第7話


「ふざけてなどおりませんわ。殿下からの『一方的な婚約破棄』。そして私とお父様に対して繰り返された『侮辱発言の数々』。このような公衆の面前にて行われた、『罪なき私への断罪と様々な虚偽』も含まれますわ。さらに婚約破棄の原因となりました『男爵令嬢との不貞行為』。それらすべての慰謝料ですから相当額となりますわ。もちろん、殿下はというお立場もございますから、平民で( 自称 )男爵令嬢で( 自称 )未来の王太子妃より加味された金額になりましてよ」


平民の男爵令嬢にしてみても、高額の慰謝料です。なにより、私とお父様という二人分の慰謝料ですからね。


「証拠……そうだ! 証拠はあるのか! ないだろ。あるはずがない!」

「あら? もちろんございましてよ」


私の言葉に王太子殿下は青ざめて、身体を硬直させました。


「学院のアチコチで家畜のように目合まぐわう姿が目撃されておりますわ。写真も映像もございましてよ。こちらは令嬢が木にしがみついてお尻を突き出して。まるで『馬のよう』ですわねぇ。こちらは……神聖な神殿で、お互い聖職者のお姿で……。神への冒涜ですわ」

「寄越せ!」

「欲しいのですか? 構いませんよ。いくらでも焼き増し出来ますので」


私から奪った大量の証拠写真を王太子殿下が手にしたと同時に、開け放たれたままの窓や扉から風が吹き、会場内に写真がばら撒かれました。

あら? 男爵令嬢が王太子殿下以外の、婚約者がいらっしゃられる殿方とねんごろな関係の写真も半分以上ございましたのに、王太子殿下の目に入らなかったのですね。ですが、他の方々の目には晒されたようです。どれも淫らな姿ですから、『何もしていない』などと言い訳出来ないでしょう。

気付かれないように、王太子殿下と男爵令嬢以外の飛んだ写真を魔法で回収しているのは、我が家の諜報員の方々です。お仕事を増やしてしまい申し訳御座いません。


「殿下。宜しいでしょうか?」


背後から聞こえた声に、王太子殿下は驚いたようで数センチ跳び上がりました。その様子に気付いた、私を含めた数名は扇子で顔を隠しながらクスクスと笑ってしまいました。


「ア、アシュラン辺境伯! コホン。いかがされた」


咳払いして誤魔化しても、声が裏返ったことはこの場にいる全員が聞いていましたよ。だいたい、何が「いかがされた」ですか? あなたが愚かな男爵令嬢と開いた三文芝居に娘が巻き込まれただけでなく、さり気なく自身まで巻き込まれたことに憤っているんですよ。ああ。動けない男爵令嬢も魔法で『まわれ右』をしてもらい、お父様の方を向いて頂きましょう。


「殿下にお尋ね致します。我が娘との婚約破棄。殿下は本気でしょうか」

「ああ。辺境伯には申し訳ないが、私にはすでに『愛を誓いし者』がおる」

「では殿下。この国には我が娘はいらないと仰るので?」

「しつこいぞ! 娘だけではない! もはやうぬもこの国には必要ない!」

「それが『王家のご意向』と受け取って宜しいのでしょうか?」

「そうだ!」


王太子殿下の発言に、周りはざわめき、中には目眩を起こして倒れる貴婦人の姿もあります。


「分かりました、殿下。このような場に、殿下との婚約を破棄した娘を置いておけません。失礼でございますが、娘共々、下がらせて頂けますでしょうか?」


お父様の言葉に、ウンウンともっともらしく頷いて「そうだな。もう娘と共に下がるがよい」と許可を出されました。

ちゃんと聞いていましたか? 婚約を破棄されたではなく破棄と言ったのですよ?


「それでは、我がアーシュレイ領はこの国より頂いた外務大臣を含めたすべての役職を返上させて頂き、に戻りとうございます。お許し頂けますでしょうか?」

「ああ。このような形で令嬢と婚約破棄となった以上、王都には居づらいだろう。領地に下がるなり好きにするがよい」

「有り難きお言葉。このサンジェルス国の武運長久を、より心からお祈りしております」


言質を得たお父様は王太子殿下に臣下の礼をし、「それでは我々は故郷ふるさとに戻る支度がありますので、これにて失礼します」と伝えました。


「うむ。今まで長きに渡り御苦労であった。領地はこの王都より遥かに遠い。気を付けて帰るがよい」


勘違い王太子殿下の言葉にお父様は無言でしたが、あの表情の下に隠されている『地上に降臨した魔王』に気付いていないのは、すでに頭がお花畑になっている王太子殿下とウーレイ男爵令嬢だけでしょう。そして、お父様の言葉の重さにも気付いていないのでしょう。

だいたい、このパーティーの主役は卒業生である私たちであって、退場するのは王太子殿下やウーレイ男爵令嬢の方ですのに。常識がないとは、なんとも嘆かわしいことです。

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