第37話 イエスの生まれた日 弐



「ねぇ、草薙さん。来週はクリスマスよ。草薙さんと私と桜子でパーティしない? この前のパジャマパーティみたいにさぁ」



私と草薙さんはいつものように中庭でお弁当を食べていた。


サスガに12月も中旬となると気温もかなり低くなってくる。

でも、この中庭は校舎に囲まれているから風もあまり吹かないし今日のように太陽が出てる日はポカポカと暖かい。それでも学校指定のオーバーコートは羽織ってるけど。太陽の光を浴びたい、と言う草薙さんの要望でこの中庭で私達はお弁当を食べている。

その草薙さんが私の問いかけに反応しない。


「草薙さん、ってばぁ」


「アタシはナザレのイエスの生まれた日に興味なんて無いわ」


草薙さんは卵焼きを口に入れながら答える。

えっとイエスって、イエス・キリストの事よね?


「そんな事どうでも良いじゃない。クリスマスって言えばパーティでしょ」


そう言ってはしゃぐ私を草薙さんはジロリとした目で見る。


「今は何年? 」


「へ? 2021年でしょ。西暦の」


草薙さんはワケのわかんない事を聞いてくる。


「その西暦って何を基準としてるか知ってる?」


「・・・知らないけど」


「イエスが生まれたとされている年を基準にしてるのよ。それ以前は紀元前とか言う言い方をされるわね。おかしいと思わない? 世界中には沢山の宗教があるのにどうしてイエスの生まれた年が世界基準になっちゃうの? アタシにはそれがとても傲慢な事に思えるわ」


草薙さんは少し鋭い目つきになっている。


「そんな傲慢だなんて大げさだよぉ。それで今が便利なら良いじゃない」


私が笑って言うと草薙さんはフッとため息をつく。


「じゃあ、貴女はイエスの教えが直接的な原因となってどれだけの人達が殺戮されたり迫害されたのか知ってる?」


「え? 殺戮って・・・」


草薙さんは言葉を続ける。


「最初は380年に当時のローマ帝国の皇帝であるテオドシウスがキリスト教をローマ帝国の国教に宣言した辺りかしら。これまで迫害の対象だったキリスト教が逆に国教になったんだから。でもそうしたらキリスト教内部での苛烈とも言える派閥争いが始まった。この時に粛清された人達の数は正確には判っていない」


「ふーん」


私には何だかよく判らない。


「有名な例を上げればヨーロッパの魔女狩りや魔女裁判ね」


「あ、それ聞いた事ある」


ちらと私を見た草薙さんは更に言葉を続ける。


「この魔女狩りや魔女裁判も様々な説があって一概には言えないんだけど。現代では15世紀から18世紀までに全ヨーロッパで推定4~6万人が処刑された、と考えられてるわ。ただ裁判と言うよりはリンチみたいなものだったらしいけどね」


「例えば?」


よせば良いのに私は質問してしまった。


「魔女と告発された女性の両手両足を縛って川の中に投げ入れる。30分後くらいに引き上げて生きてたら魔女として処刑。死んでたら無罪」


「どっちみち死ぬんじゃないのよ!」


私は突っ込む。


「次は有名な十字軍ね。1回目の1096年から1271年までに9回の遠征が行われた、とされているけど十字軍の中での内部抗争もあったりしてかなり複雑だから簡単には説明できないわ。他にもレコンキスタとか北方十字軍とかアルビジョア十字軍とか色々あって混沌としてるわね。この十字軍における全体の死者数は300万人と言われている。1番残虐だったのはやはり1回目の当時イスラム教徒が支配していた聖都エルサレムを奪回すると言う名目で行われた遠征ね。十字軍戦士は多くのイスラム教徒を虐殺したり略奪したり女性をレイプしたりした。エルサレム攻囲戦の時の惨劇でエルサレムは膝まで浸かるほどの血の海になった、と言う記録も残されてるわ」


「もう、良いよ!聞きたく無い」


私は膝の上に突っ伏してしまった。


「まだ、あるわ。西洋諸国では15世紀半ばくらいから大航海時代が始まった。そしてアジアやオセアニア等で色々な部族や国を見つけるとまずキリスト教の宣教師を送り込むのよ。目的はイエスの教えを広めて元々その地にあった宗教や伝統や文化を破壊する為。そうしてからその地を植民地支配して搾取を行なったのよ。って、音美?」


草薙さんは何も答えない私の方を見る。


「どうしたの? 音美」


しばらくの沈黙があった。



「どーしたもこーしたも無いわよ!」


私はガバッと顔を上げる。


「・・・私は・・私は・・ただ草薙さんと楽しいクリスマスを迎えたかっただけなのに・・」


最後の方は涙声になってしまった。


「・・・何で、何でそんな話ばっかするのよ・・」


私を見ていた草薙さんは私の肩にそっと手を置いた。そして、私を抱き寄せた。


「ゴメンね、音美。貴女の前ではアタシは言わなくても良い事まで言っちゃうみたい」


そして、ハンカチで私の涙を拭ってくれる。


「アタシは貴女に甘えてるのかも知れない」


私の目から新しい涙が零れだす。

いつもクールな草薙さんが私に甘えてる、と言ってくれた事が嬉しかった。


「それにね。アタシはイエスの教えを否定してる訳じゃ無いのよ。それによって救われた人達や、それを生きていく上での糧にしてる人達も沢山いると思う。そしてね」


「そして?」


涙目の私は草薙さんを見つめる。

草薙さんは私に向かって微笑む。


「日本人の宗教に対する大らかさと言うか、いい加減さは好きなの。だから最初に貴女が言った通り」


「それって!」


私の顔がパアッと明るくなる。


「えぇ。皆で楽しくパーティしましょ。だからその顔を何とかしなさい、狸さん」


「だから、狸って言うな!」


私はそう言いながら笑顔で涙を拭いていく。

そんな私を草薙さんはニコニコと見ている。



その時だった。



「草薙せんぱーい!橘せんぱーい!」



桜子の声だった。

片手を上げながらこちらへ駆けて来る。


「桜子!ちょうど良かったぁ。パーティの幹事をして貰いましょ」


涙を拭き終えた私は呑気そうな声を出す。


「待って。何か様子が変よ」


草薙さんは少し緊張した面持ちになる。



「ハァハァハァ」



私達の所まで駆けて来た桜子は両手を膝について呼吸を整える。



「どうしたの、桜子。何があったの?」



「ハァハァ・・・それが」



やっと呼吸を整えた桜子が草薙さんに答える。




「あたしの幼馴染が行方不明になったんです!」







つづく




  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る