15話 レッサーワイバーンの素敵なステーキ(激ウマギャグ)
「よーし! お前ら、今日は俺の奢りだ! 思う存分盛り上がるぞ!」
「流石パッチさんだぜぇ! 飲むぞぉ!」
いぇーい! だのヒャッハー! だの様々な奇声が酒場内に響き渡る。俺の隣でもリンカが「ヒュー! パッチさん最高ーぅ!」などと言いながら両手をあげて喜んでいる。でもお前パッチさんのこと散々ハゲとか言ってたよな。
それはそれとして、酒場である。いつも俺達がたむろしてるギルド併設の安酒場などではなく、ルヴィステラの居住区と商業区の境あたりにある、少しお高めな値段設定の酒場だ。既に並んでいる料理も、普段食べているような雑で濃いだけの味付けのものではなさそうなので、酒場というよりも酒もだす料理店といった感じかもしれない。
蒸し鶏が添えられた色鮮やかなサラダ、白身魚のカルパッチョ、ウサギ肉のシチュー。他にも数々の料理がテーブルに並んでいるが、一際目を引くのが各テーブルの真ん中にデン、と置かれた巨大なステーキだろう。
「お前らも気になってるとは思うが、その真ん中のステーキは今日倒したばかりのレッサーワイバーンよ! ギルドに素材を売る前に少しばかり取っておいたぜ!」
「レッサーワイバーンって食べれたんですね。正直ちょっと身が固そうかなって思ってたんですけど、見る限り全然そんな感じはしませんね。油が乗っていて、ジューシーそうで……あのお腹減ってきたんですけどまだですかね」
「リンカさん、はしたないですわよ。淑女としてお行儀よくいたしませんと」
ロゼがリンカをたしなめる。言っていることは何一つ間違っていないのだが一つ問題がある。
「ロゼ、よだれ垂れてるわよ」
「令嬢はよだれなんて垂らしませんのよ。……よし、残ってませんわね?」
「はいはいちゃんと拭けてるわよ」
パッチさんや兵士の皆さんが生暖かい視線を送っている事に気づいたロゼは、小さく咳払いをして無かったことにしようとしている。無かったことにはならないぞ。
「よーし、それじゃあぼちぼち我慢のきかない奴も出てきたし、料理が冷める前に頂くとするか! ジョッキを持て! ……よし持ったな、いくぞ! せーの!」
「「「乾杯!!!!」」」
そして宴が始まった。
「おうヴァン! 飲んでるか?」
乾杯から少し経ち、各テーブルを回っていたパッチさんが最後にやってきたのが俺達のテーブルだった。
「パッチさん、今日はありがとうございます。こんな美味いもの食ったのなんて久しぶりですよ」
「いいって事よ! お前の師匠には散々迷惑掛けられたが、それと同時に世話にもなってるからな。弟子であるお前さんの面倒見るのも当然よ!」
ガハハと豪快に笑いながらジョッキを呷るパッチさん。とても良いことを言っているのだが、見た目がデカい山を成功させた野盗のそれだ。
「ま、細かいことは気にすんな! それより今日は大変だったな。レッサーワイバーンを狩った後が特にな!」
そう、パッチさんがレッサーワイバーンを倒してはい終わり、とはならなかった。何故ならレッサーワイバーンの解体と運搬が待っていたからだ。しかも解体中に血の匂いに釣られた白銀狼や剛腕熊が寄ってきてその相手を俺達のパーティとパッチさんで引き受けたのだ。
白銀狼は何度か相手をしていたのでまだ何とかなったのだが、問題は剛腕熊だ。身の丈3m近くの巨躯に、発達した前腕から繰り出される一撃は木をいとも容易くへし折る。何度かガードしたが、その度に衝撃で吹き飛びそうになったし、受ける度に腕が痺れてしまった。自分もまだまだ精進が足りないという事を思い知らされる一戦だった。
「本当ですよ。あんな化け物みたいなクマがいるなんて。ヴァンさんがガードしてくれなかったら私なんてミンチですよミンチ」
リンカがブルりと身を震わせて呟く。一度危ない場面があったので、その時の事を思い出しているのだろう。
「あの時は肝が冷えましたわ。わたくしも間に合わない距離でしたし、ヴァンさんでもギリギリでしたわよね」
「よく間に合ったわよね、あれ。何か裏技でもつかったの?」
「ありゃあ身体強化の魔術だろ? 俺も使ってるが、お前も使えたんだな」
「いや、そんな大層なものでは無いです。身体強化の術式自体知りませんし。あれはただ単純に魔力を足に集中させただけなんですよ。一応擬似的に身体強化の術式みたいな効果にはなってくれました」
「術式を通さずにか!? そんな無茶をしたなら早く言え!」
そもそも魔力とは体内から生まれる一種のエネルギーだ。そしてそのエネルギーを術式を通して変換し、望む効果を発揮させる。パッチさんの使う魔力の奔流や踏み込みの時に見せた足裏から魔力を放出して移動速度を上げていた技。あれも全て術式を介しているはずだ。
しかし今回俺は術式を介さず雑に魔力を足に集中した。その結果、身体能力の向上こそ実現したものの、方向性を与えられていない魔力が暴れ回り、俺の筋繊維がズタズタになった。正直に言えば今でも少し動くだけで激痛が走る。
「えぇと、それって何かマズいことなんですか?」
「マズイもなにも、今のヴァンの足は結構なダメージがあるんじゃないか? 歩くどころか少し動くだけで痛みがあるずだ」
「えぇ!? ヴァンさん、本当ですの?」
「まぁ、事実だ。だが明日休養を挟めば動くのに支障が無いくらいには回復するはずだ。だからあえて言わなかった」
「バッカじゃないですか!? それならなんで今日しっかり休んでないんですか!?」
「お前らに無駄な心配を掛けることも無いだろうと思ってだな……」
「隠してた方が余計心配するんだけど?」
「むぅ……」
「ま、こりゃあ全面的にヴァンが悪いわな。帰りはうちの兵士に運ばせてやるから今はゆっくりしとけ。なるべく動くなよ」
「いや、そこまでして頂くわけには。足も痛みがあるくらいで歩けますし。皆もそんなに心配するほどの事じゃ……」
「あぁもう! 私を助けるためにそんな無茶したんだったら素直に心配くらいさせてください! 食べたいもの、飲みたいものがあれば言ってください! 私が全部やってあげますから!」
「むぅ……」
「むぅ、じゃないですよ! 返事は!」
「……わかった。すまないがよろしく頼む」
リンカに涙目で詰め寄られてしまってはこう返事をするしかなかった。気付けばよそのテーブルからも注目を集めていたようで、ニヤニヤとした視線のせいで妙に居心地が悪い。
「俺も黒髪美少女にベッドの上で『私が全部やってあげますから』って言われてぇなぁ」
「わかる……言われたいしやってもらいたい……」
「黒髪美少女いいよね……」
「むしろ俺はヴァン君に全部やってあげたい」
「「「え?」」」
「あの、パッチさん。出発の時にもちょっと思ったんですけど、貴方のところの兵士さん達大概ヤベー奴らしかいないんじゃないんですの?」
「否定はしない」
帰りはあの兵士にだけは送ってもらわないようにしなければならない。絶対にだ。
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