8話 撤退戦線異常アリ
ドラゴンという魔獣がいる。正確に言えば魔獣の中でも古代種と呼ばれる魔獣の中でも長命で、絶大な力を持つ種族だ。どんな名剣でも傷一つ付かない鱗、音に迫る速度で飛行できる翼、山を斬り裂く爪、鋼を噛み砕く牙、極めつけに岩をも溶かす炎のブレス。こんなんもう出会った瞬間即死確定ですやん。と誰もが口を揃えて言うこと間違い無しのこの世界でもトップクラスのやべー奴。それがドラゴンだ。
そしてそのやべー奴筆頭のドラゴンさんには近縁種、というより下等種とも言うべき種族がいる。その名もレッサードラゴンだ。上位種のドラゴンさんの全ての能力を満遍なく一段階下げたような奴で、ドラゴンさんには確かに多少劣りはするもののやはりこれまた十分やべー奴だ。
そして更にそのレッサードラゴンにすら下等種がいる。レッサーレッサードラゴン、ではなくワイバーンだ。ドラゴンの下等種の更に下等種なのだが、ここまで落ちてもなお一般的な銅等級の冒険者にとっては出会って三分で即モグモグ級のやべー奴なのだ。銀等級の冒険者が複数パーティ集まってようやく討伐できるかできないか、というレベルだ。
そして驚くことにこのワイバーンにまで下等種がいる。ここは素直にレッサーワイバーンという。ここまで落ちぶれてもなお、出逢えば銅等級の冒険者には死の危険が付き纏う。その能力はといえば、普通の剣で傷付く鱗、その辺の鳥と同じくらいの速度で飛行できる翼、樹木くらいであれば斬り裂ける爪、鋼は無理でも皮鎧くらいなら噛み砕く牙、普通に熱い炎のブレス。つまり普通に強いけど、辛うじて理解の範疇に収まるレベルではある、という事だ。
そして何故そんな事を思い出しているかというと、まぁ大体想像はつくであろうが、絶賛そのレッサーワイバーンに追われているからに他ならない。
「ちょっとこれは聞いてませんわよ! 聞いてないよ! ねぇ! マリーちゃんどうしよう!」
「ロゼ素が出てるわよ! いやそんなのどうでもいいから走って! マジで!」
足場の悪い森の中をひたすらに走る。あの取り逃がした白銀狼の遠吠えで、別の白銀狼のグループが来るかと思えばまさかのレッサーワイバーンである。なんでだ。
「怖いです無理ですあんなんどうしようも無いです!!」
「いいから走れ。喋れば舌を噛むしスピードが落ちる」
白銀狼を撃退した岩場近くから森に移動しようとしたその瞬間、レッサーワイバーンが森の中から空に舞い上がった。そしてそれを見た、と言うよりも完全に目が合ってしまった我々一同は晴れてレッサーワイバーンさんの捕食対象となったわけだ。
即座に森の中に逃げ込み木々を隠れ蓑にして街に向かって走り出したのだが、ここでレッサーワイバーンがまさかの木々に体当たりをブチかましながら飛行して追いかけてくるというパワープレイに出た。
結果としてレッサーワイバーンの速度は落ちたものの、こちらは常に狙われ続けるという精神的に辛い展開になってしまった。体力的に圧倒的に不利、スピードはギリギリ均衡を保っている。正にジリ貧というやつだ。
「ヴァンさん! ハンドヒートパイル! あれで比較的脆そうな翼膜を狙って飛べなくしてはどうでしょう!」
「無理だ。あれには距離減衰というものがある。有効射程距離はおよそ5mだ」
「そんな近くまで行ったら死んじゃう! 怖い! ねぇマリーちゃん怖い!」
「だから素が出てるわよ! 餌になりたくないなら走って!」
「が、一つ策がある。有効かどうかは分からないが」
「はい採用! それ採用ですので早くやってください!」
「わかった。今からハンドヒートパイルの予備弾全ての爆発術式に魔力の過供給を行い同時起爆させる。あれ相手にどれだけの効果を出せるかはわからないが」
「説明が長い! 早くやって!」
「わかった」
残りの予備弾は5本、全てを弾帯から取り出しロープで軽く縛る。そしていつの間にか結構な距離まで近づいていたレッサーワイバーンの顔面目掛けて振り向きざまに投擲する。先程のロゼの投擲に比べれば多少不細工な軌道を描きワイバーンの顔面に迫る。
「起爆する! 目と耳を塞げ!」
まず閃光が辺りを包み、数瞬遅れて轟音が鳴り響く。どうやら成功したようだ。あとはレッサーワイバーンに効果があるかどうかが問題だ。
魔術式に魔力を過供給するとどうなるか。単純に術式の効果が上がる、というわけではない。誤作動を起こすのだ。どのような誤作動を起こすかはその術式によってまちまちなので、本来であれば予測も付かない。だがこれは特殊武器愛好会と俺が試射に試射を重ねたこのハンドヒートパイルだ。当然過供給の影響も判明済み、ということだ。
そしてその影響とは、破壊力が失われ、強烈な閃光と轟音が出る見掛け倒しの爆発を起こすというものだった。その結果レッサーワイバーンは視界と聴覚を潰され、平衡感覚を失いフラフラとあらぬ方向へ突進していった。
「なるほど、スタングレネードですか!」
「名付けてスタンパイル……グレ、いや……」
「名前なんて今どうでもいいから! さっさと走る!」
「やりましたわね! クソザコトカゲモドキなんて敵じゃありませんわね!」
「生存の目が出てきた瞬間からキャラ取り戻したうえにイキり倒すそのメンタルヤバくないですか?」
「なんの事かわかりませんわね!」
「なんとかルヴィステラまで辿り着きましたね……めっちゃ疲れましたよ……」
「お疲れ様、もう早くベッドに倒れ込みたいわ……」
あの後、怒り狂ったレッサーワイバーンが森の中で暴れていたらしく背後から結構な音がしていた。その度にロゼのメンタルが少しやられるという事案もあったが、無事再び遭遇すること無く森を抜け、ルヴィステラまで到着したのだった。
「ギルドへの報告は俺が行ってこよう。今日はもう休むといい。明日の昼頃にギルドの酒場で落ち合おう」
「いいんですの……? ヴァンさんもお疲れでは……?」
「大丈夫だ。このぐらいのトラブルならまだ可愛い方だ。師匠と一緒にいた頃に比べれば……」
「ヴァンさんが珍しく遠い目をしている!?」
「レッサーワイバーンが可愛い方って大分やべー気がしますわね」
「ふふふ、レッサードラゴンを生で見るとどうなるか知ってるか? 飛ぶぞ、意識が」
レッサードラゴンはヤバい。何がヤバいってもうマジでヤバい。ヤバヤバのヤバだ。かなり離れた位置で見ていたが、ブレスの余波だけで3回くらい死にそうな気がしたし、咆哮を聞いただけで5回くらい気絶しそうになった。というか1回は気絶した。
そして一番ヤバいのがそれにパイルバンカーひとつで喧嘩を売りにいく師匠だ。頭イカれてんのかマジでなぁおい。そしてパイルバンカーを一発ぶち込んでニッコニコで「引き分けだわ! こりゃ倒しきれねぇ!」とかほざきながら牙ひとつ分捕ったうえで戻ってくるとか本当になんなんだあの人。バケモンかよ。
「ヴァンー! おーい! 戻ってきてー!」
「……はっ! すまない、少し取り乱したようだ。とにかく、今日はよく休むようにな」
「なんかちょっと不安だけど、体力的に大丈夫そうなのヴァンだけみたいだし、お任せしちゃおうかしらね」
「あぁ、任せてくれ。では明日の昼頃に酒場で」
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