第18話 天叢雲剣 弐
「うわぁ!スゴイお風呂!」
引き戸を開けた私は感嘆の声を出してしまった。
このお風呂場は全て木材で造られている。
草薙さん曰く「このお風呂場は1500年くらい前に造られた」らしい。
「久しぶりに入ってみたけど、やっぱり総檜のお風呂ってスゴイわね」
草薙さんも感慨深げだ。
あれから私達は長老さまに付いて行ってこの「草薙院」と言う建物に着いた。
これまで見てきた神社内の建物とは明らかに違う威厳のようなものが感じられた。
この「草薙院」は1900年くらい前に最初の建物が造られたんだって。
1900年前 ?
ダメだ。
私の感覚では付いて行けない。
「前の大戦の名古屋大空襲で熱田神宮も焼失してしまったの。でも、ここは強力な結界で焼失しなかったのよ」
草薙さんが説明してくれたけど私には「何の事やら」だ。
私達が草薙院に入って行くと草薙さんは「お願いします」と言って長老さまにお母さんの形見を渡した。
長老さまはうやうやしく、それを受け取って建物の奥の方に入って行った。
すると、さっきのバイトの巫女さんとは明らかに違う巫女さんが「どうぞお風呂に入られて旅の疲れをお取り下さい」と仰られたので私達はお風呂に入る事になったのだ。
「わあ、良いお湯。身体の疲れが芯から取れるみたい」
無邪気に喜ぶ私に浴槽の向かい側にいる草薙さんが声をかけた。
「その草の束の匂いを嗅いでみなさい」
確かに浴槽には紐で束ねてある沢山の草の束が浮いている。
私は近くにある草の束を手に取って匂いを嗅いでみる。
「これって、薬草 ? 」
「そうよ。何の薬草か判る ? 」
草薙さんは私を試そうとしてるんだ。
私はクンクンと匂いを嗅いだ。
「えーっと。疲労回復と・・・細胞の活性化かな ? 」
草薙さんがパチパチと手を叩いた。
「当たり。貴女もかなり判ってきたようね」
「えへへ」
私は褒められて嬉しかった。
ザバリ
草薙さんが浴槽から出て「うーん」と両手を伸ばした。
もちろん一糸まとわぬ姿で。
私はただ「美しい」と思った。
その身体はとても伸びやかでしなやかだった。
無駄な肉は付いておらず、かと言って痩せぎすでも無い。
白磁のような肌に弾かれるような水滴がキラキラと輝いている。
小柄で華奢なのに、その身体はバネのような弾力性を感じさせる。
この身体は、どれだけのポテンシャルを秘めているのだろう。
人間と言う生物の機能美を集約した芸術品のようだ。
「ねえ」
草薙さんが声を発したが私は草薙さんに見とれてしまっていた。
「ちょっと!聞いてるの ? 」
草薙さんが大きな声を出した。
「え!な、何 ? 」
私はようやく現実に引き戻された。
「何、ボーッとしてんのよ。湯あたりでもしたの ? 」
草薙さんが少し心配そうに聞いてくる。
「大丈夫、大丈夫。何 ? 」
「貴女の胸ってどのくらいのサイズなの ? 」
へ ?
予想もしなかった質問に私は面食らってしまった。
えーと、ここは何て言うべきなのかなぁ。
草薙さんは自分が貧乳なのを自虐ネタにしてるけど。
でも、それをコンプレックスにはしていない。と思う。
私は正直に答える事にした。
「えーっと。83のCカップだけど」
「ふーん。それって標準サイズなの ? 」
草薙さんは興味があるのか無いのか判らない口調で聞いてくる。
「うーん、私達の年齢では標準じゃないかなぁ。何で急にそんな事聞いてくるの ? 」
「貴女の胸って、とても形が良くて柔らかそうだなと思って」
「な!」
何 ? 何 ?
この展開 ?
私は思わず両手で胸を隠してしまった。
「ちょっと!何でいきなりそういう事言うのよ!恥ずかしいじゃない!」
「あら。貴女だってアタシの裸をガン見してたくせに」
うぅ。
やはり気づかれていたか。
「だって草薙さんの身体、とってもキレイだったんだもん!誰だって見とれるわよ」
草薙さんは柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとう。アタシはね。母さんもこんなキレイな胸だったのかなぁ、って思ったの」
そうだ。
草薙さんは3歳の時にお母さんを亡くしているのだ。
態度には出さないけど、やっぱり淋しくなる事もあるんだ。
「草薙さんのお母さんと私を比べたらお母さんに失礼だよぉ」
私は努めて明るく言った。
「あら。貴女だってかなりイケてるわよ」
「ホントに ? 」
私は食い付いてしまった。
「ええ。目も大きくて可愛らしいし。例えるなら」
「例えるなら ? 」
「・・・狸かしら」
た、たぬきぃ ?
草薙さんはクスクス笑ってる。
この、ドS女め。
「何だと、このぉ!」
私は草薙さんの近くまで行くと桶でお湯を頭からぶっかけた。
「きゃあ」
草薙さんはわざとらしい悲鳴をあげる。
「狸って何よ!狸って!」
「狸は可愛いわよ。狸さん」
「許さん!天誅!」
「きゃあ。やめてやめて」
ガラッ
私達がはしゃいでいると、いきなり引き戸が開いた。
案内をしてくれた巫女さんがいる。
少し血相が変わっているように見えた。
「ご入浴中のところ、失礼いたします」
「何か、あったのですか ? 」
異変を感じた草薙さんが尋ねた。
「はい。この建物の1部から出火しました」
「・・・そんな、ここは火之迦具土神の結界で守られているのに。あっ、長老さまは
? 」
「既に建物の外へ。お2人もお急ぎ下さい」
「判りました。行くわよ!狸さん!」
「だから、狸って言うな!」
私は急いで身体を拭きながら言い返した。
パチパチパチッ
私と草薙さんが外に出ると煙が立ち込め木材が焼ける音がした。
「長老さま!」
草薙さんは大勢の人の中に長老さまを見つけて駆け寄った。
「どうされたのですか ? 」
「すみませぬ、ターニャ様。わしのミスですじゃ」
長老さまは深々と頭を下げた。
「お母様の形見をより強力にしようと思いましてな。少し無理をしてしまいました」
「止めて下さい!長老さま」
草薙さんは声を張り上げた。
「人間なら誰にだってミスはあります。それより今はこの火を何とかしないと」
そう言いながら草薙さんはハッとしたように長老さまに尋ねた。
「長老さま!母さんの形見は ? 」
「これに。まさか、ターニャ様 ? 」
草薙さんは頷いた。
「はい。天叢雲剣の力を使います」
「アメノムラクモノツルギ ? 」
私の問いに草薙さんが答えた。
「草薙の剣の別名よ」
「しかし、ターニャ様は天叢雲剣の力を使った事はありますまい」
草薙さんは長老さまに笑みを浮かべて言った。
「大丈夫だと思います。長老さまのお力と何より」
草薙さんは私を振り返った。
「狸さん。いえ、弟橘もいますから」
だから、狸はもう良いっての!
長老さまはしばし考えていた。
「判り申した。この草薙院を灰にする訳には参りませんからな」
そして、長老さまは私を見た。
「そなたは今は弟橘の事は考えずとも良い。ターニャ様を助ける事だけ考えて下され」
そう言って私に頭を下げた。
「は、はい!頑張ります!」
そう答えた私に長老さまは笑って目を細めた。
「それでは、ターニャ様」
「はい」
草薙さんは長老さまからお母さんの形見を受け取った。
そして、お母さんの形見を握りしめた右手を天に差し出した。
「天叢雲の剣。この火を滅せよ!」
草薙さんがそう叫ぶと右手が激しく発光した。
それは今までとは違う色の光りだった。
そして上空に真っ黒な雲が現れ、周囲は土砂降りの雨になった。
ザアアアアアァ
それは雨と言うより瀧のようだった。
草薙院の炎は、瞬く間に消え去った。
その時、私は感じた。
私なんかとは比べ物にならない程の力を。
それは長老さまの力だった。
長老さまは90歳くらいなのに、これだけの力を持っているんだ。
やっぱり長老さまってスゴイ。
私は少しでも長老さまの力に近づきたい、と思った。
「あー、楽しいお泊まり旅行だったなぁ」
帰りの新幹線で私は満足気に言った。
「そうね。貴女を連れていって良かったわ」
草薙さんは私の胸元を見ながら言った。
そこには草薙さんのお母さんの形見とそっくりの小さな銅鏡がついたネックレスがあった。
長老さまが私にプレゼントしてくれたのだ。
「それがあれば貴女は弟橘に覚醒しなくても力を使えるものね」
「そうよね。これでバッチリ草薙さんを助けてあげられるわよ」
得意げに話す私に釘を刺すように草薙さんは言った。
「何、偉そうに言ってるの。それを貴女に同調させるのは大変なんだから。ぼやっとしてたら、そのネックレスが貴女に愛想をつかすわよ」
「え ? そうなの ? 」
「貴女には、これまで以上の修行をして貰うからね」
草薙さんはこれで私をビビらせたつもりだろうけど、私だって負けて無いんだから。
「フン!望むところよ!」
草薙さんはビックリしたように私を見た。
「どうしたの ? やけに前向きだけど」
「・・・だって」
私は少し下を向いたけどすぐに顔を上げた。
「長老さまの力を感じちゃったんだもん。今の私じゃ足元にも及ばないけど少しでも長老さまの力に近づきたい」
「純粋に人としての力だけを比べたら長老さまはアタシより数段上よ。でも、そうやって高見を目指すのは良い事だわ」
草薙さんは満足そうに言った。
草薙さんのお母さんの形見も長老さまによってリフレッシュ出来たし、最初の失敗を考慮して長老さまは細心の注意を払ってパワーアップにも成功したみたい。
「それで、今度の旅行で貴女の1番の収穫は ? 」
「そうねぇ」
私は考え込んだ。
「ひつまぶしは美味しかったし味噌カツも美味しかった。後、手羽先も」
草薙さんは呆れたように言った。
「何よ。食べ物ばかりじゃない」
「あったり前でしょ!旅行に行ったらその地方の美味しいものを食べる。そんなの常識じゃない!」
草薙さんは露骨にやれやれという態度をとった。
「貴女はお気楽で良いわね。狸さん」
「だから、狸って言うな!」
私の声は新幹線がトンネルに入った音でかき消された。
第8章 終わり
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