幕間 異世界転移者、小鳥遊 鈴香


 私がこの街、ルヴィステラに来てから早くも11ヶ月が過ぎようとしていた。

 

 ある日突然神様を名乗る胡散臭い光球が目の前に現れ、異世界の言葉、文字、簡単な知識を脳内に直接ぶち込まれ、挙句の果てに「チートをやろう」などと言って″戦闘の才能″とやらを半ば無理やり押し付けられた。そして気付けばルヴィステラの門前で立ち尽くしていたのだ。

 

 始めはそこそこ地獄を見た。金宿無し金無しコネも無し。あるのは身体一つと最低限の知識のみだ。不幸中の幸いと言っていいかはわからないが、昨今のアニメや漫画、小説などを嗜んでいたために異世界モノに対する造詣は深かった、

 

 異世界モノとなればレベルやステータス等が定番だろうと一通りそれっぽい言葉をこっそり呟いてみるもどれも反応せず。結果だけみれば私の黒歴史が一つ増えただけに終わるだけだった。あーはいはいそういうタイプの異世界ね。

 

 そして脳内に詰め込まれた知識を元に今後の方向性を考えるが、食い詰め者のセーフティネット的な扱いの冒険者になるか、色街で働くかのどちらかしか基本的には道は無さそうだという結論に至り軽く絶望する。

 

 正直に言えばどちらもゴメンなのだが、元の世界へ戻る為の方法を探すことを考えれば冒険者になるのが妥当だろう。ムカつくがこうなると戦闘の才能とやらを有効活用していくしか無いと考えていた。

 

 が、無等級の冒険者の魔獣の討伐依頼など受けられるはずもなく、しばらくの間ひたすら単調な肉体労働に従事するはめになる。戦闘の才能があったとしても肉体まで変質しているわけではなかったので、ひたすらに辛かった事は今でも覚えている。

 

 肉体労働を続けて半年が過ぎた頃、ようやく最低限の体力が着いたのか少しだけ余裕が出てきた。そんな折、銅等級への昇格通知が来たのだ。その時ばかりは嬉しさのあまり変な声が出たものだ。

 

 そして銅等級に上がって4ヶ月。私はというと未だに肉体労働を続けていた。金が貯まらなくて最低限必要な装備すら買えないのだ。

 

 

 

 簡単にこの世界の通貨について触れておこう。

 

 この世界の通貨は5種類に分かれていて、下から順に小銅貨、中銅貨、大銅貨、銀貨、金貨である。一番安い小銅貨が10枚で中銅貨1枚分、中銅貨10枚で大銅貨1枚分といった感じで上がっていく。日本円に換算すると、小銅貨がおよそ100円くらいだ。

 

 さて、そこを踏まえて無等級の冒険者が一日肉体労働をして得られる金額をお伝えしよう。なんと驚きの中銅貨5枚分だ。日本円でいうとほぼ一日汗水垂らして働いて日給5000円だ。やっっっす!! 

 

 更にそこから宿代で中銅貨2枚、朝昼晩の食事で中銅貨1枚前後かかるため、一日に貯められるのは中銅貨2枚が限界である。更に言えば流石に毎日働く事はできないため、3日働いたら1日休むというサイクルを自分で設定した。そのため3日働いてなんとか中銅貨6枚を貯めても、休みの日の分の宿代と食事代で中銅貨3枚は消える。そして衛生面を考えて2日に1度は公衆浴場に行っている。公衆浴場では1回小銅貨5枚なので、4日間のサイクルで2回公衆浴場に行けば中銅貨1枚分だ。そりゃあ貯まるわけが無い。

 

 が、それにひたすら耐えて耐えて耐え抜いてようやく簡素な皮鎧一式とショートソード、バックラーを揃える事ができた。必死に貯蓄してきた大銅貨7枚が装備一式で溶けた時の私の眼は死んでいたことだろう。

 

 さてこれで晴れて討伐や採取でまともな生活に! とはならなかった。この世界に来てから躓いてばかりである。

 

 これはギルドの受付さんから聞いた話だが、薬草の採取はその薬草の知識が少なからず必要だし、小型魔獣の討伐にしてもその魔獣の倒し方、剥ぎ取り方法を知らないとろくに稼ぐことができない可能性が高いという。

 

 ではどうするかというと、パーティを組むのはどうかということだった。銅等級に上がってからも真面目に肉体労働の取り組んで装備を整えた、というのがギルド的に心象が良かったらしく、親身に相談に乗ってくれた。

 

 ギルドの掲示板にパーティ募集の張り紙をしてもらい、なんとその翌日には希望者があらわれた。

 

 そして今からその希望者に会うわけだが、流石に緊張を隠せない。何せルヴィステラに来てまともに話したのなんて肉体労働の現場監督とギルドの受付さんくらいだ。もうこんなんコミュ障じゃねぇか。

 

 ギルドに併設された酒場で希望者を待っているのだが、変な汗かいてきた。これで筋肉モリモリマッチョマンの変態とかきたらマジで嫌だなぁ、とか思いながらソワソワしていると、声を掛けられた。

 

「すまない、君がリンカ・タカナシさんだろうか。俺はヴァン・カークルイス。君と同じ銅等級の冒険者だ。ギルドの紹介でパーティ募集に希望したのだが」

 

 振り返るとそこには筋肉モリモリマッチョマンのシールド付きパイルバンカーを持った大男がいた。嫌だなぁ! 怖いなぁ! というか

 

「なんでこんなファンタジー風の異世界でパイルバンカー!?」

 

 挨拶もそこそこに頭を抱えてしまった私は果たして悪いのだろうか。いや悪くないんじゃないでしょうか。悪くないんじゃないかなぁ。多分。きっと。

 

 ちなみに私がパイルバンカーを知っているという事で何故か好感度が爆上がりしたらしく、無事パーティは結成と相成りました。

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