第9話 名を刻んで死になさい
シシリーがアスティナと魔族の戦闘を終えた頃・・・。
アスティナが作り出した偽装空間の街の一角では、
何故かシシリーとスナッチが戦闘を繰り広げていた。
「はぁぁぁっ!くたばれっ!女ぁぁぁっ!」
「・・・・・」
「ガキンッ!パシュッ!ズサッ!ドコッ!ドカッ!」っと、
長剣と鞭との熾烈な攻防を繰り広げていた。
スナッチの長剣での物理攻撃、そして膨大な魔力で繰り出される魔法での攻撃。
それをことごとく躱し、捌き、防ぎ・・・
スナッチが隙を見せようモノなら、透かさず攻撃へと転じた。
そんな相手にスナッチの焦りは色濃くなり、動揺が見て取れるのだった。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・ど、どう言う事だ・・・。
な、何故高貴なる私の剣が当たらないのだっ!
我が魔法までも容易く・・・ちっ!」
息を荒々しくしながら、眼前で鞭を構えるグリーン・アイズの女を見据えていた。
「貴様っ!何故、我々の邪魔をするっ!
見たところ・・・同じ魔族のようだが、何処の手の者だっ!」
「・・・・・」
スナッチの問いに無言を貫くシシリーに、
殺気を放つもそれすらも搔き消されたのだった。
スナッチは長剣を構え直し、己の中に在る残存魔力量を確認していった。
(魔力量は問題ない・・・。
それに私には「魔装」があるしな。
だが、中級クラスの魔法では防がれてしまう・・・。
えぇぇいっ!この私を愚弄しおってぇーっ!
魔力の消費は激しいが、ここは上級魔法で・・・)
スナッチがそう考えた時だった・・・。
「あ~ら?貴方はまだ私の
突然スナッチの背後・・・
いや、耳元で艶やかな声でそう囁かれたのと同時に、
「ゾクッ!」と悪寒が駆け抜けて行った。
「なっ!?」
咄嗟に離脱し距離を取ると、
もう一人のシシリーが笑顔を向けて立って居たのだった。
「ど、どう言う事だっ!?お、同じ女が・・・」
困惑するスナッチにシシリーは嘲笑した。
「フフフフフフフフフッ!」
シシリーの嘲笑が終わる頃、
スナッチが得体の知れないプレッシャーに、
ほんの一瞬汗を拭った間に、シシリーの姿は掻き消えていたのだった。
「ハッ!い、居ないっ!?ヤツは・・・ど、どこだっ!?」
辺りをキョロキョロと見渡したが、
先程まで戦っていたもう1人のシシリーの姿しかなかった。
すると再び・・・。
「や~ね?そんなに慌てて逃げなくても~♪」
と、再びスナッチの耳元でそう囁かれると、
先程の何倍もの悪寒が身体の隅々まで浸透して行った。
「うあ、うあぁぁぁぁっ!?」
悪寒が・・・いや、そんな生易しいモノではなかった。
例えるならそう・・・「死」だ。
そのあまりの恐怖にスナッチは無様に尻もちを着くと、
再び無様に這いつくばり逃げ始めた。
「ち、近寄るなっ!こ、この、化け物めっ!」
そしてまたシシリーと少し距離を取ると、
慌てて立ち上がり震える手で長剣を構えた。
(こ、この・・・この高貴なるわ、私が・・・恐怖など・・・)
長剣を構えるスナッチの両手は、恐怖により汗が滴り落ちるほどだったのだ。
そんな様子を見たシシリーは、
少し口角を上げると楽し気な口調で話し始めた。
「確か・・・スナッチと言いましたか?
そんなに慌てなくても宜しいではありませんかぁ~?
フフフフフッ♪」
スナッチは額から溢れ出す汗を拭うと、先程の光景を思い出し、
背後を気にしながらも口を開いた。
「き、貴様は、い、一体誰の手の者だっ!
わ、私を魔族の
「誰の手って、そう言われましても・・・ね~?
それに・・・狼藉?
フフフ・・・貴方?面白い事をおっしいますわね?」
大袈裟に肩を竦めて見せながらも、
その口元は妖しく笑みを浮かべ凍てつくような殺気を放っていた。
その余裕ある態度を目にしたスナッチの本能が、
シシリーに逆らう事を拒否したかのように、自然と口調が変わった。
「ど、何処の手の者かは知らんが・・・わ、我々の邪魔をしないで頂きたいっ!」
凍てつくような殺気により、スナッチの口調が変わった事に気付いたシシリーは、
妖しく笑みを浮かべると、からかうように話し始めた。
「あ~ら~?高貴なる魔族のスナッチ様とあろう者がぁ~、
「・・・くっ!」
それまでおどけて見せていたシシリーの顔から突如豹変し、
冷酷な眼光と、その無表情さだけがスナッチの目に焼き付いた。
「フッ・・・貴方の器が・・・知れますわね?」
「うぐっ!」
スナッチはその声を聴いた瞬間、
何かに心臓を握り締められているかのような錯覚に見舞われると、
心臓の辺りを苦しそうに掴んで片膝を着いた。
するとシシリーはスナッチの様子を気にすることもなく、
薄く口角を上げながら話を続けていく。
「先程の貴方の問いですが・・・
何故、私がもう1人居るかと言う事にお答えしましょう。
貴方が今まで戦っていた相手は・・・」
そう話した所でシシリーは、指を「パチン」と弾いて見せた。
その瞬間、シシリーと言う人の形をしていたモノが、
一輪の小さな淡い黄色のバラへと姿を変えたのだった。
「フフフッ、それの名称は「
簡単に言いますと・・・「擬体」ですわ♪
その程度のモノと互角とは・・・・フフフッ♪」
シシリーの言葉にスナッチは唖然としながらも、
信じられないと言った表情を浮かべ膝を折り、地面に両手を着いてしまった。
「わ、私は・・・こんなちっぽけな花と戦っていたのかっ!?
バカなっ! ?わ、私と対等な力を持つ花など・・・
あって・・・、あってたまるかぁぁぁっ!」
真実を知って狂乱するスナッチに、シシリーは再び口角を上げつつ、
叫ぶスナッチを無視して説明をしていった。
「そのバラの名は、
非常に強健で病害虫に強い花なの♪
あ~・・・でもね?この子って我儘な子だから、
剪定できちんと樹形を整えないと、枝が暴れまわって大変なのよ~♪」
突然花の説明をし始めたシシリーに、
スナッチは苦虫を噛み潰したような表情に変わっていた。
「と、突然・・・なっ、なんの話だっ!」
「あら?その子の説明なんだけど・・・気に入らないかしら?
やっぱり貴方・・・器が小さい方なのですね?」
「なっ、何だとっ!?無礼者めっ!」
スナッチがそう怒鳴り散らすも、シシリーには何処吹く風・・・。
それどころか呆けたような表情を浮かべ、
天へと顔を上げ、まるで神に祈るようなポーズで語り始めた。
「そんな貴方と比べて私が愛する御方は・・・。
生きとし生けるもの・・・
あらゆる生命を愛しておられる・・・そんな御方なのです♪
私の花の話を何時間でも、黙って頷いて聞いて下さるのです♪
器の違いがこれだけでもわかると言うものですね♪」
シシリーが悦に浸りながら話を続ける中、
スナッチはこめかみをヒクヒクさせ苛立ちを見せていた。
「・・・こ、こんな時に、くだらない話などっ!
わ、私をどこまで愚弄する気なのだっ!」
そうスナッチが言葉を吐いたのだが、
ユウナギに関する話をし始めると、誰にも止める事など出来ないのだ。
そうたった一人・・・。
ユウナギ以外には・・・。
※ 説明しよう。
先程のシシリーの話には大きな誤解がある。
ユウナギはシシリーの長い話に耐え切れずただ・・・眠っていただけだった。
頷いて見えたのは、「こっくり~こっくり~」と、なっていただけであり、
シシリーの話を聞いていた訳ではなかったのだ。
更に言うと・・・。
ユウナギの特技の1つでもあるのだが・・・。
それは目を開けて眠る事である。
本人曰くこの特技は、
「長い会議の時にはかなり使えるんだぞっ!」との事である。
説明終了。
意味のない話が終わらないシシリーに、怒りに震えたスナッチは業を煮やすと、
長剣を構えシシリーに駆け出し、気合の雄叫びと共にその剣を振り下ろした。
「キィェェェェェェッ!」
(とったぞぉぉぉっ!)
「ピタッ!」
「・・・なっ!?」
スナッチによってシシリーの首に振り下ろされた刃は、
シシリーのその細い人差し指の腹で難なく防がれたのだった。
(わ、私のこ、渾身の一撃が・・・ゆ、指1本・・・!?)
そしてこの現状を理解出来ないでいるスナッチへと、
その冷ややかで鋭い視線がシシリーから向けられたのだった。
「ヒィッ!?」
スナッチはシシリーのその視線から離脱する為、地面を転げ回り、
再びシシリーに醜態を晒す事になったのだった。
そんなスナッチを見たシシリーは吐き捨てるようにこう言った。
「・・・無様ね」
その言葉にスナッチの怒りに火が着くと・・・。
「き、貴様が誰の手の者で、何者であろうとっ!私が負けるはずがないのだっ!
はぁぁぁぁぁっ!我が魔力よっ!全解放っ!纏えっ!魔装っ!」
全魔力解放で作り出した魔力の鎧・・・「
「貴様は危険だ・・・あまりにも・・・危険だっ!
貴様を生かしておいては・・・高貴なる我々の障害となるっ!」
「危険・・・?障害・・・?フフフ・・・戯言を♪」
「・・・戯言だとっ!?」
この時スナッチは見てしまった。
その美しいグリーンアイズのその奥に潜む・・・邪悪な炎を・・・。
そしてその瞬間、魔族としての本能が全身に悪寒を走らせると、
ガタガタと全身の筋肉が痙攣し始めるのだった。
「・・・こ、こんなヤツが・・・まだこの時代に・・・!?」
「どんな理由かは知りませんし、全く興味もありませんが・・・。
ただ・・・幼き子らの命を弄ぶ事など・・・
あの御方は決してお許しにはなりません。
そして・・・この
そう言い終わるとシシリーは、黒い喪服のようなドレスの袖の中から、
一輪の黒いバラを取り出すと・・・。
「クライミング・ローズッ!」
そう言葉を発すると、
黒バラはその形状を黒い
「パシッ!」と、クライミングローズを地面に打ち着けると、
その地面は斬り裂かれ黒く変色していた。
「フフフッ、偽花の茨の鞭とは違い・・・
その言葉とその威力に、スナッチの表情は見る見る青ざめて行った。
そしてその視線を再びシシリーに向けた時、
シシリーのグリーンアイズが妖しく光を放っていた。
「いつまでもあの御方を待たせる訳には行きませんので、
そろそろ終わらせると致しましょう♪
下賤なる器の小さい愚かな魔族よ・・・。
愚かなる己を恥じながら・・・逝きなさい」
スナッチは拳を強く握り締めると、長剣に魔力を流し強化していった。
そして軽く息を吐くと集中し始めたのだった。
(こんな化け物魔族・・・この世にまだ居たとはな?
あの御方と言う者が誰なのかはわからないが、
この女を従えている者だ・・・よほどの者なのだろう)
「だがなっ!私も高貴なる血統を継いだ魔族の1人だっ!
一矢も報いず死ねるはずもないっ!」
そんなスナッチにシシリーは冷笑を浮かべこうつぶやいた。
「意気込みは・・・認めるわ。
フフフ・・・だけど・・・ね」
シシリーがそう言い終わるか終わらないかの刹那の瞬間、
スナッチはその距離を一瞬で縮めると・・・。
「キィェェェェッ!」と、気合と魔力を込めた一撃がシシリーを襲った。
そして最大限の力を以って振り下ろされた一撃は、
「ギャンッ!」と、独特の金属音を放ち石畳に傷を付けた程度に終わったのだ。
「・・・居な・・・い?何故・・・居ない・・・のだ?
それに・・・何・・・だ?この違和感・・・は?
わ、我の・・・一撃・・・が・・・
何故こ・・・んなに・・・も・・・弱いの・・・だ?」
その瞬間だった・・・。
「ゴフッ!」と、
スナッチの口から吐き出されると、
すぐ隣で何かが「ドサッ!」と倒れる音がした。
「なっ!?」
その音がした方に視線を落とした時、スナッチは事の全てを認識した。
「こ、この・・・わ、私が・・・真っ二つ・・・に・・・?」
そう認識すると、「ドサッ!」と、石畳の上に崩れ落ちた。
そしてそこで見たモノとは・・・。
縦に真っ二つに切断されたスナッチ自身の半身だった。
虚ろな目で茫然と見つめるスナッチは、薄れゆく意識の中、
その半身が黒く変色し、融解して行くところを見る事になった。
「ま、まさ・・・か・・・これ・・・は・・・まど・・・くか?」
そんなスナッチの問いに、聞き取りづらくなったシシリーの声が聞こえた。
「正解よ♪それは魔毒・・・よく知っていたわね?」
「で、でんせ・・・つだけの・・・は、はなし・・・だと・・・」
シシリーは意識があるスナッチの半身も既に融解し始めるのを、
ただ冷たい眼差しで見つめていた。
そしてスナッチの意識が絶たれるその瞬間、
シシリーは抑揚のない冷たい声でこう言った。
「
名を・・・シシリー。「魔毒の女王シシリー」
この通り名なら・・・ご存じかもしれませんわね?
下賤なる魔族よ・・・私の名を刻んで・・・死になさい」
その名を聞いた瞬間だった。
一度カッ!と目が見開かれ一言こういった。
「でんせ・・・つの・・・じょお・・・うが・・・いき・・・て・・・」
そしてスナッチは、そのまま魔毒によって融解し、
跡形もなく消え去ってしまった。
それを見届けたシシリーはくるっと
「カツンッ!カツンッ!カツンッ!」と、石畳の上を歩くヒールの音だけが、
生命の存在しないこの、偽装空間に響き渡っていたのだった。
シシリーはその後、そのままアスティナの元へと向かうと周りを見渡しながら、
その口を開いた。
「はぁ~・・・この子はまだ意識を失っているのね~?
起こすのも面倒だからお先に失礼するわ♪」
未だ意識を失っているアスティナを見下ろすと、そう言葉を漏らした。
そしてその言葉通り、転移でユウナギの元へと駆け付けようとするのだが・・・。
「あぁぁーっ!そうだったわっ!はぁぁぁ~・・・どうしましょっ!?」
そう叫ぶと顔を
「この子が目を覚まさないと、戻れないんだったわね~・・・。
これじゃ~ユウナギ様の元へ駆けつけられないじゃない」
シシリーは頬をポリポリと掻くと再び溜息を吐き、
目を覚まさないアスティナを抱き起すと・・・。
「ちょっとっ!アスティナっ!貴女・・・いい加減に目を覚ましなさいよっ!」
「バチンッ!バチンッ!」と、アスティナの頬を叩き意識の回復を試みたが、
一向に目を覚まさなかった。
「もうっ!これじゃ~ユウナギ様に、
私のいいところが見せられないじゃないのっ!
せっっっかくアピール出来ると思ったのにぃぃぃっ!」
そう叫んだところでシシリーは再び項垂れると、
ユウナギに念話を送り状況を説明しようとした。
(ユウナギ様っ!シシリーですっ!聞こえますかっ!)
シシリーは何度か念話を試みたのだが、返ってきたのは・・・。
(Zzz・・・Zzz・・・ふごぉぉぉーっ!)と、言う
「はぁ~・・・ご、豪快な鼾も素敵ですけど・・・んっ、もうっ!!」
悲しそうにそう叫ぶと、腕の中で横たわるアスティナに視線を移し、
シシリーは声を思いっきり張り上げた。
「いい加減に目を覚ましなさいよぉぉーっ!
ね、ねぇ・・・お願いっ!起きてぇーっ!
後で植物用の栄養剤あげるからぁーっ!だから起きてぇぇーっ!」
アスティナが作り出したこの偽装空間で、
シシリーの絶叫だけが虚しく響き渡っていたのだった。
そしてこの時、まだ念話が繋がっていたユウナギからは・・・。
(す、すみま・・・せん。肉まん・・・1つ、宜しいでしょうか?
ふんがぁぁぁぁーっ!)
「・・・もう、嫌ぁぁぁぁぁぁっ!」と、シシリーの絶叫が再び響き渡った。
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