第23話 私怨と恥
「トン、トン」と部屋のドアをノックする音が聞こえると、
ユウナギの背後に控えていたリアンダーがいつの間にかドアの前に立って居た。
(あのメイド・・・一体何者なのだ?)
怪訝そうな視線を向けるエルに横目でチラッと見ていたリアンダーが、
薄く笑みを浮かべていた。
「ガチャ」と開いた扉の外には、勇者の四神が揃って立って居た。
「・・・主様がお待ちです」
扉の横に控えたリアンダーが静かに頭を垂れながらそう言うと、
四神達が無言で中へと入って来た。
先頭で部屋へと入って来たのは・・・。
魔毒の女王・シシリー・・・。
無表情で鋭い眼差しをエルへと向けたままの入室である。
続いてトレーダー・マイノーター・・・。
にこやかにエルへとウインクをしながらの入室である。
そして最後に部屋へと足を踏み入れたのは・・・。
冥界の獣の王・ライトニングと、
その肩に乗りサングラスをキラリと光らせる大地の侠客ヒューマだった。
ライトニングは一礼しながら静かに入室し、
ヒューマはユウナギに対し片腕を上げながら入室した。
再び「ガチャ」と扉をリアンダー閉めた時、
執事服を来た初老の男性の足がピタリと止まり、
背後を見る事なく穏やかな口調で口を開いた。
「・・・リアンダー・・・あの方は?」
「・・・まだお越しではありません」
「・・・うむ、相変わらず・・・の、ようですね」
呆れたような・・・そして笑ったような・・・そんな表情をして見せると、
シシリーと同じようにライトニングとヒューマもまた・・・、
エルに対して鋭い視線を向けたのだった。
そして四神達は揃って大きなソファーに腰を降ろしているユウナギの背後で控え、
異様なほどの圧力を発し、エルに対してマイノーター以外が威圧し始めたのだった。
そんな四神達の行動にユウナギは苦笑しながら頭だけ仰け反らし、
四神達を見ながら口を開いた。
「お前ら~・・・いくら何でもやり過ぎだろ~?」
そう含んだ笑みを見せながら四神達にそう言うと、
シシリーから言葉が発せられたが、その声は怒気を含むモノだった。
「ユウナギ様はそうおっしゃられますが、
この小僧の無礼極まりない態度に我慢出来る者がいましょうか?」
怒気をユラユラと燃やしながらユウナギに視線を向ける事なく、
シシリーはエルを威圧し続けた。
そしてそれは他の者達・・・。
いや、マイノーター以外の者達の意見も全て同様なようだった。
そんな殺伐とした雰囲気の中、
マイノーターはソファーの背もたれ部分の上に頬杖を着きながら、
軽快な口調で話をし始めた。
「なぁ~・・・エルビンク・・・いや、暗殺者・エルはん?
ちょっと宜しいでっしゃろか~?」
その独特な言い回しとニュアンスに、エルは眉を細めながらも頷いて見せた。
「えっとな~?もう一度確認・・・って言うんやないんやけど~?
あんさん・・・ほんまにうちらと手~・・・組みはるのんかぁ~?」
眉間に皺を寄せるエルは訝しい表情を浮かべながらも、
威圧し続ける四神に警戒しながら口を開いていった。
「そうだな・・・ああ、私はそのつもりだ」
何かを噛み締め納得するかのようにエルがそう言うと、
マイノーターは「ふ~ん」と呟いた後、話を続けていった。
「さよか~?ここに居る四神達の威圧に警戒しながらもそう言い切った・・・。
あんさん・・・中々度胸が据わってはりますな~?
それだけの覚悟がありはりますのんやったら、うちは・・・」
そう言いながらマイノーターは視線をユウナギへと向けると、
親指を突き立てながら笑顔でこう言った。
「主様・・・うちはOKやよっ♪」
そのマイノーターの笑顔に「フッ」と笑うと、
ユウナギもまた笑顔を見せながら・・・「おうっ!」とだけ答えた。
そして再びユウナギは頭だけを仰け反らし、
未だに威圧し続ける他の四神達に意味有り気に笑みを向けながら見つめていた。
すると、「はぁ~」と溜息を1つ吐いた者がユウナギの肩へと降りて来ると、
ユウナギに向かって一言こう言いながら、「・・・本当にいいんだな?」
そして返事を持たずに視線をエルへと向けその口を開いた。
「久しぶりだな・・・小僧・・・いや、エルビンク」
「・・・はい、ご無沙汰しております。侠客・・・ヒューマ殿」
そう静かに話を切り出した2人の間に、
「バチッ!」と一瞬火花が弾けたように見て取れたのだった。
「貴様には疑念と私怨もある・・・。
だが・・・俺の相棒がお前と組む・・・そう言ったんだ・・・。
だから俺は相棒のメンツの為に・・・」
苦虫を潰したようにそう言うと、力一杯に握り締められたその拳から、
「ポタリ」とヒューマの血がユウナギの肩へと滴り落ちた。
「・・・ヒューマ殿・・・わ、私は・・・」
苦悶の表情を浮かべながら俯き何かを話そうとしたエルだったが、
その言葉をヒューマが一喝し・・・止めた。
「・・・やめろっ!」
「・・・っ!?」
「今更弁解など聞きたくもねー・・・。
貴様達魔王軍が俺達に・・・。
いや・・・俺はただ、相棒がそう決めたから・・・従うまでだ」
「ヒュ、ヒューマ殿っ!?ど、どうして・・・」
エルはテーブルを「バンッ!」と叩きながらそう言葉を発すると、
ユウナギの肩で背を向けたヒューマが、
自分が仕える主の頬に手を着き、その目を見上げながら口を開いた。
「俺の相棒は底知れねー男だ・・・。
云わば俺はこの男の心意気に惚れたって訳よ。
小僧には一生分からねー事だろうが、
敵の・・・いや、敗者である俺達魔獣族に対し・・・
こいつは手を差し伸べやがった・・・。
だから俺は、こいつが無策でお前と手を組むはずがない・・・。
ただ・・・そう思っただけだ」
「ヒューマ・・・殿」
そう言い終えるとヒューマは再び執事服を来た初老の男の肩に飛び乗った。
するとユウナギが振り返る事もせず一言呟いた。
「すまねぇ・・・相棒」
「フッ、いいって事よ」
ユウナギとヒューマはそう言いながら僅かに口角を上げると、
それを見届けた終わったシシリーが口を開いていった。
だが・・・。
そのシシリーの視線は憎悪に満ち、エルを睨みつけていた。
「・・・坊や・・・。」
「・・・シシリー様」
「・・・貴様達魔王軍の罪は、決して許される事ではないわ」
「・・・承知・・・しております」
ソファーに座るエルはそう言いながらも拳を強く握り、
必死に何かの重圧に耐えていたのだった。
「いずれその罪は・・・償ってもらいます」
「・・・はっ!その時は存分に・・・」
言葉少なくそうやり取りを終えると、
シシリーはユウナギに視線を移し一息吐いてから口を開いた。
「・・・ユウナギ様」
「・・・決まったか?」
「はい・・・。ユウナギ様がお決めになった事に逆らうつもりは毛頭御座いません。
ですから、この坊や・・・いえ、エルが仲間に加わる事に異論は御座いませんわ」
「・・・そうか」
ユウナギはそう口を開いた瞬間だった。
シシリーの魔力が一瞬激しく放出すると、苦悶の表情を浮かべながら言葉を続けた。
「ですがっ!もしっ!この坊やが再び我らをっ!
いえっ!ユウナギ様を裏切った時はっ!」
「ああ、その時は・・・」
シシリーの怒りに対しユウナギはそう言いながら視線をエルへと向けると、
真っ直ぐユウナギを見つめながらエルは口を開いた。
「・・・私を始末してくれていい」
その力強い視線にユウナギは薄く笑みを浮かべながら一言呟いた。
「・・・だとよ」
「・・・・・」
無言の返事を返したシシリーに、再びユウナギは笑みを浮かべたのだった。
そして四神最後の1人・・・。
執事服を来た初老の男性が1歩前へと踏み出すと、
ヒューマはシシリーの肩へと移動していった。
「コホン」と小さく咳払いをすると、
その執事服を着た初老の男性は、
礼儀正しく頭を下げ自己紹介をしていった。
「お初にお目にかかります。
私はユウナギ様に仕える執事で、名を・・・「ライトニング」と申します。
エル様・・・以後、お見知りおきを・・・」
礼儀正しく挨拶をしたライトニングに対し、
エルは立ち上がると、同じように挨拶をしていった。
「お初にお目にかかります。
私は元・魔王軍配下・作戦参謀・魔戦将・エルビンクと申します。
お噂はかねがね聞き及んでおります。
冥王の右腕と音に聞こえた貴方にお目にかかる事ができ、
このエルビンク・・・恐悦至極に御座います」
エルもまた礼儀正しく挨拶を述べると、
再びソファー座るよう促され腰を降ろしたのだった。
「フォッ、フォッ、フォッ♪
エル様の肩書きはとても多いのですね?
それだけ有能・・・と、言う事でしょうか?
それと・・・この私が冥王様の右腕などと・・・遥か遠い昔の話で御座います。
その事はお忘れ頂きたく思います。
それに今の主はここに居られますユウナギ様で御座いますので、
過去の栄光など・・・フォッ、フォッ、フォッ・・・」
ライトニングがそう笑いながら終えると、
ユウナギが笑みを浮かべながら口を開いた。
「で・・・?ライ・・・お前はどうなんだ?」
「・・・そうで御座いますね」
そう言いながらライトニングはその視線をエルへと向けると、
顎を撫でながらユウナギの問いを返した。
「うむ・・・。
ユウナギ様がおっしゃいますように、
この御方ならば・・・大丈夫でしょう・・・。
ですが、シシリー様同様・・・万が一の時は・・・
と、まぁ~・・・そう言ったところしょうな♪」
「・・・フフフ、そうか・・・わかった」
そう言うとユウナギはソファーから勢いよく立ち上がると、
黙って顔を見上げたエルに右手を差し出した。
「ってな事で~・・・って、まぁ~ちょいと圧迫面接みたいになっちまったが、
エル、これからは仲間だ・・・宜しく頼むぜっ!」
ユウナギの無邪気なその表情にエルは「フッ」と笑うと立ち上がり、
同じく右手を差し出し握手をしながら口を開いた。
「あっ、圧迫面接と言うのはよくわからんが・・・
ああっ!こちらこそ宜しく頼むっ!」
固く握手を交わすと再びユウナギとエルはソファーへと腰を降ろし、
視線をライトニングへと向けると、小さく頷きその姿を消したのだった。
それから暫くの間、その部屋では談笑が続いたが、
ユウナギの頭の中にライからの念話が届いた。
(ユウナギ様・・・)
(ライか?・・・どうした?)
(はっ、じ、実はですね・・・)
ライはとても言いにくそうにしていると、
ユウナギは眉を吊り上げ嫌~な予感がしたのだった。
(ま、まさか・・・だよな?)
(・・・た、大変申し上げにくいのですが・・・)
ライのその言葉にユウナギはソファーに座ったまま軽く眩暈を起こした。
それを心配した四神達だったが、この後の予定を聞かされていた為、
各々が主の気持ちを察し苦笑いを浮かべていたのだった。
するとヒューマがユウナギの肩へと移動すると、
小声で耳打ちしてきたのだった。
「あ、相棒・・・ま、またあの御方が何かやらかしたのかっ!?」
ヒューマの問いにユウナギは小さく頷きながらも力なく答えた。
「や、やらかしたってのとは~ちょっと違うんだが・・・。
ふぅ~・・・あのな~?
迎えに行ったら部屋の中はもぬけの殻・・・なんだとよ」
「おいおいおいっ!?ま、またかっ!?」
「・・・あはははは」
力なく項垂れるユウナギにエルが不審そうな表情を浮かべながら口を開いて来た。
「お、おい・・・ユウナギ?な、何かあったのか?」
ユウナギは「あぁぁぁぁぁっ!」と声を挙げながら髪を掻きむしり始めた。
「だっ、大丈夫なのかっ!?な、何があったのか話してくれ。
私で良ければ微力ながら力になるぞ?」
その言葉にユウナギは再び溜息を吐くとポツリ、ポツリと話を始めた。
「い、いや~・・・何と言うか・・・。
お前も仲間になった事だし、ある人物を紹介しようと思ってよ~。
さっき声をかけたんだが・・・」
「・・・断られたのか?」
「いやいや、そうじゃねーんだよ。
快く快諾してくれたんだけどな~・・・
ライが迎えに行ったら・・・そいつ・・・いねーんでやんの」
「・・・はぁ?」
エルはユウナギにそう言いながら視線を四神達に向けたのだが、
各々がとても渋い表情を浮かべてエルからそっぽ向いていたのだった。
その様子にエルがユウナギに問おうとしていると、
そのユウナギが立ち上がり握り拳をしながら口を開いた。
「あんにゃろぉぉぉっ!
ぜっっっったいに行くっつったろうがぁぁぁぁっ!
どうしてこうも毎回毎回・・・バックレやがんだよっ!?
今回ばかりは・・・この仏の王と言われたこのユウナギ様もっ!
月に代わってデンプシー・ロールだぜっ!!」
そう声を挙げながら身体から禍々しい魔力が溢れ出したユウナギを見て、
エルが首を傾げながら口を開いた。
「・・・月に代わって・・・デン・・・なに?」
「・・・・・」
「・・・なんなのだ?そのデン・・・なんとやらは?」
「い、いや・・・そこ、突っ込まないで欲しいんだが?」
エルの容赦ない突っ込みに顔を少し赤らめたのを見て何かを察すると、
突然頭を下げて見せたのだった。
「す、すまんっ!」
「なっ!?なんだぁぁっ!?と、突然どうしたんだよっ!?」
「いやいや・・・私とした事がとても無粋な事を言ってしまったと、
とても後悔しておるのだっ!」
「・・・へっ?」
「先程の会話で、月に代わって・・・や、突っ込まないで・・・。
これらのワードから推察した結果・・・」
「・・・結果?」
ユウナギは目を閉じながら何やら名探偵のような物言いに、
何故か嫌な予感しかしなかった。
「・・・うむ。
これは~・・・そうっ!アレだな?」
「・・・アレ?」
「ユウナギの女の話なのであろう?」
「・・・えっと~・・・どうしてそうなった?」
ユウナギの問いにエルは「コホン」と咳払いして見せると、
何故か自信満々に話し始めたのだった。
「・・・月と言うワード・・・それは女性を指し示すモノ・・・。
そして・・・突っ込まないで・・・と言うのは・・・」
「・・・い、言うのは?」
「フッフッフッ・・・ユウナギ、ここまで私の推察を聞いて分からぬとは・・・
貴様もまだまだと言う事だな?」
「・・・・・」(イラッ)
「フンッ!よかろうっ!ではこの私が答えてやろうっ!
いいか?突っ込まないでと言うワードはつまりっ!
男女におけるよ、夜のいとな・・・」
「バキッ!」
「ヘビッチッ!!」
「ガシャーンッ!」
そう奇声をその場に残したまま、
エルはユウナギの拳を食らい窓を突き破って飛んで行ってしまった。
(キラーン♪)
「あ、あのっばぁぁぁかっ!!
な、何て事を突然いいやがんだよっ!?
だ、誰だっ!?あんな馬鹿を仲間にしたヤツはっ!?」
そう怒鳴りながらユウナギは四神に向き直ったのだが、
その四神はただただ・・・苦笑いを浮かべるばかり・・・。
すると突然ユウナギの背後から声がかけられた。
「・・・主様です」
「ぎゃぁっ!?」
突然背後から声を掛けられたユウナギは、
血の気が「サァァァッ」と引くのを感じながら身体を仰け反らせた。
「・・・リ、リアンダーか・・・。
で、で・・・?な、何が・・・俺なんだ?」
「はい・・・。エル様を仲間に引き込んだ者・・・です」
「・・・へっ?」
「・・・コホン。主様がエル様を仲間に・・・」
リアンダーが言葉を言い終わらないうちに、
顔を真っ赤にしたユウナギがその言葉を遮った。
「わっ、わぁーってるよっ!
た、頼むから俺の心をガチで折りに来るの・・・やめてくんないっ!?
まじでっ!み、見ろよっ!あいつらの顔・・・」
ユウナギはそう言いながら背を向け肩を小刻みに揺らす四神達を指差した。
そしてリアンダーに対し目が泳ぎながらこう言った。
「なっ!なっ!?み、見てよっ!
あいつら・・・めっちゃ俺に気を遣ってんじゃんっ!?」
今にも顔から火が出そうになりながらもそう言うと、
リアンダーは真顔を向けたまま口を開いた。
「・・・あのバカ・・・コホン。
失礼致しました。
エル様を迎えに行ってまいりますので・・・」
そう言うとリアンダーは一瞬にしてユウナギの前から姿を消したのだった。
「・・・リ、リアンダァァァァッ!?
何か言ってくれよぉぉぉぉっ!
まじで恥ずかしいんですけどぉぉぉぉぉっ!」
そう叫び声を高らかに挙げたユウナギに、
笑いを我慢出来なくなった四神達が爆笑したのは言うまでもなかった。
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