第44話 紐 参




「どうして? どうしてミケまで殺したの?」



あたしは涙声で訴える。



あの声が写楽の時のようにミケの死も伝えてきたからだ。



ミケはまだ仔猫だったのに。

ヒドイ。

ヒド過ぎるよ・・・。


「アナタが紐を引かなかったからよ」


冷たい声が響く。


「最初のアナタは目をつむって紐を引いた。自分の意思で紐を選んだ訳じゃない。この空間の外では時間は流れている。昨日はアナタは紐を引かなかった」


「じゃあ、ミケの紐は誰が引いたのよ!」


その声はまた含み笑いをした。


「決まってるでしょ。アタシが代わりに引いてあげたのよ」



あはははははは



冷たい笑い声が響き渡る。



「そろそろアナタにも判ってきたと思うけど」



うん。判ってきたよ。

この空間の外でも時間は流れている。そして「紐を引きなさい」と1日に1度あの声があたしに命じて来る。

あたしが自分の意思で選んだ紐を引かなければあたしの家族の誰かが死ぬ。あたしもこの空間から出られない。


「さぁ、アナタの嫌いな色の紐を引きなさい」


どうやら今日の紐を引く時間が来たようだ。嫌いな色を引けって言われても。


目の前の紐は2本減って5本になっている。

あれはあたしの家族なのだろう。


えっ? 

5本?


お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お祖母ちゃん。

そして、あたし。

あの中にはあたしの紐もあるんだ。


「あたしの紐の色はどれ?」


「え?」


その声には少し驚いたような響きがあった。

初めて声に感情らしきモノを感じた。


「あたしの色を教えて!その色の紐を引くから!」




「・・・それがどういう事か判っているの?」



しばしの沈黙の後、声が聞こえた。

あたしには感情を押し殺そうとしているように聞こえた。


「当たり前よ。あたしが死ぬんでしょ?」


「・・・アナタはそれで良いの?」


なんだろう。

この哀しみを帯びたような声は。

この声には明らかに感情が感じられる。


でも、今はそんな事を考えてる場合じゃ無い。

あたしが護るんだ。

あたしが皆を護るんだ。


「良いに決まってるでしょ!」


あたしの声は叫び声になっていた。


「あたしはお父さんもお母さんもお兄ちゃんもお祖母ちゃんも大好きだよ!誰が死んでも嫌だ!」


あたしの目に涙が溢れていた。


「・・・写楽にもミケにも生きていて欲しかった。最初からあたしの紐を引くべきだったんだ!」




「辞めなさい!」


何も無い空間を切り裂いて誰かが飛び込んで来た。

白磁のように白い肌にコバルトブルーの瞳。そして翻る亜麻色の髪。

草薙ターニャさんだった。


「アナタは何者なの? 何故、こんな事をするの?」


草薙さんは右手に光る光の剣を突き出して、声に詰問する。


「・・・お前が草薙ターニャか」


声は冷静さを取り戻したようだ。


「・・・なるほど。確かにお前は普通の人間では無いようだ」


「質問に答えなさい。アナタは誰なの?」


「今は教える事は出来ない」


あたしの周りの空間が光り始めた。

声は遠ざかって行くようだった。


「安心しなさい。写楽とミケは生きてるわ」


その声は消えていくようだった。


「ホントに!」


「えぇ。アナタの決心が本物だと判ったから。アタシはアナタを試したかっただけ」


「待て!」


草薙さんは消えようとしている声を追いかけようとした。

しかし、あたしと草薙さんは光る空間に飲み込まれていった。









ミャアミャア



何かがあたしの頬を舐めている。


あたしは布団から飛び起きた。

ミケがあたしを心配そうに見上げている。

良かった。あの声の言った事は本当だったんだ。


「ミケ!ミケ!」


あたしは仔猫のミケを抱きしめた。


「おぉっ!目を覚ました!」


「良かった・・・本当に良かった」


あたしの布団の周りにはお父さんとお母さんとお祖母ちゃんがいた。

皆、涙を流していた。


「お兄ちゃんは?」


「大丈夫。何とも無いよ。息子がね、お前は受験生なんだから学校へ行けって言ったんだよ」


お祖母ちゃんも涙を拭いながら答えてくれた。



ワンワンワン



元気そうな柴犬の鳴き声が響く。



「写楽!写楽も生きてるのね!」


「あぁ。草薙さん達が祈り始めたら火葬した筈の写楽とミケが光りに包まれて現れたんだよ。現れた時には動かなかったけど」


お父さんも涙を拭いている。


「草薙さん!草薙さんが来てくれたのね」


あたしが部屋を見渡すと部屋の隅に草薙さんと2人の女の子が居た。

何かを喋ってるようだけど、あたしには何を喋ってるのか聴こえ無かった。






「草薙さん、大丈夫?」


音美と桜子が心配そうに草薙を抱き抱えている。

草薙はハァハァと荒い息を吐いている。


「・・・大丈夫よ。ちょっとアイツのパワーに圧倒されただけ」


「アイツって?」


音美の問いに草薙は答えない。


「あのパワーは今までに感じた事が無い桁外れのモノだった。アイツの干渉でコンタが来た600年後の未来で人類に異変が起きているのかも知れない」


「・・そんな。そんなのが相手で勝てるんですか?」


桜子の問いに草薙は笑顔を見せた。


「それは戦ってみなければ判らない。でもパワーの強い方が必ずしも勝つとは限らない。勝負は時の運、ってね」



そう言って草薙は今度は不敵な笑みを浮かべた。







第18章 終わり





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