第26話 草薙さんを助けなきゃ! 弐



「ふぅ。疲れたぁ」



私、橘音美は旧道の中でゼイゼイと荒い息を吐いていた。


熱田神宮に電話をしてから、ここまで走って来た。

結構な距離だから私の息は上がっていた。


「・・情けないなぁ」


私は両手を膝について呟いた。

草薙さんと一緒に私なりに修行を頑張って来たつもりだったのに。

草薙さんなら息1つ乱してないだろう。


「早く草薙さんを見つけ出して鍛えなおして貰わなきゃ」


私は意を決して歩き出した。

しばらくすると旧道の脇にお地蔵さまが何体か見えてきた。

首なし地蔵さまだ。


私は首なし地蔵さまの前に立った。

以前に草薙さんは首なし地蔵さまと話をしている。

その時に私も首なし地蔵さまの声と言うか思念のようなものは感じている。


「何とかなる。いや、何とかしなきゃ」


私は自分を奮い立たせた。

でも。

どうすれば良いのぉぉぉ。


私は長老さまから頂いたネックレスを右手に掲げて祈った。

首なし地蔵さま。首なし地蔵さま。

私の祈りにお応え下さい。


しかし、首なし地蔵さまからは何の反応も無い。

私はひたすらに祈り続けた。

10分くらい祈り続けた私は大声を出した。


「こらぁ!首なし地蔵!」


私はブチ切れていた。


「清純な乙女が必死に祈ってんのよ!何とか言いなさいよ!」


すると。


私の右手のネックレスが激しく光り始めた。


「これ、癇癪を起こすでない」


長老さまの声だ。

私の頭の中に直接響いてくる。


「長老さま、長老さま。草薙さんが!」


「ふむ、ターニャ様に何かあったようじゃの。わしから呼びかけても反応が無い」


そんな。

長老さまの呼びかけにも反応しないなんて。


「長老さま!どうしたら良いんですか」


私はまた涙声になってしまった。


「とにかく落ち着け。精神を乱してはならぬ」


これはいつも草薙さんが言ってる事だ。

私は大きく深呼吸をした。

それを何度も繰り返すと心が少し落ち着いて来た。


「それで良い。おぬしの目の前に力を持った方が居るであろう」


「首なし地蔵さま ? でも私が祈っても知らんぷりですよ」


私はむくれて言った。


「こら。地蔵尊は現世に肉体を持っている訳では無い。このネックレスを地蔵尊にかけなさい」


「はあ ? 」


私は素っ頓狂な声を出した。


「首なし地蔵さまは首が無いから首なし地蔵さまなんですよ」


「別に首にかけろ、とは言うてはおらん。地蔵尊の上に置けば良い。わしが問いかけてみよう」


そう言われても。


「あの、長老さまのお力で草薙さんを見つけ出すのは無理なんですか ? 」


「さすがに名古屋からでは遠すぎる。ほれ、やるべき事をやるのであろう」


私はハッとした。

そうだった。

私は今やれる事は何でもやらなきゃ。


私はネックレスを首なし地蔵さまの首があった辺りに置いた。

ネックレスの光が不規則な明滅に変わった。

少しすると首なし地蔵さまが小刻みに震え出した。


ネックレスの光りが強くなると首なし地蔵さまが震える。

それの繰り返し。

あれ ? こんな光景、前にも見たような ?


「ターニャ様の居場所が判ったぞ」


「うわっ」


いきなり長老さまの声がしたので私はビックリした。


「何を慌てておる」


「い、いえ。何でも」


私はヨロヨロと起き上がりながら答えた。


「そ、それで草薙さんは何処に ? 」


「うむ。どうやらマンションの自室の中におられるようじゃ」


私はまたビックリした。


「私、マンションに行ったんですよ!」


「どうやら何者かの結界の中に囚われておるようじゃ」


囚われてる ?

そんな・・。

どうすれば良いのぉぉぉ ?


「あの、どうすれば良いんですか ? 」


「自室まで直接行くしかあるまい」


だから、それは無理なんだって。

草薙さんがロックを解除してくれなければマンションには入れない。

私はその事を長老さまに伝えた。


「うむ。それで協力者を頼んだ」


「協力者ぁ ? 」


私達に協力してくれる人なんて居たっけ ?


「あの、その協力者って ? 」


「もうすぐそこに来る。わしの力もそろそろ限界じゃ。後はよろしく頼む」


「え ? 長老さま、長老さまぁ!」


それっきり長老さまの声は途絶えてしまった。

私は呆然としたままネックレスを掴んだ。

ネックレスからは何の反応も無かった。


私は首なし地蔵さまにお辞儀をした。

ありがうございました、首なし地蔵さま。

草薙さんを探して下さったんですね。


私は首なし地蔵さまに手を合わせて旧道の真ん中に戻った。

こうなったらジタバタしても、しょーがない。

その協力者とやらを待つしかない。


私は空を見上げた。

雲が流れている。

もう夏の雲ではなく明らかに秋の雲だ。


風が吹き抜ける。

私の髪が少し乱れる。

草薙さんの声が聴こえたような気がする。



ブロロロロォ



私は近づいて来る車に気が付いた。

ダークグリーンのカプチーノだ。

かなりのスピードなので車体が跳ねている。



キィィィィッ



カプチーノは私の近くで急停車した。

後部車輪が浮き上がるようだった。

そして運転席から女の人が飛び出して来た。


「狸さん、じゃなくて音美ちゃん!大丈夫 ? 」


「貴美子さん!」


座敷童さまを持っている人だ。

私は駆け寄った。

久しぶりの再開に私達は抱き合った。


「貴美子さん!貴美子さんが協力者なんですか ? 」


「話は車に乗ってから。草薙さんの所へ早く行かなきゃ」


あぁ、やっぱり貴美子さんが協力者なんだ。

私は涙をぬぐって助手席に乗り込んだ。


「舌、噛まないようにね」


貴美子さんは来た時と同じように急発達した。

旧道を猛スピードで走るカプチーノは暴れ馬のようだった。

私はなんとかシートベルトを嵌めると助手席にしがみついた。


「あ、あのぉ」


「話は新道に入ってから。ホントに舌を噛むわよ」


貴美子さんは全くスピードを落とそうとはしない。

しかしこのカプチーノ、これだけ跳びはねてるのによく故障しないなぁ。

私は素朴にそう思った。


やっと新道に入る交差点に入った。

サスガにあのスピードで新道を走ったらスピード違反で即逮捕だ。

貴美子さんもアクセルを緩ませた。


「ウチの会社は土日休みなの。それでゆったりしてたらお守り袋が騒がしくなったの」


「は、はぁ」


貴美子さんが話しかけてくれるけど私はさっきまでの激しい振動で軽い脳震盪をおこしていた。


「ん ? 音美ちゃん、大丈夫 ? 」


いや、貴女の運転で大丈夫じゃないんですけど。


「それでお守り袋からドングリを出したの。貴女も見た座敷童さまね」


「・・はい」


ようやく私の脳震盪も収まってきた。


「そしたら、座敷童さまが長老さまからの声が聴こえるって」


「え ? 貴美子さんにも聴こえたんですか ? 」


貴美子さんはクスッと笑った。


「まさか。わたしはパンピーだもの。でも、座敷童さまが強い意識を放ってくれたらそれを感じる事は出来る」


「それで草薙さんの事を ? 」


貴美子さんは頷いた。


「とりあえず狸さん、じゃなくて音美ちゃんを迎えに行って一緒に草薙さんのマンションに向かえって」


「そうだったんですね。でも私、今は大変な時だけど貴美子さんと会えて嬉しいです」


私は本心からそう思った。

一時はどうなるかと思ったけど、沢山の人が草薙さん救出の為に動いてくれている。

まぁ、人じゃない方が多いんだけど。


私は1人じゃ無い。

隣で運転してくれている貴美子さんを見ながら改めてそう感じたのだった。




「着いたわよ」


貴美子さんの声が草薙さんのマンションの立体駐車場に響く。


「はい」


私は覚悟を決めて助手席から降りる。

そして駐車場のエレベーターに向かう。


「これから先は貴女次第よ。頑張ってね」


「はい。って貴美子さん、なんで一緒に歩いてるんですか。危ないですから車の中に居て下さい」


貴美子さんは髪をかきあげながら言った。


「草薙さんはこれまでに沢山の人を助けて来たのよね ? 」


「はい。そうですけど」


「だったら」


貴美子さんはニヤリと笑った。


「私達が草薙さんを助けるのは当たり前じゃない!それにわたしが居なかったら誰が座敷童さまと意思疎通をするの ? 」


「・・身の安全は保証できませんよ」


「望むところよ。パンピーにはパンピーなりの意地があるんだから」


貴美子さんって戦闘モードに入ると人格変わっちゃうみたい。

旧道でのカプチーノの運転みたいに。


チーン


エレベーターは1階に着いた。

それから私達はマンションの入り口のエントランスに向かった。


「これなんです」


私はタッチパネルを指さした。


「了解」


貴美子さんはお守り袋からドングリを取り出すとタッチパネルの上に置いた。


「座敷童さま。お願いします」


貴美子さんは祈るように両手を合わせた。

ドングリはカタカタと動き始めた。

その動きが激しくなると同時にタッチパネルから「了承」と言う機械音声が聞こえた。


「貴美子さん!ガラス扉が開いたわ」


「早く入って!」


私はドングリを掴んだ貴美子さんとマンションの中に入った。

そしてエレベーターで草薙さんの住居の部屋の階まで上る。

私達はエレベーターから降りて草薙さんの部屋の前に立った。


扉には鍵がかかっている。

私は扉の横にあるタッチパネルに草薙さんから教えて貰っている暗証番号を入力した。

ガチャリとロックの外れる音がした。

高級マンションと言うものは入る為のセキュリティは厳しいが中に入ってしまえば普通のマンションと大差は無い。


「じゃあ、入りますよ。少しでも危険を感じたら逃げて下さいね」


私は長老さまのネックレスを取り出しながら貴美子さんに念を押した。

貴美子さんもドングリを掴みながら頷いている。

私はゆっくりと扉を開けた。


部屋の中は静まり返っている。

不自然なほど音がしない。

私達は草薙さんの自室に向かった。


草薙さんの自室には鍵はかかっていない。

私は貴美子さんに目配せしてドアを開ける。



そこで私達が見たものは。



草薙さんのベッドの上に黒い塊のような何かがある。

私が近づくとその塊から槍のようなモノが飛び出して来た。


「弟橘!」


私が叫ぶと私の目の前でそのモノは消滅した。


「音美ちゃん」


「私の弟橘の力なら大丈夫です。貴美子さんはいったん部屋から離れて」


「うん。あれ ? 音美ちゃん、アレって」


貴美子さんが指さすベッドの脇の椅子には草薙さんのお母さんの形見が光っている。


「そうか。草薙さんがお母さんの形見から離れた瞬間を狙われたんだ。でなきゃ草薙さんが簡単に囚われるワケない」


「わたしがあの形見を草薙さんに渡せば良いのね ? 」


貴美子さんの言葉に私は戸惑った。

確かにお母さんの形見を手にした草薙さんならこの程度の相手なんて。

でも。


「私の力は私や草薙さんには自動的に発動します。でも貴美子さんには」


私が言い終わらないうちに貴美子さんめがけて槍が伸びる。


「くっ」


私はかろうじて貴美子さんに伸びた槍を消滅させる。

弟橘の力を使用した私はこの場から動く事は出来ない。

私の生命力を弟橘の力として使っている以上、私の肉体はここから離れられないのだ。


「わたしが形見を草薙さんに渡す!貴女は出来るだけわたしを守って」


貴美子さんはそう言って少しずつ形見に近づいて行く。

あのベッドの上の黒い塊が支配するこの部屋では普通の人なら動けないはずなのに。


「座敷童さま ? 」


貴美子さんの前の空間にドングリが浮かんでいる。

貴美子さんを守るように。


「ムチャです!座敷童さま」


座敷童さまは本来、福の神のような存在だ。

戦闘力など無いに等しい。

そうしてる間にも貴美子さんに向かって槍が次々と遅いかかる。


「くうっ」


私は出来る限り槍を消滅させるが何本かは貴美子さんの近くに突き刺さる。



どうする ?



私のネックレスは淡い光しか放っていない。

長老さまは名古屋から首なし地蔵さまと話す力を使われているから、このネックレスには長老さまの力は残って無いだろう。

今のネックレスは私の中の力で作動しているだけだ。

前に草薙さんが言ってたストッパーとしての役割も疑わしい。

それでも。


「キャアッ」


貴美子さんの悲鳴が響く。

貴美子さんの左手から鮮血が飛び散る。

座敷童さまを守ろうとしたのだろう。


「弟橘!草薙の剣をその継承者の元に戻せ!」


私の身体が発光する。

草薙さんのお母さんの形見が黒い塊の中に飛び込んで行く。

それを見届けた私はその場に崩れ落ちた。







つづく



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