第8話


「リリィ様……」

「お名残り惜しいですが。殿下がお決めになったことですわ。皆様もご家族の方々も、どうかお達者で」


私の周りで涙目になって震えている親友たちに別れを告げると泣き崩れてしまいました。すぐに各々の婚約者様が駆け寄り、慰めながら身体を支えて立ち上がらせます。ここにいるのが、気心の知れた私たちだけでしたら問題ありませんが、騒動を知った方々がすでに青ざめた表情で集まっています。そんな公の場で床に座り泣き崩れている姿は、本来でしたら社交界で笑いものになる行為です。

ですが今回は理由が理由なだけに、話が広がってもどなたも悪く言われないでしょう。


「この場にいらっしゃる皆様も、最後まで卒業パーティーをお楽しみ下さいませ。それではお先に失礼致します」


周囲を見回し、カーテシーを捧げて皆様に別れを告げると、扉近くで私を待つお父様の元へと進んでいきました。そんな私の背後に、王太子殿下は「いくら父親が辺境伯の称号を持っていたとしても、ソレイユの言うとおり田舎娘では王太子である私とは元々合わなかっただけだ。ほうも『心から愛し合える者』と出会える日が来ることを願っていてやる」と最後まで人をバカにしている言葉を投げつけてきました。

お父様の前まで着くと、会場に振り向き、無言のままもう一度カーテシーを捧げて皆様に別れを告げてから、お父様と会場をあとにしました。

直後にドーンという音と王太子殿下の慌てる声が聞こえましたが、男爵令嬢にかけた魔法が切れて卒倒しただけでしょう。

自分たちで作り出した舞台を、分が悪いとの理由から卒倒という演技で途中退場しようなんて考えは甘いんです。ええ、なのです。本当に意識を無くしていたら、魔法が掛けられていても倒れるものです。ですから、王太子殿下が奪った写真を見たでしょうね。別の子息との写真も。王太子殿下以外の方々との写真も映像も、ご婚約者の令嬢がご希望されたら有償でお渡しするつもりですわ。そちらからも慰謝料請求されるでしょうね。ウーレイ男爵令嬢にとって『心から愛し合える、愛を誓いし者』が、何人いらっしゃられるのでしょう。私が知る限り、王太子殿下以外に八名いらっしゃられますわ。その方々の婚約者様のお宅に、その旨と証拠写真があることをお手紙でお伝えしましたの。ご存じないままご結婚されるご令嬢が気の毒ですもの。

そういえば、王太子殿下ったら、お父様が声をかけたために忘れてらっしゃったみたいですけど……。ご自身とウーレイ男爵令嬢との『いかがわしい写真』が、会場の床にそのまま残っておりますわよ。我が家の諜報員の方々が回収したのは『他の殿方とウーレイ男爵令嬢の写真』だけですもの。王太子殿下とウーレイ男爵令嬢の写真が五百枚ほど。他の殿方八名とウーレイ男爵令嬢の写真が二百枚ほどです。ええ。五百枚の写真が床に広がっておりますの。まずはそちらを片付けていただかなくては、パーティーが開始できませんわ。

お恥ずかしい写真ですもの。他の方々に『愛しいお方の淫らな姿』を見られたくないでしょう? 王太子殿下。頑張って回収してくださいね。


想像していた通り、会場の建物の外には青ざめた表情をした王族の皆様がいらっしゃいました。

あの場でどなたかが足を踏み入れれば、さらなる騒動に発展する可能性があったため、入るに入れなかったのでしょう。それに、いつ来られたか分かりませんが、すでに婚約破棄を公言し、断罪の場と化した会場で暴走している王太子殿下を叱責しても、脳内花畑の住人には届くことはありません。無駄なことをして、さらに王族の名を貶めるようなことは避けたほうが無難でしょう。


「リリィ……」


すでに涙を流している王妃様が一歩二歩と私に近付きましたが、お父様が私の前に一歩出たため、王妃様は足を止められてしまいました。


「お聞きの通り、我ら一族は『本来の領地』に戻らせて頂きます。もし我らに……いえ、娘に対して少しでも申し訳ないという思いがございましたら、王太子殿下と男爵令嬢には何も教えず何も奪わず『希望通り』でお願いします。お二人には、いずれ時がたれば『娘に対しての責任』を負っていただく所存ですので宜しく」


お父様はそう言いながら、辺境伯の証がついたネクタイピンを外し、国王陛下の手に無理矢理握らせました。


「それでは失礼します。さあ、リリィ。帰ろうか」

「はい、お父様。皆様、今まで可愛がって下さり有難うございました。では、ごきげんよう」


カーテシーを捧げた私にお父様が手を差し出し、私はお父様のエスコートで立ち上がるとそのまま王族の方々に目もくれず立ち去りました。

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