第30話 たったひとつの冴えたやり方 参



「あのな、ジジィ。シェルターから此処まで来るのにどんだけ時間がかかるか。アンタにだって判ってるだろ?」


そう言いながらコンタがジジィに近づこうとした時だった。


「うわ!何だコレ?」


コンタは大広間の奥から発せられている「何か」にたじろいだ。


大広間の奥のいつもは閉ざされている扉が開け放たれている。

その扉の奥には祭壇があった。

その中央に安置されている木の箱から凄まじい程のエネルギーのようなものをコンタは感じたのだった。


「ふむ。お前にも判ったらしいな」


ジジィは満足気な顔をした。


「おいジジィ。何だよコレは?」


コンタはそのエネルギーを発している木の箱を直視できなかったので両手で顔を覆いながらジジィの近くに座った。


「あの木の箱に入っているものはな」


ジジィは少し間を置いてから言った。


「草薙の剣じゃ」


「草薙の剣ぃ?」


コンタは素っ頓狂な声を上げた。


「左様。お前は古事記も日本書記も読んだであろう」


「読んだって言うか、ジジィに無理矢理読まされたんじゃねーか」


コンタは12歳の時に古事記と日本書記は読んでいる。しかも、紙に書かれた本で。今の読書は全てスクリーンで読む。

コンタは最初は本の読み方は判らなかった。スクリーンでは全て横書きだからである。本に書かれている縦書きにまずは慣れなければならなかった。それから自分の手でページをめくる作業にも。

ジジィに教えて貰いながらコンタは本を読んだ。こう見えてコンタは読書が好きだった。慣れて来ると縦書きも面白いと思えるようになって来た。自分の手でページをめくる作業にも。


「でもよぉ」


コンタは少しずつ木の箱から発せられるエネルギーにも慣れ始めていた。


「あれって神話みたいなもんだろ?日本とか言う国の」


「お前も日本人じゃろうが」


コンタはその場で寝っ転がった。


「その日本とか、国とか言うのが良くわかんねーんだよな」


これはコンタだけでは無く、このシェルターに暮らす大多数の人々の考えでもあった。


「俺はこのシェルターしか知らねぇ。600年前の事だって圧縮授業で習ったけどよ。その国とか言うのがあったから戦争とか紛争とか言うのが起こったんじゃねーの?」


圧縮授業と言うのは子供が満6歳になると義務づけられるカリキュラムである。埋め込まれている生体チップが満6歳になるとここを統治しているAIにその情報が送られる。

すると各家庭のモニターにカリキュラムを受けるように指示が来る。今は各家庭にヘッドギアがあるのでその端子に繋げてヘッドギアを被るとその年齢に合わせた圧縮された情報が脳内に送りこまれる。600年前に学校と言われていた機関で行われていた学習を各家庭で行うのだ。ちなみに今は学校と呼ばれる機関は存在しない。


「ふむ。そのような考え方は600年前には共産主義と呼ばれておったな」


「その言葉は俺も圧縮授業で習ったよ。でも、その共産主義ってのは何処の国でも失敗したんだろ?」


ジジィは少し考えてから言葉を発した。


「確かにな。しかし、このシェルター自体が共産主義だとは思わんか?共産主義と言うよりはAIによる統制社会と言うべきかも知れん。お前達は働かなくとも生きていけるじゃろうが」


「だって仕方ないだろ?地球がこんな環境になっちまったんだから。人間達は自分達ではどーしようも無いからAIに統制させた。で無かったら文明社会なんてとっくに崩壊してただろ」


ジジィはしばらく無言になった。コンタは草薙の剣とやらを見ていた。

何故かコンタには判った。

今、この草薙の剣が発している凄まじい程のエネルギーはその一端に過ぎないと。

これが全てのエネルギーを発散したらどのくらいの影響が出るのだろう?これは神話の話で片づけられる問題では無い。実際に今、これだけのエネルギーを感じているのだから。


「お前は今のシェルターで暮らす人々をどう思う?」


いきなりジジィが質問して来た。


「え?何だよいきなり」


コンタは面食らった。


「どう思うって言われてもなぁ。俺はここで生まれて、ここしか知らねぇし」


「無気力すぎるとは思わんか?」


今度はコンタが考え込んだ。


「うーん。それはやっぱり仕方ないんじゃねーの?例えば俺が頑張って何かをした所で沢山の配給を貰えるワケじゃねーんだし」


「ワシが言っておるのはそう言う事では無い。例えば今、お前は頑張ると言う言葉を口にした。その、何かを頑張ると言う発想をする人間自体が極めて少ないとは思わんか?」


そんな事言われてもなぁ。

コンタはジジィが何を言いたいのか良く判らなかった。

ジジィは難しい顔つきになっていた。


「少なくとも400年前まではそれなりに新しい小説や音楽、アニメやマンガと言った創作物が発表されておった。しかし、年を追うごとにそのような新しい発想や新しい発見は見られなくなってしもうた」


「ふーん。400年前ねぇ、って!おい、ジジィ!お前は何歳なんだよ!」


コンタはビックリして大声を出した。

このジジィは一体何者なんだ?


「わしの事は後で話をする。それでは今のこのシェルターの人口は知っておるか?」


コンタはジジィが何者なのかが知りたかったが、このジジィは人の話を聞かないマイペース人間である事は充分に承知している。

ジジィのペースで話を進めるしかない。


「そんなの誰でも知ってらぁ。50万人だよ」


「違うな」


「えぇっ?」


コンタは聞き返した。


「50万人じゃなきゃ何人なんだよ?」


「そうだのぉ、わしが見ている限りでは43万人だな」


「はぁ?ここを統制してるAIに接続してみろよ。50万人になってるぜ」


「表向きはな」


表向き?

表向きってどういう事だよ?


「わしも時々はシェルターの中に行っておる。それでだな」


ジジィは身を乗り出して来た。


「すれ違う人々の中に明らかに人間では無いものがおった」


「人間じゃ無いって何だよ?そんなヤツ、俺は見た事ねぇぞ」


人間じゃ無い者がこのシェルターの中に居る?

このジジィ、遂にいかれやがったか。


「お前にわからんでも無理は無い。そいつらは有機体で造られたアンドロイドのようなものだからな。わしと一緒じゃ」


「えええぇぇっ!」


またもコンタは大声を出していた。

今度は本当にビックリした。

目の前にいる、このジジィがアンドロイドなんて。


「嘘だろ? 悪い冗談は止めろよな」


「それなら、わしの身体に触ってみるか?」


コンタは「マジか?」と言う顔でジジィが差し出してきた右腕に触る。

暖かい。

手首にも手を当てた。脈もある。


「何だよ。普通の手じゃねーか」


ホッとしたような顔のコンタにジジィは次の行動に出た。


「これなら、どうじゃ」


ジジィは差し出した右腕を左肩に移動させ、その指先で左肩の1部を何かを入力するようにタッチした。


ゴトン


ジジィの左腕が落ちた。



「うわわわわわっ!」


コンタは今度は大声と共に飛び上がった。

無理もない。

目の前の人間の腕がいきなり落ちたのだから。

ジジィはそんなコンタは無視してゆっくりと自分の左腕を拾い上げた。


「これで判ったか?」


「・・何でだよ? 体温も脈もあったのに」


コンタは未だに信じられない、と言う目で見ている。


「人間の小脳の機能はAIがやっておる。動力源は全個体電池が実用化されてから何回も改良を加えられた最新鋭のものだ。ただし、これには大脳の機能は無い。つまり、こいつは身体を動かす事は出来んのじゃ。わしの精神体が入らなければな」


「・・精神体って何だよ!つまりアンタの肉体はもう無い、って事か」


ジジィは頷いた。


「今のシェルターの中にいる7万人はアンドロイドと言う事だ。恐らくはAIによって動かされているのじゃろう」


「何の為にそんな事やってんだよ。って言うかジジィ。アンタの事もちゃんと話せよな。後、俺を600年前に行かせるとか誰かに合わせるとかって話も」


「誰かでは無い。ターニャ様だ。草薙ターニャ様だ」


ジジィは話し始めた。


「まず7万人のアンドロイドじゃが、これは人口が減っている事を隠す為じゃろう。人口の減少は100年前から顕著になっておるからな。このまま行けばこの小氷河期が終わる1500年後には人類は亜寒帯に生息している約5億人しか生き残れんかも知れんな」


「さらっと言うなよな。それと俺が600年前に行ってそのターニャとか言う人に会う事と何の関係があるんだよ」


「話には順序と言うものがある。まず、黙って聞け」


ジジィに言われてとりあえずコンタは黙った。


「わしは600年前に草薙の剣からの意思を感じた。「お前の命を賭けてこの場に絶対に破られない結界を張れ」とな。お前も感じているように草薙の剣はとてつもないポテンシャルを秘めている。しかしそれ自体は道具にしかすぎん。草薙の剣の力を使って何かをするのは、あくまでも人間なのじゃ。わしは伝承者には選ばれ無かったから草薙の剣の力を使えたのはその時の1度きりじゃった」


「伝承者?」


また、初めて聞く言葉だ。


「そうじゃ。日本武尊の死後も草薙の剣の力を使える伝承者は何人か現れた。草薙ターニャ様はその中でも最強と言える方であられた。わしは実際にお会いする度にそのように感じておった」


コンタはジジィの話を半信半疑で聞いていた。

ヤマトタケルなんて神話の中に出て来る人じゃねーか。

しかし、実際に草薙の剣はコンタの目の前で凄まじいエネルギーを放出している。これは事実として受け止めなければならない。


「わしは自分の命を賭けて結界を張った。その結果、わしは肉体を失ったのじゃ」


「え? ジジィは600年前に死んじゃったのかよ!」


「肉体を失った、と言う事にすぎん。勿論、肉体の無いわしには生命体として生きていた頃の力は無い。ただ、草薙の剣によって精神体としては今も存在しておる。今のわしは此岸と彼岸の間を漂っているようなものじゃ」


うーん、とコンタは考える。

ジジィの言っている事は普通の人間なら間違いなく信じないだろう。あまりにも現実離れしすぎている。

しかし、何故かコンタはジジィの言っている事が信じられるような気がした。何故そう思えるのかはコンタ本人にも判らなかった。


「それで。ジジィは俺に何を期待してるんだ?」


「太陽活動の鈍化による地球の寒冷化は自然の摂理じゃ。しかし、その後の人類の衰退は腑に落ちん。これは同種であるわしの願望も入っているのかも知れん。しかし、全ての始まりである600年前に「何か」があったような気がしてならんのじゃ」


コンタはジジィに質問した。


「アンタの話を聞いてるとアンタはその草薙ターニャって人が生きてる時に会ってるんだよな。その人は600年前に何もしなかったのか?」


ジジィは悲しげな顔になった。


「地球の寒冷化が現実的なものになって、わしがここに結界を張った2030年にはターニャ様はこの現世にはいらっしゃら無かったのだ」


「それは死んでた、って事か?」


「・・・・・」


ジジィはこの質問には答えなかった。

コンタは質問を変えた。


「600年前に行け、って言うけど生物が過去へ行けないのは知ってるよな? 分子を0・01秒だけ過去に戻す事に成功した、ってのは圧縮授業で習ったけど」


「それは物理的な問題じゃな。お前には精神体として過去に行って貰う」


「それは、俺を殺すって事かよ!」


コンタは逃げようとした。


「慌てるで無い。お前は生きたままで精神体として分離できる」


「なんでそんな事を当たり前のように言えるんだ?」


「言える」


「なんで?」


ジジィは少し間をおいて続けた。



「それはな」


「・・・・・」



「お前が草薙の剣の伝承者だからじゃ」






つづく



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