第40話 年の初めの試しとて 弐
グツグツグツ
テーブルに乗せられたガスコンロの上ですき焼き鍋が美味しそうな音を立てている。
「はーい、お肉追加」
浴衣の上にエプロンを着けた草薙さんが鍋の中に無造作に肉を放おり込む。
「いぇーい、肉だぁ」
桜子が無邪気な声を出す。
年越しパーティならぬ年越し飲み会が始まって早や2時間が経過している。
桜子はすっかり出来上がったように赤い顔をしてケタケタ笑ってる。草薙さんは桜子の薬草水のコップにウオッカを注ぎ込んでいる。草薙さん本人はウオッカをストレートでぐびぐび飲んでいる。
えっと、しつこいようだけど20歳未満の良い子の皆は絶対にマネしないでね。
「ちょっろぉ。草薙さぁん、大丈夫らのぉ?」
私もウオッカを少し飲まされてロレツが回らなくなって来てる。
「大丈夫、大丈夫。桜子のアルコール耐性は判ってるから。ウオッカにも色々な種類があって今飲んでるのはアルコール度数低めだから。それにこの薬草水は肝臓機能を著しく高めるから。明日には残らないわよ」
そう言いながら草薙さんはウオッカの入ったグラスをグイと飲み干す。
「音美さぁん。そんな事よりお肉食べましょうよぉ。お肉」
桜子は笑いながら鍋の中の肉をつつく。
「はぁい、はぁい」
言われた私は鍋の中を見てギョッとする。
そこにあるのは大きな肉の塊。
どう見ても牛や豚では無い。鶏肉でも無い。気のせいか目玉のようなモノも見える。
「ちょっと、草薙さん!これは何の肉なのよ!」
「知らなーい」
草薙さんはグラスに新しいウオッカを注ぎながら言った。
「父さんが国際便で冷凍されたのを送って来たんだもの。下処理はしてあるから加熱すれば食べられるって同封された手紙に書いてあったわ。毒は無いわよ、多分」
「それって、どこの国から送って来たのよ?」
私の詰問に草薙さんは考え込む。
「どこだっけ? エクアドル、ガイアナ、スリナム、トリニダード・トバコ・・・、まぁ、あの辺の国よ。気にしない、気にしない」
「気にするわっ!ホントに食べられるのぉ?」
私は少し酔いが醒めてしまった。
「音美さぁん。ゴチャゴチャ言ってないで飲みましょうよぉ」
いつの間にか私の隣に来ていた桜子が私の口の中に自分のコップの液体を流し込む。
「あっ、桜子。それはダメ」
草薙さんが止めようとしたけど私はその液体を飲み込んでしまった。
「何よ、コレ!あれ? 草薙さんが2人いるぅ。天井が回ってるぅ。アハハ」
そして私の意識は遠のいて行ったのだった・・・・・・。
どうやら桜子のコップには私のアルコール耐性を上回るウオッカが入っていたようだ。
それからの記憶は無い。
ただ、夜明け頃に草薙さんに叩き起こされてマンションから初日の出を拝んだような気は何となくする。そして先ほど草薙さんにフライパンで殴られて私の意識はやっと覚醒したのだった。
「大丈夫ですか? 音美先輩。昨夜、あたしが無理矢理飲ませちゃったみたいで」
パジャマを脱ぎながら桜子が申し訳なさそうにしてる。
「大丈夫よ。さっき草薙さんに殴られた頭がちょっと痛いだけ」
これは本当だった。
以前にウオッカを飲まされた時はヒドイ二日酔いになったけど。
今は不思議なほどに頭はスッキリしてる。
「桜子、貴女こそ大丈夫? 昨夜はかなり出来上がってたみたいだけど」
「はい、バッチリです。それどころか妙に頭がスッキリしてます」
ふーん。それじゃ、あの薬草水にはアルコールを中和する作用もあったのかなぁ。
「早く着替えちゃいましょう。草薙さんがお雑煮を持って来るって言ってましたから」
そう言いながら桜子はペロッと舌を出した。
「でも昨夜の飲み会じゃなくてパーティの事は親には話せませんね」
「あったり前でしょ!貴女も親には上手く言うのよ」
そう念を押す私に桜子は「判ってますって」と笑いながら言った。
着替え終わった私達はベッドから降りて昨夜の飲み会じゃなくてパーティの現場であったテーブルの方へ移動した。
テーブルの上も周りもキレイに片付けられていて昨夜の痕跡は何処にも無い。
「ちょっとぉ。お雑煮のお椀を持って行くから手伝って」
台所の方から草薙さんの声がする。
「はーい」
桜子がそれに応えて台所の方へ行く。
しばらくするとお雑煮の鍋を持った草薙さんとお椀と箸をお盆に乗せた桜子が部屋の中に入って来た。
テーブルの上に置かれたお雑煮の鍋を囲むように私達は正座して改めて新年の挨拶をする。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「おめでとうございます」
「おめでとうございまーす」
そんな中で私はずっと疑問に思っていた事を結局聞けなかった。
昨夜、すき焼きの鍋に入れた肉は何の肉だったのか? と。
つづく
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