第41話 年の初めの試しとて 参
パンパン
元旦の冷たい空気の中に私達の打つ柏手の音が響く。
私と草薙さんと桜子はお雑煮を食べてから草薙さんのマンションから徒歩20分くらいの神社に初詣に来ていた。
その神社はこじんまりとした小さな神社だけどきちんと清掃してあった。
周りには木立が並び樹々の緑の匂いが冷たい空気と相まってとても清浄な空間となっていた。その空間に居るだけで心も身体も浄化されていくようだ。
私達はその浄化された新鮮な空気と緑の匂いを思い切り吸い込んだ。
「はぁぁぁ。うーん、気持ちいい」
私の言葉に桜子も呼応する。
「ホントですね。何か身も心も清められるみたいです」
そんな私達を見て草薙さんは満足そうに微笑んでいる。
何か草薙さんが私達の保護者みたい。
それにしても。
「私、こんな所に神社があるなんて知らなかったよ」
「ホントに。あたしも知りませんでした」
そんな私達に草薙さんが解説してくれる。
「わざと判りにくい所に建てられたのよ。この清浄な空間を保つために」
「ここは何て言う神社なんですか?」
桜子が素朴な疑問を口にする。
「星宮神社よ」
ほしのみやじんじゃ? 聞いた事ないなぁ。
キョトンとしている私と桜子に草薙さんは説明してくれる。
「日本中にいくつかあるけど、そのご本尊は色々あるのよ。ここは天之御中主神を祀ってるわ」
「アメノミナカヌシノカミ? 桜子、知ってる?」
「えーっと。日本書紀の最初に出て来る神様の名前ですよね?」
草薙さんがパチパチと手を叩く。
「当たり。サスガ桜子ね、この狸さんとは大違いだわ」
「だから、狸って言うな!」
このアマ、人の頭をフライパンで殴ったりして。
元旦からドS草薙全開だよ。
「あの、あたしもそんなに詳しくは知らないです」
私と草薙さんの間に険悪な空気が流れるのを察して桜子が割って入る。
あぁ、桜子。アンタはホントに良い娘だよ。良いお嫁さんになるよ。
でも第一夫人は私だからね。
「無知な人をかばう必要は無いわよ。天之御中主神は髙天原に最初に生まれた三柱の神(造化の三神)の一人で」
ウワーン
説明を始めようとした草薙さんの声を子供の鳴き声が遮った。
「何? 子供?」
「アタシ達以外にも初詣に来てる人が居るみたいね」
草薙さんは鳴き声のした方へ走り出した。
私と桜子も後へ続く。
お社の横にある広場に親子連れらしき3人の人影があった。木製のテーブルのような物の横で7歳くらいの男の子が泣いている。
「どうか、されたのですか?」
草薙さんが父親らしき人に声をかける。
「それがどうも。お騒がせして申し訳ありません」
その人は頭に手を当て困ったような顔をしている。
その横ではお母さんらしき人が男の子をなだめている。
「いえ、お子様に何かあったのですか?」
「それが。ここでおみくじを引いたのですが」
「おみくじぃ?」
私は素っ頓狂な声を出してしまった。
改めて木製のテーブルの上を見ると2つの木の箱が置いてあった。
大きな箱と小さな箱。大きな箱には人の手が入るくらいの丸い穴。小さな箱には硬貨が入るくらいの切れ目がいれてある。
「この小さな箱にお金を入れて大きな箱の中に手を入れておみくじを1つ取るのですが」
「はい。それで何かあったのですか?」
その人は困惑したように言った。
「わたしと家内は大吉だったのですが。息子は大凶が出てしまって」
「あら。それでお子様は泣いているのですか」
草薙さんは慎ましく微笑んだ。
あちゃあ。元旦から大凶なんて。
そりゃ、私だって泣きたくなるかも。
「あたしが悪かったんです。この子がもう1度引く、と言って聞かないものですから」
男の子をなだめているお母さんが言った。
「そしたら、また大凶だったのですね」
「はい。それでこの子が泣き出してしまって」
すると草薙さんは泣いている男の子の横に座り込んだ。
そしてお母さんに「ちょっとよろしいですか」と声をかける。
お母さんは「ご迷惑をおかけしてすみません」と頭を下げた。
「ねぇ。アタシの目を見て」
草薙さんが優しく声をかけると泣いていた男の子が泣きやんだ。
それから不思議そうな顔で草薙さんを見た。
草薙さんのコバルトブルーの目に引き寄せられるようだった。
「君は大凶だったから泣いてるのかな」
「・・・うん。だって、だいきょうって1番わるいんでしょ」
草薙さんは男の子の目を覗き込むように顔を近づける。
男の子は草薙さんに見惚れているみたい。
「そんな事無いわ。1番良いかも知れないのよ」
「・・・そうなの?」
草薙さんは大きくうなづく。
「大凶より下は無いから、君は今年はドンドン良くなって行くのよ」
そう言って草薙さんは女神様のような笑顔を見せる。
男の子の顔がパァッと明るくなる。
「ホントに? じゃあ、ボクは泣かなくていいんだね」
「あら、君はもう泣いて無いわ。君は強い子ね」
そう言われた男の子は嬉しそうにお母さんに抱き着いた。
「お母さん、泣いちゃってゴメンナサイ。ボクは強い子だからもう泣かない」
お母さんは男の子を力強く抱きしめた。
その目にはうっすらと涙が光っていた。
「あの、本当にありがとうございました」
お父さんは草薙さんに頭を下げた。
心なしか、その目も潤んでいるようだった。
「頭をお上げ下さい。今日はおめでたい元旦なんですから」
草薙さんは慌てたようにそう言った。
慌ててる草薙さんって、とってもキュート。
あれ? 私もちょっと涙ぐんでる? 隣では桜子も笑顔で目頭を押さえてる。
「本当にありがとうございました」
「お姉ちゃんたち、バイバーイ。狸さんも」
「だから、狸って言うな!」
私は笑いながら手を振った。
しばらく私達と話し込んでいた親子連れはまた頭を下げてからお社の方へ歩いて行った。男の子は大きく手を振っている。
草薙さんと桜子も「またね」と言って手を振った。
「ちょっと!貴女達まで泣いてどーすんのよ」
親子連れを見送った草薙さんが呆れたような声を出す。
「だって。あの子と話す草薙さんを見てたら自然に」
「あたしは子供と同じ目線で大人と話しているような草薙さんに胸を打たれました」
草薙さんは「やれやれ」と言ったポーズを取る。
「そんなの当たり前でしょ。子供だってちゃんと人格はある。アタシとあの子は対等なの。それにしても」
草薙さんは少し考え込んでいる。
「何? 何か気になる事でもあるの」
尋ねる私に草薙さんが答える。
「おみくじの事よ」
「大凶が2回も続いた、って事ですか?」
桜子の問いに草薙さんはうなづく。
「普通の神社なら元旦の日のおみくじに大凶を入れる事はあまりしないのよ。元旦に大凶を引いて喜ぶ人なんてまず居ないでしょ」
「・・・そう言われてみれば、確かに」
納得する私に変わって桜子が反論する。
「でも、この星宮神社には神社の関係者らしき人は誰も居ませんし。お掃除はされていますけど、おみくじ箱の中身までは手を付けていないのでは?」
「桜子の言う事も一理あるけど。そもそもおみくじの中身の詳しい種類って知ってる?」
私と桜子は首を振る。
「これは神社によって違うんだけど。とりあえず種類だけを言えば、大吉・中吉・小吉・吉・半吉・末吉・未小吉・凶・小凶・半凶・末凶・大凶、の12種類ね」
「そんなにあるの?」
私はビックリしてしまった。
「まぁ、普通の神社では、大吉・中吉・小吉・吉・凶・大凶の6種類が多いみたい。最近では大凶を入れない神社も増えて来てるそうよ」
草薙さんの解説は続く。
「6種類の神社でも大凶の数は1番少ないのよ」
「それじゃ、大凶を2回続けて引いたあの子は?」
「ある意味ではスゴイ運ね・・・はっ!」
桜子と話していた草薙さんは脱兎の如く駆け出した。
しかし、しばらくすると残念そうに戻ってきた。
「どうしたの?」
草薙さんの突飛な行動に驚いた私は思わず尋ねていた。
「もう、あの親子連れは居なかった。あの子の名前だけでも訊いておけば良かった」
草薙さんは残念そうだった。
今度は桜子が尋ねた。
「それは・・・あの子が強運を持っている、って事ですか?」
「えぇ。大凶を2回も続けて引くなんて確率論を超越してる。偶然の可能性も0では無いけどね」
そう言ってから草薙さんはサバサバとした表情になった。
「ご縁があればまた会えるわ。さっ、アタシ達も帰りましょ」
草薙さんはスタスタと歩き始めた。
「あっ、ちょっと待ってよぉ」
私と桜子は慌てて草薙さんの後を追った。
元旦の太陽がこの現世を眩しく照らしていた。
第17章 終わり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます