第74話
「ルルティカ、入ってらっしゃいな」
「はい」
返事のあとに扉が開かれて、ルルティカが入ってきました。その後ろから、スラリとして背の高い男性が赤ん坊を抱いて小さな男の子の手を引いて入ってきます。
「かあさま!」
男性から手を離して駆け寄ってきた小さな男の子は、私たちの息子オルティアスです。私たちや身近な人からは『オルティ』と呼ばれていますわ。オルティは両手を大きく広げて私の両足を抱きしめます。こうしたら私が動けなくなって、いなくならないと思っているのです。足の間に顔を
「かあさま、おしごとおわった?」
「いいえ、お仕事はまだあるわ」
そう返すと「そう……」と言いながら俯いてしまいました。まもなく五歳を迎える年齢でありながら、次期公爵として仕事を理解しています。そんな息子を抱き上げると顔を俯かせてしまいました。
「でも、予定していた朝のお仕事は終わったから、お昼ごはんまで一緒に過ごせますわ」
「────── かあさま、むりしてる?」
「いいえ、今日は仕事始めですの。本格的なお仕事は午後からですわ。でも疲れましたわね。オルティ、癒してくださるかしら?」
「うん! ぎゅー♪」
オルティはいつものように、疲れた私を抱きしめて癒してくれます。それが嬉しくて頬が緩んでしまいますわ。
「リリィ、お疲れ様」
「二人をお任せしてしまい申し訳ございません」
「いいや、二人は執務室にいたけど世話はメイベルがしてくれていたからね。私は廃国の残務処理をしていただけだから」
「とうさま、ぼくたちおとなしくしてたよね」
「ああ、ティナに絵本を読んできかせてたね。ティナも大人しくしてて、さっき寝たばかりだよ」
あらあら。それは微笑ましくて仕事に集中できませんでしたわね。午後から頑張ってくださいな。
「ところで、まだ帰らないようだけど。彼らに挨拶してもいいかい?」
「ええ、オルティもできるかしら?」
「はい!」
元気に返事をするオルティをメイベルが持ってきてくれた踏み台に下ろして少し離れました。何人かは私の夫の顔を見知っているのでしょう。驚いた表情を見せていますわ。
「見知った顔もあるな。レヴィリア領領主クーデリア・リリィ・アリステア公爵の配偶者としてははじめましてとなる。九年前までライール・サルブランの名でサンジェルス国の学院に留学していた。当時は公爵の兄アレクシスと共に『小ネズミ』と渾名されたうちの一人だといえば思い出すか?」
言葉を区切って、会場内を見回す。同じ時期に学院にいた人たちは覚えていたのでしょう。でも少年らしさから青年に成長した彼に名乗ってもらわないと顔が一致しなかったようです。義父によく似たイケメンです。いずれは義父と同じように甘いマスクで人タラシになるのでしょうか。
「では改めて。ライール・アリステア、父はサルブレス公国のウルネイア大公。第三子なのでサルブレス公国は継がないし、父同様、愛妻家で子煩悩の血を受け継いでいる自覚は十分にある」
────── なに、恥ずかしいことを宣言してるのですか。
ですが、これは頬を朱に染めている女性たちへの牽制でしょう。
「はじめまして! ぼくはオルティアス・アリステア。もうすぐ五さいで、じきこうしゃくです。いご、おみしりおきください!」
自己紹介を言い切ってドヤ顔になる息子。そして、隣に立つ父を見上げて腕の中で眠る妹に気付くと「そして!」と大きな声を出しました。
「ちちの、うでのなかでねているのは、いもうとのクリスティーナ・アリステア。まだあかちゃんです!」
『まだ赤ちゃんです!』に会場中の空気が柔らかくなり、小さく拍手が贈られます。ティナが眠っているから加減してくれているようです。それでも拍手をいただけたことが嬉しいのでしょう。
オルティは満足そうな笑みで私を振り返りました。
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