第7話 魔毒の女王
ヒューマ達が秘書官を捕縛すべく馬車に乗り込んだ頃・・・。
カナールマイケル男爵が居る庁舎の一室を、
月明かりに照らされた屋根の上から眺める影が1つ・・・あった。
「さてっと~・・・このまま何事もなく過ぎてくれるといいんだけど・・・」
そんな事をボソッとつぶやいたのはアスティナだった。
少し鋭くなった視線を向けて監視を続けていた。
すると突然・・・。
(あー、あー・・・聞こえるか?アスティナ?)
「!?」
そう・・・突然アスティナの耳のピアスから、カートの声が聞こえてきた。
(おーいっ!アスティナーっ!)
(・・・聞こえてるわ、カート)
ボソリと返答したアスティナだったが、
その視線は男爵の部屋から離さなかった。
(こっちは無事にインガルを救出した。
今は秘書官を捕縛に向かう途中だが、そっちはどうなんだ?)
(そう・・・。わかったわ。
こっちはまだ動きはないわ)
(わかった。何かあったら声をかけてくれっ!)
(ええ・・・そうするわ)
少し素っ気ない返答だったが、アスティナの単独での仕事モード時は、
いつもこのような感じなのだ。
それから数分時間が経った頃・・・。
監視対象の人物であるカナールマイケル男爵が、
何者かと一緒に部屋に入ってきた・・・。
(ん?一人・・・じゃない!?
私の生体感知に引っかからないって、どう言う事なのっ!?)
アスティナは庁舎全体に、特殊魔法である生体感知を使用していたのだが、
その魔法に感知されることもなく部屋へと入って来たのだった。
そんな謎の人物に対し訝しい表情を浮かべながら首を捻ると、
マジックボックスから白い魔石を取り出しそれを耳元に近づけた。
(・・・だんしゃ・・・くよ・・・しゅ・・び・・・は・・・だ?)
「あ~・・・もうっ!この受信機のポンコツ具合ったらっ!」
男爵の部屋に盗聴器用の魔石を仕掛けていたのだが、
もう古いせいなのか、調子が悪いようだった。
アスティナが苛立った面持ちを見せつつその白い魔石を耳元から離し、
軽く数回叩いてみると、その白い魔石から明瞭な音声が聞こえ始めたのだった。
(はっはっはっ!スナッチ様、いつも通り順調で御座いますよ。
この街の警備隊の代え等、いくらでもおりますからな~・・・)
(フッフッフッ・・・)
「スナッチ・・・?」
そんな声が聞こえた瞬間・・・。
男爵の居る部屋を監視していたアスティナの目が、カッ!っと見開いた。
「う、嘘・・・こんな事ってっ!?」
アスティナが声を漏らしつつ、向けられたその視線の先で、
カナールマイケル男爵だった男が、見る見るその姿を変化させたのだった。
口を開き唖然としていたアスティナを他所に、
その白い魔石からは声が漏れてきていた。
(はっはっはっ!スナッチ様の作戦通り、この男に成り代わったのは正解ですな~?)
(まぁ~あの男も充分と役にはたったが・・・所詮は愚かな人族・・・。
貴様が我々に合流した今となっては用済みだ)
(あの人族も馬鹿な男ですな~?
欲を出さなければ・・・今少しの間、私の養分にならずに済んだものを・・・)
そんな会話を聞いたアスティナは眉間に皺を寄せていた。
(・・・い、いつ入れ替わったのよっ!?
魔族1人ならまだしも・・・2人だなんて・・・
魔族だったから、生体感知が反応しなかったのね・・・やられたわ。
そ、それに・・・男爵は既に・・・これは私の失態ね・・ちっ!)
アスティナの生体感知は人族専用の魔法であり、
生命体として、そもそも魔族とは
そんな事実にアスティナは慌てた様子を見せながら、この現状を伝えようと、
ユウナギへと念話を送ったのだった・・・が・・・。
(ユウナギっ!大変よっ!こっちにも魔族がっ!)
そうユウナギへと念話をを送ったのだが、返ってきたのは・・・。
(うぅぅ・・・よぉ・・・一体どうしたって・・・んだよ?)
(ユウナギ・・・あの糞男爵と魔族がいつの間にか・・・)
(なるほど・・・ね~・・・うぅぅ・・・だから言っ・・・たろ?)
(えっ!?な、何を・・・よ?)
(・・・ムニャ・・・奥・・・さん・・・セ〇ム・・・してますか?って・・・Zzz)
「ガタンっ!」
ユウナギの発言が寝言だと気づいたアスティナは、
足を滑らせ屋根から落ちかけたが、
間一髪片手で屋根の
「くっ!うぅぅぅ~・・・ふ、ふぅ~・・・あ、危なかったわ・・・
ちょ、ちょっとっ!あっ、あんたっ!
・・・し、仕事中に寝てんじゃないわよっ!
って言うか、普通に寝言で会話してんじゃないわよっ!
それにっ!セ〇ムって何よっ!セ〇ムってっ!」
ユウナギから返ってきた返事に、アスティナは当然キレていたのだが、
寝ているユウナギにとってはどこ吹く風・・・当然反応はなかった。
「あ、あんにゃろぉぉぉっ!ま、まじで・・・ね、寝て・・・。
そ、それに・・・また異世界ネタをっ!」
ギチギチッ!と、奥歯を噛みしめながらもアスティナは思考して行った。
(い、今はそんな事言っている場合じゃないわね・・・
そ、それにしても・・・2人も魔族が居るなんてっ!
この形態じゃ力がっ!
ったくーっ!こ、こんな時にあの木偶の坊の役立たずっ!
帰ったら・・・覚えておきなさいよっ!)
顔を真っ赤にしたアスティナの頭の中に、
再びユウナギの寝言が聞こえてきた。
(・・・う、うな重・・・つ、つい・・・か・・・で・・・)
(し、知るかぁぁぁぁっ‼ボケェーっ!)
「ブチッ!」っと、アスティナの中で何かがキレた時だった・・・。
「クスクス」と月明かりの空間に、笑い声が聞こえたアスティナは、
咄嗟に振り返り戦闘態勢をとったのだが、その背後には誰も居なかった。
「・・・ど、どこよっ!」
そう言葉を漏らしたのと同時に、
そのアスティナの影から何者かがゆっくりと姿を現した。
「あ、あんたはっ!?」
アスティナの影の中から現れたのは、
とても美しいバラの花の邪妖精「シシリー」だった。
※ シシリー 女 20,8cm 年齢不詳 Sランク闘鞭士(とうべんし)
元々は由緒正しいバラの花の妖精族の女王だったが、
魔に魅入られ堕ちてしまい、一族を滅ぼした邪妖精で、
勇者の四神と言われる一体である。
「魔毒の女王」の異名を持つが惚れた男には忠誠を誓う女だったりする。
薄い黒の喪服のようなドレスを纏い、左の目元には泣きぼくろが在り、
その白く美しい長身と相まって、緑色の瞳が妖しい光を放っている。
あ~・・・あと、スタイル的にはだな?
人化したシシリーの身長は180cmほど在り、
スレンダーなんだが・・・Fカップも在るんだぜっ!グッジョブだろっ!
その昔、ユウナギと敵対し熾烈を極めた戦いを繰り広げるが、
圧倒的な勇者の力の前に膝を折る事になった。
その際、ユウナギの真摯な態度と男気に惚れてしまい、
仲間として共に魔族と戦ったのだ。
精霊魔法を主体とした戦闘を行いつつ、
テクニカルな技を繰り出して攻撃する。
因みにだが・・・。茨の鞭には毒があり、かすり傷でも致命傷と成り得る。
あ~それとだな~、因みついでに言わせてもらうとだな・・・。
四神達はめちゃくちゃ仲が悪かったりする・・・まじ勘弁してくれ・・・。
特に・・・戦闘中はまじやめてくれっ!
集中出来ないし気が散りまくるし・・・あと、まじ恥ずかしいから・・・
羞恥で赤面しながら戦うのって、まじ勘弁だからっ!
薄ら笑いを浮かべながら、アスティナの影の中からシシリーが現れると、
腕を組みながら冷ややかな視線をアスティナへと向けていたのだった。
「な、何よ・・・」
「・・・別に」
「はぁ?あんた・・・一体何をしに出てきたのよ?」
アスティナとシシリーの間に一瞬火花が散ったのだが、
シシリーは深く息を吐くと、静かな口調で話し始めたのだった。
「はぁ~・・・。まぁ~ここで貴女とやり合ってもいいのだけれど・・・。
ユウナギ様が望んでいる訳でもないし・・・」
そのシシリーの言葉にアスティナの右の片眉がピクッと吊り上がり、
指をパキポキと鳴らし臨戦態勢をとっていく。
「へぇ~・・・あんた、私とやろうっての?」
「アスティナ・・・。
人外の貴女が今、まともに戦えると思っているのかしら?」
「・・・くっ!」
「ましてや・・・あそこに居る魔族の雑魚程度ですら・・・」
そう言ってシシリーは顎をクイッと部屋の方へとアスティナを促し、
薄く笑って見せたのだった。
「・・・1人くらいなら、何とかなるわよ」
「あらそうなの?・・・それじゃ~1人はお任せするわ♪」
「やっ、やってやろうじゃないのよっ!」
「フフフ・・・貴女の活躍・・・楽しませていただくわ♪」
引きつった笑みを浮かべながら、アスティナは頷くと、
再び部屋の監視に戻ったのだった。
そして少し時間が経った頃・・・。
「・・・もう他に魔族はいないようね?」
「そうね・・・」
アスティナの言葉にシシリーがそう返答すると、
横目でシシリーを見ながら口を開いた。
「ねぇ・・・。あんたが来たのは・・・ユウナギの指示なの?」
そんな問いにシシリーもまた横目でアスティナを見ると、
その答えを口にした。
「そうね・・・確かにユウナギ様からの指示・・・ではあるのだけれど・・・」
「・・・その物言い・・・すごく引っかかるんですけど?」
「まぁ~・・・そうね。正直な話・・・。
四神の誰か・・・ヒューマを除いての話なのだけど、
誰でも良かったのよね」
そう答えるシシリーにアスティナは鋭い視線を向けたのだったが、
その視線を気にする事もなく、話を続けて行った。
「その姿の貴女じゃ・・・どうしようもないんじゃなくて?」
「・・・そう・・・かも・・・ね」
拳を硬く握り締めるアスティナの表情もまた・・・強く引きつっていた。
「でね?女同士・・・ってのもあるのだけれど・・・。
ここで貸しを1つ・・・貴女に作っておこうと思って、私が来たの♪」
「か、貸しって・・・あ、あんたっ!」
「フフフ・・・怒っても無意味よ?
傍にユウナギ様が
貴女は全力では戦えないのでしょ?」
「そ、それはっ!?」
アスティナはシシリーに向き直ると、ワナワナと怒りで震えつつ、
構えて見せたのだったが、シシリー自身はそれに構わず話を続けて行った。
「まぁ~・・・本音を言うとね・・・。
本気を出せない貴女を見殺しにしちゃったら、
ユウナギ様が悲しむでしょ?
嫌々って訳じゃないのだけれど・・・あの方の悲しむ顔は見たくないものね♪」
「あ、あんた・・・相変わらずのツンデレ・・・ね?」
「お~ほっほっほっ♪」
ガックリと肩を落としたアスティナにシシリーの高笑いが木霊した。
その声に我に返ったアスティナが咄嗟に身を屈め部屋へと視線を送ったのが、
隠れる素振りすら見せないシシリーが笑みを浮かべこう言った。
「心配ないわ♪遮音結界を張ってあるから♪」
「・・・あ、あんたね~」
呆れた表情を浮かべたアスティナが何かを言おうとしたが、
それを遮るようにシシリーが真剣な面持ちで口を開いたのだった。
「で・・・?これからどうするのかしら?」
「ど、どうって・・・そ、そうね・・・」
監視する部屋を見つめながらアスティナは考えると、
シシリーに視線を移す事もなく話し始めた。
「監視対象者であるカナールマイケル男爵は既に死亡している。
つまりあの部屋に居るのは・・・討伐対象の魔族だけ・・・」
「・・・フフフ、そうね♪」
「それに今、あそこの庁舎には・・・あの魔族の2体だけよ」
「それはつまり・・・他の人族に被害は及ばないって事でいいのかしら?」
「そう言う事よ」
ニヤリと笑みを浮かべたアスティナとシシリーは、
作戦を練る事にしたのだった。
「それで・・・?具体的にはどうするのかしら?」
肩を竦めてそう言ったシシリーに、アスティナはその作戦を話していった。
「建物を壊したら意味がないわ。
だから私の能力で偽装空間を作り出し、あの魔族達を誘導して・・・討伐する」
「ああ~そう言えば貴女・・・。
そう言う能力持っていたわね~?」
「・・・ええ、だからまずあの部屋のドアに偽装空間のゲートを繋ぎ合わせて、
私の作り出した空間に移動してもらうわ」
シシリーは何度か頷くと、確認の為に口を開いた。
「確かその偽装空間って~・・・。
生物以外のモノをそっくりそのまま作り出せるのよね?」
「ええ、建物なんかも完璧に偽装出来るけど、
生命体は作り出せないわ」
「まぁ~夜もかなりふけているから、別に気にもならないって事ね?」
「そう言う事よ♪それに気づかれたって、私やユウナギ以外には、
その空間から逃げ出せないしね♪」
「転移・・・でも無理なのかしら?」
「ええ♪勿論不可能よ♪」
「・・・単純に・・・すごいわね?」
「でしょでしょ~♪」
作戦の打ち合わせを終えたアスティナとシシリーは無言で頷き合うと、
魔族達が居る部屋の廊下へと瞬間移動した。
到着したのと同時に、
アスティナは念話に切り替えシシリーに話し始めたのだった。
(シシリー、そのまま聞いて・・・。
私の偽装空間と繋げるには、対象物・・・
つまり直接ドアに触れなければならないの。
そしてそのドアをくぐった者は偽装空間の中央へと強制転移させられるわ。
私達は任意で転移場所が決められるけどどうする?)
(任意とは言っても、正面でも別にいいのかしら?)
(いえ・・・100mほど離れる事になるわね。
今回の場合だと・・・その空間の直径はおよそ500mってところかしらね)
シシリーは「ふ~ん」と念話でつぶやくと、話を続けていった。
(あの魔族・・・名は何だったかしら?)
(確か・・・スナッチ・・・だったと思うわ)
(そう・・・スナッチね?
あいつは私がヤるから・・・貴女はもう1人をお願いね?)
(・・・わかったわ)
そう言うとアスティナはドアに接近しようとするのだが、
シシリーがアスティナの肩を掴み念話が送られてきた。
(待って・・・。その偽装空間の中では念話は使えるのかしら?)
(ええ・・・勿論使えるわ)
(それなら問題ないわね♪)
(ええ♪)
シシリーが掴んだアスティナの肩から手を除けると、
音もなく走り出し、魔族達が居る部屋のドアに触れたのだった。
「「!?」」
「な、なんだっ!?今の音はっ!?」
アスティナがドアに触れた瞬間、わざと察知されるように音を出すと、
それに気付いた魔族達がドアに近付きそっと・・・
ドアノブを回し、勢いよくドアを開け廊下へと踏み込んだ。
その瞬間・・・一瞬視界の歪みを感じた魔族達だったが、
気が付けばそこは・・・。
「・・・こ、ここは・・・ど、どこだ?」
「た、確かさっきまで・・・庁舎の部屋に居た・・・はず・・・」
2人が今居るのは・・・この街の中央広場に在る噴水の前だった。
唖然とする魔族達にアスティナの声が響いて来る。
「イッツ!ショーターイムッ!」
響き渡るアスティナの声に魔族達の額からは、
冷たくなった汗が流れ落ちたのだった。
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