第75話
「呆れましたわね」
「ええ、まったくですわ」
午後の執務室では、午前中に起きた騒ぎを話題にしながら官庁の残務処理をしています。
あのあと、『小ネズミ』の仲間だったライールの友人たちが今どこでなにをしているのか聞かれました。ライールの成長を見て、ほかの方々も素敵な青年になっていると思い目を輝かせたのです。
「彼らのほとんどがアシュラン公爵の側近としてアーシュレイ領に残っている。三人は俺の側近として共にきた。おい、入ってきていいぞ」
ライールの声に青年が三名入ってきました。その三人は私に礼を捧げてから、私の側近三人に各々近付いて腰を抱いて密接します。ええ、おばあ様に保護されて王都にきたマジェスタたち三人は、ライールと共にサンジェルス国から真っ先に離れた『小ネズミ』の皆さんと同郷ということもあり交流を重ねるうちに……
「見た通り、ジーナロッテとマルセル、マジェスタとアンドリュー、そしてルルティカとレイド。彼らは夫婦だ。私の妻のために側近として働く彼女たちと共に領地に赴くため、私の側近となってついてきてくれた」
ライールの言葉に、彼の側近三人は軽く腰を曲げて礼をしました。それは臣下の礼ではなく会釈。つまり目の前にいる人々は貴族ではなく平民。モーリトス国の貴族籍を持つ彼らにとって、目の前にいるのは目下だと無言で示したのです。
「ほかの『小ネズミ』たちも叙爵されて貴族籍に名を連ねている。─── もちろん、全員が妻帯者だ」
彼ら三人が無理でも、という表情だった女性たち……特に若い方たちは一瞬で甘い夢から現実に戻されたようです。
「昨日は仕事で遅くなるから先に実家へ向かってもらったせいで酷い目に合わせてしまった。申し訳ない」
「いいえ。クーデリア様に精霊魔法をかけていただいたため、私もこの子も無事でしたわ」
レイドの謝罪にルルティカが微笑みながら、外見からはまだ目立たない腹部を撫でました。その腹部にレイドも手を添えて優しく微笑みます。実家へ向かわれたのは、妊娠の報告のためでした。それが実家にルルティカが戻ると聞いた伯父に待ち伏せされたのです。
昨日の一件があり、妊婦のルルティカには控えてもらいました。怪我がないとはいえ伯父の姿を見たら恐怖が蘇ってくるかもしれません。それは胎教に悪影響でしかありません。初産のルルティカには特に。
「レイドに子供が生まれれば全員妻帯者から妻子持ちに格上げだな」
「あら。それでしたら子供部屋を用意しなくては。そのときはメイベル、あなたもエルディックとヘルマン、マリーベルを連れてらっしゃい」
「はい、育児要員としてメリアンたちを呼んでもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いしますわ」
そんな話をしていたら、「少しよろしいでしょうか?」と声をかけられました。
「なんでしょう?」
「私にお子様の教育係をさせていただけませんか? 私の家はご存知のとおりサンジェルス王家の教育係として代々
「失敗されたのですわよね」
「───────── え?」
「ですから、あなたのご一族が教育を失敗なさったから、サンジェルス国は滅びたのでしょう? それに『ご存知のとおり』と仰いましたが……。私は学院を卒業するまでサンジェルス国におりましたが、そのようなご一家など存知ませんわ。それほど優秀でしたら王妃教育に携われるでしょうに。私は一度もお会いしたこともご教授いただいたこともございませんわ。ご存知のとおり、私は王太子の婚約者でしたのに」
私の言葉に一瞬で恍惚な表情から蒼白に変わりました。
「失言でしたわね。それに、発言を許可されても礼を言えず名も名乗らず。何よりあなたは『モーリトス国の教養』をご存知なのですか? ─── 今の短時間だけで、あなたはいくつものマナーを破っておりますわ。そんな方が相応しいなどあり得ません」
「それに、モーリトス国の教育云々を前に。領主様に解散を告げられてどれだけ時間がたっているとお思いですか? すでに常識のある方々は次期領主様のご挨拶を受けられて退場なさいました。ここは領主様の館。いつまでも平民のあなたたちが居座っていい場所ではございません。その点をとっても十分に礼儀知らずではありませんか?」
ジーナロッテの言葉に、女性たちは振り返って自分たち以外に誰もいないことにようやく気付いたようです。どなたも辞去の挨拶もなく慌てて立ち去っていかれました。
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