第16話 何かが何かを引きずって行く 弐



「それじゃ相談された事を放おっておくの ? 鬼〇郎さんは」


私は草薙さんを煽るように言ってみた。

彼女の反応が見たかったからだ。


「そんなワケ無いでしょ」


草薙さんは普通に返して来た。

チェッ。

やっぱり草薙さんは草薙さんだ。


「この1週間、毎晩午前2時に母さんの形見で検知してるわ」


「えっ!そうなの ? 」


「そうよ」


草薙さんは事もなげに言う。

だけど毎晩、午前2時に起きてるなんて。

それも1週間ずっと。


「そんな事して大丈夫なの ? 睡眠不足とか」


「ちゃんと薬草水を飲んでるし。何より」


草薙さんのドSの目が光る。


「貴女とは鍛え方が違うのよ」


草薙さんは勝ち誇ったように言い放つ。

うう。

この超ドS女め。


「それで、検知してどうだったの ? 」


私は何も無かったように切り返した。


「うーん。確かに得体の知れない何かは居るみたいだけど。特に害をなすものでは無いみたい」


「そうなんだ。それは、そのままにしておいて良いの ? 」


「貴女ねぇ。得体の知れない何かが全部悪いものだと思ってない ? 」


私は、ハッとした。

確かにそう言われてみれば。


「でも、この間の食人鬼は」


「あれは特別よ。例外中の例外」


草薙さんは、ふうっとため息をついた。


「アタシはこれまでに得体の知れない何かをたくさん見てきた。その大半は人に害をなすものでは無いわ」


草薙さんは少し悲し気な顔になった。


「勿論、人に害をなすものもいるわ。でも、その原因が私達。この現世に生きる人間である事が多いのよ」


そう言いながら、草薙さんは深いため息をついた。

草薙さんは私には想像も出来ない程の色々な体験をしてるんだ。

この小柄で華奢な身体と精神は私が思っている以上にダメージを受けているのかも知れない。

私は少しでも彼女に寄り添い、そのダメージを減らしてあげたかった。


「それで、どうするの ? 」


「うーん。害をなすものでは無いとしても、それが何かは確認しないとね」


「そんな事、出来るの ? 」


「うん。母さんの形見で、どの辺りに居るのかは判るから。直接アタシの目で確認してみる」


私は身を乗り出した。


「それは、いつやるつもりなの ? 」


「今夜くらいかな。今夜で最後になるかも知れないし」


私は意気込んで言った。


「じゃあ、私も行く!良いでしょ ? 」


草薙さんは、再びため息をついた。


「そう言うと思った。でも夜中の2時よ ? どうやって家を出るの ? ご両親が反対するのなら絶対にダメよ」


「判ってるわよ。ウチの親には言わない。その時間なら2人ともグッスリだし。家を抜け出すくらい簡単よ」


草薙さんは、やれやれと両手を挙げた。

でも、嬉しそうだった。

ホントに草薙さんは素直じゃないなぁ。


「じゃあ今夜、私の家に迎えに来てよ。もし親に見つかっても草薙さんがいれば説得できるし」


「ちょっと。それだとアタシが悪者みたいなんですけど」


「何で ? 」


「貴女を悪の道に誘う悪い女みたいじゃない」


「あははっ」


私は寝転がって笑ってしまった。

草薙さんは憤慨してる。


「笑い事じゃ無いでしょ!」


「だってぇ。草薙さんが悪い女なんて。ぷっ。あははははっ」


私は大声で笑ってしまった。

ウチの親が草薙さんを、そんな風に思うワケないのに。

あー、おかしい。笑いが止まらないよぉ。


「ちょっと。人が見てるでしょ」


草薙さんが焦っている。

草薙さんってクールな顔をしてるけど、意外と世間体みたいなのを気にしてる。

あぁ。ホントに草薙さんってカワイイ!



「それじゃあ今夜の午前2時に貴女の家に行くけど。ホントに大丈夫なの ? 」


私の笑いが収まった頃に草薙さんが確認をして来た。


「うん。それで良いわよ。何か準備はいる ? 」


私は笑い疲れてちょっと喉が痛い。


「危険はないとは思うけど。でも油断はしないでね」


草薙さんはマジメな顔つきになった。


「了解。私だってもう場数を踏んでるんだから。いざとなったら、オトタチバナとやらになって」


ペチン


草薙さんが私にデコピンをした。


「いったーい!何するのよ!」


「それはこっちのセリフ。貴女は完全に弟橘に覚醒してるワケじゃないんだから」


草薙さんは語気を荒げた。


「困った時には弟橘が何とかしてくれる、なんて安易に考えないで」


「はーい。判りましたぁ」


「全く。これだから中途半端に力のある人は」


草薙さんは、まだブツブツ言ってる。


「気を付けまーす。じゃあ今夜待ってるね」


草薙さんは、まだ何か言いたそうに3回目のため息をついた。





午前1時50分。


私は家の前で草薙さんを待っていた。

思った通りウチの親は熟睡していて簡単に抜け出す事が出来た。

まぁ、これも日頃の私の行いが良いからよね。


「あっ、草薙さーん」


私は走って来る草薙さんを発見して手を振った。

例の如く、草薙さんはボストンバックを持っている。

私の前まで来た草薙さんは、いきなり私の頭をゴツンした。


「いったーい」


草薙さんはすかさず私の口をふさいだ。


「貴女、バカなの ? 大きな声だしてどーすんのよ」


草薙さんはヒソヒソ声で言った。


「ごめんなさーい。草薙さんを見たら嬉しくなっちゃって」


私もヒソヒソ声で答えた。


「まったく。行くわよ」


あ、草薙さん少し照れてる。

やっぱり草薙さんはカワイイなぁ。


「場所は判ってるの ? 」


「ええ。今夜は中央公園みたい」


中央公園は市役所の近くにある。

この辺りでは1番大きい公園だ。


「そんな所に何を引きずって行くのかしら ? 」


「行けば判るわ。行くわよ」


私達は中央公園へ向かった。




午前2時20分。


私達は中央公園に着いた。

草薙さんは広場の方へ向かった。

そして、公共トイレの陰に身を潜めた。


「あれ!何かが何体か居るわよ」


「お地蔵さま、みたいね」


「お地蔵さまぁ ? 」


私は素っ頓狂な声を出してしまった。


「シッ」


でも、もう遅かった。


「そこに居るのは誰だぁ」


私の頭の中に大きな声が響いた。


「草薙さん!」


「仕方ないわ。話をしましょう」


草薙さんは胸元からお母さんの形見を出すとトイレの陰から出た。

そして、広場の中央に歩き出した。

私も仕方なく後に続いた。


近づくにつれ、そこにいる何かが見えて来た。

7体のお地蔵さまだ。


「草薙さん、あれって ? 」


「首なし地蔵さまね。母さんの形見に通訳して貰わないと」


私達は首なし地蔵さまの近くまで歩いて行った。


「なんだ。お主か」


また、頭の中に声が響いた。


「申し訳ありません。覗き見をしてしまって」


草薙さんがお地蔵さまと喋ってる!

ええと、これは草薙さんのお母さんの形見が通訳してるのよね ?


「見てしまったものは仕方ない。まぁ、お主なら良いだろう」


「何をされていたのですか、この7日くらい」


草薙さん、お地蔵さまと普通に話してるよ!

マジ ?


「後片付けじゃよ」


「後片付け ? 」


「あぁ、お主が派手にやらかしただろう」


え ? それってこの間の食人鬼との闘いの事 ?


「はい。あの場合は、ああするしか無くて」


「別にお主を攻めておる訳では無い。良く闘ったのう」


「恐れ入ります」


草薙さんはペコリと頭を下げた。


「だがな。あれだけの数の異形を滅したのだ。何らかの影響が出るとは思わなかったのか ? 」


「あ!」


「ちょっと!何、その言い方。草薙さんが悪いみたいじゃ無い!」


私は思わず声を出してしまった。


「黙ってなさい!弟橘」


「良い良い」


首なし地蔵さまは笑っているようだった。


「わしらもこの娘には感謝しておる。だがな」


首なし地蔵さまは念を押すように言った。


「この世には理と言うものがある」


「コトワリ ? 」


「左様。大きな力を使って何かをすれば、この世の理が乱れこの世とは隣り合わせになっておるあの世にも影響を与える」


「あの、具体的にはどのような ? 」


草薙さんが尋ねた。


「この街に得体の知れない何かが急激に増えたのう」


「え ? でも母さんの形見には何も」


草薙さんが驚いている。


「そのお方もかなり力を使われたようだからのう」


「・・・・・」


「何、お主が気に病む事は無い。得体の知れないものと言っても害をなすものでは無いからの」


「・・・しかし」


「良いのだ。わしらが掃除をしたからの。ただ、人に見られる訳にはいかんからな」


そりゃ、そうよね。

お地蔵さまが動いてるなんて。

そんなの誰かが見たら大騒ぎになっちゃうよ。


「私はこれからどうしたら・・・」


「今まで通りで良い。後始末は誰かがやる。お主はお主の出来る事をすれば良い」


「・・アタシはアタシの出来る事」


草薙さんは両手を握りしめた。


「もう話は止めた方が良い。そのお方も疲れているようだ」


草薙さんは、ハッとお母さんの形見を見た。


首なし地蔵さま達の姿は消えた。

公園の広場は何事もなかったように静まり返っていた。





「まさか、首なし地蔵さまだったなんてねぇ」


私と草薙さんは帰りの夜道を歩いていた。

草薙さんは、ずっと黙り込んでいた。


「草薙さん ? 」


私はちょっと心配になって草薙さんの顔を覗き込んだ。

草薙さんは顔を上げて夜空を眺めた。

今夜も月が出ている。


「そうよね。アタシはアタシの出来る事をする」


それは自分に言い聞かせているようだった。


「そうよ。私だって頑張るから」


草薙さんは私を見て微笑んだ。


「ええ。頼りにしてるわよ、弟橘」


「だーかーら。オトタチバナって誰か教えてよ!」


「ちゃんと古事記を読みなさい」


「ちぇっ、草薙さんのドS」


「何ですって!」


私達はいつものように喋りながら夜道を歩いた。


月の光がこの現世を優しく照らしていた。





第7章 終わり


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