第24話 弟橘媛の真実 弐

 


ギシャァァァァァ



午前2時11分。


草薙ターニャは中央公園で異形のモノと対峙していた。


ソレは体長10m程の四足の獣の姿をした「何か」だった。


「消えろ!」


草薙は素早くソレの足元に駆け込むと光の剣を一閃する。


グラリ


1つの足を消滅されたソレは体勢を崩す。


「やったか ? 」


しかしそんな草薙の言葉を嘲笑うかのように消滅させた足が復元されていく。


「チッ!これじゃ切りが無い」


草薙はハァハァと肩で息をする。

これまでに何太刀か浴びせているのに致命傷とはならない。

草薙がソレの一部を消滅させるたびに多くの人の声がする。


「どうして僕は不合格なんだ ? アイツは合格したのに」


「どうしてあの娘ばかりがチヤホヤされるの ? ブスのくせに」


「どうして俺は未だに平社員なんだ ? アイツは課長になったのに」


そんな人間の負の感情がまき散らされる。


そうだ。


コイツはそんな負の感情を吸収して、その身体を維持しているのだ。


「どいつもこいつも」


草薙の口から悪態が漏れる。


「自分はロクに努力もしないくせに人の事ばかり妬んで!」


妬み嫉み。

それは人間が持つ負の感情の中でも大きな力を持つ。

コイツはソレを喰らってここまで巨大化したのだ。


「いけない」


草薙は自制する。

自分が負の感情を持つ事は相手の思うツボになる。

しかし、このままでは。


草薙の脳裏にあの子の顔が浮かぶ。

狸さんと呼んでいた、橘音美の顔が。

音美の存在が自分にとってどれ程大きかったのか今になって思い知らされる。



シュッ



アイツの触手のようなものが伸びて来て草薙の左足首に巻き付く。



「きゃっ!」


草薙は足を取られて転倒する。

そして、そのままズルズルとアイツに引っ張られて行く。


「しまった!」


草薙は舌打ちする。

戦いのさなかに余計な事を考えてしまうとは。

いつも冷静な草薙にしては珍しい事だった。


キィン


草薙は光の剣で触手を切断しようとしたが弾き飛ばされてしまった。

彼女の中の力は明らかに限界を迎えようとしていた。

草薙は光の剣を消滅させると自らの結界の防御力に充てた。


草薙は考えを巡らす。

アイツの本体は大した力は持っていない。

人間の負の感情を喰らってアイツは身体と力を手に入れた。


それなら ?


アイツの体内に入って本体を見つければ消滅させるのは難しい事では無い。

問題は本体を見つける前にアイツの力の源になっている人間の負の感情に潰される、と言う事だ。

今の草薙の力では結界は長くは持たない。


「フッ」


草薙は嗤った。

結局、アタシは人間によって殺されるのか。

それでも草薙には後悔は無かった。


「あの子を。音美を巻き添えにしなくて良かった」


アイツが目の前に迫って来た。

草薙は覚悟を決めた。




「草薙さーん!負けないで!」


不意に聞こえた叫び声。

草薙にとっては聴き馴れた、そして決して忘れる事の出来ない声。

音美の声だった。


「どうして、あの子が此処に ? 記憶は消去した筈なのに」


動揺する草薙の耳に信じがたい言葉が続いた。


「弟橘!草薙の剣を持つ者に力を与えよ」



ダメ!

そんな事をしたら貴女の命が!



そんな草薙の想いに反して草薙の母の形見が激しい発光を始めた。

そして草薙の体内にも力のようなものが流れ込んで来る。

忘れたくても忘れられない弟橘媛の力。

音美の生命の力。


ビシュッ


草薙は右手に出現した光の剣で足首を掴んでいた触手をたやすく切断する。

そして草薙の視線は捉えた。

その場に崩れ落ちていく音美の姿を。



草薙の中で「何か」が弾けた。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



草薙の叫び声に呼応するように草薙の身体が眩く金色に発光した。

そして草薙は目の前の異形の中に飛び込んで行った。

迫りくる人間の負の感情は草薙の発する光を浴びて次々と消滅して行った。


「あの子は。音美はアタシの為、皆の為に自分の生命を危険に晒しているのに!」


草薙の目からは涙が溢れていた。


「アンタ達は何をやってるのよ!」


草薙は手当たりしだいに人間の負の感情を蹴散らして行った。


「誰だって自分の現状に不満は持っている。それを他人を恨んだり妬んだりする事しか出来ないヤツなど消えてしまえ!」


異形のモノはもはやその身体を維持できなくなって居た。

そして草薙はこの異形の本体を見つけた。


「砕けちれぇ!」


草薙はその本体を掴むと握り潰した。

最初に対峙した時は10mもあったソレは完全に消滅した。





「オトミ!しっかりして音美!」


草薙は音美に駆け寄るとその身体を抱き起した。

音美の心臓は鼓動していた。

草薙はホッとすると共に身体の力が抜けていくのを感じた。


「・・・く、草薙さん」


音美の手が草薙の頬に触れる。


「喋っちゃダメ。待ってて」


草薙は薬草水を口移しで飲ませた。

少しずつ音美の顔に血色が戻って行く。

草薙は音美の身体を抱きしめると自分の中に残っている力を与えた。


「大丈夫 、音美 ? 立てる ? 」


「うふふ」


音美が微笑んでいる。

心底、嬉しそうに。


「こんな時に何笑ってんのよ!」


「だって」


音美はゆっくりと上半身を起こした。


「草薙さん。私の名前を呼んでくれた」


草薙の顔が染まる。


「バカ!やっぱり狸さんにしようかしら」


「あ、ひどーい」


2人は笑いあった。

音美は普段の状態に戻ったようだ。


「でも、どうして ? 貴女の記憶は消去した筈なのに」


首をかしげる草薙に音美は長老さまから貰ったネックレスを見せた。


「ふっ。草薙さん、長老さまを甘くみてない ? 」


「な!・・・そう言う事か」


人間の記憶を消去するのはとても繊細な作業である。

人の脳内に介入するからだ。

その為には草薙の剣などの大きな力は使わず、草薙自身が持つ力のみを使う事となる。


「草薙さん、以前に言ってたじゃない。純粋に人としての力なら長老さまの方が数段上だって」


「そうね。アタシが長老さまのネックレスに勝てる訳が無かったわ」


しかし、草薙にはまだ大きな疑問があった。


「音美。貴女はあれだけの力をアタシに与えてよく生きていられたわね。これまでの弟橘媛の力を持つ人はそれで若くして亡くなっているのに」


「うーん」


音美は考え込んだ。


「長老さまのネックレスから長老さまの声が聴こえたような気がしたの。弟橘媛の力を使いなさい。そなたの生命はわしが守るって」


それを聞いて草薙はハッとした。

そうか。

そう言う事だったのか。


「なるほどね」


妙に納得している草薙に音美は尋ねた。


「何 ? 何か判ったの ? 」


「つまりね」


草薙は説明した。


「その長老さまのネックレスは単に貴女の力を強めるだけじゃない。貴女の生命力の全てを使わないようにストッパーとしての役割を果たしているのよ」


「えー、よく判んない。もっと判りやすく説明してよ」


音美は少し膨れっ面をした。


「これまでの弟橘媛の力を持つ人々は自分の生命力の全てを使って来た。だから亡くなってしまった。そうならないように長老さまは貴女の生命を奪う程の力は出せないようにして下さったのよ」


「それじゃ、私が草薙さんのサポートをしても私は死なないのね。私は草薙さんと一緒に居られるのね」


音美はさっきまでの膨れっ面はどこへやら、という感じの喜びに満ち溢れた顔になった。


「うーん、まぁそう言う事になるわね」


草薙は少し照れ臭そうに頬をポリポリと掻いた。


「もぉ、草薙さんは素直じゃないなぁ。でも、これで最強コンビ復活ね」


喜色満面の音美に向かって草薙はボソッと言った。


「復活って。そもそもコンビなんて組んで無かったでしょ」


「あー、ホントに草薙さんは意地っ張りね。これまでの事件だって2人で解決して来たじゃ無い」


これは草薙も認めざるを得なかった。

今日だって音美が来てくれなかったら、どうなっていた事か。

草薙は死んでいたかも知れないのだ。


「貴女が此処へ来たのも長老さまの導き ? 」


「そうよ。草薙さんが得体の知れない何かと対峙するって、長老さまのネックレスが教えてくれたの。ソレはかなりの強敵だって」


草薙はそっと右手を出した。


「じゃあ、これからも宜しくね。音美」


「うん。一緒に頑張ろうね」


音美は草薙の右手を両手で握りしめた。



今夜は満月だった。

月の光がこの現世を優しく照らしていた。





第12章 終わり



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