第11話 座敷童
「ねぇ、遊ぼうよ」
着物姿の男の子が私に話しかけて来た。
私は6歳だった。
お盆におばあちゃんの家に遊びに来ていた時の事だった。
両親と兄は祖母とお墓参りに行っていて私は1人で遊んでいた。
「何をして遊ぶの ? 」
「鬼ごっこ!」
「あたし、鬼ごっこは嫌い」
「どうして ? 」
「あたしは足が遅いもん」
私がそう言うと、男の子は「ふーん」と言ってしばらく考えていた。
「じゃあ、僕が足が速くなるようにしてあげるよ」
「ホント ? 」
「うん!」
私は喜んで男の子のいる庭に出ていった。
田舎なので庭はかなり広い。
そこで男の子は、手を速く振るとか足を高く上げるとか教えてくれた。
私はガッカリした。
足が速くなる魔法とかをかけてくれると思ったからだ。
「ねぇ、足が速くなる魔法とかはないの ? 」
しばらく男の子の言う通りに走った私は言った。
「これが魔法だよ」
「え ? 」
「君は走り方が良くなってるよ。もう少し頑張ればもっと良くなる」
「でも・・・」
夏だから私はかなりの汗をかいていた。
「あたしは運動が苦手だから、足なんて速くならないよ」
「君はそれで良いの ? 」
「え ? 」
私はドキッとした。
幼稚園では運動会は好きでは無かった。
皆が楽しそうにしているのを座り込んで黙って見ていた。
そんな自分も好きでは無かった。
「走り方はずっと良くなってるよ。始める前より速くなってるよ」
「ホントに ? 」
「うん!だから、もうちょっと頑張ろうよ」
男の子の笑顔は嘘をついているようには見えなかった。
「うん!もうちょっと頑張ってみる!」
男の子は嬉しそうに笑った。
それから私は一生懸命に走った。
男の子は一緒に走りながらアドバイスをしたり励ましたりしてくれた。
自分でも前より速くなっているのが実感できた。
私は汗だくだったけど、ちっとも嫌じゃ無かった。
汗を流すことは気持ちいい、と生まれて初めて思った。
「スゴイ!スゴイ!」
私が男の子を追い抜いた時、男の子は飛び上がって喜んだ。
私は素晴らしい爽快感を感じた。
「ありがとう!これが本当の魔法なんだね!」
私は、ハァハァと息を切らしながら言った。
「そうだよ。自分が頑張るのが魔法だよ」
不思議な事に、あれだけ一緒に走ったのに男の子は全く汗を流していなかった。
「これは、ご褒美」
そう言って男の子は1つのドングリをくれた。
「ドングリ ? 今は夏だよ ? 」
そう言う私に男の子は「えへへ」と笑った。
「のど乾いちゃったね。お台所におばあちゃんが切ってくれたスイカがあるから一緒に食べようよ」
私はおばあちゃんの家を見ながら言った。
返事は無かった。
「あれ ? 」
私は庭をキョロキョロと見回したが男の子はいなかった。
向日葵が揺れ、蝉の鳴き声が響いていた。
しばらくして、祖母や家族が帰ってきた。
私が男の子の話をすると、おばあちゃんが嬉しそうに言った。
「それは座敷童さまだね」
「ざしきわらし ? 」
「うん。おばあちゃんも子供の頃に会ったよ」
「ホント ? 」
「ドングリを貰ったかい ? 」
「うん!」
私は貰ったドングリを見せた。
おばあちゃんは笑いながら頭をなでてくれた。
「良かったねぇ。それを大切にするんだよ」
「うん!あたしの宝物にする!」
そう言って私も笑った。
それからの私は運動会が大好きになった。
「そう、やっぱりおばあちゃんの家は壊しちゃうのね」
電話は兄嫁さんからだった。
私は新卒の会社員として働いていた。
兄のお嫁さんは私の大学時代の友人で1人暮らしをしている私を心配して何かにつけて電話をして来てくれる。
「もう、かなり傷んでいるものね。お婆様も7年前に他界されていらっしゃるし」
「そうねぇ。仕方ないわね」
「あなたには色々な想い出のある家でしょ ? 解体工事が始まる前に行ってみたら ? 」
「うん。そうする」
それから長々と色んな話をして私はスマホを置いた。
「今度の休みに行ってみようかな」
そう呟きながら私は肌身離さず持っているお守り袋を見つめた。
中には、あのドングリが入っている。
私は辛い時や悲しい時には、いつもこのドングリに励まされて来た。
自分自身が頑張る事が魔法。
そう思って、受験でも志望校に入学できたし就職難と言われている時でも志望する職業に就けた。
私は次の休みの日に行く事を決めた。
休みの日は陽光が眩しくて風が少し強い日になった。
私は車で行くつもりだったけど電車で行く事にした。
お守り袋から、そのようなものを感じたからだ。
これは今までにも度々あった。
そして、その選択はいつも正しかった。
私は駅までの道を歩いていた。
陽射しが強かったので日焼け防止の為に帽子を被っていた。
ごうっ。
「きゃあ!」
急に強い風が吹いて帽子が飛ばされた。
帽子は少し高いところを飛んで行った。
「あーあ。あれはもう無理かなぁ」
私は帽子を追いかけ始めたけど追いつけそうには無かった。
すると、帽子は急に速度を緩めて落ち始めた。
「あれ ? 」
帽子が落ち始めたところを見たら2人組の女の子がいた。
高校生くらいだろうか。
そのうちの1人の子が空に向かって手を上げていた。
帽子は導かれるように、その子の手に収まった。
私がビックリしていると、その子は帽子を手に駆け寄って来た。
「どうぞ」
そう言って帽子を私に差し出した。
その子は白磁のように透き通った白い肌にコバルトブルーの瞳。
小柄で華奢でお人形さんのように愛らしかった。
「あ、ありがとう」
私はその子に見とれてしまっていたのでお礼を言うのがぎこちなくなってしまった。
「ごめんなさい。あなたがとてもキレイだから見とれちゃった。留学生の方 ? 」
「いえ。父がロシア人なのでハーフです。それより今、お時間はありますか ? 」
その子は真っ直ぐに私の目をみて聞いてきた。
「うーん、駅に行くつもりなんだけど。何か私に聞きたい事でもあるの ? 」
「はい。あなたが持っているあるもの、の事で」
私はドキッとした。
この子はお守り袋の事を、いえドングリの事を知っているのだろうか ?
それに帽子もこの子に吸い寄せられるようだった。
私の中に、この子ともっと話をしてみたいと言う欲求が湧き上がって来た。
「良いわよ。電車は1本遅らせても良いし。何より帽子のお礼をしなくちゃね」
私が笑って言うと、その子もゆっくりと微笑んだ。
「草薙さーん」
その子と一緒にいた友達が、私達のところへ駆け寄って来た。
「へー、座敷童って本当にいるんですね」
その子、草薙さんの友達はクレープを食べながら感心するように言った。
この子も大きな目をクルクルとさせる、とても可愛らしい子だ。
「こら、弟子!食べながら喋らない!お行儀が悪いでしょ」
「もう、草薙さんはうるさいなぁ。小姑みたい」
その子はクレープを飲み込むと私の方に身を乗り出して耳打ちした。
「草薙さんって、ドSなんですよ」
「何ですって!」
私は2人を見ながら思わず吹き出しそうになっていた。
駅の近くの喫茶店はこじんまりとしているけど店内には緑が溢れている。
少し判りづらい立地条件のせいか、いつもお客さんは多くない。
私達は窓際の席に座った。
大きな窓の外にも沢山の樹々が見える。
新緑が目にも鮮やかだ。
私は2人に「なんでも好きなものを頼んで」と言った。
草薙さんはアイスティを、友達の子はしばらくメニューと睨めっこしてからアイスティとクリームたっぷりのチョコバナナクレープ。私はアイスコーヒーにした。
私は6歳の時の事とそれからの事をありのままに話した。
私が座敷童の事を他人に話すのは初めてだった。
おばあちゃんから、あまり他人に話さない方が良いと言われていたからだ。
でも、この草薙さんなら大丈夫。
そのような妙な確信があった。
お守り袋の中のドングリも話をしたがっているように思えた。
「なるほど。それで判りました」
私の話を聞き終えた草薙さんは胸元からネックレスを取り出した。
「銅鏡 ? にしては小さいわね」
「アタシの母の形見なんです。これが反応していましたので」
「これと ? 」
私はお守り袋からドングリを取り出してテーブルの上に置いた。
すると同じくテーブルに置かれていた草薙さんの形見が光り始めた。
私のドングリもかたかたと動き始めた。
「・・なんかお喋りしてるみたい」
草薙さんの友達がポツリと言った。
「アナタも少しは判るようになって来たわね」
「・・あの ? 」
私は2人の言っている事がよく判らなかった。
「あ、ごめんなさい。お婆様の家が解体されたら座敷童はどうなるのか ? って言うご質問でしたね」
「ええ・・」
私は、それが心配だったのだ。
「ご心配には及びません。座敷童さまは、このドングリの中にいらっしゃいます」
「本当に ? 」
「はい。今も母さんの形見とお話をしています」
私は安堵した。
そうか。
座敷童はドングリの中にいて、ずっと私を見守っていてくれたんだ。
私と草薙さんは微笑みながらドングリと草薙さんの形見のお喋りを見ていた。
「ありがとう。あなたと会えて良かった」
「こちらこそ。ごちそうさまでした」
「また、会えるかしら ? 」
「会えますよ。母さんの形見と座敷童さまはすっかり仲良しになったみたいですから」
「ふふっ。それもそうね」
そして私は喫茶店の前で2人と別れた。
草薙さんの友達はずっと手を振ってくれていた。
私も手を振って応えた。
それから駅に向かって歩き出した。
座敷童さまはずっと私を見守ってくれる。
でも、私はそれに甘えない。
自分の人生は自分自身の手で切り開くのだ。
頬に当たる風が心地よく感じられた。
私は深呼吸をして新緑の香りを胸一杯に吸い込んだ。
第5章 終わり
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