第9話 ドッペルゲンガー 弐



「それから、お姉さんはどうなったの ? 」


草薙さんは1年生の女の子に尋ねた。


「お姉ちゃんは、いえ姉は体調が悪いと言って会社を休んでいます」


ここは学校の中庭の芝生の上。

私と草薙さんはお弁当を食べていた。

これは2人にとっては日課のようになっていた。

私は草薙さんと一緒にいられるから嬉しいんだけど。

あの北高での事件以来、私と草薙さんの親密度はより増したような気がする。

草薙さんも私と一緒にいる事が楽しいみたい。

これは私の思い込みかも知れないけど。

彼女の指導による私の修行も続いている。

今の私は1時間くらいの座禅なら苦も無くこなせるようになっていた。

エッヘン!

草薙さんも「あなたとの同調は日ごとに強くなってるみたい」って言ってくれてる。

もう私と草薙さんは親友だと思うんだけど。

この辺りの事は言わないようにしてる。拒絶されたら嫌だから。


私達がお弁当の見せあいっこをしてる時に1年生の女子が声をかけて来た。

その子のお姉さんが変なことに遭遇したらしい。

それで、その子の話を2人で聞く事にしたのだ。


「ふーむ」


草薙さんは考え込み始めた。


「本当に、その人はお姉さんとそっくりだったの ? 」


考え込んでいる草薙さんに代わって私が聞いた。


「はい。そっくりって言うか。鏡を見ているようだった、と言ってます」


「世の中には3人くらいは自分によく似ている人がいる、って聞いた事あるけど ? 」


「でも、服まで全く一緒なんて。あり得ると思いますか ? 」


「うーん」


今度は私が考え込んでしまった。


「お姉さんは本当に体調が悪いの ? 」


草薙さんがやっと口を開いた。


「はい。微熱が続いて寝ています。何か怯えているような」


「それは、ドッペルゲンガーかも知れないわね」


「ドッペルゲンガー ? 何それ ? 」


私は素っ頓狂な声を挙げてしまった。


「ドイツ語だけどね。直訳すると二重の歩くもの。もう1人の自分」


「もう1人の自分ってどういう事 ? 」


「言葉通りの意味よ。西洋では神話や伝説、迷信などでかなり有名だわ」


「お、お姉ちゃん。いえ、姉も寝てる時にうわ言でドッペルゲンガーって言ってます!」


1年生の子が興奮したように言った。


「ふーん、でもそれって伝説とか迷信みたいな話よね ? 」


呑気そうに言う私の言葉を草薙さんが否定した。


「そうでも無いわ。実際にドッペルゲンガーを見た、って言う証言もあるのよ。かなり有名な人達のね」


「え ? それ誰 ? 」


「アメリカ16代大統領リンカーン。帝政ロシアのエカテリーナ2世。日本だと芥川龍之介」


「えぇ ? 芥川龍之介って、あの芥川賞の人でしょ ? それにリンカーンって有名な演説をした人よね。えーっと、何だっけ ? 」


「人民の人民による人民のための政治」


草薙さんと1年生の子の声がハモった。

うぅ、言えなかったの私だけじゃないの!


「こんなの一般常識じゃない」


草薙さんは大げさに呆れたポーズをとった。

そうだ、草薙さんはSなのだ。いや、ドSかも知れない。


「あのぉ」


1年生の子は心配気に口を開いた。


「あぁ、ごめんなさい。それでこのドッペルゲンガーが厄介なのは」


「何か問題でもあるの ? 」


草薙さんは私の声を無視して言葉を続けた。


「もし本人がドッペルゲンガーを見てしまったら。その人は近いうちに必ず死ぬ、って言われてるの」


「うわぁぁん!」


1年生の子は両手を顔に当てて泣き出した。


「お姉ちゃんが・・あの優しいお姉ちゃんが死んじゃう!」


涙が両手から溢れてボタボタとこぼれ落ちた。


草薙さんはそっと立ち上がると、その子を優しく抱きしめた。


「可哀想に。誰にも言えずに悩んでたのね」


そう言って、胸元からお母さんの形見のネックレスを取り出してその子に握らせた。


「ゆっくりと深呼吸をして。そうそう。あなたの中に流れ込んで来るものを受け入れて」


少しずつ、その子の嗚咽が小さくなっていった。

こんな時だと言うのに私はその子が羨ましいと思ってしまった。

私の修行も、まだまだだ。


その子が落ち着きを取り戻してから草薙さんは言った。


「アタシはドッペルゲンガーなんてものは正直言ってよく判らない。でも、アタシはアタシの出来る事をやってみる」


「ホントですか!」


「ええ。それから」


草薙さんはバッグからペットボトルを取り出した。


「これをお姉さんに飲ませて。少しずつね」


「これは何ですか ? 」


「アタシがブレンドした薬草水。魔除けの効果もあるわ」


その子はもう泣き止んでいて、草薙さんからペットボトルを受け取った。


「辛いとは思うけど気をしっかり持ってね。絶対にお姉さんを死なせないと言う強い意思を持って。アタシ達はこの現世に生きている。この生命力はどんなものよりも強い力なのよ。あなたがお姉さんを守るのよ」


「はい!ありがとうございます!」


その子は吹っ切れたように何度も頭を下げて駆けて行った。





「で、実際にどうするの ? 」


私はその子が立ち去ってから草薙さんに聞いてみた。


「うーん。今回の事はアタシも初めてだから父さんに聞いてみる」


「え ? 草薙さんのお父さん!何処にいるか知ってるの ? 」


「さあ ? 何処にいるのかしらね。でも緊急時の連絡方法はあるから」


「あのぉ。草薙さんのお父さんって何をしてる人なの ? 日本には殆どいないんでしょ ? 」


「表向きは貿易商だけどね。色々な国の情報機関で何やらやってるみたい」


「何やらやってるて・・聞いた事はないの ? 」


「国家機密に関する事なんて家族にも言えるワケないでしょ」


「はあ」


私は詮索するのは止めた。

私のようなパンピーが聞いても訳が判らない事なんだろう。

私は話題を変える事にした。


「今日はブラに引っかからなかったみたいね」


「だって今はノーブラだもん」


「えぇっ!」


「この間の北高の事件でかなり力を使ったから。よりアタシに密着させて力を回復させなきゃ」


「ダメよ!そんなの!」


私の剣幕に草薙さんは少したじろんだ。


「草薙さんは今は貧乳かも知れないけどこれから成長するかも知れないでしょ!ちゃんと今の自分に合ったブラはしてなきゃダメよ!胸が大きくなった時のプロポーションに影響・・あっ」


私は慌てて口を押えた。

草薙さんがジロリと私を見ていた。


「悪かったわね。貧乳で」


「あ、えーと。今日も良い天気ねぇ」


「ふっ。己の発言の報いを受けるが良いわ!」


「きゃあ!止めて止めて」


私と草薙さんはしばし、じゃれ合っていたのだった。



しかし、昼休みが終わって校舎に帰る時に草薙さんはポツリと言った。


「本当にアタシが何とか出来ると良いんだけど」


草薙さんは少し不安そうだった。


「自信が無いの ? 」


「正直言うとね。ドッペルゲンガーなんて知識でしか知らないから」


「もう。草薙さんらしくないなぁ!」


私は草薙さんの背中を叩いた。


「キャッ!何すんのよ!」


「行動する前から心配してどうするの!とにかく行動あるのみよ!」


草薙さんは少しポカンとしていたが、クスッと笑った。


「あなたの言う通りだわ。父さんなら適切な助言をしてくれると思う。それにしても」


「それにしても ? 」


「さっきのセリフはアタシのセリフみたいだったわね」


「そりゃ当たり前でしょ。私は草薙さんの1番弟子なんだから」


「フン。そんなセリフは100年早いわ!」


「何だとぉ!このぉ!」


「キャア!怖い」


私はわざとらしく怯える草薙さんを追いかけ回すのだった。






つづく



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