第8話 超一流の女優

「イッツッ!ショーターイムッ!」


魔族達は唖然としたままアスティナの声を聴いていた。

だが、庁舎の部屋から飛ばされた事に未だ思考が停止してしまっていたのだった。


「・・・ど、どうして・・・こんな所に!?」


「ス、スナッチ・・・様・・・これは一体どう言う・・・?」


そんな時だった・・・。


「シュッ!」と、音を立てて石畳の地面に突き刺さったのは、

瑞々しい精気を帯びた一輪のバラだった。


何事かと視線をそのバラへと向けた時、

そのバラは「パンッ!」と弾け散ると、淡い紫の煙が辺り一面に立ち込めた。


「!?」


弾け飛んだ後、慌ててスナッチが後方へと飛ぶと、

何者かの視線を感じ、月明かりに照らされた建物の屋根を見た。


「・・・ん?人・・・影・・・か?」


スナッチは未だ金縛り状態の男を見て、「ちっ!」と舌打ちすると、

視線の先に在る人影に向かい駆け出したのだった。


(この程度の事で固まってしまうとはな・・・)


立ち竦む部下に対し、スナッチは顔を引きつらせていた。

すると屋根の上に居るその人影から言葉が発せられた。


「・・・坊や♪いらっしゃい♪たっぷりと・・・遊んであ・げ・る♪」


「・・・き、貴様ぁぁぁっ!高貴なる我を愚弄するかっ!」


「フフフ♪」


そう笑うとその人影は「こっちよ♪」と言葉を残し、

月明かりが照らす屋根の上から姿を消したのだった。


スナッチの後姿をただ茫然と見ていた魔族に対し、

どこからともなく声が聞こえてきた。


「あんたの相手は私よ♪」


落ち着いた口調がそう聞こえると、

その魔族は「ハッ!」と我に返り、辺りを見渡した。


すると、50mほど先の暗い建物の中から、

アスティナがゆっくりと歩きながら姿を現した。


「・・・き、貴様っ!なっ、何者だっ!」


額に青筋を浮かべ怒りに顔を歪ませた魔族にアスティナは、

ニヤリと笑みを浮かべながら答えた。


(えっと~・・・こう言う場合って、

 確かユウナギが言っていた「名乗り」ってのをするのよね?

 ふっふっふっ!バッチリ、ガッチリ決めてやろうじゃないのっ!)


「フッ・・・いいわ、冥土の土産に教えてあげるわ♪」


「冥土・・・だとっ!?」


アスティナは冷たい眼差しを向けつつ立ち止まると、

妙なポーズを取りながら叫んだ。


「私はっ!愛の戦しゅぅい・・・・・・。・・・うぅぅ・・・」


「・・・・・な、なん・・・だ?」


アスティナはカッコよく決めようとポーズまで取ったのだが、

初めての「名乗り」で緊張したせいか、思わず声が裏返ってしまったのだった。

羞恥に打ちのめされたアスティナは、

頭皮全体の毛根から汗が噴き出すのを感じていた。


それを払拭するかのように数回頭を左右に振ると、

こう言ってのけたのだった。


「うっ・・・うぅぅぅ・・・ま、待ちなさいっ!今のは無しっ!

 も、もう1度やるわよっ!」


「はぃぃぃぃっ!?」


「なによっ!何か文句でもあんのっ!!」


「・・・・・」


顔を真っ赤にしたアスティナが、逆ギレしながら魔族にそう叫んだのだった。

そんなアスティナに呆れ返って口が塞がらないままの魔族を無視しながら、

アスティナは数歩後ろに下がると、

「コホン」と1つ咳払いをした後・・・リテイクに入ったのだった。


(なっ、なんなんだっ!あの女はっ!

 しかも俺・・・なんでこんなヤツに付き合ってんだ~?)


そんな事を考えていた魔族を他所に、

アスティナは眉間に皺を寄せながらも黙ってその魔族を見ていたのだった。


すると・・・。


「ちょっとっ!あんたっ!」


「・・・な、なんだよっ!?」


「とっとと、あんたのセリフを言いなさいよっ!

 こっちはあんた待ちなんだからっ!」


「・・・えっ、えぇ~っと~・・・

 お、俺待ちって言われても・・・」


アスティナの理不尽な物言いに、その魔族の頭は思考停止していたのだった。

だがしかし・・・。

そんな魔族にアスティナはまたもや理不尽な物言いを告げた。


「もうっ!いい加減にしなさいよっ!」


「え、えっ!?」


「あんた・・・まさか、セリフ・・・忘れちゃったんじゃないでしょうねっ!?」


「セ、セリフって~・・・?」


「はぁぁぁぁ~・・・あ、あんたね~?

 素人じゃないんだから、ちゃんとセリフくらい覚えておきなさいよっ!」


(し、素人・・・って、何っ!?

 お、俺・・・一体こいつに何をさせられてんだ??

 ダ、ダメだ・・・り、理解できん。

 ま、待て待てっ!落ち着け俺っ!

 え、えっと~まずだな・・・た、確か俺とスナッチ様が庁舎の~・・・)


魔族がアスティナの言動に翻弄され、

記憶を辿り始め思い出そうとしていた時だった・・・。


「あんたっ!」


「ハ、ハイッ!?」


「セリフ・・・まさか入っていない・・・って事はないわよね?」


「セ、セリフって、そ、そんな事を言われても・・・だな?」


そんな言葉が魔族から聞こえてきたアスティナは、

こめかみをヒクヒクさせつつ、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべると・・・。


・・・再びキレた。


「あんたそれでも役者なのっ!?」


「やっ、役者っ!?」


「フンッ!これだから三流役者はっ!!」


「や、役者っ!?

 い、いや・・・お、俺は役者じゃなくてだな?

 れ、れっきとしたま、魔族であってだな・・・」


「・・・はぁぁっ!?あんた・・・誰にモノ言ってんのよっ!

 私は超一流の女優よっ!いい加減にして頂戴っ!!」


「・・・ヒ、ヒィィィッ!!」


魔族の身体を射抜くような強烈な視線が、アスティナから繰り出されたのだった。

その眼力に魔族は生まれたての小鹿のようにガタガタと震え始めた。


そんな様子を見たアスティナは、溜息を吐くと・・・。


「はぁぁ~・・・もういいわ」


「え、えっ?」


「いい?これが最後だから・・・」


「・・・はい?」


魔族の額からはおびただしい量の汗が滝のように流れ落ちていた。

それすら気にする事もなく、アスティナは話を続けて行った。


「あんたのセリフは・・・き、貴様っ!なっ、何者だっ!・・・よ。

 ・・・わかった?」


「・・・は、はい」


「・・・宜しい。では、最初から・・・」


「えっ?」


「あんたのセリフっ!

 き、貴様っ!なっ、何者だっ!・・・からよ?わかったわ・よ・ねっ?」


「はっ、はいっ!」


アスティナの迫力に押されたその魔族は、言われるがままに従ったのだが、

もう頭の中は何が何やらと困惑するしかなかった。


(お、俺・・・どうしたんだっ!?

 一体何がどうなってこんな事になってんだよっ!?

 あ、あの女・・・こぇぇ・・・よ。

 まじ・・・ッパねぇーぐらい・・・こえぇよっ!?)


魔族の男のメンタルはほぼ・・・ゼロになっていた。


圧倒的な迫力を見せつけたアスティナに、

魔族は渋々セリフ・・・とやらを言い始めた。


「き、貴様・・・な、何者・・・だ」


「声が小さーいっ!ちゃんと言いなさいよっ!

 いつまでこのシーンに時間かけてんのよっ!」


「す、すみま・・・せん」


「フンっ!」


魔族はアスティナの言われるがまま、

何度も同じセリフを言わされるはめになり、

ぶつぶつと言いながら定位置へと背中を向け戻って行った。


(い、いい加減にしやがれ・・・この糞ビ〇チッ!

 もう限界だ・・・お、俺のメンタルが・・・

 このまま付き合ってられるかっ!)


そして定位置に着いた瞬間振り返ると、

感情を爆発させ怒鳴り声を挙げた。


「いい加減にしろっ!貴様っ!ぶっ殺してやっ・・・えっ!?」


怒りの感情を爆発させたその瞬間、

既にアスティナが目の前で引きつった笑みを浮かべながら、

炎を纏ったその右拳を振りかぶっていたのだった。


「はぁぁぁぁっ!セイっ!」


「ヒィッ!」


「グシャッ!」と何かが砕ける音と、視界が潰れた瞬間、

魔族は吹き飛ばされ50m先の建物の壁に激突した。


「ドォーンッ!」と激しい衝突音を響かせ土煙が舞った。


(い・・・いっ・・・たい・・・な、何が?)


瓦礫に埋もれる魔族を冷ややかに見つめながら、

アスティナは言葉を発した。


「・・・セリフ・・・間違えているわよ?」


そんな言葉が魔族に聞こえた。


「バ・・・バカ・・・な。

 ま、魔族である・・・この・・・俺が・・・。

 たかが人族に・・・なんて・・・パワー・・・なんだ」


瓦礫の隙間からアスティナを見た魔族は、

その身体から溢れ出る力に驚愕するのだった。


「あ、あれが・・・人族なの・・・かっ!?

 ば、化け物・・・め」


そんな魔族の言葉がアスティナの耳に入って来たが、

そのアスティナはあらぬ方向に睨みを利かせていたのだった。


(あんた・・・そこで何してんのよ?)


そう念話を送ったアスティナの問いに答えたのは、

未だ屋根裏で、アスティナと魔族の戦いを座って見ていたシシリーだった。


(あら?気付いていたのね?)


(当たり前でしょ?って言うか・・・。

 あのスナッチってヤツと戦っているんじゃなかったの?)


(フフフ・・・まだ絶賛戦闘中よ♪)


そう言いながら立ち上がったシシリーは、ただ笑みを浮かべていた。

そんなシシリーにアスティナはより一層鋭い目つきになると・・・。


(・・・あっそっ!まぁ~別にいいわ。

 あんたには見せたくはなかったんだけど・・・)


シシリーから視線をはずすと、未だ瓦礫に埋もれた魔族に言い放った。


「いつまで瓦礫に埋もれてんのよっ!

 さっさと出て来なさいよっ!このクズ魔族っ!」


「グゥゥ・・・女っ!このまま済むと思うなよ・・・」


するとガラガラっと瓦礫を払いのけながら、

アスティナの一撃を食らった魔族がヨロヨロと立ち上がった。


「・・・ひどい顔ね?」


「だっ、誰のせいだっ!誰のっ!」


「ふんっ!知らないわよっ!」


「こ、このアマァァァァァッ!言わせておけばっ!」


「バシュッ!」


魔族の怒りが爆発するかのように、音を立てながら体が魔力が吹き上げた。


「へぇ~・・・雑魚・・・かと思っていたけど・・・」


「フフフ・・・俺の魔力量に今更驚いても・・・許さねぇ・・・。

 例え・・・女、子供だとしてもだっ!」


吹き出す魔力を全身に漲らせつつ、ゆっくりとアスティナに向かって歩いて行く。


「フッ・・・やっぱり・・・ただの雑魚ね♪」


「はぁぁぁっ!?貴様ぁぁぁっ!俺の一体どこが雑魚なんだっ!?

 貴様にも見えているはずだっ!

 この凄まじい魔力がなっ!

 女ぁぁっ!貴様はここで死ぬんだよっ!」


「・・・フッ」


怒りに任せて叫び散らす魔族に、

アスティナはただ笑みを浮かべていただけだった。


そして屋根の上からこちらを見ているシシリーの気配を感じながらも、

念話でポツリとつぶやいた。


(・・・見せてあげるわ)


(ええ♪高みの見物とさせていただくわ♪)


(言ってなさいよ)


シシリーがニヤリと笑みを浮かべつつも、

その鋭い視線をアスティナから外さなかった・・・いや、外せなかった。


何故なら今のアスティナからは、

凄まじい力を感じ取っていたからだった。



怒りの形相でアスティナへと歩みを進める魔族は、

その吹き出す魔力で全身を覆い、攻撃力と防御力を最大限に高めていった。


(一応・・・だ。

 念の為に・・・一応・・・最大限に・・・)


怒りの形相であるのは間違いないのだが、

その魔族の頬を冷たい汗が伝って行くのを感じていた。


そんな魔族から視線を外さないまま歩いていたアスティナは、

その歩みを止めると、目を閉じ半身になって構えを取って見せた。


(出来る事なら・・・使いたくなかったけど・・・ね。

 あの一撃で殺せないなら・・・はぁぁ~・・・もう、使うしかないわよね)


深くため息を吐いたアスティナは、

自分の中に在る「白銀の鎖」を感じ取ると呼吸を整え集中した。


「フェーズ・・・1《ワン》神力制限・・・解除・・・」


「パキンッ!」と、硝子が割れるような音が辺りに木霊した。

すると、アスティナの全身から、白銀の神力が溢れ始めるのだった。


「なっ、なんだ・・・それはまさか・・・し、神力・・・かっ!?」


アスティナに向かって歩いていた魔族の足は、

その様子に足を止めたのだった。

そして呻くように同じ言葉を連呼していた。


「あ、ありえ・・・ない・・・。

 ありえない、ありえない、ありえない・・・」


魔族が混乱を極めたその気配とその言葉を無視しながら、

大粒の汗が滲むアスティナは思考しつつ、そのつぶやきを続けて行く。


(左腕・・・1本の犠牲で倒せる・・・なら・・・別にいっか・・・)


「フェーズ・・・2《ツー》

 さ、左腕神鋼さわんしんこう・・・こ、拘束解・・・除・・・」


そうつぶやき終えると、ガキンッ!ジャラジャラッ!と金属音が木霊し、

その左腕から白銀の煙がユラユラと立ち昇った。


「ジャリ・・・」と、アスティナの未知なる力に、

魔族の本能が足を一歩・・・後退させたのだった。


(ヤ、ヤバ・・・い・・・な、何故かはわからんが・・・ヤバいっ!)


「なっ、なんなんだっ!お、お前はっ!

 いっ、いいいい一体・・・一体お前は何者なんだっ!?」


アスティナの迫力に少しずつ後ずさる魔族に、

静かに目を開けたアスティナはこう言った。


「・・・今の私は、悪の魔族を滅ぼす・・・愛の戦士・・・アスティナよっ!」


「・・・あ、愛の・・・戦士・・・だとぉぉぉっ!ふざけるなっ!」


自らを鼓舞するかのように、魔族はそう叫び声をあげ身構えると・・・。


「俺の名はっ!」


そう魔族が名乗りをあげようとした瞬間だった・・・。


「貫けっ!ズィルバーン・シュペーアッ!」(白銀の槍)


「!?」


一瞬アスティナのその左腕がキラリと光を放つと、

瞬く間にアスティナは魔族の背後10m先に移動していたのだった。


「んっ!?んっ!?」と、魔族は自分の身体をまさぐると、

身体に異常が見られず安堵の息を漏らした。

そして悠々と振り返り冷たい笑みを浮かべると、

高笑いをしながらその口を開いた。


「フフフ・・・ハッハッハッハッ!

 お、脅かしやがってぇぇぇっ!

 何をしたかは知らんがっ!俺はこの通りっ!無傷だっ!」


アスティナはそんな魔族の叫びを気にする事もなく、

振り向かずその左腕を少し上げて見せると、

その左腕は紫色に染まっていたのだった。


そして冷笑を浮かべながら口を開いた。


「あんた・・・もう死んでるわよ?」


「・・・えっ!?」


すると突然、魔族の胸の辺りから紫色の鮮血が飛び散った。


「なっ!?」


魔族はガクガクと小刻みに震えながら、

力が抜けていくその身体に視線を落とすと、

胸の辺りに大きな穴が開いていたのだった。


「バ、バカ・・・な!?あ、当たって・・・な・・・ど・・・!?」


魔族の血液である紫で染まったその左腕が、

シュゥゥゥっと、音を立てアスティナの左腕を浄化し始めていた。


魔族は後方へよろめきながら・・・


「き、貴様・・・なっ、何・・・者・・・だ・・・」


「ドサッ!」


「・・・今のセリフ・・・とても良かったわよ」


背中を向けたまま顔だけを少し向けながら、

アスティナは静かにそう言った。


そしてずっと見ていたであろうシシリーに身体を向けた時だった。

突然ガキンッ!と言う金属音と共に、アスティナはガタガタと身体を震わせると、

壊れた玩具のように、地面へと崩れ落ちたのだった。


「はっ、ははは・・・やっぱり・・・こう・・・なった・・・わね」


そう言葉を漏らしたアスティナは、意識が遠のいていく中、

最後にこんなことを考えていた。


(あの魔族の名・・・聞くのを忘れたわね?)


それからほどなく、その意識を手放したのだった。



そんな様子を屋根の上から見ていたシシリーだったが、

微動だにせず、ただ見つめていた。


「・・・馬鹿な事するわね?

 でも・・・そうしないと、勝てない相手だった・・・。

 フフフ・・・その根性だけは、認めてあげるわ♪」


その言葉とは対照的にシシリーは無表情なままだった。


そしてアスティナを助けに行こうともせず、視線を他所へと向けると、

少し面倒臭そうに口を開いた。


「ふぅ~・・・さて・・・。

 私の方もいい加減終わらせないと、ユウナギ様が心配だわ♪」


一度倒れているアスティナに視線を向け「フッ」と笑みを浮かべると、

そのまま姿を消したのだった。



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