第31話 たったひとつの冴えたやり方 四
「はーい。それではジャンケンを始めまーす」
マネージャーの子の声がお昼休みの中庭に響く。
それに合わせて中庭の数カ所でジャンケンが始まる。
「ほらね。あの子をマネージャーにして良かったでしょ」
私は隣で黙々とお弁当を食べている草薙さんに笑顔を見せる。
「アタシはマネージャーを認めた訳じゃ無いんですけどぉ」
草薙さんは卵焼きを口に放おり込みながら答える。
私がマネージャーと呼んだのはお姉さんがドッペルゲンガーに狙われた時に草薙さんと私が力を貸した1年生の女の子。
何しろお昼休みの草薙さんは大変なのだ。草薙さんに相談したい、って言う人達で中庭が人だかりになるから。でも実際に超常現象的な悩み事を抱えてる人は殆どいない。要するに至近距離で草薙さんを見たい、草薙さんと話してみたい、と言う人達なのだ。だから圧倒的に1年生の女子が多い。男子もちらほらとは居るけど。
それまでは私が対応してたんだけど私の処理能力では限界になった為、あの子をマネージャーとして採用したのだ。
「でも、あの子のお陰で助かってるのは事実でしょ」
私が念を押すように言うと草薙さんは渋々と言う感じで言った。
「それは認めざるを得ないわね。あの子は誰かさんと違ってテキパキしてるし」
私は最後のセリフは無視する事にした。
でも本当に、あの子の実務能力は高い。まずお昼休みが始まると草薙さんに相談したい人達を1ヶ所に集めて5人1列で3列くらいの列を作る。そして交代で草薙さんに顔を見せる。本当にマズイ事に巻き込まれてる人は草薙さんが見れば判る。そんな人は滅多にいないけど。草薙さんが該当者なしと告げるとその3列のグループを作ってる人達にジャンケンをさせる。
最後まで勝ち残った3人が晴れて草薙さんの御尊顔を拝める、と言う訳だ。
「あっ、そこの人。草薙さんの無断撮影は禁止です。今度やったらアウトですからね」
ジャンケンを仕切りながらそんな注意もしてくれる。
本当に有能なマネージャーだ。
私はそんな様子を眺めながら草薙さんに話しかける。
「それに草薙さんも言ってたじゃない。あの子の精神力はとても強い。磨かれざる原石だって」
「えぇ、確かにあの子の精神力と生命力はとても強い。ちゃんとした修行をすれば長老さまの跡継ぎになれる可能性もあるわ」
草薙さんはマジメな顔つきで言った。
しばらくするとマネージャーが戻ってきた。
「先輩。今日の3人決まりました」
「ご苦労様でした。じゃあ順番に」
私が微笑みかけるとマネージャーは嬉しそうに敬礼した。
「了解です、弟橘さま。じゃあ1人5分ですからね。草薙さんと橘さんの撮影は厳禁ですよ」
こうしてお昼休みの草薙相談会は今日も無事に終了した。
相談会と言うよりもアイドルの握手会みたいだけど。
「お疲れ様。これを飲んで」
草薙さんも微笑みながら薬草水のボトルを渡す。
「うわぁ。いつもありがとうございます」
マネージャーは恭しくボトルを受け取るとゴクゴクと美味しそうに飲み始める。
「あぁ、美味しい。身体中に染み込んでいくようです」
無邪気に笑う顔を見ているとこっちまで嬉しくなってくる。
「いつも悪いわね。この狸さんがマネージャーみたいな事をさせてしまって」
「だから、狸って言うな!」
そんな私達をマネージャーはクスクスと笑いながら見ている。
その時だった。
草薙さんがいきなり立ち上がり辺りを警戒するように見渡す。
私のブラの中でも長老さまのネックレスが振動を発して警告をしている。
何か得体の知れないものが近づいてくる。でも、これって。
「草薙さん!」
草薙さんは胸元からお母さんの形見を引っ張り出そうとしている。
「念の為に結界を張って」
「うん。弟橘!」
私の声と共にマネージャーの子も含めた私達の周りに結界が出現する。
「草薙さん、これって」
「えぇ。何かが近づいてくるのは確かだけど悪意や攻撃的なモノは感じない」
草薙さんはやっとの事でお母さんの形見を引っ張り出す。
「また、ブラにひっかかったの?」
「うん。最近ブラがきつくなってきたのよ」
草薙さんの言葉に私は目を輝かせて草薙さんに詰め寄る。
「草薙さん!それって!」
「な、何よ」
私の勢いに草薙さんがたじろぐ。
「草薙さんのバストが成長してるって事じゃないの!」
「ま、まぁ。そうかもね」
私は喜色満面になってまくしたてた。
「良かったね、草薙さん!そうとなったら新しいブラを買いに行かなきゃ。今度の土曜日はどう? 草薙さんの新しいブラかぁ。今までみたいにシンプルじゃダメよ。色も問題よねぇ。草薙さんに似合う色って言ったら何色が良いかなぁ? うーん、白は卒業するとしてベージュもちょっとねぇ。草薙さんには黒が似合いそうだけどアダルトすぎるかなぁ。うーん」
「あ、あのう」
マネージャーの子がおずおずと口を開く。
「何よ」
私は草薙さんの新しいブラの構想で頭が一杯になっている。
「その。近づいてくる何かの方はどうするんですか?」
「あっ」
私が我に返るのと同時に頭の中に声が響いてくる。
「いい加減にしてくれよな。早くこのジャマな結界を解いてくれよ。こっちは600年前から来て疲れてるんだからよぉ」
私はビックリした。
いきなり聞き馴れない男の子の声が響いてきたから。
でも600年って?
「音美。結界を解いて」
草薙さんが私に声をかける。
どうやら草薙さんにも聞こえたらしい。
「おっ、サスガ最強の継承者だ。物分かりが良いねぇ」
また、男の子の声が響く。
私は結界を解いた。
「ふぅ。あれが草薙の剣の力だな。ちょっとエネルギーチャージさせてくれよな」
私の目の前を緑色の光りを発する何かが草薙さんのお母さんの形見に近づいて行く。
「ちょっと!」
「良いのよ」
私が緑色の光りに文句を言おうとしたら草薙さんに止められた。
緑色の光りは草薙さんの右手の掌の上のお母さんの形見に寄り添った。
「スゴイな、この力。ジジィの言ってた事は間違って無かったんだ」
「アナタは誰なの? 600年前ってどういう事?」
草薙さんが詰問する。
でも緑色の光りは草薙さんのお母さんの形見に寄り添ったまま動かない。
すると、私がブラから引っ張り出した長老さまのネックレスが呼応するように発光し始めた。
「今はエネルギーチャージしてるから、しばらくは時間がかかると思う。この子は本当に600年先の未来から来たんだから」
私の言葉に草薙さんが驚いたような顔をする。
「貴女に判るの?」
「うん。この子からは長老さまと同じ力を感じる」
私は確信するように答えた。
「・・あのう」
マネージャーの子がまたおずおずと口を開く。
「もうすぐお昼休みが終わっちゃいますけど」
「そうね」
草薙さんはお母さんの形見と緑色の光りをそっと手提げバッグに移す。
「詳しい話は放課後にアタシのマンションで聞きましょう。アナタにも来て欲しいんだけど良いかしら?」
「あたしもですか?」
マネージャーの子が少しビックリしたように言った。
「えぇ。アナタにも聞いておいて欲しいから。だってアナタはアタシ達の大切なマネージャー何だから」
草薙さんが悪戯っぽく言うとマネージャーの子は満面の笑みを浮かべた。
「判りました。草薙さんのお部屋にお邪魔できるなんて光栄です。両親にも連絡しておきます」
「じゃあ、放課後に正門の前で」
草薙さんも笑顔でそう言った。
私達は放課後に草薙さんのマンションで緑色の光りを発する子から全ての話を聞いた。
その子の名前はコンタと言う名前だった。草薙さんのお母さんの形見でエネルギーチャージしたコンタは今はぼんやりとだが人の形をしていた。
精神が肉体を離脱して今は精神体として存在しているらしい。コンタの話を聞いた後も私達3人は何も言えなかった。あまりも突飛な内容に思考力がついて行けない。
「にわかには信じがたい話だけど」
草薙さんが口を開く。
「このコンタって言う子が600年後の未来から来たのは間違いないみたいね。そうでしょ、音美?」
「うん。このコンタって子からは明らかに長老さまの力を感じる。それも今の肉体を持っている長老さまとは異質な力」
「あたしにはとても信じられません」
マネージャーの子は顔を伏せる。
何と、このマネージャーの子にもコンタの声が頭に響いてくるらしいのだ。
サスガ磨かれざる原石。
「よぉよぉ、姉ちゃん達よぉ」
草薙さんのお母さんの形見ですっかり元気になったコンタが声を張り上げる。
「もう判っただろ。俺が草薙の剣の伝承者で、だからこそ草薙の剣の力で600年後の未来から精神体として来たって事はよ」
「そうね、アナタは伝承者かも知れない。でも継承者では無いわ」
草薙さんの言葉にコンタが突っかかる。
「何だよ。その伝承者と継承者の違いってのはよぉ」
「伝承者は草薙の剣の力を使える資格を持った人。継承者は実際に草薙の剣の力を使っていた人よ」
草薙さんはお母さんの形見を見せる。
「アタシはこの母さんの形見と同調して草薙の剣の力を使っている。つまり資格を持っていてもこの母さんの形見のようなモノがなければ草薙の剣の力を使う事は出来ない」
「あー、もう難しい話はいいよ。とにかくジジィは今の、えーっとこれは600年後の事な。その時点での人類の衰退はおかしい、不自然だって言うんだよ。それをアンタ、草薙ターニャさんに知らせて欲しい、だってよ」
草薙さんは考え込む。
「つまり、600年前の今の時代に何らかの原因がある、って訳ね」
「なーんか雲を掴むような話よねぇ」
私は正直な感想を述べた。
コンタが600年後の未来から来た事は信じるとしても。600年後の原因が今の時代にある、って言われてもねぇ。
私達に何をしろ、って言うワケ?
「・・そうでも無いわ」
草薙さんが呟く。
「えっ!草薙さんには心当たりがあるって言うの?」
私は驚いて草薙さんの顔を見る。
「ほら、先日ここの結界が破られて貴女達に助けて貰ったでしょ?」
「えっ!そんな事があったんですか!」
今度はマネージャーの子が驚いた様子を見せる。
「えぇ。その時はこの狸さん達に助けて貰ったんだけど」
「だから、狸って言うな!」
草薙さんは私を無視して言葉を続ける。
「1点突破にしてもここの結界が破られるなんて。それをしたヤツはかなりの強大な力を持っている」
「ソイツが人類の未来に干渉したの?」
「可能性は無い、とは言えないわ。ねぇ、コンタ」
草薙さんの問いかけにコンタは眠そうな声を出した。
「あー、もうダメ。また休ませて貰うわ」
そう言ってコンタは元の緑色の光りになって草薙さんの胸元にヨタヨタと入り込んで行った。
「仕方ないわね。コンタの肉体は600年後にあるんだから」
「だけど、その強大な力を持ったヤツが何なのかは判って無いんでしょ?」
草薙さんは肩をすくめた。
「まぁね。でもコンタの話だと最初の寒冷化が始まるのは再来年。まだ時間はあるわ。ちょっと一休みしましょ」
そう言って草薙さんは立ち上がって台所の方へ行った。
「あの、コンタって子の話。本当に信じてます?」
マネージャーの子が身を乗り出してくる。
「信じざるを得ないわね。長老さまと同じ力を感じるから」
「うーん、今の長老さまに相談されてみたら如何ですか?」
「それなら、もうやってるわ」
「えっ、そうなんですか? それで長老さまは何て?」
マネージャーの子は更に身を乗り出して来る。
「草薙さんと私の力で長老さまに確認したわ。長老さまはあのコンタって子は確かに自分と同じ力を使ってる、だって」
私はブラの谷間から長老さまのネックレスを取り出してブラブラさせる。
何かダジャレみたい。ま、そこはツッコまないでね。
「はぁ」
マネージャーの子は判ったような判らないような顔をしてる。
まぁ、無理もないけど。
それよりも私とコンタは草薙さんに隠してる事がある。そっちの方が私は心配だった。
「お待たせ」
草薙さんがちょっと大きめのお盆と手提げバッグを持って戻ってきた。
お盆を丸いテーブルの上に置く。お盆の上にはコップが3つとガラスの容器に入った蜂蜜。数個の瀬戸物の小椀には緑色のお浸しのようなものやそれを油で揚げたようなものが入っている。後は茶色の液体が入った小瓶。
草薙さんはコップの中にバッグの中から取り出した複数の薬草水を混ぜ合わせ蜂蜜を入れて硝子のスティックでかき混ぜる。
そして、マネージャーの子に尋ねた。
「貴女、ラムレーズンのアイスは食べられる?」
「あ、はい。食べられます」
いきなり尋ねられたマネージャーの子がちょっとビックリしたように答える。
「それなら大丈夫ね」
草薙さんは小瓶に入った茶色の液体をコップに少しだけ垂らす。
「あの、それは?」
「ブランデーよ。これを入れないと味に1本芯が通らないのよね」
そう言いながらコップ3つの薬草水カクテルを手際よく作った。
「はい、草薙流薬草水カクテルの出来上がり。召し上がれ」
そう言ってニッコリと笑った。
あのぉ。
なんか草薙さんのコップだけやたらとブランデーが多いんですけど。
「美味しい!」
一口飲んだマネージャーの子が声をあげる。
私も飲んでみた。確かに美味しい。ブランデーが良いアクセントになっている。
草薙さんは一気に半分くらいゴクゴクと飲んでいる。
あのぉ。それって薬草水と言うよりブランデーの薬草水割りなんですけど。
「まずは出来る事からやっていかなくちゃね」
コップをタン、と置いた草薙さんが喋りだす。プハァ、とか言わなくて良かったよ。
「出来る事・・・ですか?」
マネージャーの子が不思議そうな目で草薙さんを見ている。
「そう。アタシは2030年にはこの現世には存在してないみたいだから」
「えっ!」
「ブッ!」
マネージャーの子は驚きの声を発し私は口に残っていた薬草水カクテルを噴き出しそうになった。
「草薙さん、知ってたの!」
私は素っ頓狂な声を出してしまった。
「まぁね。あのコンタって子が信用できるかどうか確かめなくちゃいけなかったから。あの子の記憶を辿らせて貰ったわ。精神体だから範囲は限られてたけど」
「・・・草薙さん」
そうか。草薙さんは知っていたのか。
「そんな顔しないで、音美。長老さまはアタシが死んでた、とは言って無いんだし」
草薙さんは明るい声で言った。
「ここからが肝心なのよ。驚くかも知れないから2人とも薬草水カクテルを飲んで」
促されるように私とマネージャーの子は薬草水カクテルを口に運ぶ。
「・・・ねぇ、音美」
草薙さんは正座をして私に語りかける。
私は薬草水カクテルを飲みながら「何?」と言う顔をする。
「貴女、アタシの子供を産んでくれない?」
「ブーーーッ」
私とマネージャーの子は同時に飲んでいた薬草水カクテルを噴き出した。
「あら、大変」
草薙さんは用意しておいたタオルでテーブルを拭く。
「な、な、な、な、な、」
私は言葉が出て来なかった。
私が草薙さんの子供を産む? 女の子どうしなのに。
どーやって?
「・・・・」
マネージャーの子も言葉が出て来ないようだった。
「落ち着いて。音美」
草薙さんはマジメな顔つきで言った。
「アタシが2030年にこの現世にいないのは仕方が無いとしても、草薙の剣の力の継承者は存在させておかなければならない。アタシの日本武尊のDNAと貴女の弟橘媛のDNAを持った子なら草薙の剣の力の継承者になれる確率はかなり高いと思う」
「ちょ、ちょっと待ってよ!草薙さん」
私はようやく言葉が出て来た。
「私達は女の子どうしなのよ!どーやって私が草薙さんの子供を産むのよ!」
「私は不可能では無い、と思っている」
草薙さんはマジメな顔つきを崩さない。
「草薙の剣の力を使ってアタシの卵子にY型性染色体を組み込む。そうすればアタシの卵子はXY型性染色体になるから卵子から精子に変貌する。その精子と貴女の卵子を貴女の子宮内で受精させる」
「・・・そんな事が可能なの?」
草薙さんは少し考え込みながら言った。
「可能性は0では無い。長老さまや父さんとも相談しなきゃいけないけどやってみる価値はある。アタシは卵子が排卵される度に試してみるつもり。でもその前に」
草薙さんは私に詰め寄る。
「音美はアタシの子供を産む意思はある? 勿論、今すぐに答えなくても良い。ただ、音美の今の気持ちを聞いておきたいの」
草薙さんの顔が近づいてくる。
何だか草薙さんにプロポーズされてるみたい。
私は顔が赤く染まるのを感じる。
「ま、前向きに考えてみる」
草薙さんは満面の笑みで私の手を握る。
彼女の香りと体温が私の中に染み込んでくる。
「ありがとう、音美。今はそれで充分よ」
マネージャーの子は呆気にとられたように私達を見てる。
そりゃ、マトモな神経じゃこんな展開は理解不能よね。
「とにかく」
草薙さんは立ち上がって私達を見る。
「これが今のアタシに出来る」
草薙さんは少し間を置いて言った。
「たったひとつの冴えたやり方、なの」
第14章 終わり
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