第33話 紅い剣 弐
「小手あり、1本!」
審判の声が武道館内に響き渡る。
次の瞬間、静寂から解き放たれたように大歓声が沸き起こる。
「やっぱり、草薙先輩スゴイィィィ!」
殆どがそんな歓声だった。
だが、しかし。
「ねぇ、草薙さん。かなり苦戦してたみたいだけど」
「そうよね。防戦一方って感じだったし」
「ちょっと!草薙さんは初めて防具を着けたのよ。あんな重そうなモノ着せられて草薙さんが可哀想」
こんな声もチラホラと聞こえて来た。
私と桜子も手を取り合って草薙さんを心配そうに見つめた。
そんな私達に拍手が聞こえて来た。
「お見事。さすが草薙さんね」
その人は3年生の先輩だった。
「針事件」の時の武家の末裔の先輩だ。
私と桜子は剣道に関してはチンプンカンプンなのでアドバイザーとして来て貰ったのだ。勿論、無料ですからね。
「でも草薙さん、ずっと打たれっ放しでしたよ? 身体にも竹刀が当たってたし」
私は素朴な疑問を口にした。
「草薙さんは防具を着けた剣道の試合は初めてなんでしょ? だから感覚を掴むまで相手に攻めさせていたのよ。必要最低限の動きでね」
「・・・でも。それだって体力を使うんじゃないですか? 草薙さんは、これから6人の人と連戦なのに」
桜子も心配そうに先輩に尋ねる。
「論より証拠。あの草薙さんを見てみなさい」
先輩に言われて私と桜子は試合が終わって頭の防具を外した草薙さんを見た。
「あっ、草薙さん。全く汗を流してない!」
「ホントだ。あの暑そうな防具を着けてたのに」
そんな私達に先輩は再び説明をしてくれる。
「だから必要最低限の動きだって言ったでしょ。恐らく草薙さんは始まってすぐの段階で相手の動きを見切ってた。でも今回は剣道部の為のパフォーマンスでしょ? 草薙さんは相手に攻めさせて剣道部の人にも見せ場を作ったのよ。それで、もう良いかなと言うタイミングで小手を決めたのよ」
「はぁ。それってスゴイ事なんですか?」
私は少し間の抜けたような喋り方になってしまう。
「スゴイなんてもんじゃ無いわ。わたしも我が家の教育方針として幼い頃から剣道の試合は観てたけど、今の草薙さんを観ていて鳥肌が立った。とても初めて剣道の試合をする人とは思えない。言っておくけど今の相手の人だって高校生としてはレベルの高い人なのよ」
先輩の声も熱を帯びているようだった。
それから草薙さんは5人の人と試合をした。
全て草薙さんの勝利だったけど、その勝ち方にも色々なバリエーションを付けているようだった。上段・中段・下段、と全ての構えをしたり、面・胴・小手・突き、と一本の取り方にも工夫をしていた。
圧巻だったのは5人目の人かなぁ。
上段に構えた草薙さんは「はじめ!」の審判の声と共に一瞬で「面あり、1本」を取ったのだ。所要時間3秒。
正に秒殺。
私達も観衆も何が起きたのか判らなかった。
審判の声で草薙さんの勝利を知り、それから大歓声になった。
相手の人は2年生の女子で、この子も呆然としてたけど試合終了の礼をした後、頭の防具を取って草薙さんに駆け寄った。
「ホントに凄かったです!あたしには草薙さんが消えたように感じました」
その子は勝負云々よりも何か異次元のようなモノを見たように興奮していた。
「消えた、は大げさよ」
草薙さんも防具を取って笑顔を見せた。
「それにあんな事が出来たのは貴女のおかげよ」
「あたしの?」
不思議そうな顔をしてる子に草薙さんが説明する。
「えぇ。貴女の構えが基本に忠実でとてもキレイだったから。で無ければアタシの面もあんなに鮮やかに決まらないわ。貴女はもっと鍛練すれば確実に今の数倍は強くなるわよ」
「・・・草薙さん」
その子は大粒の涙を流しながら草薙さんに抱き着いた。
草薙さんも優しくハグをしている。
そんな2人を見て観衆からの歓声は更に大きくなった。
そして、いよいよ最後の対戦相手となるキャプテンとの試合になった。
3年生の先輩が言うには「このキャプテンはこの地区ではかなりの実力者」らしい。
激戦の火蓋が切って落とされた。
この対戦では草薙さんはこれまでの試合とは異なり本気モードを出しているようだった。しかし、草薙さんの風を受ける柳のような動きにキャプテンは翻弄されているように見えた。
草薙さんは相変わらず殆ど攻撃はしない。キャプテンの竹刀は幾度か草薙さんに当たっているが草薙さんの紙一重の回避行動により有効打とはならない。試合開始から5分を過ぎるとキャプテンの呼吸が荒くなっているように感じられた。
そして、試合開始から7分が過ぎようとした時、攻撃をかわしている草薙さんの身体が少しぐらついたように見えた。
そこへキャプテンの渾身の突き。それをかわさずに草薙さんは前に出てその突きをかわす。
両者が交錯する一瞬に草薙さんの竹刀がキャプテンの小手を捉えた。
「小手あり、1本!」
審判の声が武道館に響き渡る。
それと同時に観衆から大歓声が湧き起こる。
剣道の事は判らない人達にも2人の試合には引き込まれてしまったのだ。
「あー、無事に終わって良かったぁ」
安堵する私とは対照的に桜子は先輩に尋ねていた。
「最後に草薙さんが少しぐらついたように見えましたけど。あれって?」
「そう。草薙さんがワザとやったのよ。キャプテンもかなり呼吸が上がってたから最後のチャンス、と思ったんでしょうね」
桜子は更に尋ねる。
「つまり、草薙さんが罠をかけたと?」
先輩は長い髪をかき上げる。
「そうなるわね。突きは身体ごと前へ向かわなければならないからどうしても隙は大きくなる。そこを草薙さんは狙ったのよ。でも」
先輩は考え込んでしまう。
「でも?」
桜子は食い下がる。
「・・・キャプテンの最後の突きは正に渾身の一撃、素晴らしい突きだったわ。それを逃げずに逆に前に出てかわすなんて。ホントに草薙さんは今日が初めての試合だったの? わたしは素晴らしいを通り越して末恐ろしさを感じてしまった」
桜子はビックリしてるけど私はそんなに驚いてはいない。
だって草薙さんが、得体の知れない何かと戦うのを何回も一緒に経験してるから。
ただ今回は草薙の剣の力が使えないのが唯一の不安だったけど、私の不安は杞憂に終わったみたい。草薙さんはお母さんの形見を使わなくても草薙の剣の力をある程度まで使いこなせるのかも知れない。
600年後の未来へ帰ったコンタが言ってた「最強の継承者」とは、こう言う事だったのか。
何はともあれ剣道部のパフォーマンスは大盛況のうちに終わった。
草薙さんとキャプテンは観衆に向かって頭を下げキャプテンの挨拶が始まる。
その時だった。
「待てえぇいっ!」
1人の男の声が武道館に響き渡る。
その男の周りには今日のボランティアをしてくれた体育会系の人達が倒れている。
その男は木刀を持っていた。
「剣道の試合場に木刀を持ち込むとはっ!」
キャプテンは怒りを顕わにしている。
「俺もその女と闘わせろぉぉ」
木刀を持った男は草薙さんの方へ歩み寄ろうとしている。
「何? これもパフォーマンスなの?」
「だと思うけど。何かちょっと様子がおかしいよ」
観客席からも騒めきが聞こえて来る。
「これもパフォーマンスなの? ずいぶんベタな演出だけど」
「違います!こんなのパフォーマンスに入ってません」
私達の会話をよそに先輩が驚いた顔をしている。
「・・・あの人は!」
「先輩、あの人を知ってるんですか?」
桜子の問いに先輩が答える。
「わたし達と同じ武家の末裔の家系の人よ。あちらの方はこの藩の家臣でも老中を出すくらいの本家筋に近い家系だけど」
「そんな人が何でここにいるんですか? あっ、あの人も剣道部員とか」
先輩は首を横に振る。
「わたしがこの学校に入学する前は剣道部にいたらしいわ。とても強くて2年生で3段を取った。だけど暴力事件を起こして退学になったって聞いたわ。それからが問題なんだけど」
「問題って。何かあったんですか?」
先輩は悲し気に目を伏せた。
「1年くらい前に傷害致死事件を起こして。正当防衛も1部認められて執行猶予がついたんだけど。2週間くらい前に家を飛び出してしまったらしいわ。真剣を持って」
「・・・真剣」
桜子が絶句する。
観客達が異様な雰囲気を感じ始めた頃、畳の上ではキャプテンが大声を張り上げていた。
「いい加減にして下さい!ウチの剣道部に恨みでもあるんですか!」
「何だ? OBに向かってその口の聞き方は?」
キャプテンは下を向いて歯ぎしりをする。
「貴方が、貴方があんな事件を起こしたから部員が辞めてしまったんだ」
「うるせぇんだよ」
男が木刀でキャプテンを殴ろうとするのを草薙さんが竹刀で受け流した。
「止めなさい」
「ほう。竹刀で木刀をさばくとは。やはりお前は只者では無いな」
男は木刀を舐めながら嬉しそうな声を出す。
「アタシが相手をします。木刀を持って来て下さい」
「し、しかし」
キャプテンが困惑する。
「今、警察に通報しました。ですから」
「警察が来る前にこの男が暴れたらどうします? 木刀の破壊力は貴方もご存知の筈。それに警察が来て発砲してもこの男を抑えられるかどうか。とにかく此処はアタシが何とかします。木刀を」
キャプテンは草薙さんをじっと見てから部員に木刀を持って来るように言った。
「ねぇ。草薙さんが戦うみたいだけど、これもパフォーマンスなのよね」
「でも、木刀なんか持ってるわよ。倒れてる運動部の人もいるし」
観客達もこの異様さを認識し始めて段々と騒めきが大きくなって来た。
「あっ、草薙さんが木刀で試合を始めるみたいです」
「何ですって!」
先輩が信じられない、と言う感じの声を出す。
しかし、畳の上では木刀を持った草薙さんが同じく木刀を持った男と対峙している。
「誰か、止めて!」
先輩が叫ぶ。
「有段者が持った木刀は真剣と同じなのよっっ!」
つづく
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