第13話 弟橘媛 弐


「もう。なんで断ったの ? 名誉な事なのにぃ」


「アタシは堅苦しいのは好きじゃないの。それに」


「それに ? 」


私と草薙さんは、いつものように中庭でお弁当を食べていた。

本当なら今日は草薙さんは警察署で表彰を受けていた筈なのに。

それを草薙さんは断ったのだ。


北高での生徒救出は警察にも連絡された。

その経緯を話す時には私の友人が「階段に行ってみたらアイツが倒れていた」と草薙さんの事は伏せて証言した。

草薙さんに頼まれたからである。

しかし、草薙さん曰く「警察もバカじゃない」らしい。

救出劇の翌日には国家公安委員会と名乗る人達が草薙さんに接触して来た。

草薙さんは、お母さんの形見を使ってその人達が信頼できるのかどうか確かめた。

そして特に怪しいところは無い、と判断した草薙さんは救出した経緯を詳しく話した。

すると、その人達は草薙さんに協力を要請して来た。

何と、この市内で他にも原因不明の行方不明者が居ると言うのだ。


草薙さんは「しばらく考えさせて」と態度を保留した。

お父さんとも連絡を取ってたみたい。

それから条件付きで国家公安委員会の人達への協力を許諾した。

大まかに言えば行方不明者の捜索及び救出に際して、草薙さんの情報を一切漏らさない事。

現場には必ず私の同席を認める事。

これは私にとっては、とても嬉しい事だったんだけど。

そして、草薙さんと会う国家機関の人達は必ず草薙さんのチェックを受ける事。

こんなもんかなぁ ?

それから草薙さんは2週間くらいの間に、あの穴から3人の行方不明者を救出したのだった。




「今日の表彰はここの警察署長が独断で決めたのよ」


草薙さんはお弁当の卵焼きを食べながら言った。


「え ? あの国家なんとかの人達とかには知らせずに ? 」


「国家公安委員会よ」


草薙さんはドSの塊の目で私を見た。


「いい加減に憶えなさいよ」


「うっさいわねぇ。でもそれって草薙さんの情報が漏れてるって事じゃ無いの ? 」


草薙さんは「やっと気付いたのか」と言う目で私を見てる。

その目はドSを通り越した超ドSだ。

フンだ。私だって負けないんだから。


「それじゃ約束が違うじゃ無いのよ!あの国家なんとかの人達!」


「まぁ、国家公安委員会は警察の目付役みたいなものだから。ここの警察署長にも少しは情報が行ってるのかも知れないわ。その件に関しては国家公安委員会に確認したわ」


「それで ? 何だって ? 」


「アタシの個人情報は漏れてないって。そこのところはもっと厳格にして下さい、って言ったら盛んに謝罪されちゃったわ」


草薙さんはクスッと笑った。


「そうなんだぁ。でも草薙さんは何でそこまで自分の素性を秘密にするの ? 」


「おかしいと思わない ? 北高の子も含めてこの半月あまりで4人の人があの穴に落ちた、いえ落とされたのよ」


「落とされたって、それは・・ 」


「そう。何らかの意思を持って、あの穴を利用したものがいる、って事ね」


草薙さんの表情が硬くなった。


「えぇ!そんな事が出来る人がいるの!」


「・・人では無いわ。4人を救出した時にあの穴から人では無い残留思念のようなものを感じたから」


「ホントなの ? 」


「残念ながらね」


今度は草薙さんの目が険しくなった。


「最初の北高の時にはそんなに強く感じなかった。でも2人目、3人目とそれは強くなっていった。この前の4人目の時には、はっきりと感じた」


「それって、どんな感じのものなの ? 」


「ひどく禍々しくて邪気に満ちたもの。それに血の匂い。あんな思念は人では発生できるものでは無いわ」


「・・そう言われてみれば、私も何か寒気のような嫌な感じがした」


「あの穴は人間では無い何かが利用してるのよ。人を捕らえる目的でね」


「目的って、どんな ? 」


草薙さんは目を伏せた。


「・・血の匂いがした、って言ったでしょ」


「そんな!まさか!」


「あなたの考えてる事で合ってるわ。それも最悪の方。食事の時にする話じゃ無いわね」


草薙さんは座っている芝生を握って数本を引き抜いた。

あの草薙さんが珍しく感情を顕わにしている。


怒り。憎しみ。


そんな負の感情が草薙さんを支配している。

私は思わず草薙さんの手を握りしめた。


「ダメよ!草薙さん!」


「え ? 」


草薙さんは私を見つめた。


「草薙さんの気持ちは判るわ!私だって同じ気持ちよ。でも冷静さを無くしたらダメよ。集中力が落ちてしまう」


草薙さんはポカンとしていたが、優しく私の頭を撫でてくれた。


「アナタの言う通りね。それに」


草薙さんは私の手を握り返してきた。


「アナタの気持ちが伝わってくるわ。アタシの事を本当に心配してくれるアナタの気持ちが」


「そんなの当たり前じゃない!私はいつだって草薙さんの事を考えてるんだからね」


そんな私の瞳を草薙さんは見つめていた。

また、草薙さんの瞳が紅く光っているように感じられた。


「・・まさかとは思うけど。アナタって」


「え ? 私に何かあるの ? 」


しばらくして草薙さんは頭をぶんぶんと振った。


「何でも無い。あり得ないから」


「えー。ちゃんと聞かせてよぉ」


「コホン。そんな事よりも」


草薙さんは真っすぐに前を向いた。


「あの穴を利用している何かには明確な知性がある。そして、それは複数いると考えられる」


「どうして複数って言えるの ? 」


「それが単体なら半月で4人も捕らえる必要は無いわ。それだけの行方不明者が出たらさすがに「おかしい」って思われるでしょ ? 」


「まぁ、確かに」


「一昨日の夜にも行方不明者が出たのよ」


「え ? 私は聞いてないよ ? 」


「アタシが教えなかったの。だって、その人は行方不明者じゃなくて犠牲者だったから」


「・・それって」


「現場から微量の血液が採取された。DNA鑑定で犠牲者だと確認されたわ」


「そんな・・・」


草薙さんは両手を合わせた。

慌てて私も両手を合わせた。


「それで罠をかける事にしたのよ」


「罠 ? 」


「ええ。実は今日、警察署で表彰式は行われているのよ。救出に協力した民間人に対して」


「ええ ? その民間人って人は ? 」


「勿論、国家公安委員会の人よ。これは警察署長にも知らされていない」


「それが罠なのね ? 」


「そう。明日の新聞には名前付きで掲載されるわ。当然、偽名だけど」


「でも、引っかかるかしら ? 」


「さあ、どうかしら ? でも相手が食人鬼で、ある程度の知性があるのなら何らかのアクションは起こす筈よ」


「ちょっと!食人鬼って何よ!」


私は思わず立ち上がって大きな声を出してしまった。

食人鬼 ?

そんなのホラー映画とかゲームやアニメにしか出てこない化け物じゃないの ?


「あら、あなたなら判ってると思ってたんだけど」


草薙さんは「何を今さら」って言う目で見てる。

そりゃ、私だって食べられてるかも知れないとは思ったけど。

具体的に「食人鬼」なんて言われたら動揺するわよ。


「それって、グールって奴でしょ ? そんなのと草薙さんは闘わなきゃいけないの ? 」


「実際に戦うのは警察や国家公安委員会よ。でもね」


「でも何 ? 」


「相手が超常の生物なら警察の通常兵器じゃ倒せないかも知れない」


「そりゃそうよ!映画やアニメじゃ警察では倒せない。だから超能力を持ったキャラが、あ!」


私は「しまった」とばかりに口を両手で押さえる。

いるのだ。

私の目の前に超常の力を持つ人が。


「ふふっ」


草薙さんは笑っている。

屈託のない声で。


「心配してくれてありがとう。でも、アタシは必要とあらば闘うつもり」


「国家なんとかの人に強制されたの ? 」


「まさか。アタシは未成年の女の子なのよ。だから、アタシの方から無理を言って参加と言うか協力させて貰う事にしたの」


「なんで、そんな無茶を・・」


「これ以上の犠牲者を出さない為」


草薙さんはキッパリと言った。


「通常の武器が通用しない超常の敵には超常の力で対抗するしか無いから」


「でも!」


「犠牲者の人達にも家族や友人がいるのよ。アタシは母さんを亡くしてる。こんな思いは誰にもして欲しくは無い」


草薙さんの言葉は静かだったけど、絶対に譲れない決意に満ちていた。

私も覚悟を決めるしか無い。


「・・わかった。もう止めない。でも1つだけ約束して」


「何を ? 」


「私も一緒に闘うって事。私は、これだけは譲れないからね」


草薙さんはじっと私の瞳を見ていた。

そして微笑みながら言った。


「判った。アナタが一緒ならアタシの力が増幅されるのは事実だから」


「草薙さん!」


私は草薙さんに抱き着いた。

彼女の香りと体温を感じながら。


「ちょっと!人が見てるでしょ」


私はそんな草薙さんの言葉は意に介さずに、彼女の香りと体温を身体中に染み込ませていった。




数日後の昼休み。


例によって一緒にお弁当を食べている時に草薙さんがポツリと言った。


「悪い報せと言った方が良いのかしら ? 国家公安委員会から連絡が来たわ」


「ん ? 何て ? 」


「この前話した罠に、何者かが引っかかって来たみたい」


「・・食人鬼 ? 」


「それはまだ判らない。それに対して今夜行動に移すらしいわ」


「いよいよ、なのね。時間は何時なの ? 」


「午後11時。場所は新中町の外れ」


「ここから歩いて40分かぁ。学校が終わってからでも時間はあるわね」


「アタシのマンションで精神力と同調力を高めるわよ」


「了解。ウチの親には草薙さんのマンションで勉強会をする、って言っておくわ」


「ご両親は心配なさらないかしら ? 」


「とーんでもない」


私は緊張をほぐすように、少しおどけて言った。


「ウチの親は大喜びよ。いつも「草薙さんが仲良くしてくれるように気を付けるように」なんて言われてるんだから」


「何よ、ソレ ? 」


草薙さんの少し緊張していた顔がほどけた。

良かったぁ。

それから学校が終わってから草薙さんのマンションにお邪魔した。

特別ブレンドの薬草水を飲んだり座禅をしたり浴室で禊をしたりした。

何か私の中にも、「力」のようなものが芽生え始めてるみたい。

そして、午後10時に2人でマンションを出発した。




「アイツです」


国家なんとかの人が1人の男の人を指さした。

ここは新中町の外れ。

その男以外に人影は無い。

草薙さんはお母さんの形見の上に手をかざしている。

お母さんの形見がわずかに発光し始めた。


「どうですか ? 」


「はい。あの男の人からは人では無い何かを感じます」


草薙さんの答えに国家なんとかの人は頷いた。


「パターン3。行動を始めよ」


その人は警察専用のトランシーバーで作戦開始を伝えた。


草薙さんが人間では無い何か、と言った人は30代くらいの普通のサラリーマンのように見えるけど、その人の周りを数人の人が取り囲んだ。


「失礼ですが、職務質問をさせて頂きます」


取り囲んだ1人が警察手帳を見せた。


「ふっ」


その男は含み笑いをした。


「やはり、あの表彰された民間人は偽物か」


そう言って、ゆらりと身体を動かした。


「危ない!距離を取って!」


「うがっ!」


草薙さんの叫びと同時に警察手帳を見せた人の叫び声が聞こえた。


その人は身体を貫かれていた。

背中からは20cmくらいの銀色に光る爪が突き出していた。


ドウッ


倒れた人の上に男が乗り、美味そうに血を舐めていた。


「あぁ、久しぶりの人間の生き血だ」


「早く発砲の許可を出して!」


草薙さんの言葉に国家なんとかの人は我に返った。

無理もない。

初めて人間以外の知的生命体が人を殺すのを見たのだから。


「全員に発砲を許可する!目標物を行動不能にせよ!」


その命令に呼応するように更に数名の人が現れた。

そして、一斉に拳銃を発砲した。


パンッパンッ


乾いた音が響いた。

しかしその男、いや食人鬼は目視できない程のスピードで動き回り1人2人と発砲する人達の身体を鋭い爪で引き裂いた。

数発の銃弾は当たっているのに、その行動に変化は見られない。


「くそっ!」


「発砲を止めさせて!アタシが出る!」


「草薙さん!」


「アナタはここに居て。絶対に動いちゃダメよ」


そう言ってお母さんの形見を握りしめて草薙さんは駆け出した。


「草薙の剣。あのものを滅せよ!」


草薙さんの叫びと共に彼女の右手が発光して光の剣になった。


ガキィィン


食人鬼の爪と光の剣がぶつかった。


「そうか。お前か」


食人鬼は嬉しそうに言った。


「お前を喰ってみたかった」


「簡単に喰えるかしら ? お前が消滅する方が先よ!」


「しゃらくさい!」


草薙さんと食人鬼はもの凄いスピードで動き回った。

時々、金属音が響いていた。


ビシュ


草薙さんの光の剣が食人鬼の一部を切り裂いた。

食人鬼は「はぁはぁ」と荒い息を吐いていた。


「何故だ!何故、お前はその力をこんなにも長時間使える ? 」


草薙さんはそれには答えず光の剣を食人鬼の胸に突き刺した。


「やったか ? 」


そんな草薙さんの声も虚しく食人鬼は後方にジャンプした。


「そうか、判ったぞ。お前に力を補充してるヤツがいるな」


「チッ!」


草薙さんは距離を詰めたが、食人鬼は更に後方に移動して目を閉じている。

そして、その目を開けた。


「判った。お前だな!」


食人鬼は私を見ている。


「逃げて!」


草薙さんは叫んだ。

しかし、食人鬼は私に向かって走り出して来た。


「やらせない!」


草薙さんは私と食人鬼の中間地点に立ちふさがった。


「きゃあああ!」


草薙さんの悲鳴が響いた。


「草薙さん!」


ゴトン


叫ぶ私の前に何かが落ちて来た。


それは切断された草薙さんの左手だった。





つづく



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る