第11話
騒ぎの原因である王太子御一行様は、お父様の言葉があったため、会場から強制排除はされていないでしょう。ですが、婚約破棄は宣言されたはずです。ただ、婚約は宣言だけでは成り立ちません。特に王族の婚約は、神殿などの正式な場にて婚約承認書に『親同士の署名』をすることで認められるのです。それに婚約破棄の理由が『王太子殿下の不貞行為』のため、私との婚約破棄が成立しても、すぐに男爵令嬢とは婚約出来ません。
逆に私は『不貞された側』のため婚約出来ます。
私がお父様の手を借りて馬車から降りると、メイビンが「お疲れ様でした。お嬢様。この度は、ご卒業おめでとうございます」とお祝いの言葉を贈ってくれました。
「どんな意味に取ったらいいのかしら?」
「もちろん、学院の卒業でございますよ」
そう笑ったメイビンは「晴れて、望まぬ『王太子殿下の婚約者』からの解放も含まれております」と小声で追加されました。それに思わず、ずっと固くなったままだった顔の筋肉が緩みました。
「ああ。やっと生まれた時から存じ上げております、大切なお嬢様が帰ってまいりました。お帰りなさいませ。お嬢様」
いつもの「お帰りなさいませ。お嬢様」の言葉が聞けなくて寂しかったけど……。メイビンに心配させてしまっていたのですね。
「ただいま。メイビン。─── 私の婚約破棄はお母様から?」
「いえ。アレクシス様から伺いました」
「まあ。兄様ったら」
五つ離れている兄が帰宅した頃は、まだ騒ぎが始まって間もない時間です。その時点で、すでにこうなる事に気付いていらっしゃったのですね。
「メイビン。使用人全員を広間に集めてもらえるか?」
「すでに奥様もアレクシス様もご一緒に集まっております。残っているのは御者のエイブと私どもだけです」
「私は、ご主人様の意見に賛成です。馬たちを厩舎で休ませたいので失礼します」
さすがメイビン。そしてエイブも。我が家で長く働いているせいか、『これから起こること』を正確に予測しています。
「では、全員から意見を聞こう」
広間に集まった皆さんに、お父様が私の婚約破棄とその経緯を掻い摘んで説明されました。お母様には号泣され、お兄様からは「今までよく我慢した」と誉めて頂きました。私専属の侍女メイベルからは「お嬢様。ちょっとブチ殺して来ても宜しいでしょうか?」と聞かれ、料理長は「チョイとミンチに」と立ち上がろうとしました。料理長の場合、ミンチにするのは
「メイベル。あれらには
お父様がそう言うと、メイベルも「その時はご一緒させて下さい。トドメは旦那様にお譲りしますので」と言い、お父様が頷くと『その日』を思い浮かべたのでしょう。「その日が来るのを楽しみに、腕を磨いておきましょう」と笑顔になりました。
「このまま領地に戻ることに異議がある者はおらぬか? この国に好いた相手がいたり、買いたいものがあるなど、何かやり残していることはないかね?」
お父様が尋ねると、誰もが首を左右に振ります。親しい者たちと、別れの挨拶もしないで良いのでしょうか?
「旦那様。私どもは、いつでもお声ひとつで帰る覚悟でおりました。それに、王太子たちのお嬢様に対する無礼の数々。もし私たちに『やり残したことがある』なら、王太子たちをこの手で仕留めることでしょう」
メイビンの言葉に、今度は全員が首を縦に振りました。メイベルは誰よりも早く、首をブンブンと振っています。
「そうか。
全員の意思を確認したお父様は「これから十分後に我らはこの『土地ごと』転移する。もし敷地の外に出ていたら、ここに取り残されることになる」と全員に伝えました。
お父様は、周りの状況から残りたくても言い出せなかった者に対して、最終通告を出されたのです。もしこれで転移から外れたとしても、言い訳にはなるでしょう。
「これで、この国と『オサラバ』出来る。あー、長かった」
「お兄様。ご友人の方々に、ご挨拶はなさらなくても宜しいのでしょうか?」
「ああ。アイツらなら、この話を聞いたら爆笑するだろ。まあ、落ち着いたら手紙でも書くさ。その前に動きそうだけどな」
「そうなのですか?」
「アイツらは『小ネズミ』と渾名されているんだぜ。知ってるか? 船が沈むのを察知したネズミは真っ先に船から逃げ出すんだ。アイツらが今回の話を聞いたら、こんなサンジェルス国という沈没間近の船から真っ先に逃げ出すさ。そして逃げ出した先は『アーシュレイ領』という大地ってわけだ」
お兄様は端正な顔立ちですが、令嬢たちとの恋愛よりも子息たちとの友情を大切にされてきました。けっして、令嬢からもてない訳でも衆道のみを好んでいる訳でもありません。
「気心の知れた仲間たちを優先出来るのは若輩者の特権だ」
そう笑って仰るお兄様のご友人の方々のご無事を祈るばかりです。
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