第6話


ところで、王太子と男爵令嬢に向けられる冷ややかな視線のほかに、もう一つ、青ざめた男性に向けられているものがありました。その方がウーレイ男爵なのでしょう。少し前に、騎士団の方々に声をかけられて静かに会場を出て行かれました。

残念ながら、お二人の背後で起きていた事なので、当事者はその様子に気付いていません。


「愛しいソレイユ。今は、今だけは私に免じて黙っていてくれ。そうすれば、婚約破棄が出来るんだ」

「─── 分かったわ。私のジョスカー。本当なら今すぐにでもこの悪女を八つ裂きにしてほしいけど。あなたとの『愛の生活』のためだもの。我慢してあげるわ」


そう言われた王太子殿下は、男爵令嬢に【 無音サイレント 】の魔法を掛けました。男爵令嬢は、ただ喋らなければいいと思っていたようですが、王太子殿下は念のために魔法をかけたようです。

それにコッソリ追加で【 束縛バインド 】をかけさせていただきました。無詠唱な上、王太子殿下の魔法と重ねたため、誰にも気付かれていないようです。いえ。私と目の合ったお父様がニヤリとんでいましたから、お父様には気付かれたようです。


「やっと静かになりましたね。これで話の腰を折られずに話を進められますわ」


微笑む私と、すでに形勢逆転したことを悟り青ざめている王太子殿下。これでは、どちらが断罪されているのか分かりませんね。いま我慢すれば私との婚約破棄が可能になり、『愛しいソレイユちゃん』と一緒になれるという『脳内ラブラブ大作戦』などという計画実行中だからこそ、逃げ出さずに我慢しているのでしょう。


「それでは殿下、質問を続けさせて頂きます。殿下はそちらのご令嬢の訴えだけを信じ、私を問い質すこともせず、第三者に確認もしなかった事実は、すべて男爵令嬢に責任がある。そう仰られましたが、相違ございませんね?」

「ああ。その通りだ。そして卒業パーティーで今まで受けてきた被害をみなの前で明かし、そなたを断罪すれば、問題なく婚約破棄が出来る、と……」

「やっと、お気付きになられましたか? このような場で、私と辺境伯である父を侮辱すれば、間違いなく婚約破棄が出来ますわよね。私の方から殿で。私が破棄するのですから、私は『傷物』にはなりませんわ。それがどういうことか分かって頂けると思いますが……いかがでしょう?」


そうです。面前で侮辱すれば、慰謝料が発生します。それも『無実の罪』なら、膨大な金額の慰謝料が。さらにそれを理由に婚約破棄をすれば、婚約破棄に対する慰謝料も上乗せされます。

そして、不名誉な立場に立たされるのは私ではなく、不貞を働いた王太子殿下の方です。


「最後に四つめ。私という婚約者がいる立場にも関わらず、男爵令嬢と不貞行為を繰り返してきた理由は何ですか? こちらも「男爵令嬢に責任がある」と仰られるのでしょうか?」

「そ、そうだ! すべてソレイユが……」

「残念で御座います、殿下。不貞行為は『おひとりでは出来ない』のですよ」


私の「最後の最後に虚偽も追加なされるとは」という呆れた声に、王太子殿下の目はすでに絶望感を漂わせています。脳内お花畑のお二人には、のちほど『この世の地獄』を思う存分味わっていただきますわ。


「それではすべての質問を終えましたので、殿下のご希望通り婚約破棄を致します。後ほど、殿下と男爵令嬢にはそれ相応の慰謝料を請求させて頂きます」

「んな! ふざけるな! 慰謝料など誰が払うものか!」


私の発言に、目を見開いて口から唾を撒き散らして喚く王太子殿下。はしたないですわ。

その横では、卒倒して現実逃避をしたくても拘束魔法で出来ない男爵令嬢。私とお父様に対して、あれだけの暴言を吐いた『喜劇のヒロイン』ですもの。途中退場は認められませんわ。それに今から『楽しいこと』がございますのよ。

私が会場から出たら魔法を解いて差し上げますから、もう少しお付き合い下さいませ。

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