第19話 針
彼女の目に針が刺さっていく
ギャアアアアアア
あー、そりゃ痛いのは判るけどさぁ
ちょっと声、大きすぎない
それじゃ、もう1つの目
イタイイタイイタイイタイイタイ
だから、痛いのは判ってるって
少しは、我慢ってものを知らないの
それじゃあ、次は
あたしは自分の悲鳴で目を覚ました。
パジャマが汗でぐっしょりと濡れている。
最近は毎夜のようにこんな夢をみる。
あれは、あたしなの ?
自分が針を刺されたのか、それとも刺しているのか。
それすらも判らない。
どうして ?
どうして、あたしはこんな夢を見せられなきゃいけないの ?
あたしはベッドの中で泣き続けた。
その日の学校の昼休み。
あたしはぼんやりと中庭を歩いていた。
あの夢のせいであまり食欲もない。
中庭には10人くらいの行列が出来ていた。
なんなの ?
あたしは最後尾の1年生に声をかけた。
「これは何の行列なの ? 」
振り返ったその子はネクタイの色であたしが3年生だと判ったようだ。
「あの、草薙さんに相談したい事があって」
その子はいきなり上級生に声をかけられて、ちょっとオドオドしてる。
「草薙さんって、草薙ターニャさん ? 」
「は、はい。その草薙さんです」
草薙ターニャならあたしも知っている。
この学校で彼女を知らない人はいないだろう。
もっとも面識は無いけれど。
「えっと、その草薙さんに相談するって何なの ? 」
「草薙さんは色々な相談事を聞いてくれるんです。特に」
そこで、その子は言葉を噤んだ。
「特に何 ? 」
「えっと、その霊とか超常現象とか」
霊 ?
超常現象 ?
あたしはちょっと興味が出て来た。
「その草薙さんがお昼休みに中庭で相談所でも開いてるの ? 」
「あ、いえ。草薙さんはいつもお昼休みには同じ場所にいらっしゃるので。その、私達は上級生の教室には行きにくいので」
その子が話している時に列の最前部で大きな声がした。
「はーい。次の方どうぞ。後2人まで、でーす」
その声を聞いて「ええっ」とか「あーあ」とか言う声が行列から漏れる。
「あー、もう少し早く来るべきだったぁ」
あたしと話してた子もガックリと肩を落とす。
「仕方ないんじゃない ? お昼休みの時間も限られてるんだから」
「・・そうですよね。ありがうございました」
そう言って、その子は同じ1年生の子達の方へ駆けて行った。
何でお礼を言われたのかは意味不明だが。
あたしは行列が崩れる中を最前部の方へ行ってみた。
「はい。とりあえずはそれでやってみてね」
大きな目をくりくりとさせた子が相談をしたらしい子を励ますように言っている。
その隣に座っている子。
あれが草薙ターニャか。
あたしが近づいて行くと草薙さんが顔を上げた。
光の加減か、その目が紅く染まったように感じられた。
「あのぉ、すみません。今日はもう終わりなんですけど」
大きな目をくりくりさせた子が申し訳なさそうに言う。
「良いわ」
草薙さんは真っ直ぐにあたしを見ている。
あたしはたじろいだ。
「あ、あたしは別に相談なんて」
「本当にそうですか ? 」
草薙さんの視線はあたしを捉えて離さない。
「何かお困りの事があるのでは無いですか ? 」
その目は何もかもお見通し、と言う感じだった。
「ちょっと草薙さん。私達まだお弁当の途中だよ」
「あら、あんなにガツガツと食べてたじゃない。狸さん」
「だから、狸って言うな!」
あたしはそっとその場を離れようとした。
「待って下さい」
草薙さんの声が凛と響いた。
「本当に現状のままで良いんですか ? 」
あたしは足を止めた。
「アタシが解決できるかどうかは判りません。でも、お話だけでも聞かせて頂けませんか」
そう言って彼女は笑顔をみせた。
「ふーん。そんな夢は私もみたくないなぁ」
狸さんと呼ばれた子がため息をつく。
確かに狸に似ているかも知れないけど、とても可愛らしい子だ。
それに比べて、この草薙さんって子は。
確かに美しい。
しかし、その美しさは愛らしい部類では無く美術品のような冷たい美しさだ。
例えるなら、世界で1番美しい日本刀だろうか。
「全く心当たりは無いんですか ? 」
「えぇ。あたしにはさっぱり」
うーん、と草薙さんは考えてから胸元からネックレスを取り出した。
「これに手を触れてみて下さい」
そう言ってネックレスに付いている金色に輝く金属片を差し出した。
「これに ? 」
「はい。ご安心を。先輩に危害を与えるものではありません」
あたしは、そっとそれに触れてみた。
特に何も起こらない。
「先輩の家は武家のご家系ですね」
いきなり目を閉じた草薙さんが喋りだした。
「え ? ええ」
「先輩の家には古い土蔵がある」
あたしはビックリした。
その通りだからだ。
「その中には決して手を触れてはいけない箱がある」
え ?
あたしはそんなもの知らない。
「やはり秘密にされていたんですね」
草薙さんは目を開けた。
「その土蔵に入る事は可能ですか ? 」
「いえ。錠がかけられていて」
あたしは土蔵の中に入った事は無い。
「アタシ達がその土蔵に入っても構いませんか ? 」
「ええ!」
あたしはビックリした。
あの土蔵には近寄るな、と子供の頃から言われていた。
「・・無理だと思います。錠がかけられていますから」
「そんな錠なんて草薙さんにかかればイチコロよ」
あたしは慌てて言った。
「困ります!土蔵の錠を壊したら家族からなんて言われるか」
「貴女は黙ってなさい!」
草薙さんは狸さんにピシャリと言った。
「アタシ達なら錠を壊さずに中へ入れます。それでもダメですか ? 」
「・・・でも」
草薙さんは身を乗り出した。
「原因を突き止めないとその夢はずっと続きますよ。それでも良いんですか ? 」
「本当に錠は壊さないんですね ? 」
あたしは念を押した。
「はい。土蔵の中に誰かが入った、とも思われません」
草薙さんの目は確信に満ちている。
「判りました。宜しくお願い致します」
あたしは頭を下げた。
正直に言って、もうあの夢には耐えられないからだ。
これ以上は、あたしの心が持たないだろう。
「頭をお上げ下さい。先輩」
草薙さんは緩やかに微笑んでいる。
「これはアタシ達の為でもあるんですから」
「えっ!私も」
狸さんが素っ頓狂な声を出した。
「それで、その土蔵なんですけど」
草薙さんは狸さんを無視して尋ねて来た。
「敷地外から入る事は可能でしょうか ? 」
「そうねぇ。裏庭にあるから塀を乗り越えられれば」
あたしには、まだ心配事があった。
「その、土蔵の中に入るのを家族に見られる訳には」
「承知しています。明日の土曜日は家族全員でお出かけなんですよね ? 」
あたしはビックリした。
「どうして、その事を」
「失礼だとは思いましたが、少し先輩の心を覗かせて頂きました」
草薙さんはネックレスを片手で持ってニッコリと笑った。
「ご心配なく。それ以上の事は覗いておりません」
やれやれ、この子には敵わないな。
あたしは思わず苦笑をうかべた。
「それでは、明日の午後に先輩の家の裏庭にお邪魔します」
「はい。宜しく」
そう言って立ち上がろうとした、あたしに草薙さんは言った。
「あ、先輩。これを」
草薙さんは、あたしにネイルボトルを手渡した。
「これは ? 」
「アタシがブレンドした薬草水です。睡眠と魔除けの効果がありますから今夜は夢を見ないと思います」
あたしは草薙さんの心遣いが嬉しかった。
この子は外見は冷たく見えるけど、内面はとても暖かいんだなと思った。
「ありがとう。貴女と話せて本当に良かった」
「アタシも先輩のご期待に添えられるように頑張ります」
あたし達は笑い合いながら別れた。
狸さんは「私も頑張ります」と言って手を振ってくれた。
あたしも手を振りながら、あの夢を見始めてから1番の晴れやかな気持ちになれた。
次の日の土曜日の午後。
私と草薙さんは昨日話した先輩の家に来ていた。
車庫には軽の小型車しか無い。
インターホンを押しても応答なし。
これは誰もこの家には居ない、と考えて良いだろう。
「しかし、大きな家だねぇ」
私は感嘆の声を出した。
「かなり由緒ある武家の家系みたいね。変だわ」
草薙さんが呟く。
「変って、何が ? 」
「何でも無い。行くわよ」
そう言って草薙さんは裏手に回る。
私も後に続く。
そして、裏庭であろう塀の前に来た。
「高さは5尺くらいね。飛び越えるわよ」
「え ? ちょっと待ってよ」
「どうしたの ? 」
草薙さんが不思議そうな顔で言う。
「いや、飛び越えるってムリだから」
草薙さんは「はぁ ? 」と言う顔で私を見る。
「このくらいの高さ、飛び越えられなくてどーすんのよ」
「いや、フツーの女子高生にはムリだから」
草薙さんは大げさなため息をつく。
「貴女、長老さまに頂いた貴重なものをちゃんと成長させてるの ? 」
「やってるわよ。ちゃんとブラの中に入れてるし」
「そんな肉塊の間に挟んでるだけじゃダメよ。生命力と精神力と同調させなきゃ」
に、肉塊!
穢れ無き乙女の胸を何だと思ってんのよ!
「とにかくアタシは先に行って土蔵を調べるから。貴女はよじ登って来なさい。狸さん」
草薙さんは地面を軽く蹴った。
ふわり
草薙さんは宙を舞って塀の向こう側に消えた。
「だから、身体能力も霊的能力も違い過ぎるんだって!」
私の声は虚しく響くだけだった。
「はぁはぁ」
私が塀を何とかよじ登ると草薙さんが仁王立ちで立っていた。
「ホントによじ登って来たのね。ご苦労様」
「う、うるさい。はぁはぁ」
草薙さんは塀の近くに来て地面を蹴った。
そして塀の上にいる私を抱き抱えて塀の向こう側の地面に着地した。
「最初からこうしてくれれば良かったじゃ無い」
「とにかく呼吸を整えて。これからが本番なんだから」
何とか呼吸を整えた私は草薙さんと一緒に土蔵の壁の前に立った。
「この辺りの壁が良さそうね。アタシと手を繋いで」
「うん」
私は草薙さんと手を繋いだ。
「貴女は目を閉じていた方が良いわ。行くわよ」
草薙さんは胸元からお母さんの形見を取り出して握りしめた。
「草薙の剣。彼岸をくぐり抜けてアタシ達を通せ」
ぐにゃり
眩暈のようなものを感じて私の平衡感覚が失われた。
倒れそうになった私を草薙さんが支えてくれた。
「大丈夫 ? 」
「うん、平気。ちょっと眩暈を感じたけどもう大丈夫」
「そう。目を開けて良いわよ」
草薙さんがそう言うのと同時に、むわっとした濃密な空気を感じた。
カビ臭い変な空気だった。
「ここは何処なの ? 」
「あの土蔵の中よ」
「ええっ!」
「質問は後。今はやるべき事をやらなきゃ」
草薙さんはお母さんの形見を持って辺りを調べ始めた。
私も蔵の中を見回した。
古い鎧や刀や槍が沢山あった。
「あった。これだわ」
草薙さんの声が上の方からした。
よく見ると階段がある。
草薙さんはその階段を上がった所にいるらしい。
「何があったの ? 」
「決して手を触れてはいけない箱よ」
「それがあったんだ」
階段を上がろうとした私に草薙さんの鋭い声がした。
「貴女は来ちゃダメ!とても強い邪気を感じる。アタシは草薙の剣の結界で守られてるけど、貴女には耐えられないと思う。そこで長老さまに貰ったネックレスを使って自分の身の安全だけを考えて」
カタリ
草薙さんが箱を開ける音がする。
中のものを調べているのだろう。
「なるほどね」
「何が入ってたの ? 」
「古文書よ。ここの家系ではタブーとなっている」
草薙さんが説明してくれる。
「この家は由緒正しい武家の家系だった。でも、7代目の当主がとんでもないミスをしてしまったの。それこそお家断絶になりかねない程のね。でもこの家系はこの藩にとって優秀な人材を排出してたからその当主の切腹だけでお家断絶は逃れられた。その代わりにとんでもない役目をやらされる事になった」
「とんでもない役目 ? 」
「拷問をする役目よ」
私は絶句した。
「その拷問には主に針が使用されていた」
「・・・針!」
「その針の使用は目に突き刺したり、歯茎に突き刺したり・・キャッ」
草薙さんの悲鳴がした。
「邪気が増してる。成仏させる!」
草薙さんの叫び声が聴こえた。
「草薙の剣。この家に恨みを持つ魂を成仏させよ!」
ゴォォォォォ
上では嵐のような音がしている。
それと同時に沢山の人の声が聴こえたような気もした。
数分後。
土蔵の中は嘘のように静かになった。
「あの先輩は拷問に苦しめられたり殺された人の恨みの標的にされたの ? 」
「そう言う事ね」
私と草薙さんは草薙さんのマンションに向かって歩いていた。
「じゃあ、先輩はもう悪夢を見る事も無いのね」
「ええ。そうなると思うわ」
草薙さんは何か考え込んでいる。
「でも、ヒドイ話よねぇ。あの先輩には何の罪もないのに」
「あの家系に生まれた、って言う事が罪とも言えるけど」
「そんなの先輩の意思じゃないじゃない!絶対おかしい!」
私は憤慨していた。
「そうね、不条理ね。でも不条理な事なんていくらでもあるわ」
「どう言う事 ? 」
草薙さんは私の方を見た。
「拷問された人達の事は考えてみた ? 主君の命令で任務に付いて捕まった。酷い拷問を受けて死にたくても死なせて貰えず拷問を受け続ける。肉体的にも精神的にも死んだ方がマシなのに死なせて貰えない。発狂したくても、それも許されない」
「・・・・・・・・」
「あ、ごめんなさい。貴女を責めてるワケじゃ無いのよ」
私は首をブンブンと振って頷いた。
わかってる。
私にだってわかってるよ。そんな事。
「現代でも不条理な事は起こってる。いえ、現代社会の方が酷いかも」
ポツポツポツ
「あ、雨」
次第に雨は激しくなってくる。
草薙さんの頬を濡らしているのは雨だけじゃない。
そんな事を私は考えていた。
第9章 終わり
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