第22話 還り人 弐
「ねぇ、草薙さん。あの女の人」
私と草薙さんは学校の近くの公園に来ていた。
授業が終わり下校途中の道で突然、草薙さんが言ったのだ。
この近くに大きな邪気を感じる、と。
私は走り始めた草薙さんの後を追いかけた。
そして、この公園に着いたのだ。
時刻は午後4時だった。
私はハァハァと荒い息を吐いていた。
勿論、草薙さんが全力で走ったらあっという間に見えなくなるだろうから加減をしてくれたと思うんだけど。
草薙さんは息1つ乱して無い。バケモンだよ、この人。
草薙さんは私に薬草水のボトルをくれた。
いつもより冷たく美味しく感じられた。
そして2人でコンクリートのベンチに座ったのだ。
「貴女も感じるようになったのね。狸さん」
「だから、狸って言うな!」
私の胸元に入っている長老さまのプレゼントから警告のようなものを感じる。
「草薙さんが言ってた大きな邪気ってやっぱり」
「ええ。あの女の人よ」
その女の人は20代半ばくらいの感じだった。
ベンチに座ってじっと公園で遊んでいる子供達を見ている。
その人の身体は震えていた。
「あの女の人自体からはそんなに危険なものは感じないんだけど」
「貴女にはもう少し修行が必要ね。あの人には何か大きな邪気が憑りついているのよ」
私にはそこまでは判らない。
でも、あの女の人は普通の人が見ても挙動不審のように見える。
公園にいる大人の人達も女の人を指さしてヒソヒソ声で何か喋ってる。
時刻は4時半を回った。
遊んでいた子供達も家路に着いたようで公園の中は人影もまばらになっていた。
女の人はため息をついてゆっくりと立ち上がった。
「後を追うわよ」
草薙さんの言葉に私は頷いた。
その女の人はとても疲れたように歩いていた。
私が見ても危なかっしいと感じた。
「ねぇ、草薙さん。あの人大丈夫かなぁ」
「とてもじゃないけど大丈夫、とは言えないわね」
草薙さんも心配そうだった。
「あの人に憑りついている何かを祓えれば良いんだけど」
女の人はフラフラとした足取りで私の家の方向へ向かっていた。
そして築5年くらいの家の中へ入って行った。
私は「あっ」と声をあげた。
「この家って!」
「何か知ってるの ? 」
私はウチの親達が喋っていた事を草薙さんに伝えた。
「この家に3ヶ月くらい前に新婚さんが引っ越して来たの。私はお会いした事は無いけど、とても仲睦まじいお似合いのカップルだったみたい」
「うん。それで ? 」
私は下を向いてしまった。
「・・それが1ヶ月くらい前に旦那さまが亡くなってしまったの」
「・・・そう。死因は判る ? 」
「父さんは、心筋梗塞って言ってた」
草薙さんはとても悲しそうな顔だった。
「それで、奥さんはどうなったの ? 」
「・・どうもこうも無いわ。窓も全部締め切ってしまってずっと泣いてるみたい。家の外にも出ないで。このままじゃいけないって親戚の人とか近所の人も訪ねたりしたんだけど」
草薙さんは呟いた。
「今はそっとしておいてあげるべきね。でもあの家から感じた邪気は見過ごせない。奥さん、あの女の人がとんでもない事に巻き込まれていると思う」
私は付け加えた。
「これは噂なんだけど、あの女の人が夜中にこっそり家を出て何かやってるって」
「判った。旦那さんが亡くなってから外にも出なくなった人が昼間の公園に居た事も気になる」
草薙さんは私を見て言った。
「今夜はあの家を見張るわ。貴女はどうする ? ご両親が心配すると思うけど」
「草薙さんのマンションで勉強するって電話しとく。草薙さんの名前を出せばウチの親はイチコロよ」
草薙さんはジロリと私を見た。
「貴女、アタシの名前を使って変な事はして無いでしょうね」
「あったり前でしょ!私が草薙さんの名前を使って変な事するワケないじゃ無い」
草薙さんは「どうだか」と言う目で私を見てる。
出たよ。ドS女のブラック草薙。
こうして、私達はあの女の人の家を見張る事になった。
私と草薙さんは女の人の家の裏庭で身を潜めていた。
1ヶ月も放置されていたせいか植木鉢の花は枯れていた。
家は築5年にしては珍しい昔ながらの日本家屋だった。
その雨戸はぴったりと閉められている。
私と草薙さんは互いにネックレスを取り出して事に備えていた。
午後11時。ソレはやって来た。
「来た」
草薙さんのお母さんの形見が光り始めた。
私のネックレスには反応が無い。
「手を繋いで。中の声が聴こえるから」
草薙さんと手を繋ぐと私のネックレスも光り始めた。
声が聴こえると言っても実際に耳で聴こえる訳では無い。
頭の中に直接響いて来るのだ。
「出なくて良いの ? 」
「アタシ達はこの家で何が起こっていたのかは知らない。しばらく様子を見る」
「了解」
私達は頭の中に響いてくる声に集中した。
「・・何故、子供を用意しなかった」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝ってるだけじゃ判らないよ。君は僕の事を愛していないんだね」
「違う!わたしには・・わたしには人間の子供を犠牲にするなんて出来ない」
「それなら君は僕に何を喰え、って言うんだい」
「わたしのこの胸を食べて。以前のあなたがキレイだね、って褒めてくれた胸よ!」
バキィィッ
「そこまでよ!」
光の剣で雨戸を粉砕した草薙さんが部屋の中に飛び込んだ。
続いて飛び込んだ私は酷い異臭を感じた。
そこで私と草薙さんが見たものは。
胸を顕わにした女の人と、人の形をした奇妙な物体。
赤黒い色をして所々に動物の骨みたいなものが見える。
そして、強烈な腐敗臭。
「お前はこの現世に存在ならざるもの。お前を滅する」
「やめて!」
女の人が草薙さんの腕にすがりついた。
「あの人を。わたしの愛する人をもう奪わないで!」
「アレは貴女のご主人では無い。貴女を利用してるだけの化け物よ」
「それでも構わない!あの人の姿をしていれば。あの人の声が聴こえれば」
草薙さんは私を見た。
「判ってる!」
私は女の人に抱き着いて発光しているネックレスを押し付けた。
「うっ」
女の人は呻き声を出して動かなくなった。
私は女の人を部屋の隅に引きずって行った。
それを確認した草薙さんは再び奇妙な物体と対峙した。
ぼとっ
ソレの左手の部分が落ちた。
かなり腐敗が進んでいるようだ。
「お前はここには存在してはならないもの。お前がここに存在した証と共に消滅せよ」
草薙さんはトンと畳を蹴った。
ふわりと舞い上がった草薙さんは静かに光の剣を一閃した。
ソレは音1つ立てずに消滅した。
「あの女の人は本当にあの醜悪なモノを亡くなったご主人だと思っていたのかなぁ ?
」
「本心では違うと思っていたと思うわ。でもご主人だと思い込もうとしてたのよ。それが、まやかしであったとしても」
私と草薙さんは私の家に向かって歩いていた。
「あの人にはアレがご主人に見えていたって事 ? 」
「そうね。それがアイツが見せた幻なのか。それともあの人自身が作りだした幻なのか。アレはあの人自身が作りあげたものだから」
私はビックリして立ち止まった。
「あの人にそんな能力があるの ? 」
「能力と言うか精神力ね。多分、とんでもない規模の精神力よ。それをあの得体の知れない何かに利用された。アレは元々大した力は持っていなかった。でも、あの人の力を利用してこの現世に実体を肉体を持とうとした」
草薙さんは無表情だった。
「その精神力と言うか力って ? 」
「亡くなったご主人にもう1度会いたい、って言う歪んだ愛情よ」
草薙さんの表情は少し憤っているように見えた。
私は話題を変える事にした。
「あの人の処置って、あれで良かったのかなぁ」
私達はあの女の人から今回の件の記憶を取り除いた。
アイツがいた証も草薙さんがアイツを消滅させた時に消滅させている。
「それしか方法は無かったわ。あんな 記憶は持ち続けていてはいけない」
私は疑問に思っていた事を口に出した。
「草薙さんは歪んだ愛情って言ったけど」
「ええ」
「それって純粋な愛情とも言えない ? 」
草薙さんは私に向き直った。
「亡くなった人にもう1度会いたい、って言う事が純粋な愛情なの ? 無意味だわ」
「・・・無意味って事は無いと思う」
草薙さんはちょっと申し訳なさそうな顔になった。
「・・ごめんなさい。ちょっとキツイ言い方をしてしまったわね」
「そんな、草薙さんが謝らなくても良いよぉ」
私の声は涙声になっていた。
「アタシには恋愛感情って言うものが良く判らない。だから、あの人が亡くなった人にどれだけの愛情を注いでいたのかは正直言って判らない。そんなアタシが言ってはいけない事だったわね」
「だから、草薙さんは悪くないよぉ」
涙声で震えている私を草薙さんは優しく抱きしめてくれた。
「ありがとう。貴女の優しさがアタシの中にも流れ込んでくる」
「草薙さぁん」
私の中にも草薙さんのいたわりと強さが流れ込んで来る。
今夜は月は出ていなかった。
第11章 終わり
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