第10話 難題とアドバイス

時は戻りヒューマがインガルを救出するべく、

地下から浸入しようとしていた頃・・・。


とある山中から屋敷内の様子を伺う者が居た。


「到着っと・・・さ~て・・・屋敷内の様子はっと・・・」


そう呟きながらスキルを使用し、

男爵の屋敷の様子を伺っていたのは人狼族のエマリアだった。


「えっと~・・・執事はまだみたいね?」


そうつぶやきつつ瞬間移動で次々と移動し、

あらゆる方角から屋敷の様子を確認していると・・・。


「えっ!?」


そう驚きの声を挙げつつ一旦視線をはずすと、。

確認の為もう一度スキルを使用しバルコニーへと視線を向けた。


「・・・え、えっと~・・・ど、どうしてっ!?」


改めて確認したエマリアは軽い眩暈を感じたが、

呆れた声を挙げてその原因である主に念話を送ったのだった。


(あ、あの~・・・もしも~しっ!

 他所の家のバルコニーで優雅にお茶をしている方~?

 聞こえましたらお返事頂いても宜しいでしょうかぁーっ!)


(・・・・・)


念話の返事がない事に首を傾げたエマリアは、

もう一度スキルを使用しバルコニーを確認してみると・・・。


「・・・あれ?」


(もしもぉぉーしっ!ユウナギ様ーっ!)


念話を送りながらバルコニーの様子を見ていると、

そのエマリアの声に驚きを見せ、

お茶を盛大にこぼし椅子から立ちあがってその熱さに慌てているようだった。


(聞こえているじゃないですかっ!)


(あっつっ!!な、何だ・・・エ、エマリアかっ!?)


(何だ・・・じゃ、ありませんよっ!

 聞こえているのなら、ちゃんと返事をして下さいっ!)


(す、すまん・・・ね、寝てた)


(・・・・・)


ユウナギの返答にエマリアは少しの間思考が停止してしまっていた。

そして頭を数回振ると、呆れた声で再び念話を送った。


(ね、寝ていたんですか?この状況で?)


(・・・ああ、それはもうぐっすりとな)


(・・・それに紅茶も・・・飲んでいましたよね?)


(・・・えっと~)


(・・・ひょっとして、寝ながら飲んでいたんですか?)


(・・・まぁ~これも俺の知られざる特技の1つだな♪)


(知られざるって・・・どれだけ変な特技があるんですかっ!)


(へ、変って・・・失礼だなっ!おいっ!)



一度硬く目を閉じたエマリアだったが、

深い溜息と共に目を開けると、今度はユウナギから念話が送られて来た。


(いちいち念話で話すのは面倒だからよ~?

 こっちで直接話した方がよくね?)


(あ、あの~?確認ですが・・・)


(確認?)


(今、仕事中だって事・・・わかっていますか?)


(ああ、勿論わかってるけど?)


(そ、そう・・・ですか)


エマリアはそう言うと項垂れながら瞬間移動を使い、

男爵の部屋のバルコニーへと着地した。



「いらっしゃ~い♪」


「お、お邪魔・・・し、します?」


妙な気持ちでエマリアがそう返答すると、

ユウナギは満面の笑みで迎えてくれた。


「まぁ~そんなに緊張せず、座って紅茶でも飲めよ♪」


「は、はぁ・・・」


エマリアは軽い頭痛を感じつつも椅子に座り、

ユウナギから差し出された紅茶に口を着けた・・・。


「あっ、この紅茶・・・とても美味しいですね?」


「だろ~?あまりの紅茶の美味さに、思わず寝ちゃったぜ~♪」


「で、ですよね~?って・・・そんな事で急に寝たりなんかしませんからっ!」


エマリアは思わず大きな声でユウナギに対し突っ込むと、

口を自ら塞ぎ周囲を警戒したのだった。


だがユウナギはそんなエマリアに声を挙げながら笑うと・・・。


「あっはっはっはっ!遮音結界張ってるから大丈夫だよ♪」


そう言って紅茶を口に運ぶのだった。

少し顔を赤らめながら、何事もなかったかのように立ち上がると、

椅子に座り直し、紅茶を飲んでいった。


その紅茶を飲みながらユウナギへと視線を向けると、

何事もないように美味しそうに紅茶を飲むユウナギの姿があった。


エマリアはこの現状の真意を聞こうと、

カップをソーサーの上に置くと話を切り出していく。


「ユウナギ様?他にもまだちょっとお聞きしたい事があるのですが?」


「ん?まぁ~別にいいけど?」


「あ、あの・・・どうして此処で?」


エマリアの問いにユウナギは笑みを浮かべると、

ティーポットの横に置いてある紅茶の茶葉が入っている茶缶を手に取った。


「いやなに・・・この如何いかにも高そうな茶缶を見つけてさ~

 蓋を開けてみると・・・な、なっ、なんとっ!

 缶の中からいい香りがするではないかっ!

 そしたらやっぱり飲みたくなっちゃうよね~?

 そう思っていたら・・・だっ!

 こ、こんな所に都合よく・・・バルコニーがあるではないかっ!

 ってな事で、こうなりました♪」


「は、はぁ・・・そ、それで?」


「・・・それで~・・・今、超美味しい紅茶を飲んでいる」


「・・・はい?」


「・・・はい・・・とは?」


エマリアはこの時、真剣な顔をしてそう言ったユウナギの顔を見て、

「はぁ~」っと、深く溜息を吐いたのだった。


「はぁ~って・・・お前な~?」


項垂れたエマリアは慎重に事を運んでいた自分の勤勉さを呪いつつ、

ユウナギの不真面目さに精神的に疲れを感じたのだった。


「あ、あの・・・ですね?」


「・・・はい?」


「私達は暗殺者で、ターゲットを殺す為にここに来ているのです」


「はい、知ってますけど?」


「・・・うぐっ」


エマリアの心配を他所に、ユウナギからそんな言葉が返ってきた。


「・・・ユウナギ様?私達は仕事中ですよ?」


「・・・そうですね」


「なら、どうして・・・こんな所で堂々とお茶しているんですかっ!?」


仕事に対して真摯に向かい合うエマリアにとって、

ユウナギのその態度に苛立ちを見せるのだった。


だがユウナギは、そんなエマリアに対してこう言ってのけたのだった。


「・・・まだターゲットいないじゃんっ!

 だから俺的には・・・自由時間なんですっ!」


「なっ!?」


そう言ってユウナギは真っ直ぐな目をしてエマリアを見ていたのである。


(な、何故・・・そ、そんなに堂々とっ!?

 そ、それになんていい目をっ!?)


「わ、私達は暗殺者なんですよっ!?

 こんなに堂々してたら誰かに姿を見られるじゃありませんかっ!?」


エマリアの言う事は確かに正論である。

だがしかし・・・ユウナギの言い分はこうだった。


「誰にも見られずにすればいいだけじゃんっ!

 姿や音がバレないように結界を張ってるから、別に問題なくね?」


「で、でもっ!実際私はこうして・・・」


その言葉にユウナギは軽く溜息を吐くと、

少しがっかりしたような口調で話し始めた。


「つーかさ?お前にバレて何か問題あんのかよ?」


「・・・はい?」


「俺が張る結界は特殊でよ?

 仲間にはちゃんと見えるようになってんだよ。

 お前達の魔力の質に合わせて工夫を凝らして結界を張ってんだぜ?

 その結果だ・・。俺の姿や仲間の姿が見える事によって、

 精神的な負担が減るだろ?

 そしたら仕事にも集中できるってもんだ」


「そ、そんな効果があるだなんて・・・」


驚くエマリアにユウナギがカップを手に持ち、

少し面倒臭そうに説明していった。


「まぁ~・・・俺が仕事の時は、お前と組む事がなかったからな?

 それはそれで仕方がないとは思うけどよ?

 俺が何にも考えずに仕事する訳ねーだろ?」


「た、確かにそう言われたら・・・そうなのですが・・・」


「だいたいな~?俺と組むってのが分かっている時点で、

 前もってアスティナに俺の事を聞いて事前に対処しておくってのは常識だぞ?」


「うっ、うぅぅ・・・」


ユウナギの言葉にエマリアは何も言葉に出来なかった。

確かに事前に情報を得る事は当然なのだから・・・。


するとエマリアはユウナギに対し頭を下げ謝罪したのだった。


「も、申し訳御座いませんでした。

 確かにおっしゃる通り・・・事前に情報を得なかった私のミスです」


「気にすんな・・・俺は俺の好き勝手でやっている事だからな? 

 逆に振り回す事になってしまったようで、すまなかったと思ってる」


「い、いえ・・・こちらこそ」


謝罪はしたものの、エマリアは少し思うところがあり、

その疑問を口にしたのだった。


「あ、あの・・・ですね?」


「・・・んぁ?」


「も、もし・・・相手が魔法アイテムのようなモノを所持していて、

 その結界が機能を果たさない場合は・・・?」


「・・・ど、どう言う事だ?」


一瞬ユウナギが動揺を見せたが、エマリアは構わず話を続けた。


「今回の相手は・・・魔族です」


「あ、ああ・・・」


「ましてや、ユウナギ様をおとしいれた魔族です」


「・・・う、うむ」


「そんな相手がそういう類の魔道具を所持している可能性があるのでは?

 そしてもし・・・その場合・・・完全にバレバレなのでは?」


「・・・え、えっと~・・・だな?

 そ、その・・・場合・・・は~・・・だな?

 ち、ちゃんと・・・か、考えて~・・・あ、あるぞっ!」


しどろもどろになってきたユウナギは、

額から汗が浮かび上がり、明らかに動揺して見せた時だった。


「んっ!?この気配はっ!?」


「えっ!?」


突然ユウナギは何かを察知すると、目を閉じ状況を探り始めた。

そんな様子にエマリアも気配察知を使用するのだが・・・。


(わ、私の気配察知では認識出来ないっ!?

 人狼の私よりも優れているのっ!?)


長年一緒に居たエマリアにとって、ユウナギのすごさを改めて認識し、

そしてその顔つきは、今まで見た事もないような真剣な表情をしていたのだった。


(こ、こんな顔・・・初めて見たわ。

 流石は勇者様よね?私如きでは推し量る事も出来ないわ)



そう考えていると突然ユウナギの目が開かれ、

眉間にしわ寄せると、エマリアに視線を向け口を開いた。


「エマリア・・・ちょっとやっかいな事になったようだ」


「えっ!?そ、それはどう言う・・・」


動揺するエマリアに構わず、ユウナギは話を続けた。

だがその表情は一層険しいモノへと変わっていたのだった。


「・・・単刀直入に言う」


「は、はい」


「お前が相手にするのは・・・5人だ」


「えっ!?ご、5人っ!?む、無理ですっ!」


この時エマリアは不安に陥っていた。

ユウナギの表情が変わるほどの相手が自分に務まるのかという・・・。

しかも5人も居る・・・。

そんな不安がエマリアに押し寄せていると・・・。


「心配すんな。お前には1人付けるからよ。

 だが残念だが・・・俺はここで相手をしなくちゃいけないヤツが居るからよ。

 だからお前はそいつと一緒に片づけてくれ」


「い、いくら何でも・・・む、無理ですよっ!?

 そ、それに1人付けるって言われても・・・

 それでも相手は5人じゃないですかっ!

 魔族なんですよねっ!?勝てる訳ないじゃないですかっ!」


不安がピークに達したエマリアは声を張り上げユウナギにそう言ったが、

ユウナギはニヤリと笑みを浮かべると・・・。


「何だ?出来ないのか?

 お前には出来ると思っているから・・・任せるんだけどな?」


「そ、そんなっ!?か、買い被りですよっ!」


「そうか?別に無理にとは言わねーけどよ?

 ただお前が出来る事をやってくれれば・・・俺はそれでいいんだけどな~?」


ユウナギはそう言って笑みを浮かべながら肩を竦めて見せた。

そしてエマリアはそんな余裕ある態度を見せるユウナギに顔を顰めていた。

するとユウナギは軽く息を吐きながら立ち上がった。


「まぁ~・・・さっきも言ったが、無理にとは言わねーよ。

 じゃ~お前は此処で、この部屋を監視しておいてくれ。

 監視だけでいい・・・決して手を出すんじゃねーぞ?

 じゃ~俺はとっとと行って、ヤツらを片づけてくるわ~」


(わ、私に出来るの?無理よっ!

 で、でも・・・ユウナギ様はあんなに堂々と言い切った・・・。

 わ、私を信じてくれているの・・・なら・・・)


そう言ってユウナギが手をひらひらとさせ、移動しようとすると、

眉間に皺を寄せたままのエマリアが口を開いた。



「ま、待って下さいっ!」


「んぁ?どうした?」


「わ、私に・・・ちゃんと務まると思っているんですよね?

 私には出来ると思ったから・・・そう言ったんですよねっ!?」


「・・・ああ、勿論だ」


「・・・わ、わかりました。ユウナギ様の期待に応えたいと思います」


「そうか、わかった。じゃ~ヤツらはお前達に任せるよ」


「・・・了解ですっ!」


「任せた・・・エマリア。それとその場所だが・・・」


そして話が終わりエマリアが決意を固めると、

ユウナギがエマリアに1つだけ・・・アドバイスを与えた。


「エマリア・・・これだけは何があっても忘れるな」


「・・・はい」


「・・・あきらめるな」


「・・・はいっ!」


ユウナギのアドバイスに力強い決意を以って応えたエマリアは、

姿を消し敵の元へと向って行った。



エマリアが姿を消した後、ユウナギは冷めた口調で突然口を開いた。


「・・・ライ・・・居るな?」


そう言って何もない空間に向かって声を発すると、

その空間から白髪の丸い眼鏡をかけたナイスミドルな男が姿を現し、

片膝を着き頭を垂れて見せるのだった。


「はい、此処に居ります・・・ユウナギ様」


「・・・話は聞いていたよな?」


「はい、全て・・・」


「うむ。なら・・・わかっているな?」


「はい、承知して御座います」


「・・・頼む」


ユウナギがライと呼んだその男に背を向けると、

その背後から声が掛かった。


「して・・・彼女は何人ほど・・・ですかな?」


その背後から掛かる声にユウナギはニヤリと笑みを浮かべると、

肩越しに口を開いた。


「1人・・・いや、2人・・・だな」


「ほほう~・・・それはまた・・・期待値が高いので御座いますね?」


「そりゃ~そうだろ?まぁ~まだ未熟だけどな~・・・。

 だが俺はエマリアの潜在能力は高く評価している」


「フフフ・・・後々、楽しみで御座いますね?」


「ああ、だがまだそれは先の話だからな?

 まぁ~、今回はお前がフォローしてやってくれ」


「・・・承知して御座いますが、

 このわたくしめに何かオーダーなどが御座いましたら・・・」


ライと呼ばれたその男の問いにユウナギは少し考えると、

気付かれないように薄く口角上げながら答えた。


「フッ・・・お前の裁量に任せるよ」


「はい、かしこまりました。それでは後ほど・・・」


「・・・ああ」


そう言うと、ライと呼ばれたその男は姿を消したのだった。

そしてユウナギは再び椅子に座ると、カップを手に持ち、

冷めてしまった紅茶に口をつけるのだった。


「・・・エマリア、あきらめるなよ?」


空を眺めそうつぶやいたユウナギに、

星々の瞬きが何かを答えたように見えたのだった。

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