16話 飲み会は続くよどこまでも

「あ、そういえばパッチさんに聞きたいことがあったんです。酔っ払ってグダグダになる前に」


 俺が自分の貞操の未来を憂いていると、リンカが思い出したように質問をした。というかお前酔っ払うとグダグダになる自覚はあったんだな。驚きだ。


「あぁん? ヴァンの女の好みか? それとも俺の女の好みか?」


「そういうの本当にいいんで。でもヴァンさんの好きなタイプってのは純粋に興味あるんで後で聞きます。聞きたいのはヴァンさんのお師匠さんの事です」


「あの馬鹿の事か。ヴァンから聞いたが同郷らしいな? ってこたぁリンカの嬢ちゃんも異世界人か。そんなに珍しいってことも無いがよくよく縁のあるこった」


 そう、異世界人というのはさして珍しくはない。数年に一人くらいは現れる事があるらしい。もちろん異世界人であることを隠している人もいるだろうから、それを考慮すればもっと多いのかもしれないが。


「で、あの馬鹿の何が聞きてぇんだ?」


「はい。パッチさんはヴァンさんとお師匠さんと一時期行動を共にしていたと聞きました。その時に何か地球に帰る方法とか、何か、もしくは誰かを探してるとか。そういうの聞いてませんか?」


「なるほど、異世界に帰るヒントが欲しいわけだな。だが生憎とあの馬鹿からそういった話を聞いた事はねぇな。ルヴィステラで何かを探してたようなのは確かだがな。俺はそれについて聞いた事も聞かれた事もねぇ」


「パッチさんでも知りませんでしたか。師匠は一体何を探していたんだか……」


 俺が師匠といた頃、定期的にふらっと居なくなることがあった。「今日は休養日な。適当に身体休めとけよ」と言い残して朝一番でどこかに行き、夜中に帰って来る。当時は女でもできたか娼館にでも行っているんだろうと思っていたが、今にして思えばどうにもそんな素振りは無かった。ギルドに行っても来ていなかったようだし、資料室に行っていたわけでもなさそうだった。


「また空振りですか。やっぱり銀等級になって資料室を利用できるようになるまでは進展無さそうですね……」


 肩を落とし目に見えてヘコむリンカ。どう慰めようか思案していると、パッチさんが何かを思いついたような表情をみせる。


「あの馬鹿の事はわからねぇが、協力してやれる事ならあるぜ」


「協力? ギルドに昇級できるよう口利きでもしてくれるんです?」


「んなこたぁしねぇよ。そんな方法で昇級しちまったら自分の首絞めるだけだぜ。銀等級ってのはそんなに軽かぁねぇ」


 チッチッチッ、と指を振りながら否定するパッチさん。仕草が非常に鬱陶しいがそれを今指摘すると拗ねてしまいそうなので黙っておこう。


「そうでしょうね。じゃあパッチさんの言う協力っていうのは?」


「あぁ、異世界産の品を収集してるコレクターを紹介してやる」


「コレクター、ですか?」


「異世界人の持ってる品ってのは大体がここじゃ使えないもんだ。だがそういう物に価値を見出す変な奴もいる。嬢ちゃんがここに来た時ギルドで手荷物の買取をやってくれなかったか?」


「そういえば、いくつか買い取ってくれましたね。あの時は貨幣価値がどのくらいかいまいち理解できてませんでしたが、今にして思えば結構な高値で買ってもらってたような……」


「確か人気があるのは異世界産の服や貨幣、あとはキカイ? だったか」


「なんだ、ヴァンも知ってんじゃねぇかよ」


「ちょっと調べたんですが、コレクターまでは辿り着けませんでした。流石に銅等級の冒険者ではそこが限界ですね」


 リンカが異世界人と聞いた時に少し調べたのだ。ギルドが専門で高値で買取をしている事、それを誰かに売っていることまではわかったのだが。


「あー、まぁそりゃあそうだわな」


 パッチさんはポリポリと毛の無い頭を掻きながら微妙な表情をする。何か辿り着けない理由があるのだろうか。


「そのコレクターなんだがな、お貴族様なんだよ。銅等級の冒険者じゃその辺は開示されねぇだろうな」


「ああ、それは無理ですね。しかし貴族が異世界品コレクターか……」


「貴族ってことは領主様ですか?」


「そういえばリンカにはまだ貴族について教えてはいなかったな。詳しく説明すると長くなるんだが……」


「あ、今もうお酒入っちゃってるんで長い話は無理です。最初の3文字くらいしか頭に入ってきません」


「もしかして今までのも3文字分しか頭に入ってなかったのか……?」


 そういえば先程からわりと良いペースでジョッキを空にしていた気がする。真面目に話を聞いていたのは俺だけだったのでは……? 


「おかわりくださーい! こっちでーす!」


 ダメそうだなこれは。


「あー、話続けて大丈夫か?」


「大丈夫です。俺が聞いとくんで」


「お前もなんだかんだ苦労してるんだな……」


「えぇ、まぁ……」


 二人で顔を見合わせていると、リンカは不思議そうな表情を一瞬見せるが、すぐにジョッキを傾ける方に集中してしまった。


「んんっ、それでだな、ルヴィステラにいるコレクターなんだが、俺の雇い主、つまりサテラ侯爵様の甥にあたる方でな。一応俺も顔見知りなんだわ。俺は領都に帰らにゃいかんから一緒に面会、とはいかねぇが」


「侯爵様の甥ですか。結構なお立場なんじゃ?」


「いや、それ程でもねぇ。今このルヴィステラを治めてるのは侯爵様の弟なんだが、その次男って事で結構好き放題やってるんだわ。将来家を継ぐのは長男ってのが決まってるからな。で、その侯爵様の甥への紹介状を書いてやろうってことよ」


「助かります。正直今やれる事はほとんど無いので、少しでも手がかりが欲しいところだったんですよ」


「気にすんなよ。ただ期待し過ぎるなよ。あくまで趣味人の放蕩息子だ。何も知らねぇ可能性もあるんだ」


「もちろんです。そんなに簡単にいかないことくらいは承知の上ですから」


「おう、どっちがチキュウとやらに帰りたいんだかよくわかんねぇなこりゃ……」


 軽快なペースで酒を飲み、料理をガツガツと食べるリンカを見てしみじみと呟くパッチさん。俺もそう思う。




「ってマリーとロゼはどこに行ったんだ……?」


 途中から会話に混ざってこないと思ったら、いつの間にか別のテーブルの移っていたようだ。


「「「アウト! セーフ! よよいのよい!」」」


 店の中に響き渡る謎の掛け声に驚き振り返ると、そのには兵士の一人と向かい合って構えをとるマリーの姿があった。


「マリーは何やってるんだ……?」


「説明しよう。あれはヤキュウ=ケン10年ほど前に異世界から伝わってきた遊戯だ。岩、刀、投網の三種類を手で模したものを同時に出し、その勝敗を決めるというルールだ。岩は刀に強く、刀は投網に強く、投網は岩に強いという法則で勝敗を決める」


「うわビックリしたなんだコイツ」


 音もなく真横に移動してきた兵士の一人が求めてもいない説明を始めた。


「そしてここからがこの遊戯のもっとも大事なところなんだが」


 無駄に緊張感を感じさせる口調で続ける兵士。思わずちょっと気になってしまったじゃないか。


「大事なところってのは……?」


 パッチさんも普通に気になって真面目に聞いていた。ノリノリだなおい。


「負けた方が……服を脱ぐ!!」


「な、なんだとぉ!? 負けた方が服を脱ぐ、だとぉ!?」


「ノリノリかよこのハゲ」


「そう、そしてこの勝負は同意があれば全裸までヨシとされている! マリー嬢が今回選択したのは全裸までのルール! 兵士長オルディンの勝利報酬はポニテスレンダー美女の全裸! マリー嬢側の勝利報酬はギャンブルの種銭! この熱い勝負、絶対に見逃せないッ!!」


 マリーは何やってるんだ。マジで。しかも相手が兵士長て。


「くっそう! こいつぁ熱くなってきやがったぜ! おいヴァン、俺は最前列で見てくらぁ!」


「おいハゲいい加減にしろよ」


 先程まで真面目な話をしていたと思ったらこれである。これだから髪の無い奴は。


「それではわたくしめもこれにて。ポニテ美女の全裸を見れる可能性、プライスレス!」


 パッチさんに追走していく兵士。一人取り残される俺。


「えぇ……」


 まぁマリーはそこでアホやってるのはわかった。しかしロゼはどこに行ったのかと見回すと、一番端の方のテーブルにやたら空の皿が目立つテーブルがあった。そしてそのテーブルに一人ロゼが一心不乱に料理を平らげていた。


「おかわり! ですわ!」


 どうやらここぞとばかりに美味い料理を食い溜めしているらしい。お前それ一番令嬢のイメージとかけ離れてる行動だからな。


「スピー……スピー……」


「リンカ、寝てるじゃないか……」


 妙に静かだと思ったら、リンカは既に満足して寝ていたらしい。これはどうやって収集つければいいんだろうか。




 ちなみに、マリーはあと一枚で下着姿になる、というところで相手が全裸になったので勝利したそうだ。もう好きにしてくれ。

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