そこには存在しない何か
北浦十五
第1話 もう・・いいかい ?
「もう・・いいかい ? 」
まただ。
また、あの声がする。
私の部屋の隣から。
襖1つ隔てた隣の部屋から。
私は布団の中で身体を固くする。
今は何時くらいなのだろう ?
真夜中なのは間違いない。
部屋の中は真っ暗だ。
私の額から冷や汗が流れ落ちる。
「もう・・いいかい ? 」
また、声が聞こえた。
これは幻聴なんかじゃない。
隣の部屋に、何かがいる。
私の部屋は2階にある。
私の隣の部屋は、今は誰も使っていない。
私は1人っ子で両親は1階で眠っている。
隣の部屋には誰もいない筈なのだ。
それに、あの声
あれは人の声では無い。
私には判る。
人があのような、あんな声が出せる訳が無い。
それは囁くような声だが、はっきりと聞こえる。
聞いた瞬間に心臓をわしづかみにされるように感じる。
「もう・・いいかい ? 」
さっきより少し声が大きくなった。
私の歯が、がちがちと鳴る。
言わなきゃ。
早く言わなきゃ。
私は声を出そうとするが、声が出ない。
喉がひりつく。
血管がちぎれそうだ。
でも、言わなきゃ。
アイツが4回目を言う前に。
「ま、まぁだだよ」
やっと声が出た。
絞り出した、と言うべきなのだろうか。
隣の部屋から気配が消えた。
私の心臓は、ばくばくと鼓動を打っている。
パジャマは汗で、ぐっしょりとしている。
ようやく動かせるようになった目で時計を見た。
午前2時30分。
それだけ確認した私は失神するように深い眠りの中に落ちて行った。
つづく
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