第17話 リ・ブレイブ

突如として目の前から姿を消したマイノーターに、

ノヴィークは気配察知と魔力察知を使用していた。


(ど、どこへ行ったのだっ!?)


目を閉じ視界を封じる事で感知レベルを上げるのだが、

マイノーターの居場所が掴めず苦悶に満ちた表情を見せつつ目を開けた。


すると少し離れた所で女の声が聞こえると、双眼を見開きつつ視線を向けた。


「バカな・・・?な、何故、そのような所にっ!?」


ノヴィークは驚愕した声を挙げ、その額からは汗が一筋流れ落ちた。


「わ、私は気配察知と魔力感知を使用したのだぞっ!?

 そ、それなのに何故・・・何故貴様はそんな所にっ!?」


見開かれた双眼が捉えたモノは、

マイノーターがボロボロになったユウナギに寄り添い、

肩を貸そうとしていた光景を見たからだった。


マイノーターはユウナギに寄り添いながらも、

一瞬視線をノヴィークへと向けると口調を変え言葉を漏らした。


「うち・・・誰があんたと戦うって言うたんや?」


「なっ!?ど、どう言う事だっ!?」


「うちはな~?主様のサポートがしたいだけなんよ・・・。

 そんなお金にもならんような事を~何でせなあきまへんの~?

 それにな~・・・あんた・・・。

 誰が好き好んで、血みどろの戦いをせなあかんのんや?

 だいいちうちは~・・・戦うのは得意やないしなぁ~♪

 ほんま~・・・嫌やわぁ~♪」


ノヴィークはその言葉に頭の中が真っ白に染まり、

少しの間マイノーターの言葉の意味を理解しようと必死になっていたのだった。


「ノ、ノヴィークッ!どうしたのですかっ!?ノヴィークッ!?」


そしてそれを見ていたプレハは、

怒りに肩を震わせながらノヴィークに声をかけるのだが、

その声は今のノヴィークには届かなかったのである。



「あ、主様~・・・あぁ、もう~・・・こ、こんなにボロボロになってしもうて~

 あっ、で、でも~傷つきボロボロになってるそんなお姿も・・・

 私にとっては愛情と言う名の調味料でしか~ないわな~?

 私も危ない女やね~♪嫌やわ~♪フフフ♪」


頬を赤く染めながらもじもじとし始めたマイノーターに、

ユウナギはプルプルと震えつつ視線をマイノーターへと移すと・・・。


「ウゼ~・・・まじウゼ~・・・」


ボロボロになったユウナギは覚束ない視線でマイノータの姿を捉えると、

頭に「ドゴンッ!」と、頭突きを食らわせたのだった。


「はぐぅっ!」っと呻き声を上げながら倒れるマイノーターの額からは、

湯気が立ち昇り、その衝撃の強さが計り知れた。


「ぬぅおぉぉぉぉぉっ!」


「邪魔すんじゃねーよ・・・」


額を押さえ悶絶するマイノーターに、ユウナギはほとんど見えない視線を落とすと、

再び正面を見据えヨロヨロと歩み始めた。



再び歩み始めたユウナギを見たプレハは、

魔力を増大させながらノヴィークに必死になって叫んでいた。


「ノヴィークッ!いつまでそうしているのですっ!

 いい加減に目を覚ましなさいっ!聞こえているのですかっ!

 わ、私の声に応えるのですっ!聞こえないのですかっ!?

 命令ですっ!ノヴィークッ!私の声に応えなさいっ!」


「・・・ハッ!?プ、プレハ様・・・わ、私は一体・・・」


「よ、良かった・・・私の声が届いたようですね?

 それよりノヴィークッ!前を向きなさいっ!

 あの死にぞこないが向かって来ているのですよっ!

 今すぐ終わらせなさいっ!」


「はっ!か、かしこまりましたっ!」


そう声を挙げながらヨロヨロと迫るユウナギに対して短剣を構えると、

ノヴィークは己の気持ちを口にしたのだった。


「人族の身でありながら、よくぞここまで持ち応えた・・・。

 敵ながら称賛に値しよう・・・私も貴様を認めてやる。

 だが・・・だ・・・。

 プレハ様より命が下った以上、これ以上放置は出来んのだ。

 貴様の憂いを今・・・ここで断ち切ってやろうっ!

 死神・・・終わりだぁぁぁっ!」


そう叫びながら一気に地面を蹴り出し駆けて行く。

猛然と迫るノヴィークにユウナギは「フッ」と笑みを浮かべると、

ユウナギとノヴィークが交差する瞬間、こう呟いていた。


「・・・終わるのは、この身体だけだがな?」


「な、何をっ!?」


その声がノヴィークへと届いた瞬間ユウナギの身体には、

ノヴィークが突き出した短剣が根本まで刺さっていたのだった。


「・・・消え失せろっ!死神ぃぃぃっ!」


ノヴィークは魔力を込め突き刺した短剣をグリッと捩じると

その短剣を引き抜きユウナギの噴き出した鮮血を体中に浴びた。


そしてそのまま後退しユウナギとの距離を取り残忍な笑みを浮かべていると、

ふと視界の隅に違和感が生まれたのだった。


その違和感に己の本能が反応を示すと、視線をその違和感の元へと向け、

ノヴィークは思わず笑みを引きつらせて凍り付いてしまった。


同様に薄く笑みを浮かべていたプレハも、ノヴィークの様子に気付き、

視線をマイノーターへと向けたのだが、

その様子にプレハもまたノヴィーク同様、その笑みを凍り付かせていた。


そしてそんなプレハの口から絞り出された言葉は・・・。


「・・・ど、どうし・・・て・・・?」



その言葉の意味は、蹲っているノヴィークだけが理解出来た。

だが、魂の奥底から来る衝撃に、プレハは自然と口から言葉を漏らして行った。


「どうして・・・笑っている・・・のです?」


その問いにマイノーターはすくっと立ち上がると、

冷笑を浮かべクイッと顎でユウナギを見るようにと促すのだった。


そんなマイノーターの誘導に視線を向けたプレハとノヴィーク・・・。

2人が促された先に見たモノは・・・。


「バッ!バ、バカなっ!?」


「・・・ど、どうして・・・たっ、立って・・・立って居るのですっ!?

 あ、ありえませんわ・・・な、何故、貴方は・・・」


ノヴィークとプレハは腹部から大量に出血するユウナギを見て愕然としていた。

小刻みに震えフラつきながらもユウナギは己の足で立っており、

死ぬ気配がユウナギの表情からは微塵も感じなかったからだった。


「何故・・・何故生きて・・・いる?」


悪寒が身体を支配していくのを実感しながら、

ノヴィークはそう呟くように口を開くと、

ニヤ~っと薄気味悪い笑みを浮かべたユウナギが、

口から吐血しながらも声を漏らした。


「ゴフッ!こ、これくらいで・・・お、俺が死ぬなん・・・て、

 あ、ありえ・・・ねぇー・・・ぜ」


「・・・そ、そんなっ!?」


「い、一体この・・・この男に何が起こっていると言うのですっ!?

 こ、答えなさいっ!ノヴィークッ!」


「・・・・・」


驚愕し顔も青ざめていくプレハと、思考を完全停止させているノヴィークに、

答えなどわかるはずもなかった。

そして冷笑を見せていたマイノーターがこの場に相応しくないような口調で、

軽やかにその口を開いていった。


「フフフッ・・・。

 このうちがこないにお慕いしている主様が・・・。

 あんたら見たいなドサンピンのチンケな攻撃で死ぬやなんて~・・・。

 そんな事・・・フフフッ、天地がひっくり返ってもありえやしまへんわ~♪

 そしてあんたらは、後悔したらええわ~♪

 主様が居るこのルクナの街で、悪事を働いてしもうた事をなぁ~?

 ほんまに、ご愁傷様です~♪」


両手で自らの頬を覆い、その右手の小指が口に咥えられ、

そしてマイノーターの口元からぬらりと流れ落ちるその唾液に、

この場の異常さが今更ながら感じ取れたのだった。


そんなアブノーマルな悦に浸ったマイノーターの妖艶な笑みに、

プレハとノヴィークの魂が・・・

決して立ち入ってはならない領域へと踏み出していた事に気付いたのだった。


そして・・・これから起こるであろう、絶望と・・・。

そうと理解は出来ていても、この狂気に飲み込まれたプレハは言葉を漏らした。


「こ、この女・・・く、狂ってる・・・」


そう絞り出した言葉にマイノーターはブレハへと流し目を向け、

更に妖艶で狂気に満ちた笑みをこぼすと、その口を開いた。


「フフフッ♪この程度で狂ってるやなんて・・・

 あんた、子供みたいな事を言いはりますな~?

 よう~この世界で今まで生き残ってきはりましたな~?

 あっ、確かあんたらは・・・幼子しか狙わへんよってに、

 そんな可愛い事しか言えやしまへんのやな~?

 ほんまに・・・ゲスの極みもここまで来たら、

 うち・・・おかしゅうて、おかしゅうて~・・・笑い転げてしまいますわ~♪

 フフフッ♪ほんまに~堪忍やわ~♪」


「私達が・・・こ、子供・・・だとっ!?そっ、そんな・・・」


「この慧眼のプレハが・・・こ、子供扱い・・・!?」


言葉のやり取りでノヴィークは恐怖から絶望へと変わり、

完全なる死を確信するのだった。

そしてプレハもまた己を子供扱いされた事に、俯き1人ブツブツと言い始めていた。


そんな2人を気にする事もなく、

再び悦に浸った妖艶な笑みを浮かべたマイノーターは、

血に染まったユウナギに向けて声を挙げた。


「さぁ~・・・♪我が愛しの主様♪

 忠実なる下僕で在るこのマイノーターめに、

 真なるお姿をお見せ下さいまし♪」


その声に血塗まみれなユウナギは「フッ」と笑みを浮かべると、

ブルブルと震える右腕を上げ、

そして迷いもなく自らの・・・己の胸へ「ズブッ!」と、突き刺したのだった。


「ゴフッ!へっへっへっ・・・や、やっぱ・・・い、痛てー・・・な・・・」


「「っ!?」」


声にならない声がプレハとノヴィークから漏れる中、

ユウナギは口から大量に吐血しながら己の胸の中に沈めたその右腕を引き抜いた。


「ブシャァァァッ!」と、鮮血が噴き出し、辺り一面を血で染め上げ、

この幻魔空間に血液の匂いが立ち込めると、

ユウナギは引き抜いた腕を真っ直ぐに突き出しその手を広げた。


急激にユウナギの視界が暗くなる中、

己の手の中に在る、妖しく銀色の光を放つその物体に視線を移すと、

(ビィーッ!ビィーッ!ビィーッ!)と、

ユウナギの頭の中で警告音が五月蠅く鳴り響き渡っていた。


妖しく・・・そして銀色に光るその物体をユウナギは「ガシッ!」と握ると、

天にその物体を掴んだ右腕を突き上げ、力の限り叫んだ。


「リ・ブレイブッ!」


その叫び声と同時に、突き上げられたその手に力が込められると、

「パキーンッ!」と、その物体が砕け散り「はぁぁぁぁぁぁっ!」と、

気合に満ちた声を挙げながら、両腕を胸の辺りでクロスさせると、

勢いよくその腕を左右へ広げた。


すると「シュイン、シュイン、シュイン・・・」と妙な音が鳴り始めるのと同時に、

銀色のまばゆい光りに包まれ、その光はゆっくりと大岩の上に移動し、

そして着地するかのように停止した。


その眩い光にプレハとノヴィークは顔を背けていたのだが、

ただ1人、その眩さに双眼を見開いたままのマイノーターだけが、

期待に胸を熱く焦がし、全て見逃すまいと羨望の眼差しを向けていたのだった。


そしてその銀色の眩い光が消滅すると、そこには血塗れになったユウナギではなく、

精悍な顔立ちをした男が立っており、その生命力溢れる瞳を向けていた。


ぺたん・・・と、突然全身の力が抜けたかのように、

地面に膝を着くと、絶望を悟ったかのような声を絞り出すように漏らした。


「お、お、お前・・・は・・・ま、まさ・・・か・・・」


そう声を発したのは・・・ノヴィークだった。


ガタガタと震えながら、両足の踵で必死に後退しようと藻掻いていると、

大岩の上に立つ男は鋭い視線を向け口を開いた。


「久しぶりだな~・・・。

 てめぇー・・・ノヴィークッ!よくも俺を嵌めてくれやがったな~?」


「ヒ、ヒィッ!バ、バカなっ!?ど、どうして・・・き、貴様・・・がっ!?」


「・・・貴様ってのは・・・俺の事・・・か?」


ユウナギは殺気を放ちながらノヴィークを睨むと、

咄嗟に頭を抱え込み、その場に再び蹲ってしまったのだ。


「いっ、いえっ!・・・お、御許しをーっ!リョ、リョウヘイ様ぁぁぁっ!

 どうか・・・どうかっ!命だけはぁぁぁっ!御許しをぉぉぉぉっ!」


蹲りながらそう繰り返すノヴィークに、ユウナギはその視線をプレハへと向けた。

するとプレハはユウナギから溢れ出る魔力におののきながらも言葉を発した。


「・・・ば、化け物・・・め・・・」


そう声を漏らすのが精一杯だったプレハに、

ユウナギの顔つきが変わると、何の予備動作もなく、

プレハが気付いた時には、ユウナギは眼前に存在していたのだった。


「ヒィッ!?」


「はぁぁっ!」


「ベキッ!」


「ブゥゴォッ!」


ユウナギはプレハの眼前に出現すると、

何の躊躇いもなく、プレハの顔面をを蹴り飛ばしていた。


「プ、プレ・・・うぐっ」


ノヴィークがそう声を漏らしたのだが、

その声は最後まで発する事が出来ず、ユウナギの視線に屈する形となったのだ。


絶望で押し黙るノヴィークに向き直ったユウナギは、

魔力を滾らせながらゆっくりとその歩みを進め始めた。


そしてその時、遠く離れた場所で、「ドカーン」と衝突音が響いて来たのだった。


その音がした方へと一瞬視線を向けたユウナギだったが、

その歩みを止める事はなく、ただ真っ直ぐ向かって行った。


そしてノヴィークの元へと辿り着いたユウナギは、

静かに・・・ただ静かに口を開き話を切り出して行く。


「ノヴィーク・・・聞きたい事が山ほどあるんだが?」


「ハッ、ハハァァァァァッ!」


ユウナギのその言葉に込められた威圧の前に、

ノヴィークは成す術べもなく、ただ土下座で頭を下げるしかなかった。


そんなノヴィークを見ながらも、ユウナギの話は続いていく。


「勿論・・・話すよな?」


「・・・・・」


押し黙るノヴィークにユウナギは「・・・そうか」と呟くと、

「パチン」と指を弾きながらこう言った。


「ナイト・メア」


その瞬間「ドクッ!」とノヴィークの心臓が波打つと、

虚ろな双眼を見開いたまま硬直してしまった。


そう・・・。

まるでノヴィークは、その精神だけが別の世界に行ったかのように・・・。


そしてユウナギは、妖しい眼差しを向けているマイノーターに視線を向けると、

溜息を吐きながら口を開いた。


「・・・はぁ~・・・あ~・・・マイノーター?」


「・・・は、ふぁい♪」


悦に浸るマイノーターから視線を外しながら話を続けるのだが、

マイノーターから顔を背けたユウナギの顔は、

とても辛辣に嫌そうな顔をしていたのだった。


「こいつを見てろ。殺すなよ?」


「・・・ふぁい♪」


マイノーターの言葉に物言いたげな表情を浮かべながらも、

ぐっと堪えると、一瞬にしてその場から姿を消したのだった。


ユウナギの居なくなった空間を、

未だに悦なる眼差しで見続けるマイノーターだったが、

誰にも聞こえないほどの微かな声で・・・。


「・・・お兄様♪」と、そう言ったのだが、その真意は誰も知らない。

そう・・・例えこの世界の創造主であったとしても・・・。


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