第17話 天叢雲剣



「うわぁ。スゴク大きくて立派な神社!」


私は思わず大きな声を出してしまった。


「それに緑も一杯!ステキな場所ね!」


「当たり前でしょ。草薙の剣が安置されてるんだから」


草薙さんの冷静なツッコミが入る。


「それと」


あ、草薙さんの目がドSになった。


「神社の中では、あまり大きな声を出さないようにね」


「はい、はい」


「はい、は1回」


この神社に来てから草薙さんのS度合いが強くなったみたい。




私と草薙さんは愛知県の熱田神宮に来ていた。

草薙さんのお母さんの形見を元気にしてもらうらしい。

あ、私も詳しい事はよく判らないから説明になってなくてごめんなさーい。


草薙さんが熱田神宮に行く、と言うので私も同行する事になったのだ。

草薙さん曰く「貴女も来た方が良い」と言う事なので。

もちろん私は喜んで承諾した。

草薙さんと2人きりのお泊り旅行。

楽しみだなぁ。



鳥居をくぐってしばらく行くと総合受付があった。

草薙さんは歩み寄る。


「すみません」


受付の窓口には若い巫女さんがいた。


「はい、何でしょうか」


「私は草薙ターニャと申します。宮司の方にお取次ぎをお願いしたいのですが」


巫女さんは少し困惑した表情になった。


「あの、アポイントメントはお取りになっていますか ? 」


「いえ。でもこれを」


そう言って草薙さんは胸元からお母さんの形見を取り出した。


「私の名前と、これをご覧になって頂けたら判ります」


「はあ」


巫女さんはお母さんの形見に触れた。


バチッ


「きゃっ」


巫女さんの指が静電気に触れたように弾かれた。


「ああ、すみません。不用意に触れない方が良いと思います」


草薙さんはニッコリと笑った。


巫女さんは怯えたような感じでお母さんの形見を白い布で包むと「少々お待ちを」と言い残し、建物の奥の方へ入って行った。


「まぁ、バイトの巫女さんじゃ仕方ないわね」


草薙さんはニヤリと笑った。

ドSの本領発揮だ。


「ターニャ様は何処におられるぅ!」


しばらくすると建物の奥の方から大きな声が聞こえて来た。

老人の声みたいだけど、いやに威勢が良い。


ドドドドドッ


まるで地響きをたてるような勢いで白髪の老人が現れた。

白い口髭と顎鬚を伸ばし、よく見る神社の神主さんのような着物を着ている。


「まぁ、長老さま。お久しぶりです」


草薙さんはさっきまでの態度とはガラリと変わり殊勝に頭を下げた。


「そのような水臭い事を。さぁ、そのお顔を良く見せて下され」


「はい。長老さま」


草薙さんは少しはにかんだように顔を上げた。

私はその変わり身の速さに「さすがは草薙さん。猫かぶりも完璧だ」と感心してしまっていた。


「おお、美しくなられた。顔立ちも母上に似てまいりましたな」


「そんな、美しいだなんて。お恥ずかしいです」


そう言ってポッと頬を染める草薙さん。

スゴイ。スゴイよ、草薙さん。

そこまで猫かぶれる人を、あたしゃ知らないよ。


「ん ? そちらのお方は ? 」


そのおじいさんは私の方を見た。

え ?

私の事 ?


「私の大切な友人です。この子には何度も助けられました。弟橘媛なのですが本人に自覚はありませんし、覚醒もしておりません。長老さまはどう思われますか ? 」


「ふぅむ」


そのおじいさんは真剣な顔つきで私を見てる。


「あ、あの」


私は思わず声を出してしまった。


「草薙さんは私の事をオトタチバナって言いますけど私には誰なのか、さっぱり判りません。食人鬼との闘いの時には不思議な力を使えたみたいですけど、どうして使えたのか私にも判らないんです。ただ」


「ただ ? 」


おじいさんは真剣な顔つきのままで聞いてくる。


「私は草薙さんを助けたいんです。草薙さんを支えたいんです。草薙さんを絶対に1人ぼっちにはさせません!」


最後は叫ぶようになってしまった。


「はっはっはっはっは」


おじいさんは豪快な笑い声を上げた。


「そなたは素直な良い娘だ。確かに力は持っているのう」


「ちょっと!そんな大声で言ったら恥ずかしいでしょ!」


あ、草薙さんが照れてる。

やったね。

それに、このおじいさんもとても優しい目をしてる。


「しかし、長老さま」


草薙さんが真面目な顔つきになった。


「私はこの子を弟橘媛に覚醒させてしまって良いのか ? と考えてしまうのです」


「ふぅむ」


おじいさんは顎鬚をさすりながら思案顔になった。


「それが、この子の為に良いのかどうか」


草薙さんは顔を伏せてしまった。


「まぁ、弟橘媛ですからなぁ」


えっ、何 ?

オトタチバナってなんかヤバイ人なの ?

私は不安になってしまった。


「これ、そんなに怖がらなくて良い」


おじいさんは私に優しく言ってくれた。


「ターニャ様。その件はまた後にしましょう。長旅でお疲れでしょうから、少し休んで下され」


「はい。ありがとうございます、長老さま」


そう言って草薙さんは歩き出したおじいさんに続くように歩き出した。


「あ、ちょっと待ってよ」


私は慌てて草薙さんの後に続いた。


「ねぇ草薙さん。あの、おじいさんって」


「失礼でしょ。長老さま、って言いなさい」


草薙さんは神社の境内を懐かしそうに見ながら言った。


「はぁい。あの長老さまがこの神社の神主さんなの ? 」


「失礼な事を言わないで。ええと貴女に判りやすく説明するとなると」


草薙さんは歩きながら考え込んでしまった。

何 ?

あの、おじいさんってそんなに偉い人なの ?


「徳望衆に秀で人格見識共に勝れ多年奉仕神社の県営に神徳の発揚に力をいたし老齢に達する迄神社界の先覚として終治一貫斬道の為に貢献し功績抜群なる者に対して」


「ストーップ、ストップ」


「何よ ? 」


「全然、判りやすくなーい」


「あら ? アタシは判りやすく言ってるつもりだけど ? 」


草薙さんはニヤリと笑う。

このドSの変態女め。


「ゴメン、ゴメン」


さすがに私の怒りが伝わったのか草薙さんがなだめるように謝って来る。


「フン!」


私はソッポを向いてやった。

私だって怒る時は怒るんだから!


「だからゴメンって言ってるでしょ」


そう言って草薙さんは私に抱き着いて来た。


あ、この女。最終兵器を出して来た。

少し汗をかいているので、いつもより濃密な彼女の香りと体温。

ダメだ。私はこの最終兵器には手も足も出ない。


「つまり、長老さまはとーっても偉いお方なの」


そう言うと草薙さんはヒラリと身体を離した。


「おーい。ターニャ様ぁ」


かなり距離が離れてしまった長老さまが呼んでいる。


「いけない。行くわよ」


そう言って草薙さんは小走りで長老さまの方へ向かった。

私も仕方なく彼女に続いて小走りになった。



長老さまは本殿の脇を抜け木立の中の砂利道を進んでいる。


「この辺りは人が全く居ないのね」


私はキョロキョロと辺りを見回した。


「さっきの立て札に書いてあったでしょ」


草薙さんは勝手知ったる道のように歩いている。


「立て札 ? なんて書いてあったの ? 」


「関係者以外の立ち入り厳禁」


「えぇっ!」


私はビックリしてしまった。


「私達、入って来ちゃって良いの ? 」


「あら」


草薙さんは微笑んだ。


「アタシ達は立派な関係者よ」






つづく



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