・・・15倍なのですよっ!?

 そ、それなのに・・・ど、どうして無事なのですかっ!?」


「・・・ん?・・・じゅ・・・う~・・・ご・・・ばい?」


リアンダーの言葉の意味に、まだ少し薬の効果が残っており、

その思考が追い着かなかったのだが、

何度か瞬きをするうちに、その言葉の意味を理解すると・・・。


「ちょっ、ちょっとぉぉぉぉぉぉっ!

 じゅ、じゅう・・・・五倍やってぇぇぇぇぇぇっ!?

 へ、下手したら・・・う、うち死んでしまうやないのぉぉぉぉっ!?

 あんたっ!アホやろっ!?実はめっちゃアホやろっ!?

 そ、それに「どうして無事なのですかっ!?」なんよっ!?

 いけしゃ~しゃ~とまぁ~・・・。

 あんたみたいな女が一番危険やないですのんっ!?」


「・・・き、危険だなんて・・・別にそんなに褒めなくても・・・」


「・・・はぁぁぁぁぁぁぁっ!?

 ほ、誉めてへんわぁぁぁぁぁっ!

 今のどこらへんを聞いて誉められたと思ったんよっ!?」


「・・・あら?危険って言うから・・・てっきり♪」


「・・・てっきりって・・・あんたの思考回路はどないなっとりますのんや?」


「・・・私の思考回路は、主様の為にだけあります。

 ですから麻酔薬での人体実験も、主様で済ませましたし・・・。

 まぁ~あの時も、ちょっと失敗しちゃいましたけどね♪」


「あんた・・・愛しの主様とちゃいますのんか?

 主で実験やなんて・・・」


そう呟くマイノーターに、リアンダーは冷笑を浮かべながらこう答えた。


「主様が大切にしておられる民達を人体実験に使用するだなんて・・・

 主様付きのメイドとして、そのような事は出来ません。

 ですから・・・主様で人体実験を♪」


「・・・は、はい?

 えっ、えっと~・・・リアはん?

 サイコパスやったりしますのんか?」


「・・・サイコロバス?」


「サ、サイコパスやっ!サイコパスっ!

 一体あんた何を聞いてはりますのんやっ!?」


「・・・にやり♪」



閉じられたドアの外からは、2人の声が途切れる事もなく、

ユウナギは軽い眩暈を覚えたのだった。


「・・・お、俺に使用したのはま、間違いなさそう・・・だな?

 だ、だが・・・。し、失敗って~・・・な、何だろ?

 すっげー・・・怖いんだけどっ!?

 そ、それに・・・な、なんだ?

 俺が大切にしている民達を実験に使う事が出来ないから、

 その代わりに俺を実験にって・・・ど、どう言う事っ!?

 んっ!?お、俺が実験台になれば・・・民が泣かなくて済むって事っ!?

 ・・・なっ、何だろ?もう何がなんだが・・・」


その場でしゃがみ込み苦悩し始めたユウナギに、

エルは呆気に取られてしまっていた。


ただ・・・そんな光景と会話を見ていたエルにも、

たった1つ・・・思うところはあった。


それは・・・。


(・・・我が魔王軍は・・・こ、こんなヤツらに負けたのか・・・)


知らない天井を見上げるエルの目には、

薄っすらと涙が滲んでいたのだった。


「あっ、あれ~っ!?

 た、民達が犠牲になるんだったら~・・・

 お、俺が身代りに~なった方が~・・・いい・・・のか?

 ん~?いやいやいや・・・んんんんんっ!?どっちだっ!?

 一体どっちなんだっ!?

 エルっ!俺に教えてくれよっ!」


「・・・俺は知らん」


と、エルに冷たくあしらわれ、

ユウナギは1人・・・苦悩していくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る