第38話 イエスの生まれた日 参



「えぇぃっ!」



草薙さんが何回も体当たりをするが「何か」に弾き飛ばされてしまう。


目に見えない「何か」の向こうの三角屋根の建物からは一片の灯りも見えない。


夜のとばりの中でその建物は黒く不気味な感じさえする。


「ここの教会ってどうなってんのよ?」


草薙さんが桜子を振り返る。


「・・・ あたしも小学校の時に来たきりですから」


桜子が所在無げに答える。


私達は桜子の家の近所の教会に来ていた。桜子の家は私達が住んでいる街から電車で20分ほどの所にある。

お昼休みに桜子から大体の事情を聞いた草薙さんと私は放課後に桜子と一緒にこの教会へ来ていた。住宅街からは少し離れた閑静な場所だ。

行方不明になった子のご両親の話ではこの教会のミサとやらに出かけてから帰って来ない、との事らしい。


「そのミサは一昨日行われたのね。何でこんな中途半端な時にミサなんてやったのかしら? 」


「中途半端って? 」


私は素朴な疑問を投げかける。


「貴女がお昼休みに騒いでたでしょ。来週はクリスマスだって。狸さん」


「だから、狸って言うな!」


「あのう」


桜子が口を開く。


「何でも特別なミサ? ってのがあったらしいんです。それに帰って来ないのは幼馴染の子だけじゃ無いんです。他にも10人くらいの人が帰って来ないみたいなんです」


「それで教会の方へは問い合わせたの?」


草薙さんの問いに桜子が答える。


「この教会の牧師さんから電話があったそうです。「帰って来ない人達は教会でちゃんと保護しています。皆さんは24日まで教会には近づかないで下さい。25日のクリスマスのミサは予定通りに行います」との事だったようです」


「そんなんで納得しちゃうの? 自分達の娘が帰って来ないのに」


素っ頓狂な声を出した私に桜子は言いづらそうに口を開く。


「・・・その、あの子の家は敬虔なクリスチャンですから」


「信じる者は救われる。教徒の人達には牧師さまの言う事は絶対なのよ。だけどそれならアナタの幼馴染の子はこの教会の中で無事なんじゃないの? なんで行方不明なんて」


「だって!」


桜子が少し大きな声を出す。


「あたしも昨日ここへ来たけど教会へは近づけないんです。それに草薙さんならもう感じてると思いますけど、何かとても禍々しいモノを感じるんです!」


「サスガ、長老さまの後継者になれるかも知れない資質ね」


草薙さんが胸元からお母さんの形見を取り出した。

それは不規則な点滅を繰り返している。

明らかに「何か」を警戒しているようだ。


「あっ」


お母さんの形見に反応するように私のブラの中の長老さまのネックレスも振動を始めた。


「草薙さん!」


草薙さんが私を見てゆっくりと頷く。


「長老さまも警告してるみたいね。さてと」


草薙さんはお母さんの形見を右手に持ったまま腕組みをする。


「どうします?」


桜子が草薙さんの隣に立って問いかける。


「うーん、草薙の剣の力を使えばこれくらいの結界なら突破できるけど。中の様子が判らないから下手に手を出すと」


「あたしの幼馴染も含めて中に居るであろう人達がどうなるか? ですね」


桜子が草薙さんの言葉の続きを言う。

ちょっと、桜子。そこは私のポジションなんだからね!

憤慨した私が2人の近くに行こうとすると長老さまのネックレスが私に語りかけて来たように感じた。


「・・・今は相手を刺激しない方が良い」


「橘先輩?」


私の様子が変わったので桜子が心配するような声を出す。


「大丈夫。長老さまから何らかの連絡があったみたいね。音美!」


草薙さんに呼ばれて私は胸元から長老さまのネックレスを取り出して首にかけながら2人の側に駆け寄る。


「長老さまから連絡があったのね?」


「うん。だけど名古屋からでは遠すぎるって」


草薙さんはゆっくりと微笑むと私と桜子に呼びかける。


「皆で手を繋ぐわよ。桜子は音美と精神を同調させるようにして。修行の時のように」


「はい!」


「了解」


桜子は600年後の未来からコンタが来た時から草薙さんの指導の下で修行を始めている。最初に私がやったように座禅を組んだりして精神トレーニングをやっているんだけど、この子の精神力の強さは並外れている。

それは一緒にトレーニングしてる私にも判る程だ。

私は桜子と手を繋いだ。


「緊張しないで、修行の時のようにリラックスしてね」


「はい」


桜子は目を閉じて精神の集中を始めた。

スゴイ。繋いだ手から桜子の力のようなものが私の中に流れ込んで来る。

それから私は草薙さんと手を繋ぐ。草薙さんはお母さんの形見を持った右手を掲げる。


「草薙の剣。弟橘の力を借りてこの建物の内部を私に示せ」


草薙さんの右手が静かに発光する。

相手を刺激しないようにしているのだろう。

3分程で草薙さんの右手の発光が止んだ。


それと同時に桜子が私の手を離してその場にうずくまった。

ハァハァと荒い息を吐いて身体を震わせている。

私は慌てて桜子を抱き寄せる。


「大丈夫?」


「・・・草薙の剣と弟橘さまの力って凄いんですね。想像以上でした」


私は草薙さんを振り返る。


「やっぱりムリだよ。草薙さんにはお母さんの形見、私には長老さまのネックレスがあるけど、桜子には何も無いんだもの。それに」


「日本武尊の力も無いし、弟橘媛の力も無い。だけど」


私は詰め寄る。


「だけど、何? 桜子を危険な目に合わせるのは絶対に反対だからね」


「今回の件には桜子の幼馴染が関わってる。桜子の力が必要になるかも知れない。ドッペルゲンガーの時みたいに」


草薙さんが苦しそうに言う。

私はハッとした。草薙さんだって桜子を危険な状況にはさせたく無いのだ。

その時、桜子が立ち上がった。まだ少しふらついてるけど。


「あたしは大丈夫です。それより教会の内部の状況は判りましたか?」


「・・・桜子。貴女・・」


私には判った。

桜子は幼馴染の子を必ず助ける、って言う覚悟を持っているんだ。

それは草薙さんにも伝わったみたい。


「教会の中には10数人の人がいる。でも皆、仮死状態みたい。あの仮死状態は術をかけた人にしか解く事は出来ない」


「じゃあ今、無理に助け出したとしても」


桜子の問いに草薙さんが答える。


「えぇ、ずっと仮死状態のままね。長老さまはこの事を告げたかったのね」


「じゃあ、どうするの? 相手が動くのを待つの? いつ動くのかも判らないのに」


今度は私が尋ねる。


「そうでも無いわ。ここの牧師さまは24日までは教会に近づくな、って言ったんでしょ? と言う事は24日に何かをする可能性が高いって事よ。この日が何の日かは判ってるわよね?」


「・・・クリスマスイヴ・・」


私は呟く。


「そう言う事ね。さっき教会の内部を覗いた時も帰って来なかった人達しか居なかった。何かをするにしてもそれなりの準備が必要でしょ? アタシは24日が1番可能性が高いと思うわ」


「それじゃあ」


桜子が緊張した面持ちになる。


「えぇ。24日の早朝にこの教会の内部に3人で潜り込むわ。相手が何かをやるにしても日が暮れてからになると思うけど。それまで桜子には毎日ここへ来て様子を探って貰う事になるけど良いかしら」


「はい。でも、様子を探るって。あたしに出来るでしょうか?」


不安気にしている桜子に草薙さんが微笑む。


「簡単な事よ。今の教会と違う「何か」を感じたら私に連絡して来て。アタシはアナタの鋭い感覚は信頼してるから」


「はい!判りました」


それから草薙さんは私の方を振り向く。


「残念ながら貴女が期待していたクリスマスにはなりそうも無いわね」


「何、言ってるの」


私はやり返す。


「人を助けるんでしょ。そんなの最優先に決まってるじゃない。桜子の幼馴染の子もいるんだし」


「お2人とも、ありがとうございます」


桜子が頭を下げる。


「それは皆を無事に救出してから。じゃあ、24日の午前7時にここへ集合ね。今日はこれで解散」


そして私達は24日を待つ事になった。





12月24日 午後10時


私と草薙さんと桜子は教会の隅で身を潜めていた。


教会の内部は沢山のロウソクの火で明るく照らされていた。


しかし、その灯りは厳かなものでは無く異質な不気味さを感じさせる。


祭壇のマリア像の前には10数人の人達が並べられていた。


その中には桜子の幼馴染の子もいるらしい。


私達は今日の午前7時にこの教会の前に集合した。

草薙さんは大きなバックを抱えていた。

そして、私達は「針事件」の時のように手を繋いで教会の内部に侵入した。


桜子は初めての経験だったのに特に眩暈のようなものは起こさなかった。やはり、この子は只者じゃ無い、と私は感じた。教会の中はガランとしていて人の気配は感じない。

草薙さんはバックから大きな箱を取り出した。私が「クリスマスプレゼント?」とツッコミを入れたら「バカね。これで結界を張るのよ」と冷静に返されてしまった。

うぅ、この場の雰囲気を和ませようと思ったのにぃ。


草薙さんがお母さんの形見を持って何やら呟くと、その箱から柔らかな暖かい光りのようなものが発生した。これで私達の周りに結界とやらが張り巡らされたらしい。

これで外部からは私達が見えなくなって気配も感じられ無くなるみたい。私にも良く判らないから、そこはツッコマナイでね。

それから草薙さんはペットボトルを3本取り出して私達に1本ずつ手渡した。


「これはどんな薬草水なの?」


私の質問に草薙さんが答える。


「栄養と魔除けと睡眠薬の効果があるわ。何かが起きるとしても夜になってからだろうから、それまで睡眠をとって事に備えましょう」


「草薙さんのボトルの中身はウオッカじゃ無いわよね?」


私がボケると草薙さんは「バカね」と笑ってくれた。良かったぁ。

それから私達は睡眠を取って事に備えていたら午後8時くらいにロウソクの火が灯されて幾人かの人達が入って来て何やら始め出した。

さぁ、これからが勝負だ。



私達が固唾を飲んで見守っていると牧師さまを先頭に数人の人が入って来た。

牧師さま以外の人は黒い覆面をしている。

なんか、すごく邪な雰囲気を感じる。


「あの牧師さまには「得体の知れない何か」が憑りついているわ」


草薙さんは右手にお母さんの形見を持って呟く。

お母さんの形見は激しく点滅をしている。

これは、かなりの警告だ。


「何かって?」


「シッ」


質問をしようとした桜子を草薙さんが制する。

牧師さまがマリア像の前に立って片手を上げる。


「目覚めなさい。迷える子羊たちよ」


牧師さまの声が合図のようになって祭壇の前に並べられた人達が動き出す。

皆、起き上がって辺りを見回している。

長い眠りから覚めたように。


「皆さん、目覚めましたね。皆さんの苦しみは今日で終わるのです」


牧師さまの声に仮死状態だった人達から、おぉっと歓声があがる。


「明日はイエス様が生まれた日。その日を前に皆さんは苦しみの無い安らかな世界へと旅立つのです」


牧師さまの後ろから「闇」のようなものが広がって行く。

すると。

集団の中から1人の女の子が駆け出した。「闇」から逃げるように。


「お待ちなさい」


牧師さまの声と共に「闇」から触手のようなものが女の子に向かって伸びる。


「てぇぃっ!」


掛け声と共に触手が切断される。

飛び出した草薙さんが女の子を護るように立ちはだかっている。

右手には一閃した光の剣が光っている。


「何だ!お前は!」


狼狽した牧師さまが叫ぶ。


「行って汝のすべき事をせよ、ってね」


ニヤリと笑った草薙さんが牧師さまに向かってジャンプする。

そして光の剣を振り下ろす。


ガキィィィ


「なにっ!」


しかし、光の剣は牧師さまの前で弾かれ草薙さんは後方に着地する。


「ハハハハハッ」


牧師さまの声が教会の中に響き渡る。


「ここは教会の中だ。異教徒の力など通じるか」


今や牧師さまを包み込んだ「闇」から黒い塊が草薙さんに襲いかかる。


「くっ」


草薙さんは光の剣で防ごうとするが黒い塊に飲み込まれる。


「見たか!これがイエスを冒涜したものの末路だ」


黒い塊はギリギリと草薙さんを押しつぶそうとしている。


「音美!」


草薙さんが叫ぶ。

私と桜子も飛び出した。桜子は女の子に寄り添った。あの子が幼馴染の子なのだろう。

そして、私は長老さまのネックレスを掲げる。


「弟橘!草薙の剣の継承者に力を!」



ブワッ



黒い塊が一瞬にして消し飛ぶ。

そして、力強く輝く草薙さんが現れる。

私には草薙さんが女神のように見えた。


「バカな!お前は悪魔か!」


ゆっくりと近づいて来る草薙さんを怯えるような目で牧師さまが見る。


「・・神でも悪魔でも、どっちでも良い」


草薙さんはゆっくりと歩みを進める。


「お、お前は。イエスを、神を否定するのか!」


「アタシはどんな宗教も否定はしない。アタシが否定するのは」


草薙さんが叫んだ。


「アンタみたいに人々の信仰を利用するヤツだっ!」


草薙さんは一気に距離を詰め光の剣を振り下ろす。


「異教徒が何をほざくかっ!」



ギシッ



光の剣と牧師さまを包む闇がぶつかり合う。

両者の力は拮抗している。


まずい。


教会の中では草薙さんの方が分が悪い。


「桜子!」


私も叫んでいた。


「草薙さんに貴女の力を送って!」


「はい!」


桜子はそう答えると寄り添っている女の子に言った。


「さあ、貴女も草薙さんに力を送るのよ」


「ち、力って? わたし、そんな事できないよ」


桜子は優しく促す。


「心の中で思うだけで良いの。草薙さん頑張って、って」


「ムリだよ。わたしなんて弱虫で何もできないのよ」



パンッ



桜子がその子の頬を叩いた。

叩かれた女の子は呆然としている。


「いつまで逃げる気? 何も出来ない人なんていない。やるのは今、今なのよ!」


「・・・今 ? ・・」


桜子はその子の手を握りしめる。


「うん。あたしも一緒だから。あたしが側にいるから」


「・・・わかった。やってみる」


そして2人は目を閉じた。



ゴウッ



光の剣が輝きを増す。


「・・・感じる。桜子の、あの子の命の力を」


「ぬおおおぉぉっ」


もはや人間ではなくなっていた牧師さまの顔がゆがむ。


「砕け散れぇぇぇっっ!」


草薙さんは光の剣を振り上げてから一閃した。


牧師さまを包み込んでいた「闇」は消え去った。


倒れ伏した牧師さまは人間の顔をしていた。







「あの牧師さまはイエスに執着しすぎていた。そこを「何か」につけこまれたのね」


草薙さんは桜子の幼馴染の子に膝枕をしている。

バックはベンチの横に置いてある。


「執着って。信仰とどう違うの?」


私も桜子に膝枕をしながら草薙さんに聞いた。

ここは教会の近くにあった公園。

桜子と幼馴染の子の意識が戻るまでこの公園で待つ事にしたのだ。


「過度の執着は狂信となる。宗教の難しいところね」


「ふーん。私には良く判らないなぁ」


牧師さまに憑りついていた「何か」を葬り去ったら教会の邪気は消えた。

牧師さまを含めた教会の中に居た人達は皆、気を失っていた。

桜子と幼馴染の子も意識が無かった。私と草薙さんはロウソクの火を消して後片付けをしてから教会を後にした。


「でも大変なクリスマスイヴになっちゃったわね」


草薙さんがしんみりと言う。


「仕方ないよ。人助けをしたんだもん。私にとっては良いクリスマスイヴだったな」


これは私の本心だ。

そんな私を見て草薙さんが微笑んだ。


「良い心がけね。じゃあ2人を送って行ったらアタシ達も寝て改めてパーティしましょ」


「パーティって。もう日付は変わってるよ」


私はスマホの画面を見せる。

そこには12月25日午前2時と表示してある。


「良いじゃない。今日がイエスの生まれを祝う日なんだから。クリスマスパーティには違いないわ」


「そうよ。今日がイエスの誕生日なんだから今日、誕生日パーティをするのが当たり前よね」


喜色満面の私を見ながら草薙さんが言う。


「厳密には誕生日じゃ無いけどね。狸さん」


「だから、狸って言うな!」


そして2人で笑いあった。



聖夜の月がこの現世を優しく照らしていた。






第16章 終わり




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