第23話 弟橘媛の真実



アタシは月明かりの中、ベッドの上に座って独り言を呟いた。


「もう、あの子にも本当の事を伝え無ければならない」


アタシは立てた膝に顔を埋めた。


「あの子と離れ離れになるとしても」


アタシはあの子と一緒にいる事が楽しくて今まで言えなかったのだ。


「でも、あの子の事を考えたら」


アタシは顔を上げて月を眺めた。


「言わなきゃいけない。あの子の生命を絶つような事は絶対に阻止しなくては」


アタシの右手では母さんの形見が激しく発光している。


「また、この街に大きな邪気が発生し始めている」


アタシは右手を握りしめた。


「アタシは1人で生きて行くって決めたんだ。これからもずっと」


見上げる今夜の月は何故かとても悲しそうに見えた。






「あー、今日も良い天気ねぇ」


私と草薙さんはお弁当を食べる為にいつもの中庭に来ていた。


「そうね」


何か今日は草薙さんの様子がおかしい。

あまり喋らないし何か思い詰めてるみたい。

もう。

悩み事があるのなら何でも私には言って欲しいのに。


「あ!」


私達の姿を見つけた1人の女の子が駆け寄って来た。

そして、私達に向かって深々と頭を下げた。


「姉はもうすっかり元気になりました。今日から仕事も始めたんです」


この子のお姉さんがドッペルゲンガーに命を狙われた時に草薙さんと私が助けた事があるのだ。

それからは定期的に草薙さんがお姉さんの容体を確認して薬草水を渡したりしてた。


「本当にお2人のお陰です。ありがうございました!」


その子は何回も頭を下げる。


「もう、良いよぉ。お姉さんを本当に助けたのは、あなただって草薙さんも言ってるんだし。ね、草薙さん ? 」


ずっと下を向いていた草薙さんがその子に言った。


「アナタにお願いしたい事があるんだけど」


「はい ? 」


その子はちょっとビックリしたような顔をした。


「今日はこの狸さんと大切な話があるから相談事は聞けない。その事を皆に伝えてくれないかしら」


大切な話 ?

何よソレ ?


「判りました。お安い御用です」


そう言ってその子は私達の姿を見つけて行列を作ろうとしてた人達の所へ駆けて行った。


「何 ? 大切な話って ? 」


「とりあえず座ってお弁当を食べましょう」


草薙さんは芝生の上に座った。

仕方なく私も草薙さんの横に座った。

何かおかしいなぁ、今日の草薙さん。


お弁当を食べている間、草薙さんはずっと黙っていた。

私が話しかけても答えようとしない。

やっぱり変だよ、草薙さん。


「貴女は古事記も日本書紀も読んでないよね。狸さん」


「だから、狸って言うな!」


いきなり草薙さんが話しかけて来た。

まぁ、確かに読んでないけど。


「貴女に弟橘媛の事を詳しく話すわ」


え、マジ ?

やっとオトタチバナって人の事を話してくれるんだ。


「貴女は日本武尊って知ってる ? 」


「ヤマトタケル ? 」


その名前くらいは私だって知ってる。


「名前は知ってるよ。確か日本の神話の英雄みたいな人でしょ」


「その日本武尊が使っていたのが草薙の剣よ」


草薙の剣。

それって草薙さんが使ってる力じゃない。


「弟橘媛は日本武尊のお妃。つまりは奥さんって事ね。この辺りは日本書紀の方が詳しく書いてあるわ」


「それじゃ、私と草薙さんって」


私は思わず身を乗り出した。


「話は最後まで聞いて」


草薙さんは続けた。


「日本武尊とその一行は相模から上総へ船で渡ろうとしたんだけど暴風雨に巻き込まれてしまった。皆の命が危険に晒された時に弟橘媛は海に飛び込んだ。そしたら暴風雨がおさまって日本武尊は一命を取りとめた。弟橘媛の死と引き換えに」


「・・・死と引き換えに」


私は草薙さんの言葉を反芻した。

草薙さんは硬い表情で上空を見ていた。


「これは長老さまや父さんから聞いたんだけど日本武尊の死後にも草薙の剣の力を使う人は何人か現れた。そして、その人達には必ず弟橘媛の力を持つ人が側にいた。草薙の剣の力を使う人をサポートする為に。その弟橘媛の力を持つ人は全員若くして亡くなっている。自らの命を犠牲にして草薙の剣の力を持つ人を助ける為に」


草薙さんは一気に喋ると深いため息をついた。


「草薙さんは知っていたの ? その事を」


草薙さんは首を横に振った。


「アタシは弟橘媛の力を持つ人はサポート役だとは思っていた。でも日本書紀で弟橘媛の最後は知っていたから気にはなっていた。それで長老さまや父さんに詳しく話を聞いたの。まさか、弟橘媛の力を持つ人が全員若くして亡くなっていたなんて知らなかった」


草薙さんは悔しそうに唇を噛んだ。


「だから、もうこれ以上貴女はアタシに関わってはいけない」


「ちょっと待ってよ!」


私は思わず立ち上がって大きな声を出していた。


「さっきから聞いてたら自分の都合ばかりベラベラ喋って!」


私は憤慨していた。

もう草薙さんと関わるべきじゃない ?

何よ、ソレ!


「私は草薙さんと一緒に居られて嬉しかったよ!幸せだったよ!」


私の目から涙が溢れて来た。


「草薙さんは私と居るのが嫌だったの ? 迷惑だったの ? 」


「そんな事は言ってない!」


草薙さんも立ち上がって大きな声を出した。


「アタシはずっと1人で生きて行くって決めていた。でも貴女と出会って貴女の顔を見て貴女と喋って。そんな状況を楽しい、と思っているアタシが居る事に気が付いた」


「それなら何でよ!なんで急に草薙さんに関わらないで、何て言うのよ」


草薙さんは悲し気な顔になった。

こんな悲痛な顔をした草薙さんは見た事が無かった。


「・・・お願い。判って」


草薙さんは私に抱き着いて来た。


「アタシも貴女と出会えて幸せだった。これだけは本当の真実だから」


「また、そうやって自分の考えばかり押し付ける。私の気持ちなんて。うっ!」


草薙さんは私に優しく口づけをした。

私の口の中に何かの液体が流れ込んで来た。


何か飲まされた。


私の意識は急激に薄れていった。





「ふう。やっと皆を説得できました。って、そちらの方は ? 」


アタシが人員整理を頼んだ1年生の娘が戻ってきた。

そして、アタシの腕の中で意識を失っている狸さんを見つめた。


「大丈夫。後10分くらいで意識は戻るから」


「あの。何か言い争っているようにも見えましたけど」


その子はおずおずと聞いて来た。

アタシは狸さんを芝生の上に横たえた。

それから、その頬を愛おしく撫でた。


「そうね。この子からアタシに関する記憶は全て消去したから」


「えっ!どうしてですか」


「深くは聞かないで。この子の為にやったんだから」


その子はアタシの目を見ていた。

この子はこの子なりに何らかの事情があると判断したのだろう。


アタシはお弁当の入ったバッグを持って立ち上がった。


「この子はアタシと関わりがあったアナタの事も憶えていないと思う。任せて大丈夫かしら ? 」


「はい。意識を失っていたので様子を見ていた、と言っておきます」


アタシは頷くとその場を立ち去った。




アタシは1人で生きて行く。

そんな事は判り切った事である筈なのに。


どうしてだろう。

アタシの目から涙が止まらない。






つづく



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