第28話 たったひとつの冴えたやり方
西暦2421年 氷河歴300年
地球が小氷河期と呼ばれる時代になって300年が経った。
400年前と比べて地球の平均気温は7℃下がった。
現在の地球の陸地の3分の1は亜寒帯で3分の1は寒帯。残りの3分の1は極寒地帯だ。
赤道直下の僅かな地域が辛うじて温帯と呼ばれている。
海洋の半分は氷に埋め尽くされている。
400年前の地球では温暖化が叫ばれていた。
しかし、2023年は地球規模で冷夏厳冬になった。
それが10年続いた。その10年で地球の平均気温は1℃下がった。
各国は大慌てで地球寒冷化の要因を探った。
そして出た結論は一時的な太陽の活動鈍化だった。
太陽の寿命は100億年と言われており今の太陽の年齢は46億年と推定される。そんな太陽にとっては僅かな活動鈍化は微々たるものでしか無い。
各国の研究者が出した結論は地球は100年後には小氷河期に突入する、であった。
そして、それは2000年くらいは続くであろう、と。
これも地球と言う惑星にとっては微々たるものでしか無い。
しかし、人間にとってはこれは大問題となった。
まずは作物が育たない事による食糧危機が始まった。
自国内で自給自足できる国は極めて少ない。特に先進国と呼ばれていた国では皆無だった。
当然の事ながら食糧を巡る争いが始まった。
特に極寒地帯となるロシアと膨大な人口を抱える中国は南方への進出を試みた。
両国は結束して南シナ海に押し寄せた。
しかし、自衛隊から国防軍となっていた20隻を超える全個体電池の潜水艦部隊の敵では無かった。
大小の氷山が浮かぶ海上で右往左往する艦隊は凍らない海中を進む潜水艦にはただの的だった。中ロの原子力潜水艦の音の大きさも仇となった。
核も発射されようとしていたが軍事偵察衛星と連携した最新ステレス戦闘機Fー4によって発射する前に基地ごと壊滅された。
まず欧州からの原油ラインがストップしたロシアが脱落。ロシアの半分は既に極寒地帯となっており天然ガスの採取ラインは凍結した。天然ガスを欧州へと運ぶパイプラインは逆に欧州から原油を送って貰うものになっていた。
中国も共産党政権の崩壊により戦争どころでは無くなった。
ちなみにこの極東戦争にアメリカは参戦していない。民主党と共和党の間で内戦が始まったからだった。
それからの50年は人間にとっては大混乱の時代となった。
欧州では大規模な戦争は起きなかったものの地中海沿岸のスペインやギリシャに大量の人間が押し寄せた。欧州で先進国と呼ばれる全ての国が極寒地帯になるからだ。
欧州各地で大小の数え切れない紛争が発生した。
中東にも沢山の人が押し寄せて来た。
そんな中でイスラエルはより多くの領土を確保する為にアフリカ北部に軍隊を派遣した。しかし内戦をしているアメリカからの援助が無いイスラエルに勝ち目は無くアラブ諸国から原油の供給をストップされたイスラエルは事実上消滅した。
アフリカ中南部の国々は見捨てられた。
同様に南米諸国も見捨てられた。
アメリカの内戦もどちらが勝利したのかも判らぬまま終結した。内戦などしている場合では無い、とやっと気付いたからだった。それからメキシコからカリブ海諸国に人々が雪崩れ込んだ。
オーストラリア大陸での混乱は比較的少なかった。
それでも北部やニュージーランドなどに人が押し寄せた。これは主に外国からの富裕層が多かった。
それらの人々と現地住民との間に紛争が起きた。
この50年の混乱期で地球の人口は60年前の3分の1になった。
これは中国とインドの人口減少が大きく関与している。この時点での中国の人口は2億、インドは4億だった。中国に関しては60年前から既に人口減少や経済破綻は始まっていたが政府が発表しなかっただけの事である。
日本の人口はおよそ7000万人になっていた。アメリカは内戦に戦術核を使用した事もあり人口は1億人くらいだった。
先進国の中では比較的ダメージの少なかった日本が主導して新しい国際秩序が作られた。世界経済はほぼ破綻していたが「とにかく人類が生きのびる」をスローガンにした。
各国が持てる力を全て使って大規模なシェルターが建造された。それぞれの気候に即して、地下に作られたり地上密閉型が作られたりした。
これには日本が既に実用化に成功した核融合発電が大きな力となった。核融合炉に使用される水素やヘリウムは海水から取り出す事が可能であり人体に有害な放射線も発生しない。
日本政府は核融合発電を実用化できる設計図やデータを無償提供した。しかしその建設には関与しなかった。要は実際に実用化できるかどうかはその国の裁量に任せたのである。
それで実用化できない国は、これからの地球には必要ないと言う判断である。人類が生きのびる為の苦肉の判断であった。
作物を育てられる地域は各国に残された軍事兵器、これは主にロボットやAIである。それらを総動員して厳重に護られる事になり、核兵器は全て破棄された。
氷河歴477年 7月7日 ナゴヤ・シェルター
「ちぇっ。30分も並んでこれだけかよ」
1人の少年がぶつくさ文句を言っていた。
少年の名はコンタ。
年齢は13歳くらいであろうか。
彼の手にはプラスチック容器に入れられたカプセルが入っている。
このカプセル1つで1日に必要な栄養素は全て得られるから少なくとも1ヶ月は生きて行く事は出来る。
このカプセルは1ヶ月に1度配給されるのだがその数は確実に減って来ている。
コンタは配給所から少し離れた、人が沢山いる場所に向かった。
そこには高さ10m程の円形の建物があり、人の手が届く高さにはいくつかの蛇口のような物がついている。
少し待っていたコンタは背中に背負ったリュックを降ろして開口部を開くと蛇口の下に置き、蛇口のコックを開いた。
蛇口からはドボドボと緑色のゲル状の液体とも個体とも言えないものが流れ出てリュックの中を満たしていく。
このゲル状のものは腹の中に入れて水を飲むと膨張して空腹感を満たしてくれる。同時に体内に全て吸収されるので排泄の必要も無い。
コンタはリュックを背負うと自分が住んでいる団地へと向かう。
その途中の広場で200インチの液晶テレビがニュースを流していたが立ち止まる人は誰もいない。そのニュースは1週間前からずっと同じ内容だったからだ。
核融合炉とやらは簡単に止めたり動かしたりできるものでは無いらしい。おかげで電気には不自由しない。このナゴヤ・シェルターも停電になった事は無い。
団地に着いた彼に1人の女の子が声をかけて来た。
「コンタ。配給の方はどうだった ? 」
その子はコンタの幼なじみで同じ団地に住んでいる。
コンタはぶっきらぼうに手に持っていたプラスチック容器を見せた。
「それだけ ? 何か少しずつ減っていくね・・・」
女の子は伏し目がちに言った。
「お前の薬の方はどうだったんだよ ? 」
コンタの問いに女の子はコンタが持っているより更に小さい容器を見せた。
「そんだけか!どんだけ並んだんだ ? 」
「・・・1時間」
彼女は悲しそうに言った。
彼女の両親は睡眠中に意識が無くなる奇病を患っていた。朝になっても意識が戻らない両親を見て彼女はすぐに救急車を呼んだ。やって来たロボットの医師は「脳に異常はありません。このまま自宅待機。配給所で薬を貰って下さい」と言って胸部から出て来たカードを渡して去って行った。
彼女は配給所に行き緊急と表示されたボタンを押した。配給所は月に1度の配給日しか動いていない。
彼女が合成音声の指示通りにロボット医師から貰ったカードを緊急ボタンの下のカートリッジに差し込むと、その横の小さな扉が開き錠剤の入った容器が2つ出て来た。その容器には3日に1度服用と書かれていた。
20年くらい前から彼女の両親のような症状は日本各地で発生したようだった。
政府は原因不明の奇病と発表し、薬を飲んでいれば死亡する事は無いとの見解を示した。氷河歴に入った際に政府は非常事態と称し、それ以降は選挙も行われた事は無かった。
この奇病も政府による人口調節ではないか、と騒がれいくつかのシェルターで暴動も起きたがロボットによって組織された機動隊に鎮圧された。
「そっか。薬の方で時間とられてるからカプセルの方は貰って無いよな ? 」
彼女は無言で頷いた。
「これ、やるよ」
そう言ってコンタは配給で貰ってきたばかりの容器を差し出した。
「そんな。悪いよ・・・」
両手を出して断る彼女の手にコンタは容器を握らせた。
「良いって。俺んちには数カ月分の備蓄はあるし。ウチの爺ちゃんはこんなもん飲まなくても生きてるからな」
彼女は、おずおずと聞いてきた。
「ホントに貰っても良いの ? 」
「だから。良いって言ってるだろ」
彼女の顔がパアッと笑顔になった。
「ありがとう!コンタ」
彼女が笑うと小さなえくぼができる。
コンタは幼い頃から、そのえくぼを見るのが好きだった。
「あー。そんなに感謝される事じゃ無いって」
「ふふっ。コンタは小さい頃から変わらないね」
彼女はそう言って肩下げカバンにコンタから貰った容器を大切にしまうとリュックを背負った。
「ゲルなら俺のを分けてやるぜ」
「ダーメ。自分で出来る事は自分でやらなきゃ」
彼女は笑顔を見せながらリュックを背負って歩いて行った。
「おーい、爺ちゃん。帰ったぜ」
コンタは団地の自分達の部屋に帰って来ると持っていた荷物を置いた。
彼には両親はいない。物心がついた頃には既に両親はいなかったので、彼には親と言う概念がそもそも無かった。
彼は祖父と名乗る人物とずっと一緒に暮らしていたが、この人物はかなり変わっていた。コンタに配給制度を教えたが自分は配給されるカプセルやゲルは一切口にしなかった。それでいてちゃんと生きている。
「あのジジイ。また、あそこに行ってるのかな ? 」
コンタは備蓄してあるカプセルを口に放おり込むとリュックの中のゲルを一掴み口に入れてから水道の水を飲んだ。
水道はちゃんと整備されているようで断水になった事は1度も無い。
そして、コンタは団地の部屋を飛び出した。
このナゴヤ・シェルターは名古屋市の地下に作られている。当初はリニア新幹線とやらを通す為に地質調査が行われていたそうで、それがシェルターを作る際に役に立った。
しかし、このシェルターには不自然に南に伸びている箇所がある。それは人が通る為の通路のようであった。そしてその通路はナゴヤ・シェルターの地図には記載されていない。コンタも爺ちゃんに教えて貰うまで知らなかった。ひょっとしたらその通路の存在を知っているのはコンタと爺ちゃんだけかも知れない。
コンタは団地の前の駐車場に置いてある電動スクーターに跨った。他にも大小の電動車や電動バイクが置いてある。
これらは公共物で誰が使用しても構わない。着いた場所で帰還のボタンを押すと自動的に戻って来て自動的に充電される。AIによる自動運転だから何処でも行ける訳では無いが自転車よりは行ける範囲は広い。
コンタはスクーターのスイッチを入れると行きたい場所を入力した。このスクーターで行ける1番南の場所に行くしか無い。その後はあの長い通路を歩くしか無い。
コンタはスクーターを発信させた。
すると。
「・・・コンタ。・・・コンタ」
爺ちゃんの声が頭の中に響いて来た。
爺ちゃんと話す時はいつもこうだ。
爺ちゃんの声が直接頭の中に響いて来る。
「何だよ。ジジイ」
コンタはスクーターを止めて心の中で爺ちゃんに問いかける。
「お前には600年前に行って貰う」
はあ? 600年前?
ついにイカレたか。あのジジイ。
「そこである人物に会って貰う」
「ちょっと待て。ちゃんと説明しろ」
ジジイからは俺の質問に対する答えは無い。
あのジジイ。人の話を聞いてねぇ。
「その人物の名は・・・草薙ターニャ」
草薙ターニャ?
誰だ、ソレ?
つづく
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