第12話 弟橘媛


ガツガツガツ


何者かが何かを喰っている。


バキンバキン


何者かが何かの骨を噛み砕いている。


「ジュル。へへへ、やっぱり人間はウメェなあ」


そいつは舌なめずりをした。

傍らには血まみれの腕時計や眼鏡が転がっている。


「ちゃんと後始末をしておけよ」


そいつに語りかけた男もいる。


こいつらは食人鬼だ。

英語圏ではグールとも呼ばれている。

元々はアラブ人の伝承に登場する怪物の一種であり、人間に化ける能力を持っている。

日本では小泉八雲の作品などに登場するが、それらの多くは死肉を喰らう。

それに対して、こいつらは生きている人間を好んで喰らう。


「へへへ、判ってるって」


声をかけられた食人鬼は骨髄を啜っている。


「お前は軽率だからな。それと悪い報せだ」


こいつの方は普通のサラリーマンの姿をしている。

その落ち着いた話しぶりから見て、食人鬼でも知性の差はありそうだ。


「なんだぁ ? 悪い報せってのは ? 」


「俺達が仕掛けた落とし穴から逃げ出す奴が出て来た」


「何だと ? 」


夢中で喰らっていた、そいつが振り返った。


「そんなバカな!」


「事実だ。最初は北高の生徒だった」


サラリーマンの姿をした男は苦々しげに言った。


「しかし、あの穴からは普通の人間じゃ出られない筈だぜ ? 」


「だから、だよ」


その口調が少し苛立ち始めた。


「何者かが逃げ出させたんだ。普通の人間には無い「力」を使ってな」


「ちっ!それで食事会が無くなったのか」


ペッと骨を吐き出しながら、そいつは呻いた。


「ああ。しかもその「力」を持った何者かは警察と連携している。それから3人も逃げられた」


「それじゃ俺達はどうすりゃ良いんだ ? しばらくは人間は喰えねえのか ? 」


尋ねられた男は腕組みを組んだ。


「そうだな。こんな狩りの仕方はリスクが高過ぎる。警察も色々と動き始めている。お前も今日は運が良かった、と思っておけよ」


「チッ!それじゃあどうするんだ。また眠りにつくのか ? 」


「それも選択肢の1つだな。しかし」


男の目がキラリと光った。


「なんだよ ? 何か考えでもあるのかよ ? 」


「いや。その「力」を持っている奴を喰ってみたい、と思わないか ? 」


そう言って舌なめずりをした。

その顔は人間の顔では無くなっていた。


「そりゃあ俺だって喰ってみたいさ。でも、他の連中が何て言うか」


「お前は何もするな。足手まといだ」


言われた、そいつは怒鳴った。


「なんだよ!足手まとい、ってのは!」


「俺に逆らうのか」


その声には凄みがあった。


「代わりに、お前を喰ってみるか」


「ま、待て!俺が悪かった!すまん」


そいつは血にまみれた手を必死に振った。

本気で怯えているようだ。


「これは俺1人でやる。他の連中にはしばらくは大人しくしていろ、と言え」


「わ、わかった。しかし」


「しかし ? 」


男の目が細くなった。


「い、いや何でもねぇ」


「俺が戻らなかったら、眠りに就く事も考えろ」


そう言い残すと男は夜の闇に消えて行った。





つづく



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