第14話 弟橘媛 参



「・・・許さない」


私の目の前に切断された草薙さんの左手が転がっている。


「・・草薙さんを・・草薙さんに」


私の視界が白くなっていく。


「草薙さんにヒドイ事をするなんて!」


私の視界が真っ白になった。

私の意識が何処かへ飛んで行った。




「・・ここは何処 ? 」


私は真っ白な空間に居た。

上下左右の感覚が無い。

何も無い白い空間を漂っているようだった。


「・・・さん。・・・さん」


不意に私を呼ぶ声が頭の中に響いて来た。

女の人の声だ。

初めて聴く声なのに、何故か懐かしいような聴き馴れた声のように思えた。


私の目の前に光りの塊が現れた。

それは徐々に女の人の姿になっていった。


「やっと会えましたね。弟橘媛」


オトタチバナヒメ ?


初めて聞く名前だ。

私の事を言っているの ?


「いつも、あの子を助けてくれてありがとう」


あの子って ?

草薙さんの事 ?


そうだ!

草薙さんが!


「草薙さんが!草薙さんが死んじゃう!」


私の目から涙が溢れた。

私は泣きじゃくりながら叫んだ。


「草薙さんが死んじゃうよぉ!」


「落ち着いて。弟橘媛」


光りに包まれた女の人がすっと私の目の前に来た。

この香り。

草薙さんとそっくりだ。


女の人は私の首に銅鏡をかけた。

草薙さんのお母さんの形見より大きい。


「これとあなたの力で、あの子を助けてあげて」


「私の力って ? あなたは誰なんですか ? 」


その女の人は消えようとしていた。


「待って下さい!あなたは」


「これからも娘をよろしくお願いします」


その言葉を最後に、女の人は消え去った。






「あれ ? 」


私は意識を取り戻した。

視覚も戻ってきた。

私は・・・宙に浮いていた。

光りに包まれて。


「え ? え ? 」


混乱する私は首にかけられている銅鏡を確認した。

そして、何かを持っている事も。

それは草薙さんの左手だった。


「草薙さん!」


私の記憶が甦って来た。

草薙さんは食人鬼と闘っていた。

そして食人鬼から私を守ろうとして左手を切断されたのだ。


私は慌てて下を見回した。

居た。

草薙さんは左肩を右手で押さえながら、唖然とした顔で宙に浮いている私を見てる。

その近くには食人鬼が。

しかし、何故か食人鬼は静止している。

身体が小刻みに震えているから動きたくても動けないようだ。


「草薙さぁん!」


私の身体は吸い寄せられるように草薙さんの目の前へ降りて行った。

草薙さんは唖然とした顔のままで何か呟いている。


「・・・まさかとは思ってたけど。本当に弟橘だったなんて」


「草薙さん!しっかりして!」


草薙さんはビクッと反応した。

同時に私にかけられている銅鏡が光り始めた。

私が持っていた草薙さんの左手がゆっくりと宙を舞い草薙さんの左肩に接続した。

草薙さんはグルグルと左手を回した。

良かった。

草薙さんは元通りだ。


「弟橘。その八咫鏡は誰から ? 」


「ヤタノカガミ ? 」


「何でも良いわ。今はアイツを倒さなきゃ」


草薙さんは動けなくなっている食人鬼を見つめた。


「どうしてアイツは動けないの ? 」


「貴女が動けなくしてるのよ。自覚ないの ? 」


「へ ? 私が ? 」


草薙さんは呆れたように私を見てる。

ドSの目だ。

良かった。

いつもの草薙さんだ。


「弟橘。手を繋いで」


「うん!」


私達は手を繋いだ。

草薙さんの体温が感じられる。


「草薙の剣。八咫鏡の力を持ってアイツとその種族を現世から滅せよ!」


草薙さんは右手を高く上げて叫んだ。


ブワッ


草薙さんの右手は、これまでとは比べ物にならないくらい激しく発光した。

そして、そこから生まれた光の剣は凄まじい程の力を発散している。


動けなくなっている食人鬼が何か呟いた。


「・・人間が・・人間如きが・・それ程の力を・・」


「ハアッ」


草薙さんは私の手を放して軽くジャンプした。


「消えろ!」


そう言って光の剣で食人鬼を一刀両断した。

食人鬼は黒い霧になって霧散した。


「やったぁ!」


私は飛び上がって草薙さんへ歩み寄った。


「やったね!草薙さん!」


しかし、草薙さんは険しい顔で私を見ている。


「八咫鏡も弟橘の力もあと、僅かね」


「へ ? 」


私を包んでいた光りは消滅しつつあった。

首にかけられていた銅鏡も消えつつある。


「やるだけやってみる!手を繋いで弟橘」


私達は再び手を繋いだ。


「草薙の剣。八咫鏡の力を持ってここにいる者達を蘇生せよ!」


草薙さんの右手が発光して辺り一面を照らした。

さっきの光の剣ほどの激しさでは無かったけど、私達の周りに光りが射した。

すると。

食人鬼に倒された警察や国家なんとかの人達がうめき声をあげ始めた。

中には起き上がって自分が貫かれた胸を触って確認してる人もいた。

皆「信じられない」と言う顔をしている。


「良かった。間に合ったみたい。弟橘 ? 」


私は気絶していた。


「無理をさせてしまったわね。ゴメンね」


草薙さんは私を抱きしめてくれた。

私の頬に草薙さんの涙が落ちた。





「お疲れ様でした。奇跡的に死者はいません。重体者は病院へ搬送しました」


数時間後。

気絶した私を抱きしめている草薙さんの所へ国家なんとかの人が走り寄って来た。


「そちらの方は!」


「大丈夫。気絶しているだけです」


「それなら病院へ」


「いえ。これは現代医学でどうにかなるものではありません。それより、本当に亡くなられた方はいないのですね ? 」


「はい。これも貴女方のお力なのですね。皆を代表して御礼申し上げます」


国家なんとかの人は深々と頭を下げた。


「礼には及びません。私達は私達の出来る事をしただけです。それより今夜の事は ? 」


「勿論、最重要機密として取り扱います。決して外部には漏らしません。しかし」


「何か ? 」


「あの食人鬼が1人だけとは思えません。仲間もいると思われます」


「あぁ。それなら大丈夫だと思います。アイツの仲間達はもうこの現世にはいないと思いますから」


「何故、そのように言えるのですか ? 」


「アイツを滅する時にアイツの仲間達も滅しましたから。それだけの手応えがありました」


国家なんとかの人は、しばらく考え込んでいた。


「判りました。私どもには理解出来ない事ですが。しかし、もし同じ事件が発生しましたらご協力をお願い出来ますでしょうか ? 」


草薙さんは小声でボソッと言った。


「もう、アタシ達には関与しないで欲しいんだけど」


「は ? 」


「何でもありません。私達は帰らせて頂きます。この子には無理をさせてしまいましたから」


そう言って草薙さんはヒョイッと私を抱き抱えた。


「あの。車を用意しますが ? 」


「大丈夫です。貴方方もお疲れ様でした」


そう言って草薙さんはスタスタと歩き出した。

国家なんとかの人は呆気に取られていたがすぐに敬礼した。


「ご協力。本当にありがうございました!」


その人は私達の姿が見えなくなるまでずっと直立不動で敬礼していた。





草薙さんは私を抱き抱えながら自分のマンションに向かっていた。

いつの間にか雲は晴れて月の光が夜道を照らしていた。

私の両親には草薙さんが連絡をしてくれていた。

草薙さんは「勉強中に急に倒れたので私のマンションで手当てをします。健康面には問題ありません。私に任せて頂けませんか ? 」と言うような事を言ったらしい。

両親は心配していたがそれ以上に草薙さんを全面的に信頼しているので、承諾してくれたみたい。

草薙さんはウチの両親と何回か会っているけど、草薙さんの高校生とは思えない落ち着いた言動と立ち居振る舞いに感激して、草薙さんの大ファンになってしまった。

まぁ、草薙さんと実際に会った人は皆そうなるよね。


草薙さんは自分よりも大きい私を抱き抱えながら平気で歩いていた。

時々、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。


「あの人達を助ける為とは言え、この子には無理をさせてしまったわ」


草薙さんは独り言のように呟いている。


「それにしてもこの子が本当に弟橘だったなんて」


草薙さんは考え込んでいる。


「それに八咫鏡は誰から貰ったのかしら ? 」


「・・・草薙さん」


私は意識を取り戻した。


「気が付いたのね。弟橘」


「・・だから、そのオトタチバナって誰なのよ ? 」


草薙さんは苦笑した。


「後で説明してあげるわ。それに」


「それに ? 」


「貴女はまだ完全に弟橘に覚醒したワケじゃ無いものね」


「もう。全然わかんないよ」


そう言って頬を膨らませる私を見て草薙さんは優しく微笑んだ。


あ、草薙さんの笑顔だ。


それだけで私は幸せな気持ちになれる。


「私も歩く。重いでしょ ? 」


「ダメよ、弟橘。貴女はかなり消耗してるんだから」


「だーかーら。そのオトタチバナは止めてよ」


「ふふっ」


草薙さんと私はそんな会話をしながら歩いて行った。

月の光がこの現世を優しく照らしていた。






第6章 終わり



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る