第5話 落とし穴


「それでさぁ、イケると思ったんだよ。その場の雰囲気的に」


「ハハッ。お前らしいな」


僕は悪友と2人で日が暮れようとしている校舎の廊下を歩いていた。

校舎の中には僕らしかいない。

2人の足音だけが響いていた。


「で、いざキスしようと思ったら。ゴメン、帰るって。何だよ!そりゃ!」


「ハハハッ」


「お前なぁ。笑いごっちゃねえぞ!向こうから誘っておいて」


「自意識過剰」


「ちっ。他人事だと思って」


「だって、他人事だからな。仕方ない」


「お前って、そういうトコあるよな。クールって言うか」


僕らは他愛もない話をしながら歩いていた。

僕らは高校2年生。来年は受験だ。

進路とか将来の事も真剣に考えなければならない。


「お前さぁ。将来の事とか、どう思ってる ? 」


僕の突然の問いに、ヤツは面食らう訳でも無く両手を頭の後ろに組んだ。


「お前って、ホントに脈絡も無くいきなりそう言う話するよな」


「そうか ? 」


「そうだよ。俺はもう慣れたけどな」


こういう事はよく言われる。

僕自身には、そのような意識は無い。


「まぁ、今は来年の受験の事を考えるしか無いだろ」


ヤツは両手を組んだまま答えた。


「お前の志望校はどこなんだ ? 」


「俺か ? 俺に選択肢なんてねえよ。今の俺の偏差値で行ける所しか無い。お前と違ってな」


僕は考え込んでしまう。

自分の将来を考えたら、大学だって将来に繋がる大学に行かなければ。

でも、今の僕には自分の将来に対する明確なビジョンは無い。

自分が何をやりたいのか ? 自分は何になりたいのか ?

明確な答えは出てこない。


「おい。ちょっと急ごうぜ。もうすぐ校門が閉まっちまう」


「そうだな」


ヤツに促されて僕らは廊下を走り出した。


校舎の2階から1階に降りる階段を下っている時だった。


ぐにゃり


変な違和感を感じた。

僕は辺りを見回した。

何の変哲も無い見慣れた階段。

特に異常は感じられない。


「おい。今、何か感じなかったか ? 」


返事は無い。

さっきまで一緒に階段を下っていたのに。


「おい!」


僕は少し大きな声をだした。

やっぱり返事は無い。

僕は急いで階段を駆け上がった。

そこには誰もいなかった。

今度は階段を下りて1階の廊下に出た。

そこにも誰もいなかった。


「おーい!返事をしろ!」


やはり返事は無い。

僕の声は虚しく廊下に響くだけだった。



それ以来。

ヤツは姿を消して行方不明となった。




つづく





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