第10話


「リリィ。申し訳なかった」


私たちを乗せた馬車が学院の敷地を後にすると、お父様から謝罪をされました。殿下との婚約が決まってから何度も聞かされた言葉です。


「お父様。『すべて終わった事』ですわ。それよりお母様やお兄様は?」

「あの騒ぎの直後にやしきに戻したよ。今は領地に帰る準備をしている。リリィは植物の引っ越しの手伝いを頼めるかな?」

「どうせでしたら、敷地内すべてを移したらいかがです?」

「そんな魔法が?」

「ありますわ。【 お引っ越しムービング 】という転移魔法です。同じ範囲の場所を指定すれば、範囲内の建物だけでなく動植物もすべて移動させられます」

「欠点は?」

「必要魔力が半端ないところでしょうか」

「では『リリィ限定』という所かな?」


お父様の言うとおり、私の魔力の容量はこの国で大きいほうです。隣国で『大魔導師』の肩書を持っていたおばあ様には負けていますが。

小さな頃、外で遊んでいる最中に気付かずに【 魔力循環 】をしてしまったことがあります。

あれは魔力の容量が少ない人が、容量が多い人と魔力を循環させることで容量を増やす魔法です。私は『自然界』の魔力を感じて循環させてしまったのです。気付いたおばあ様がすぐに魔法を止めてくれましたが……


「驚いたわー。私が小さい頃と『同じこと』をするなんてー」


そう言って笑われました。当時の私はまだ三歳。ただ、森林浴で深呼吸しただけだったのです。後に、その森に『精霊の棲まう』があることが分かり、精霊たちの手で精霊界に移植されました。

三歳の身体に大人とほぼ同じ容量。身体が成長すれば容量も育ちます。そのため、今は一般的な大人の容量の約五倍もあります。

ちなみにおばあ様は、止めてくれる人が近くにいなかったため、私の歳ですでに約二十倍の容量があり、最終的に二十三倍の大きさで落ち着いたそうです。


「お父様。もし魔法を使うのであれば、領地側に誰もいないようにしないと、跡地にポツンと残されることになりますわ。それが人ならまだしも、魔獣だったら大変な事になりますわよ」

「それはそれで構わん」

「私は、親友たちが巻き込まれたらと思うとゾッとしますわ。それに『罪のない人』が巻き込まれでもしたら……」

「フム。確かにそうだな。では領地に遠話でどこに邸を移すか確認してから転移するとしよう」


お父様のその言葉と共に、馬車のスピードが緩やかになり間もなく止まりました。学院から邸までは馬車で5分の距離です。特にこの地区は貴族階級の邸が多いため、歩行者は少なく閑散としています。特に、本日は学院に国王陛下をはじめとした王族の皆様が来賓として集まっています。そのため警備が厳しく、普段以上に道交う人々の姿も見られませんでした。



「お帰りなさいませ。旦那様」


従者が外から馬車の扉を開き、お父様が馬車から降りると、家令ハウススチュワードのメイビンが出迎えてくれました。


「ただいま。メイビン。何か変わったことは?」

「皆様のお帰りが早まったこと以外、特にございません」


つまり、何も問題は起きていないということでしょう。ですが、パーティー会場で起きた婚約破棄とそれを含めた騒動が知られたら、来訪者が殺到することでしょう。

名だたる貴族の皆様は卒業パーティーに参加しています。「最後まで卒業パーティーをお楽しみ下さい」と言ったのは、貴族の皆様を足止めするためです。『まだ始まっていない』パーティー会場から抜け出すことは出来ません。それも、来賓の国王夫妻を始めとした王族の方々に挨拶を済ますまでは……

本日のプログラムでは、最初に国王様に挨拶出来た貴族様が学院を後に出来るのは、早くて開始二時間後でしょうか。

学院長と国王様から、短めですが『お祝いの言葉』の後に『生徒会引き継ぎ式』が行われて、卒業生のファーストダンス。それが終わったらフリータイムとなり、やっと挨拶合戦が始まります。

パーティーが始まりました → 学院長の挨拶が始まりました → 挨拶が終わりました → 国王様の挨拶が始まりました → 挨拶が終わりました → 生徒会役員のバッジを後輩の胸に着けました → 引き継ぎ完了の宣言 → 会長同士の簡単な労いの言葉 → 新生徒会長による『パーティー開始』宣言 → 卒業生によるファーストダンス → フリータイム。

毎年の流れはこんな感じでしょうか。

ですが、今年は『騒動』がありましたので、予定通りに進行出来ているでしょうか? あの後、何事もなくパーティーが始まったとは思えません。

今年の実行委員会の方々には、最後に多大なご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳なく思っておりますわ。

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