第21話 還り人



ひたひたひた



あの人の足音が聴こえる。



ひたひたひたひた



わたしの愛するあの人の足音が。



ひたひたひたひたひた



今日もあの人は来てくれる。



ひたひたひたひたひたひた



あの人はわたしを愛してくれているから。



ひたひたひたひたひたひたひた



わたし達は愛しあっているのだから。



ガラッ



引き戸が開く。


あの人が立っている。


とても素敵な笑顔を浮かべて。



「待ったかい ? 」


あの人の声だ。

とても優しい笑みを浮かべている。

この人さえいてくれたら、わたしは何もいらない。


「はい。でも、待っている時間もわたしには幸せです」


「嬉しい事を言ってくれるね。君は」


彼はわたしを抱きしめる。

そして、わたしの唇に自分の唇を重ねる。

わたしはその感触に恍惚となる。


「今日も用意してくれているのかい ? 」


彼は唇を離して、そっと囁く。


「もちろんですわ」


わたしは布団の横に置いてあった甕の蓋をとる。



中には沢山の血の中に猫や犬の頭や手足が浮かんでいる。



わたしは柄杓で血をすくうと杯に移す。


「どうぞ」


「うむ」


彼は杯の血をくびぐびと飲み干す。


「物足りんな」


わたしは大皿に猫の頭を乗せて差し出す。


ガツガツガツ


彼は両手で猫の頭を持つとむしゃぶりついた。


わたしは、そんな彼を嬉しそうに見つめる。


「物足りない」


「まだ犬の頭もありますわ」


彼はわたしを抱き寄せ血まみれの唇で甘い接吻をする。


「そうではない」


「え ? 」


彼はわたしの襟元からわたしの胸に手を伸ばす。


「・・あっ」


わたしは胸を刺激され思わず声を漏らす。


「そうではないのだ」


「と仰いますと ? 」


彼は、ぺっと猫の骨を吐き出した。


「猫や犬は食い飽きた。そうだな」


彼はわたしへの刺激を強くした。


「人間だ。それも柔らかい生きた子供を喰ってみたい」


「・・・それは、いくらなんでも」


わたしは躊躇する。

彼はまた、わたしに接吻する。


「・・君は僕を愛していないんだね」


彼が淋しそうな顔をする。


「愛しています。私達は愛しあっているじゃありませんか」


わたしは必死になって訴える。


「ありがとう。君ならそう言ってくれると思っていたよ」


彼はわたしのうなじを舌でなぞる。


「僕は君が用意してくれるものが無ければ、もう来られない。判っているよね ? 僕たちは愛しあっているんだから」


「はい。愛しています、愛しています。あなたを」



彼が身体を重ねてくる。



わたしは幸福感に酔いしれていた。

 




つづく

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