第36話 イエスの生まれた日

 


教会の中は厳かな空気に満たされていた。


ステンドグラスがとてもキレイに輝いている。


わたしの前には幼子を抱いたマリア様の像が慈悲深い柔らかな微笑みを浮かべている。


わたしがこの教会に通い出したのは高校生になってからだ。


わたしは幼い頃から人と関わるのが苦手だった。

他人を前にすると萎縮してしまい言葉が出なくなってしまう。今ではコミュ障と言う言葉は理解しているが、幼い頃にはそんな言葉も知らなかった。


わたしは小学校に通い始めてから格好のイジメの対象になっていた。子供とは残酷な生き物だ。相手を肉体的にも精神的にも傷つける事をとくに悪意も無く平然と行う。そんなわたしをいつも助けてくれたのは幼馴染の女の子だった。

その子は幼い頃からわたしの味方をしてくれた。いつもショートカットにしていたその子はわたしをイジメる男の子にも向かっていってくれた。彼女はとても敏捷で男の子たち数人を相手にしても負ける事なく逆に男の子たちを泣かしていた。


「桜子ちゃん。ありがとう」


そう言うわたしに彼女は笑って言った。


「こんな事ヘッチャラだよ。あたしはあなたがとても優しくて良い子だって知ってるからさ。困った事があったら何でも言いなよ」


そんな彼女はわたしには王子さまのように思えた。



それからわたし達は同じ中学校に進学した。



わたしは彼女と3年間同じクラスになれた。これはわたしには夢のような幸運だった。中学生になった彼女はさすがにもう男の子と喧嘩するような事は無く、すっかり女の子らしくなった。

しかし相変わらずショートカットにしていて、その目は理知的な光に満ちていた。事実、彼女はとても頭の回転が速くリーダーシップもあったのでクラスの中心的な存在になって行った。そんな彼女はいつもわたしと一緒にいてくれたので、わたしはイジメにも合わずに済んだ。

わたしのコミュ障も相変わらずで彼女以外の人とは上手く話せなかった。わたしの中学校生活は彼女の庇護下にあった、と言うべきだろう。



しかし。



高校生になって全てが変わってしまった。



彼女は私立の高校に進学した。わたしも彼女と同じ高校に進学したかったけど、わたしの家は裕福とは言えなかったので断念した。

彼女はわたしの事をとても心配して違う高校になっても連絡は取り合おうね、と何度も言ってくれた。しかし、わたしは彼女とは別の高校に通う事に不安しか無かった。

そして、わたしの不安は現実のものとなった。


公立高校に進学したわたしを待っていたのは小学校の頃とは比べものにならないくらいのイジメだった。それは明らかに悪意を持っていた。わたしの精神はどんどん疲弊して行った。

彼女、桜子とも連絡は取り合っていた。わたしは彼女に心配をかけたく無かったのでワザと強がってしてみたりしていた。彼女はアドバイスをしてくれたり、1度会おうと何度も言ってくれた。しかし、精神を病み始めていたわたしにはそんな彼女の言葉

も重荷になって行った。

そうしてる間に彼女のお姉さんが何か大変な事に巻き込まれたらしくて、しばらく彼女からの連絡は無くなった。



そして、わたしは不登校になった。



わたしの家はクリスチャンだったので、わたしは教会に通うように言われた。わたしはイエスの教えにはあまり興味は無かったが教会の静かな雰囲気は気に入った。

そして今日は特別なミサがあるとの事で、わたしは教会に来ていた。




「こんにちは。迷える子羊の皆さん」



そう言いながらにこやかな笑みを浮かべた牧師さまが現れた。

わたしの他には10数人の人がいた。

皆、疲れ切ったような顔をしていた。わたしと同じように精神を病んでいるのかも知れない。



ぞくり。



何か悪寒のようなものがわたしの背中を走った。


桜子の声が聴こえたような気がした。


今日の牧師さまはいつもと違う。

にこやかな笑みの裏に「何か」があるような気がした。

牧師さまは語り出した。


「今日は皆さんに特別な福音があります」


おぉっ、とわたし以外の人達からざわめきが起こった。

福音?

福音って何?


「今日、あなた達は苦しみのない安らかな世界に行けるのです」


そう告げた牧師さまから「闇」のようなものが広がって行く。

その「闇」はわたし達を包み込んで行く。



嫌!

助けて、桜子!



しかし、わたしの意識は「闇」の中に吸い込まれて行った。





つづく




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