四章 その④

 雲を突き抜けグングンと上昇する光球の中で、ステンは全精力を使い果たしたと、ぐったりとだらしなく寝そべっていました。そんな姿も今のステンだと神々しく、目に聖水でも入れられた様な気分になります。

「はふぅぅぅぅ。あんなんで良かったのか……?」

 広場に行くまでは台本通りにこなせていた自信はありましたが、最後の方は興奮しすぎて何を言っていたのか記憶がありませんでした。

「おう。良かったんじゃねーか。反応は悪くなかったぞ」

「ええ。そうですとも。ですので是非うちの預言者になって下さいませんか?」

「はいはい。そんな訳の分からない道に誘うんじゃないわよ」

「訳が分からないとは失敬な。神の教えを世に広めるという最も尊き行いですよ」

 ヤレヤレこれだから男の事しか頭にないお馬鹿さんは困りますねと、キョウソは肩を竦めます。

「あ? やんのかクソ坊主」

「いいですよ。掛かって来なさい」

 オヨメの態度がドレンの前とは凄い違いです。

 男の事になると直ぐにキレるオヨメさんなので一概には言えませんが、どちらかと言えばこれがオヨメさんの素に近い感じです。

「やーめーろー! カル!」

 すかさずカルちゃんが間に割って入ります。

「何でお前らは集まると直ぐ揉めるカルか。喧嘩は地上に戻ってから好きなだけやるカル。今はそれどころじゃねーカル」

「ふんっ」「ハッ」

 一先ず最悪の事態は回避する事が出来ました。

 光球は依然ぐんぐんと上昇していき、遂に宇宙空間に到達しました。

「な……なあ。大丈夫なのか……?」

 ステンはおっかなびっくり周囲を見回しています。

「だけど……うん。凄いな、これは……」

 足元には自分達が住んでいる惑星ほしが、後は見渡す限り宇宙です。幾億もの星々の光がステンの心を奪っていました。こんな幻想的で美しい光景の中に、国を滅ぼしてしまう巨大な隕石があるとは思えませんでした。

「この球の中に居る限りは大丈夫だ。心配するな」

「球から出ると死んじゃうから、それだけは気を付けるカルよ。宇宙は綺麗だけど、人間が生きていくには過酷な環境カルからね」

「まあ即死するわけじゃないから、万が一放り出されても何とかするさ」

「本当だな? 信じるぞ? 信じちゃうからな!」

「おう。任せろ……。だから、その姿であんまり見つめないでくれ。襲いたくなる」

「おそっ……! 分かった。気を付ける……」

 ステンはツツっと僅かにユーシャから距離を取り、視線を外します。

「んんっ……。で、カルちゃん。そろそろか?」

「んー…………。秒速およそ十キロの速度で向かって来てるカル。ここまで来るのに後一時間程カル」

「うん。速過ぎて全然ピンと来ないな」

「移動天体としては別段速くもないカル。この惑星ほしの方が二倍くらい速い速度で動いているカルよ」

「はー……。しかし、そうまで速いとなると見えてからって訳にはいかないか」

「合わせると大体秒速三十キロで接近してる事になるカルから、見えたと思った時にはもう遅いカルね」

「なら……アレだな」

「流石ユーシャカル! 良い手があるカルね!」

「知ってて頼って来たんじゃないのかよ……」

「ユーシャなら何とかするだろうって信じてたカル」

「はあ……。まあ良いか。実際、でっかいだけの岩なんてどうとでもなるしな」

「まじょっこちゃんもそんなちっこい石じゃなくて、お星さまでも使えば良かったのにね」

「星かぁ……。星は斬った事ないな」

 食べた事ないみたいな調子でユーシャが言います。

「冗談でも止めてくれカル。惑星同士の衝突とか文字通り星ごと消し飛んでしまうカル」

「星霊様同士の熱いバトル展開が見られるかもしれないじゃない?」

「もしそんな事態になったら、そんな悠長な事言ってられないカル」

「そうですとも。全人類に希望の光を照らす我が教え、絶好の信者大量獲得の大チャンスですからね」

「それこそどうでもいいカル! 勝手にやってろカル!」

 緊迫感の欠片もない一同に、本当にこいつらに任せて大丈夫なのかと一抹の不安を覚えるステンでした。


「そろそろ準備してくれカル」

「ん? いつでもいけるぜ」

「位置取りは完璧ですよ」

「流石キョウソカル。真正面から来るカル。あと五分くらいカル」

「おっけ。カルちゃん知覚の共有よろしく。正確な位置を知りたいからな」

「合点承知カル。とう!」

 ガシーンとカルちゃんがユーシャと合体します。

 具体的にはユーシャの頭の上に、ペターンとカルちゃんが乗っかっています。

「「よし!」カル」

 いいそうです。

「じゃ、ちょっと行って来る」

 ユーシャはそう言うと、光球の外へと生身で出て行ってしまいます。

 ちょっと出かけて来るくらいの気安さです。

「えっ!?」

 これに驚いたのはステンです。散々外に出たら死ぬぞと言われていただけに、ユーシャが平然と外に出た事に騙された様な、それでいて大丈夫なのかと心配する気持ちと合わさり、何とも珍妙な表情を浮かべています。

「ユーシャさんには聖剣の加護がありますからね。どんな過酷な環境でも心配いりません」

 キョウソの説明でステンは一応納得します。

 実際、光球の外側に居るユーシャが平然としているのですから、納得するしかありません。

 当のユーシャは無重力の宇宙空間に“立って”、聖剣を構えています。

 ステンは何も疑問に思っていませんが、普通の人間は宇宙空間に立つ事など不可能です。直立の姿勢で静止している事すら困難です。

魔王心核キングズハート解放!」

 ユーシャの言葉に反応し、聖剣に嵌め込まれた宝玉が輝き出します。

 聖剣は眼下の惑星に宿る星霊の力を吸収、増幅して剣身へと注ぎ込み始めます。星霊の力を十分に蓄えた剣身が内側から強く輝き出したかと思うと、次の瞬間──剣身は粉々に砕け散り、光の粒となって消えて行きました。

 そして今、ユーシャの手には邪魔な鞘を脱ぎ捨て真の姿をあらわした聖剣──否。星剣が握られていました。砕け散った剣身の代りに、そこには純粋な星霊の力で形作られた光の刃が、確かに存在していました。

「そろそろカル」

「おう」

 ユーシャは目を閉じ、共有しているカルちゃんの視界に意識を集中します。

 対象を捉えたユーシャは星剣ロストホープを振り上げ、グッと踏ん張ります。

「いくぞ! 次元斬!」

 技名を叫ぶと同時に星剣が力一杯振り下ろされました。

 隕石が到達するまで残りは一分程です。時間にすれば僅かですが、彼我の距離はまだおよそ二千キロメートル近くもあります。どう考えても、とても剣が届く様な距離ではありません。斬撃を飛ばすにしても無茶が過ぎます。

 そんな当たり前を斬り捨てる様に、既に剣は振り切られています。

 そして──

 

 ガガガガガガガガガガ!


 と凄まじい音が聞こえて来そうな迫力で、ユーシャとカルちゃんの知覚の中で隕石が縦に二つに割れて行きました。


 ◇


 これに慌てたのはまじょっこです。

 突然足元の隕石が真っ二つになったのですから、驚かない方がどうかしています。

 しかしまじょっこの驚きも僅かに一瞬です。

「ははーん。カルちゃんめ。どこに行ったかと思えばユーシャの所へ行ったのね」

 こんな事が出来そうな共通の知り合いはそう多くありませんので、直ぐにピンと来ました。

「だけど困ったわね。こうまで見事に真っ二つにされるなんて……。まだ距離は大分あるっていうのに、この分じゃ着くまでに細切れにされちゃうわ」

 そう呟いている内にも、更に追加の一撃が飛んで来ます。

 しかしまじょっこもる者です。

「あっぶなーい! ソレっ!」

 と魔法のステッキを一振りすると、不可視の斬撃を魔法の盾が防いでくれました。

 しかし急造の魔法の盾ではその役目を十分には果たせません。ユーシャの放った一撃を完全には防ぎ切る事は出来ません。ですが斬撃の方向を少し逸らしてはくれていました。ユーシャの二撃目は二つに割れた隕石の左側の方を掠めただけに終わりました。

「さっすがユーシャ。やるとなったら容赦ないなー。これはアタシも負けてらんないぞー! 全力全開だー! おー!」

 その言葉通りフルパワーで張られたまじょっこの魔法障壁が、両の隕石を完全に覆い尽くして行きました。

 

 ◇


「チッ。面倒な事になったな」

「マリーめ。無駄な抵抗をするカル。ユーシャ! もっとガンガンやるカル!」

「やってるよっと」

 そう応えながらユーシャは星剣を幾度となく振っていますが、思ったほどの効果は上げられていませんでした。まじょっこの強固な魔法障壁によってその威力の殆どが打ち消されてしまっていたからです。

 とは言え、一点集中のユーシャの次元斬(連射)とまじょっこの広範囲展開の全力魔法障壁では、消費する力の量が桁違いです。持久戦になればいずれはユーシャの攻撃がまじょっこの魔法障壁を破壊する事は確実です。しかし、問題はそれだけの時間がなさそうだという事です。

「うーん。これはダメそうだな」

 手は止めないままユーシャは諦めモードです。

「流石マリーカル。敵ながら天晴カル」

「相方のお前が敵って言ってやるなよ」

「言葉の綾カル」

 ユーシャは後ろの光球に振り返り、オヨメとキョウソに声を掛けます。

「やっぱり出番があるわ。キョウソ、援護よろしく。オヨメは……左のヤツを頼む」

「はいはい。任されました」

「まじょっこちゃんの相手もしておこうか?」

「あー……とりあえずは隕石優先で。後は任せる」

「おっけ」

 どうせそうなるだろうと準備万端の二人は、さっさと光球から外へと出て行ってしまいます。

 必然、光球の中にはステン一人となってしまいます。

「カルちゃんはステンの面倒を見てやってくれ。万が一もない様に頼むぜ」

「任せるカル」

 ユーシャとの合体を解除したカルちゃんは、ドンと短い前足で胸を叩きます。

「って事で、カルちゃんをしっかり抱えてろ。大概の事は何とかしてくれるからな」

「お、おう。分かった」

「大船に乗ったつもりでしっかり抱いておくカル」

 恐る恐る手を伸ばしたステンの腕の中に、スポンとカルちゃんが収まります。

「ま、心配せずにそこで気楽に観戦してな」

 そう言ってユーシャが正面に向き直ると、キョウソの体が金色の光に包まれています。

 見てない間に強化の秘術『神の祝福あれゴッドブレス』を発動させたようです。

神の前にひれ伏しなさいハインドランス!」

 立て続けに秘術を発動させます。

 キョウソの秘術により、瞬く間に前方に巨大な光の網が形成されて行きます。

 宇宙空間なのを良い事に、これでもかと大きく作った光の網を隕石の予測進路へと飛ばします。高速で飛んで行った光の網はあっという間に見えなくなりました。これで隕石を捕まえようというのでしょうか。

 キョウソが中心に立ち、その後ろでオヨメが左、ユーシャが右で隕石を待ち構えています。

 予定ではそろそろ──

「来ましたよ!」

 キョウソは二人に合図を送ると神力──キョウソの魔力の事──を更に高めます。

「カアッ!」

 キョウソの裂帛の気合と共に、キョウソを包む光が更に輝きを増します。

 まるで小さな太陽の如く輝く様は、キョウソ自身が神になったかの様でした。

 そして遂に、一行の前にそれが姿を現しました。

 キョウソの放った光の網に囚われた超巨大隕石は、その速度を大幅に減じていました。

 しかし、決して止まった訳ではありません。

 その威容を惜しげもなく晒しながら、刻一刻と迫って来ています。

「はあああああああああああああああああ!」

 近付いた事でキョウソの膨大な神力が注がれた光の網は、さらに強固に、堅固に、強靭に、超巨大隕石を絡めとり、その動きを封じて行きます。

 彼我の距離はもう一キロとありませんが、これなら止まる! とステンの瞳が期待で輝きました。

 しかし、キョウソの秘術によって止められそうになっているのを黙って見ているまじょっこではありません。

「邪魔は、させないよー!」

 ここまで来ればユーシャの斬撃も目視出来るので、全周囲を覆う様な魔法障壁は不要と判断して解除し、余剰の魔力でキョウソの秘術に対抗して来たのです。

 まじょっこがステッキを一振りするとピンクの☆《ほし》が散り、巨大なハサミが光の網を切断し始めました。

 それに対抗してキョウソも次々と光の網を生成していきますが、まじょっこは更にハサミの数を増やしてキョウソを圧倒していきます。

「まあこの辺りが限界でしょう。次、宜しくお願いしますよ」

 ここらが潮時と見てキョウソは一旦下がります。

「じゃ、ぱぱっとお片付けしちゃいましょうか」

 そう言って前に出て来たオヨメの姿を見てまじょっこがぎょっとした表情を浮かべます。

「げげっ! オヨメまでいるじゃん! 仕方ない──っ!」

 まじょっこは持っているステッキを、少女とは思えない華麗なフォームでフルスイングして二つに割れた隕石の片割れを弾き飛ばしました。


 カッキーン!


 と快音が響いてくる気さえします。

 弾き飛ばされたユーシャ達側から見て左の隕石──オヨメ担当の隕石はクルクルと回転しながら大きく軌道が逸れて行きます。このまま落下コースから外れてくれるかと思いきや、そうは問屋が卸しません。インパクトと同時にまじょっこによって新たな魔法が掛けられていた隕石は、一定の距離まで離れると慣性を無視して急停止。そのまま別角度からの落下を開始したのです。

「オヨメ!」

「問題なーし!」

 オヨメは宙を蹴り離れて行った隕石を追いかけます。服の裾一つ乱れぬその身のこなしは実に優雅で優美です。

 あっという間に隕石に追い付くと、オヨメは隕石の落下方向へと体を潜り込ませます。

 ピタリと宙に静止し、隕石を待ち構えます。

 すぅっと一呼吸。

 宇宙ですから吸える空気などありませんが、集中の為の習慣です。

 オヨメの右手に魔力とは異なる謎のパワー──嫁力よめぢからが篭められていきます。

「ポテトー……」

 ズガン!

 と、落下してくる隕石を迎え撃つ、オヨメの掌底が叩き込まれます。

 オヨメの放った一撃は、半分になっても未だ巨大な隕石全体に、内部から亀裂を生じさせます。恐るべきオヨメの攻撃力ですが、このままではバラバラになった大きな隕石群が地上に落下してしまいます。制御不能となった隕石群は、生命存亡の危機程の威力はなくとも、人間社会に壊滅的打撃を与える事でしょう。

 しかしその程度の事はオヨメとて承知の事です。

 オヨメの放った掌底から亀裂を伝って巨大隕石全体に嫁力が浸透し、巨大隕石を包み込んでしまいます。

 嫁力がバラバラに砕けた巨大隕石を捕らえて離さず、その全てを包み込むまでにはそう時間は掛かりませんでした。

 それを感じ取ったオヨメは、

「マッシュ!」

 と掌底で開いていた手を、グッと握り込みます。

 嫁力がそれに呼応し、バラバラに砕かれた巨大隕石を一瞬にして砂と化してしまいました。

 まさかまじょっこも、ポテトサラダを作るためにオヨメが編み出した技で隕石が潰されるとは思いもしなかった事でしょう。

 隕石がちゃんと全部マッシュされている事を確認したオヨメはもう一方へと視線を向けます。

「あっちは大丈夫かしらね?」

 未だ壊れる様子のないもう半分の隕石を眺めていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る