四章 その③

 王都の街中は、王都から逃げ出そうとする人々と、自暴自棄になり強盗・強姦といった略奪行為に走る人々でごった返していました。外を歩いている人間を見れば襲い、金品を奪い、相手が女性であれば犯し、殺す。そんな事が当たり前の様の行われていました。

 泣き叫ぶ者、奇声を発する者、助けを求める者、誰かの名前を必死で叫び続ける者、様々な声が入り乱れ、阿鼻叫喚とは正にこの事でしょう。

 つい数時間前までの綺麗で美しかった王都の街並みが、今では夢幻ゆめまぼろしの如くです。

 王都から逃げようとする人たちは、王都から出る迄にその多くが暴徒たちによって大なり小なり何かしらの被害を受けていました。

 中にはそれを咎めるまっとうな人も居ましたが、そんな人は僅かで、圧倒的数の暴徒達によって物言わぬ体にされてしまっていました。

 それらをただ見ている事しか出来ない、どうするか心を決めかねていた決して少なくない王都の人々は、王都はおろか家の外に出る事さえ諦め、厳重に戸締りをしたうえで、家族揃って静かに最期の時を迎えようとしていました。

 地獄の様な騒乱は一昼夜に渡って続き、夜が明けてもなお終わりを見せようとはしませんでした。


 ◇


「おーおー。これは壮観だねぇ」

「ちょっと神の教えを説きに行って来てもよろしいですか?」

「ドレン様が構ってくれなくて寂しいんですけど……」

 王城から王都の様子を眺める三人は実に呑気なものでした。キョウソに至っては布教の好機くらいにしか思っていません。

 王城の周囲には王族の無能ぶりを責め立てる都民や、この機に王城の金品財宝を略奪してやろうという者や、何を勘違いしたのか王城に避難させてくれと言って来る者などで特にごった返しています。

 固く閉じられた門は決して開く事なく、全ての人間の立ち入りを拒んでいました。

「時間まで大人しくしてて欲しいカル。約束は守って欲しいカル」

「大丈夫大丈夫。心配無用! やる時はやる男だから」

「やる時だけしかやらない男の間違いカル」

「そうとも言うな」

 ユーシャは笑いながらカルちゃんに応じます。

 そんなユーシャにおずおずと、ステンが近付いて来ます。

「ホントに大丈夫なのかコレ……。いや絶対大丈夫じゃないだろ。ダメだろ……コレ。何でオレはこんな事に巻き込まれてんだ……。オウチカエリタイ」

「そういう運命だったって事だな」

「うー……大体お前のせいだろっ! お前がっ!」

「俺が居なかったら隕石ドーンで皆お陀仏だったかもよ?」

「ぐっ……。でも! それだけの力があるならこんなやり方しなくてもいいだろ……」

生憎あいにく俺は慈善活動家じゃないんでね。やる事に見合った対価は貰わないとな」

 納得できないと、不満もあらわなステンに苦笑を浮かべます。

「勇者の力に安易に頼るんじゃねーよってな。厚顔無恥な奴らってのは案外多いんだぜ?」

 実感の篭った、何かそれらしい事を述べていました。

 その言葉にハッとするステンでしたが、

「要するに『面倒臭い』ってだけカル」

「はっはっ。それを言っちゃーお終いだぜカルちゃん」

 カルちゃんの突っ込みで台無しでした。

 ユーシャも特に否定しませんでした。

「そんな事より、台詞と振り付けは覚えたか?」

「え? あ……う……。一応……」

「今まで謎に包まれていた“三番目”のお披露目だ。バッチリ頼むぜ」

「いや……。何でオレがこんな事しなくちゃならねーんだ。別に俺は王様になんかなりたくないんだ……」

「じゃあ全部諦めて大人しく死ぬか?」

「うう……。嫌だ……」

「だろ。だったら胎括はらくくらないとな。なーに。もし王様になったって、政治なんかは大臣たちにやらせとけば良いんだよ。そんなに思い詰める様な事じゃない」

「はあ……。全く気乗りしない……」

 ユーシャの慰めもステンにはあまり効果が有りません。

「気乗りしない……けど、取り敢えずその、隕石ってのは壊さないといけないって事は分かる。だから今回のコレは、ちゃんとやって見せるよ」

「おう。その意気だ」

 王になる覚悟は出来ない様ですが、最後の王子としてその姿を現す覚悟は決まった様で、取り敢えず今はこれで良しとしておきます。

 ステンが幾ら拒もうが最後の一人になれば、否が応でも王に為らざるを得ないのですから、何とでもやり様はあるとユーシャは考えていました。

 王の資質は明らかにザウルが抜きん出ています。ステンはただの庶民ですので、資質も何もあった物ではありません。政治の『せ』の字も知らないのですから当然です。

 しかしそんな事はユーシャには全く関係がないので、ステンが王となって国がどうなろうが知った事ではありません。

 ただ、自分の知名度を最大限に引き上げるのに、ステンを使うのが効果的だと判断しているに過ぎませんでした。ユーシャの思考は基本、打算塗れなのです。

「ステン様。衣装をお持ち致しました」

 未だ城に留まっている忠義の厚いメイドが、ステンの演説用の衣装を運んで来ました。

 ステンの服は庶民としては一般的な物でしたが、王子として人前に立つには余りにも貧相です。やはり見た目の第一印象は大事だと、ユーシャが頼んで用意して貰ったのです。ステンのずば抜けた容貌に負けない衣装となれば、それはそれは絢爛な衣装で、金糸銀糸がふんだんに編み込まれ種々の宝石が彩とりどり、至る所に散りばめられています。

 メイドさんの見立てで用意して貰った衣装ですが、流石のド派手さにユーシャも「うわぁ」と引き気味です。それを着る事になるステンに至っては顔面蒼白です。

「え? オレ、あんなの着るの? 着せられるの? 流石にアレは……」

 ないでしょ。と続ける暇もあらばこそ。

「失礼します」

 と一声掛けて、メイドさんは容赦なくステンに自慢の派手派手衣装を着せてしまいます。

「うう……重い……」

 服とは思えないずっしりとした重量に、ステンは辟易へきえきとしています。

 装飾過剰な服を来ているという羞恥はもう気にしない事にしていました。

「おお……これは……。うん。意外というか、うん。悪くないってか、凄いな。まさかこんな服を着こなせる奴が居るとは」

「同感カル。彼の美貌がより引き立っているカル。あんな絢爛豪華な服でやっと彼を引き立てるに足るって事カルねー」

 ユーシャとカルちゃんも感心していました。

「ふふん」

 と衣装を用意したメイドさんは得意気にしていました。

 流石の慧眼です。

「コレは使えますね……」

 真剣な目でじっ……とステンを見つめるキョウソは、一体何を何に使う気でしょうか。

 布教がらみの事に違いはないでしょう。ステンのために止めてあげて下さい。

「オヨメはどう思う?」

「そうねぇ。私の趣味ではないけど、良いと思うわ。大陸随一の美貌って言っても良いんじゃない? こんな綺麗な人、私は見た事ないわ」

「確かに。女だったらとっくに求婚してる所だ」

「はぁ!? おまっ! オレは男だぞ!」

「ん? 知ってる知ってる。女だったらって言ってるだろ」

「ホントに分かってんのかコイツ……。そういうのはもうウンザリなんだ」

 倒国とうこく──傾国を越える──の美少女? なステンであれば、さぞそういった誘いがあった事でしょう。

 それも、多くの男性達から。

 衣装の着付けを終えたメイドさんが退出すると、入れ替わりに新たなメイドさん達が四名現れ、持って来た椅子にステンを座らせます。

 何が始まるのかとステンは四方を取り囲むメイドさんを見回しますが、皆一様に妙に気合の入った、謎の迫力を纏った笑顔を向けて来るだけです。

「さあ、行きますわよ」

「ええ。お姉さま」

「任せて頂戴」

「腕が鳴るわね」

 一斉にそれぞれ道具を取り出すと、作業に取り掛かりました。

 ヘアーの四女、メイクの三女と次女、仕上げの長女、四人の姉妹メイド達によるプロの技でスタンは更に生まれ変わりました。

 もう何処を歩いても、無差別に全人類を虜にする魔性の美貌へと到達しつつありました。

 ステン本人の中身が外身に追い付いていないため、辛うじて人間の枠に踏みとどまっているという感じです。

 姉妹メイド達は、自分たちの仕事っぷりに惚れ惚れとしながら帰って行きました。

「おお……」「これはこれは」「素敵ね!」

 三者共に高評価の様です。

「よし。準備は良いカルね? 行くカルよ」

「ん? もう行くのか? まだ隕石の影も形も見えないが」

「どんな速度で飛んで来てると思ってるカルか! 見えてからじゃおせーカル!」

「いやそんな空の上の事なんか知らんし」

「だったらつべこべ言わず黙って付いて来るカル!」

 怒鳴られたユーシャは軽く肩をすくめると、カルちゃんに促されるまま付いて行くのでした。


「ではここからは手筈通りに」

 キョウソの転移魔法で西門の上に移動したユーシャ達一行は、門に群がる群衆をコソっと見下ろします。こちらに気付かれてはいません。群衆は王都の外に出る事に必死で、門の上になど気を配ってなど居なかったので当然と言えば当然でした。

「じゃあ行くぜ」

 ユーシャがそう言うと、聖剣ラストホープを抜き放ち天に掲げます。

 すると剣から眩いばかりの光が放たれ、西門周辺を包み込むと空に向かって昇って行きます。

 突然の強い光に群衆が「何だ何だ!?」とざわめきます。その中の一人が光の中心に居るユーシャ達の存在に気が付きます。

 一人が声を上げると、次々に群衆の視線は門の上へと集まり始めました。

 十分に注目が集まった事を確認したユーシャは、聖剣から放たれる光を止めステンに場を譲ります。

 そうして門の上から姿を現したステンの姿に、群衆の心臓は撃ち抜かれてしまいました。

 ステンの背後でキョウソが杖を掲げると、空に光の道が出来上がります。その光の道の上を、内心おっかなびっくり、表向きは堂々たる顔付で渡って行きます。

 群衆たちの頭上に現れた光の道を渡る一行を、群衆たちは只々呆然と見上げていました。

 呼吸も忘れる程にステンを見つめる群衆達は、ステンを一分一秒でも長く視界に収める事が人生最大最高の幸福だと疑いもしていない様でした。もう今まで自分達が何をしていたのかすら忘れ去り、老いも若きも、善人も悪人もその手を止め、ステンの姿を拝むためだけに今この瞬間を生きていました。

 そんな中で一人、声を上げる女性が居ました。

「ステン……? ステンちゃんじゃない?」

 それはいつも一緒に洗濯場を使っていた近所のおばちゃん──バットさんでした。

 ステンはバットさんの無事な姿にホッと胸を撫で下ろしつつ、笑顔で手を振ります。

「ステン? ステンだって? 本当だ! ステンじゃないか!」

 他にも顔見知りの御近所さん達がステンの名を呼び出します。

 その声は瞬く間に周囲に広がり、群衆達はステンの名を叫びます。

「スーテーン! スーテーン!」

 ビリビリと窓が震える程の大音声で発せられるステンコールに、うひゃあという心の声を飲み込みながらキリッとした視線を真っ直ぐ前に向け、ステンは光の道を歩き続けます。

 自然と群衆達は、ステンに付き従う様にして同じ方向へと歩み始めます。

 ステンの名を叫びながら、その数は数百から数千へ、そして数万を超える王都の民を惹き付けて行きました。その時、王都に蔓延はびこっていた暴虐の猛威は終わりを告げたのでした。


「私はステン・ブルムン! “三番目”と呼ばれている最後の王位継承権者です!」

 ステンは手袋を脱ぎ捨て、継承者の証である手の甲の痣を集まった群衆に見せ付けます。

 ステン達は場所を王城南側に位置する王城前広場に移し、集まって来た二桁万にも達するかという大群衆を前にしていました。

 宙に浮かぶ光の道を渡って来たステンは、そのまま光の道の上から群衆に向かって話掛けます。ステンの前にキョウソのリヴェレイションの魔法が掛けられた杖が立てられています。

「私が今、ここにこうして姿を現したのは他でもありません」

 そう言ってステンを空を指さします。

「先刻、ある魔法少女によって告げられた絶望の闇を振り払うためです!」

 ステンのその言葉に、人々の反応は様々でした。

 大きく分ければ、期待する者と期待しない者、その二つで、大半は後者でした。

「直ぐに信じる事は出来ないでしょう! しかし! 私は幸運にもある人物の助力を得る事が出来たのです! 紹介しよう! 伝説の勇者のすえ。その現当主、アストラ・バリエンテ殿とそのお仲間達を!」

 ステンの紹介を受け、ユーシャは聖剣ラストホープをかざしド派手に光り輝かせます。

 別に聖剣には光り輝くという機能はありません。ユーシャ自身の力で光らせているのです。こういう演出をした方が分かり易いのと、ウケが良いという事を経験上知っているからです。

 事実、その眩い光に包まれた人々は、アストラことユーシャの事をあっさりと聖剣の勇者であると信じてしまいました。ここまで簡単に信じてしまったのには、そうであって欲しいという群衆の強い願望もあったからでしょう。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 人々の心からの叫びが広場を覆い尽くします。

 それは希望。

 それは歓喜。

 一度は絶望の底に叩き落され闇に囚われた人々の、それは魂の解放でした。

「私達はこれより、かの隕石の破壊へ向かう! 絶望の時間は終わった! 王都の人々よ! 私はあなた達全てをこの危機から救って見せよう! だから! どうか周りを一度見渡してみて欲しい! あなた達の周りで苦しんでいる人が居たら、どうかその手を伸ばして欲しい! 王都の未来はいつだって、あなた達一人一人の、その手に懸かっているのだから!」

 ステンがそう高らかに告げると、一行は光の球に包み込まれ空へと飛んで行きました。

 その光球が見えなくなるまで、広場からステンと勇者の名を叫ぶ声が消える事はありませんでした。

 途中、小さな光がその光球に合流しましたが、そんな事に地上の群衆が気付く事はありませんでした。

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