第2話 もう・・いいかい ? 弐


「それは、いつから始まったの ? 」


翌日の昼休み。

私は学校の中庭の芝生の上に座り、隣のクラスの女の子とお弁当を食べていた。

その子の肌は透き通るような白磁のようで、髪の色は薄茶色。

瞳の色は宝石のようなコバルトブルー。

お父さんはロシア人でお母さんは日本人のハーフ。

お母さんは彼女が3歳の時に亡くなったそうで、お父さんは何のお仕事をしているのかは知らないけど殆ど外国にいるみたいで彼女はマンションで1人暮らしをしている。

外見はお父さんの遺伝子を強く受け継いでいるようだけど、顔立ちは東洋系で整った顔立ちをしている。

小柄で華奢な身体つきも相まって、本当にお人形さんのように愛らしい。

同性の私でさえ見惚れてしまう。


彼女とは面識のない私がこんなに詳しく知っているのは、彼女が学校内では知らない人はいない程の有名人だからだ。

その可憐な外見に加えて、成績優秀でスポーツ万能。

本人はあまり目立ちたく無いようだが気取っている訳でも無く、喋りかけて来る人を拒むような事はしない。

かと言って自分から積極的に人と関わろうとするタイプでは無いようで、彼氏はおろか特に親しい友人もいないらしい。

そのような部分が彼女に神秘性をもたらしているようで、とにかく男女ともに人気が高い。

どちらかと言えば女子の方に人気があるらしく、下級生の女子の中にはファンクラブもあるらしい。

そして彼女は霊感が強い、とも言われている。

だから、彼女は学年を問わず色々な人から悩み事の相談を受けている。

しかし彼女は気まぐれと言うか自分が興味を持った事にしか深入りはしないらしい。

それでも短い言葉でもそのアドバイスは的確で、彼女に相談する人は後を絶たない。


私は昨夜のような事が最近では頻繁に起きるので恐ろしくて、友人には少し前から話をしてみるのだけど皆は「夢でも見てるんじゃないの ? 」と言ってまともに取り合ってくれない。

それはそうだろう。

私だって実際に自分が体験していなければ信じないと思う。

両親にも話していない。

信じては貰えないと思うし、変な病院に連れて行かれるのも嫌だ。

そんな中で、1人の友人が「彼女に相談してみたら」と言ってくれた。

2時間目が終わった後に隣のクラスに行って、初めて彼女を間近で見た。

窓際の席で外を眺めていた彼女は陽光を浴びて薄茶色の髪が美しく輝いていた。

私達の気配に気づいて振り向いた彼女の瞳が紅く光ったように感じた。

まじまじと私を見ていた彼女は、友人が何も言わないのに「詳しい話を聞かせて」と私に言った。


「どうしたの ? 気分でも悪いの ? 」


彼女の言葉にハッとして、私は我に返る。

目の前には私を覗き込むようにしている彼女の顔。

あぁ、本当に綺麗な子だなぁと思った私は頭を振った。

いけない。

そんな事を考えている場合じゃ無い。

今の私にはそんな時間は無い。

今夜もアイツはやって来るかも知れない。

そして、今夜こそ4回目を言われてしまうかも知れないのだ。


「ごめんね。ちょっとぼうっとしてて。最近は体調も良くなくて」


これは本当だ。

アイツの事を考えると夜もあまり眠れないし、食欲も無い。

夜になるのが怖くて仕方がない。

そんな私を見ていた彼女は持っていたお弁当袋の中から小さなペットボトルを取り出した。

ラベルが剥がしてあるから、彼女が持ってきた飲み物が入っているのだろう。

それを私に渡すと、彼女は私の心臓の上に手を置いた。


「ゆっくり飲んで」


私は躊躇なく蓋を外して口をつけた。

なんだろう ?

彼女の言葉に逆らおうとは思えなかった。

私は、ごくんと中の液体を一口飲んだ。

それはお茶のようだったけど、びっくりする程冷たく身体中に染み渡るように感じられた。

同時に私の心臓の上に置かれた彼女の手から暖かいものが感じられた。

その暖かさも身体中に広がっていって、私の心から恐怖や不安が薄らいでいった。


「少しは効いたみたいね」


彼女は安堵したように言った。

私は、ほうっとため息をついた。

この1週間くらいで、こんなに安らいだ気持ちになれたのは初めてだった。


「ありがとう。今のは何なの ? 」


「私が煎じた薬草にちょっと手を加えたもの。そんな事より、最初からちゃんと話して」


彼女に促されて、私はぽつりぽつりと話し始めた。


「1カ月くらい前だったかしら。夜中に目が覚めたの。そしたら小さな音が聞こえたの」


「どんな音 ? 」


「ギシッギシッって階段を昇ってくる音」


「うん。それで ? 」


「その時は寝ぼけてるのかと思って寝ちゃったの。そしたら3日くらい後に」


「また、同じ音が聞こえたのね ? 」


「そうなの。前に聞いた時よりも大きい音。確実に階段を昇って近づいて来るの」


私は思い出すと怖くなって身体が震え始めた。

そんな私を見ていた彼女は制服の胸元から何かを引っ張り出した。


「もう。また、ブラに引っかかっちゃった」


そうブツブツ言いながら彼女が取り出したのはネックレスだった。

それには500円玉くらいの大きさの金属が付いていた。

私には何の金属なのか判らなかったけど、表面はピカピカで鏡のようだった。

彼女は、それを自分の掌に乗せると私の方に差し出した。


「この上に手を置いて」


彼女に言われた私は自分の手を彼女の手に重ねた。

その手を彼女の手が優しく包み込む。


「ゆっくりと深呼吸をして。何か感じる ? 」


私が触れている金属片が熱を持ち始めたように感じられた。

それと同時に私の中に何かが流れ込んで来るようだった。

さっきの薬草水の時のような感じだけど、こっちの方がずっと強い力を感じた。


「うん。何かが私の中に流れ込んでくるみたい」


「それで良いわ。それを受け入れて。ゆっくりと呼吸をして」


私は彼女の言うように流れ込んで来るものに身を委ねた。

少しずつ、私の中から不安や恐怖が無くなっていった。


「大丈夫 ? 続きを話せる ? 」


「ええ。今はとても気持ちが安らいで安定してる」


そして、私は話の続きを始めた。

階段を昇って来る何かが私の部屋の隣まで来た事。

そいつが、もういいかい ? と言い始めた事。

私が必死の思いで、まぁだだよと言っている事。


「それは、ご両親では無いのね ? 」


「うん。親には確かめた。それに、あの声。あれは人の声じゃない」


「どうして、そう思うの ? 」


「あなたも聞いてみればわかるわ。頭の中に直接響いてくるような、心臓を鷲掴み

にされるような声だもの」


私は何とか話し終えた。

私の中に流れ込んで来る力が無かったら、とても話せなかったと思う。


「それは何時頃にやって来るの ? 」


「午前2時から2時半くらい」


「丑三つ時か・・」


そう言うと彼女はしばし考え込みはじめた。

握っている手からは変わらずに強い力のようなものが流れ込んで来る。


「それって不思議ね。とてもキレイなのに触れているとすごく安心する」


すっかり気分が落ち着いた私は考え込んでいる彼女に話しかけた。


「ん ? ああ、これ ? 死んだ母さんの形見なの」


そう言って手を放した彼女はネックレスを陽光にかざした。

それは鏡のようにキラキラと輝いていた。


「私が10歳の時に父さんから渡されたの。これが私を護ってくれるから大切に育てなさい、って」


「育てる ? 」


「そう。常に肌身につけて私の生命力と精神力に同調させなさい、って」


「・・ごめんなさい。ちょっとわからない。金属が成長するの ? 」


「謝らなくて良いわよ。普通の人には理解しづらいだろうし。私の母さんは熱田神宮の巫女さんだったらしいのよ」


「熱田神宮 ? 」


「愛知県の名古屋にある神社よ。母さんの家系は熱田神宮と深い関わりがあったらしいの」


「・・ええと。やっぱり良くわからない」


「あ、余計な事だったわね。まぁ、それから私はこれを肌身離さず持っている訳。今はブラの隙間に入れてるの。私の胸じゃ隙間なんて殆どないけど」


そう言って彼女は悪戯っぽく笑った。


「そんな事ないよぉ」


怖がっている私を気遣ってくれてるのが嬉しくて、私も笑った。


「さてと」


彼女は真面目な顔になって立ち上がった。


「私の率直な意見を言わせて貰うと、あなたは危険な状態にいると思う」


「・・やっぱりそうなのね。私はどうすればいいの ? 」


「あなたのご両親はいつも家にいらっしゃるの ? 」


「ううん。共働きだから2人とも夜にならないと帰って来ない」


「それなら丁度いいわ。学校が終わったらご両親が帰ってくる前にあなたの部屋に行くわ」


「来てくれるの!」


「ええ。今のあなたを放ってはおけない」


私はとても嬉しかったけど、不安でもあった。


「あなたが来てくれたら心強いけど。でも大丈夫なの ? アイツを。あの得体の知れない何かをなんとか出来るの ? 」


「母さんが、いえ私が護る」


彼女が空を見上げて言うのと同時に昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

スカートをぱんぱんと払う彼女に並んで私もお弁当袋を持って立ち上がった。


「じゃあ、放課後に正門前で待ち合わせね」


そう言って彼女は自分の教室に向かって歩き出した。

私もスカートを払うと彼女の後に続いた。


「ああ、そうだ」


そう言って彼女がいきなり振り返った。

私はビックリして立ち止まる。

彼女の顔が少し怖く見えたからだ。

光りの加減なのか、その瞳が紅く光ってる。


「大事な事、聞くの忘れてた」






つづく





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