第45話 宮簀媛





「・・・・・・・」



まただ



また、あたしを呼ぶ声がする



あたしは眠っている



だから、これは夢だ



あたしは夢を見ている時にも「これは夢だ」と自覚する事がある



だから、これも夢だと自覚できる


最近は毎晩のように、この夢を見ている


何なの?


あたしに何を伝えたいの?



「宮・・・・・・」


声が少し大きくなった


この声は聞いた事がある


あたしの身近にいる人の声にそっくりだ


「宮簀媛」


今度は、はっきりと聞こえた

そうだ

草薙さんの声にそっくりなんだ


「目覚める時が来たのです 宮簀媛」


あなたは誰なんですか?

宮簀媛とはあたしの事なんですか?

あたしの問いに答える声は無い


「宮簀媛 早く目覚めてあの子の力になってあげて」


それきりその声は聞こえなくなった


あたしは深い眠りの中に落ちて行った









「ねぇねぇ、草薙さん。昨日は恵方巻は食べた?」



私は隣でお弁当を広げ始めた草薙さんに声をかけた。


「食べてない」


草薙さんの返答はこの一言だけ。

また、この間の「紐事件」の事を考えてるみたい。

そりゃ草薙さんに「桁違いのパワー」なんて言われたら私も気になるけど。


「昨日は2月3日だよ? 節分の日じゃない」


「昨年の節分は2月3日じゃ無かったわよ」


草薙さんがドSの目で私を見る。

へ?

節分って2月3日じゃ無かったっけ?


「えぇー、だって私が子供の頃から節分は2月3日だよ」


「昨年の節分は2月2日だったわ。何でか判る?」


草薙さんがニヤリと笑う。

出たよ。

ドSのブラック草薙。


「そんなの判る訳ないでしょ!」


「じゃあ、地動説は知ってる?」


ブラック草薙はニヤニヤしてる。

フンだ。

私だってそれくらい知ってるわよ。


「地球が太陽の周りを回ってるって事でしょ。えーと、確か提唱したのは、えーと」


「ガリレオ・ガリレイ。こんなの小学生でも知ってるわよ」


そう言って草薙さんはお弁当箱の蓋を開ける。

悪かったわね。

どーせ、私の知識は小学生以下ですよ。


「その地動説と節分に何の関係があんのよ!」


私の剣幕に草薙さんもちょっとたじろぐ。


「落ち着いて、狸さん。少しからかっただけよ」


「だから、狸って言うな!」


草薙さんは「ゴメンゴメン」と手を合わせている。

遅いわ!

私を怒らせたらタダじゃ済まないからね。


「ちゃんと説明するから。地球の公転周期は知ってるわよね?」


「それくらいは知ってるわよ。365日でしょ」


「実際にはそうでは無いのよ」


え?

そうなの?


「正確には365日5時間48分46秒よ」


「そうなんだぁ。でもその誤差を修正する為に閏年があるんでしょ」


草薙さんがうなづく。


「でもそれだけでは修正しきれない誤差も生じるのよ。そもそも節分の定義って知ってる?」


「・・・知らない」


そもそも節分に定義があるなんて知らなかった。

2月3日が節分だって、思い込んでたから。


「節分は立春の前日の事を言うのよ。それで昨年の立春は2月3日だったの」


「え? 立春の日が変わる事なんてあるの?」


私はビックリした。


「立春は24節気の1つだけど、毎年の24節気は国立天文台が観測して発表してるの」


「はぁ? 毎年発表してるの?」


そんなの知らなかったよ。


「そう言う事。節分が2月3日じゃ無かったのは昨年だけじゃ無いわ。平均値で見ると8年に1回くらいはあるみたい。明治維新の前の日本は旧暦、つまり太陰暦だったから。その辺りも含めるとかなりややこしくなるわね」


「ふーん」


私はすっかり興味を無くしていた。

大体、私はこういう話は苦手なんだから。

毎日お日様が昇って沈んでいく。それで良いじゃ無い。





「今日はこれだけでした」


私と草薙さんの所へ桜子が来て数通の手紙や葉書を見せる。

年が明けてから草薙相談ポストへの投函数が減ったなぁ。まぁ、期末テストもすぐだし何より3年生は大学受験テスト真っ盛りだし。ポストへの投函数が減ったのは変な事件も減ったと言う事だから喜ばしい事だよね。

草薙さんは桜子の持って来たものを一瞥すると桜子に声をかけた。


「お疲れ様。アナタも早くお弁当を食べなさい」


すると。

桜子は思いもよらぬ行動に出た。スカートを押さえて芝生の上に正座したのだ。

真冬の冷たい芝生の上に直接正座するなんて。

そして、桜子は草薙さんの瞳をしっかりと見ながら話し始めた。


「草薙さんにご相談したい事があります」


「どう言った用件かしら」


桜子の様子を見て草薙さんも只事では無い、と思ったらしい。

草薙さんも正座した。

そして、草薙さんも桜子の瞳を真正面から見据えた。


「あたしは最近同じ夢を見るのです。その夢はあたしに何かを告げようとしていました」


「うん。それで?」


草薙さんは真面目な表情で桜子の次の言葉を促す。


「昨晩、その夢があたしに何を告げたいのか判りました。あたしが宮簀媛だと告げたかったのです」


「・・・宮簀媛」


草薙さんの顔に少し動揺が見える。


「あたしは、このまま草薙さんの側にいて宜しいのでしょうか?」


「ちょっと、桜子」


今まで2人の間の緊張感に気圧されていた私が桜子に声をかける。


「そんなの当たり前でしょ。私達3人はずっと一緒だよ」


「だって!」


桜子が叫ぶ。

その瞳には涙が滲んでいる。



「日本武尊は宮簀媛に草薙の剣を預けました」



「・・・草薙の剣」



私も言葉を失う。




「それが原因で日本武尊は命を落とすんです!」








つづく





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