17話 特殊な武器に偏愛を捧ぐのは間違っているだろうか

 薄暗い室内で数人の男女が円卓を囲んでいる。その中に俺とロゼは混ざっていた。厳かな雰囲気を感じさせるような静けさの中、ロゼは一人だけ場についていけていないのか、キョロキョロと落ち着きがない。


 やがて室内に一人の男が入ってくる。長身で痩躯、不健康そうな肌の色。以前羽の大剣とかいう頭の悪い武器を作ったヒュージウェポン工房のケルン・ミストであった。


 ケルンは円卓の空席に座り、頑張って出しているであろうええ声で話し始めた。


「今回参加される方はこれで全てのようですね」


 グルリと円卓を見回し、一つ咳払いをする。そして大仰に腕を広げ、声のトーンを少し上げた。


「それでは! 第174回、特殊武器愛好会定例集会の開始を宣言致します!」


 パチパチとまばらな拍手が鳴る。ロゼも釣られて拍手をしていた。


「今回は特別ゲストとして、我が工房の武器を使っていだいており、なおかつパイルバンカーのヴァンさんのパーティメンバーでもあるロゼさんにお越しいただいております。ロゼさん、軽く自己紹介を」


「え、ちょっとまって聞いてませんわよ。そもそもこれなんの集まりですの? ねぇ、ヴァンさん?」


 こちらに振られても困る。俺としても何故ここにロゼがいるのか知らないのだから。推測するに、ケルンの工房に武器の整備を頼みに来たところ、ここを案内されてよくわからないままに席に座らされたのだろう。


「はい、ありがとうございました。ロゼさんには後ほどバトルハンマーへの思いをお話をして頂きますのでよろしくお願いします」


 自己紹介なぞひとつも行っていないのに機械的に進行するケルン。ロゼは混乱が未だに解けていないようだ。


「ねぇちょっとヴァンさん? ケルンさんわたくしの話欠片も聞いてませんよ?」


「大丈夫だ。ここにいる奴らは全員武器に関する話題しか興味が無い。武器に絡められなければロゼの自己紹介をしても一切覚えられないからな」


「あ、わかりましたわ。さてはこれ精神的な疾患をお持ちの方たちの集会ですわね?」


 失礼な。ちょっと武器への愛が重いだけだ。


「さて、では初参加のロゼさんもいる事ですし、今日いる方だけにはなりますが、改めて自己紹介から行きましょうか」


「じゃあまず俺からだな」


 のそり、と背の低いドワーフが立ち上がる。俺もお世話になっているダムダ親方だ。


「ダムダ鍛治工房のダムダ・グンダだ。ヴァンのパイルバンカーの整備やハンドヒートパイルの作成に携わっている」


「珍しいですわね、ドワーフの方がこんな北の方にいるなんて」


「ちなみにダムダ親方がこの会の中で一番まともな人だ」


「ちょっとヴァンさん!? あとの自己紹介聞きたく無くなるような事言わないでいただけません!?」


「次は僕かな」


 ダムダ親方の隣にいたメガネを掛けた好青年風の男が立ち上がる。


「あら、好青年ですわね。パッと見まともそうにみえますけれど」


「まぁ聞いていればわかる」


「僕はクルツ・ニールセン。ニールセン拳闘会って聞いたことないかな? 一応そこの跡取りって事になってるよ」


「えぇ!? あのニールセン拳闘会の跡取りですの!?」


 ロゼが驚くのも無理はない。ニールセン拳闘会とはルヴィステラで今一番熱い娯楽、ステゴ=ロタイマンという競技の一大派閥だ。


 ステゴ=ロタイマンとは、リングの中で一対一で素手で殴り合い、ダウンを取った方が勝ちというシンプルかつ明快なルールだ。武器、魔法の使用は無し、3カウントで起き上がれなければダウンと看做され負けとなる。


「……ん? でも待ってくださいませ。ステゴ=ロタイマンの選手が何故特殊武器愛好会に?」


「良い質問だね! それはね、僕はこのトンファーと言う武器への真実の愛に目覚めたからさ! 実家では誰一人としてわかってもらえなかったけれど、この性癖の煮こごりみたいな会なら賛同者が見つかるんじゃないかと思ってね! まぁ今のところは見つかってないけれど、実家と違って否定される事はないからね。居心地が良くてちょいちょい参加させてもらってるってわけさ!」


 どこからか取り出したトンファーを掲げて興奮しながら早口で語るクルツ。一方のロゼはげんなりした顔をしている。


「性癖の煮こごりってワードが強すぎて他が頭に入ってこないんですが」


「この会を端的に表現しているな」


「帰ってもよろしくて?」


「まぁまぁ、折角珍しい女性の参加者なんだし、もうちょっとゆっくりしていきなよ」


 立ち上がろうとするロゼを制したのはクルツの隣に座っていた女性だ。赤みがかった茶色の長髪を揺らしながら立ち上がる。


「私はコレット・オルディン。オルディン防具店の店主さ。盾や鎧なんかを売ってる他、整備なんかもやってるから良かったら今度見に来てよね」


「あ、はい。で、ヴァンさん。この方はどんなタイプの変態なんですの?」


「だんだん慣れてきているようで何よりだ。コレットはこの会の参加者でも特に変わり種でな。防具店をやっている事からもわかるように、実を言うと武器にはそこまでの強い思いが無い」


「えぇ……なんで参加してるんですの……」


 俺から説明していいか悩むものの、コレットが目線で続きを促してきたので気は進まないが説明してやろう。


「コレットはな、クソみたいなドMなんだ」


「は???」


 ビクンビクンと身体を震わせるコレット。今の発言を言葉責めと受け取って達したらしい。だから嫌だったんだよ。


「んっ……ふぅ……。相変わらずヴァンの言葉責めはキくわね。あ、私の事だったわね。ヴァンの言う通り私はマゾヒストよ。攻撃を受ける度に快感を得るのだけど、一瞬で終わってしまっては味気ないと思って防具を作り始めたのが切っ掛けね。最近のトレンドはダムダ親方達が作るハンドヒートパイルを盾で受けてその衝撃でイクことよ」


「ストレートに気持ち悪い変態がでてきましたわね」


「んんっ! 貴方もなかなか鋭い言葉の刃持ってるじゃないの……!」


「まぁコレットはこんな感じだ。武器というより、その武器の攻撃を受けるためにここにいる」


「わかりました。帰りますわね」


「まぁまぁまぁ! 落ち着きなって! あんたも好きなんだろ? ハンマーがさ!」


 改めて帰ろうとするロゼを金髪碧眼のチャラそうな男性が引き止める。ロゼは心底嫌そうな顔をするも、自分の得物の話が出てきたためか、とりあえずは聞いてやることにしたようだ。


「俺は冒険者のガイア・ゴルドー! ハンマーをこよなく愛し、ハンマーからすらも愛される男! ケルンのとこのクソ重いハンマーを使う奴が会に参加すると聞いて依頼をすっぽかして来たぜ!」


「うわ最悪ですわよこいつ。依頼すっぽかすとか一度マジで死んだ方がよろしいのではなくて?」


「それは俺もそう思うし、マジでパーティメンバーに土下座してこいって思う」


「いいっ……! その言葉が私に向いて無いのが勿体ないわ……!」


 ドMが喧しいが話を続けよう。


「あー、すっぽかすとは言ったが一応ちゃんと連絡はしたし許可は貰ってるんだぜ? パーティメンバーにはまたかこいつみたいな目で見られたけど」


「お人好しが過ぎる仲間ですわね」


「おう! 最高の仲間だぜ!」


「褒めてないですわよ」


「あぁ……! 放置プレイもまた一興ね……!」


 このドM無敵過ぎなのでは?

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